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【2018年原水爆禁止国民平和大行進】四国→広島コース通し行進者:五十嵐成臣日誌 5/5-6/9

5月5日午後、高知に着き、実行委員会の田口さん(県労連委員長)と打ち合わせ。


5月6日、高知城追手門前の大通り3kmにわたり日曜朝市を覗く。地元特産の「小夏」などの柑橘類や干物、カツオのタタキや日用雑貨などさまざまなものを売っている。

四国の平和行進の出発地、高知県宿毛市へ向かい、午後、市役所周辺を雨の中行進。人通りはなく、時折通る車の中から手を振ってくれる人も多い。

次に三原村へ。かなり強い雨の中、参加者はずぶ濡れ。この地域は人口が減る中、海上自衛隊の誘致を考えているようだ(昔は基地があった)。また、太平洋が一望できる山の上には飛行場も・・・オスプレイも離着陸できる強い地盤の山・・・地元幡多ゼミナールの山下さんのお話を聞いた。


5月7日、宿毛市、三原村を訪問懇談。

大月町に向かい、岡田町長と懇談して核兵器禁止条約に調印・批准することを求める意見書の決議をするよう要請。

土砂降りの雨のため、行進を中止して町役場前で集会をおこなう。


5月8日、土佐清水市へ。市役所を訪問。泥谷市長、磯脇副市長と懇談し、核兵器禁止条約について申し入れると「核兵器禁止することには前から賛成している」と言われた。

夕方の行進は大雨のため中止にし、集まった12人で集会となった。


5月9日、四万十市では市長の都合がつかず訪問はなし、四万十川の河原に30人が集まり、市内一周の行進。途中のアーケードは半分以上がシャッター街。車の中から会釈する人も。

午前中、市内を散策。幕末に活躍した人が多いと思っていたが、社会主義運動の先駆者の幸徳秋水の出身地で墓もあった。


5月10日、黒潮町を訪問し、町長、副町長と懇談。ここは津波が最大34mと言われ、東日本大震災以後、公共施設の高台移転で町役場は新設、小学校も。高知県はビキニ水爆実験で3000人以上が被害にあい、町長も関心を持って調査に協力。国への要請にも行っているとのこと。

行進は国道で狭く、交通量も多いため中止で集会のみ。

四万十川の源流の榛原町、中土佐村で街宣し、四万十町を訪問。副町長との懇談では「政府は核兵器禁止条約に反対、ビキニ被災にも後ろ向き。町としても関心を持っている。協力していきたい」と言われた。

夕方、町内行進。交通量の多いところで車のみ。時折トラックの運転手が手を振ってくれる。


5月12日、中土佐町の行進。ここは漫画「土佐の一本釣り」の中心地。町の中心に大町市場。観光客が多く、カツオのたたきなどの魚介類を中心に売られている。行進はやめて街宣に。地元の商店(シャッターが多い)の人たちが顔を出す。

夕方は須崎町に移動し町役場から行進。国道が中心のコースで車は多いが人通りは少ない。小学生が手を振ってくれる。


5月13日、日曜日。佐川町の行進は雨のため中止。町役場前で集会のみで次の仁淀川町へ。ここは四万十川より清流と言われる川の源流の町。集会と行進。

次は越知町で集会と行進。雨の降る中を歩く。人通りはほとんどない。


5月14日、昨日行進をした町(中止した町も含め)を訪問。今日は日高村を訪問。町・村長とは会えなかったが、対応は大変良く、要請にも前向きの回答。村内行進は国道沿いに歩く。車のスピードが早く、手を振ってもチラッと見るだけ。人通りはない。


5月15日、いの町役場を訪問。要請をおこない、地元の方に町内を案内してもらう。この町は和紙作りが盛んで、和紙の大量生産の手記を作った人がいて昔は町内に工場もあったとか。土蔵造りの商店も残っている古い街並みも。町内を行進すると顔見知りの人も多く、店から顔を出して手を振る人も。


5月16日、土佐市内の行進は夕方終了後、高知市へ移動し宿泊。


5月17日、実行委員会の都合で休み。


5月18日、嶺北地域(大豊町、本山町、大川村、土佐町)は愛媛県境に近い山の中。全国3番目に広い早明浦ダムが吉野川の上流にあり、四国4県に水を供給。この川は2000m級の山の中にあります。24年前にこの川沿いに米軍の戦闘機が山岳地域の戦闘訓練中、大川村で墜落した。今も戦闘訓練がおこなわれ、オスプレイも参加しているとの話。


5月19日、四国の原発問題での会議があり、行動は休み。


5月20日、午前中は南国市まで行き、市内を行進。この街は昔、山内家の家老の所領で、ここの経済を発展させるために税を半分にしたとか。商店も多くあったが、今はシャッター街。開いている店から顔を出し、手を振ったり挨拶する人も。

午後は高知市内6ヶ所より高知城丸の内広場まで約160人で行進。市電の通りを歩くと電車の中から手を振る人も。休憩地で子どもが「おじさんたち何をしているの?」と質問してきたので、平和行進だよと言うと大声で「平和行進だって!」と。


5月21日、午前中、高知市で午後香美町を訪問。

夕方、香美町内を約50人で行進。


5月22日、香南市役所を訪問し課長に要請。

夕方、国道沿いを行進。商店も少なかったが、交差点で止まった車から会釈する人も。


5月25日、安芸市を訪問。「ヒバクシャ国際署名」などを要請し、夕方より行進。横断幕を持つのは市職労の組合員(保育士)。子ども(保育園児)を乗せた車の中や公園で遊ぶ子どもが「先生」と声をかけてくれる。


5月26日、東洋町、室戸市、北川村、奈半利町、田野町、安田町を訪問。これらの地域は漁業が中心でマグロ船も多く、ビキニで被ばくした船員も多い。身近にも知った人が・・・。田野町役場から奈半利町役場まで行進。

室戸市内を行進。ビキニ被ばく者の多い街。車の中から手を振る人も多い。


5月27日、高知県最後の町の東陽町に行き、行進をして県境まで歩き徳島へ。海陽町内を行進し、穴喰道の駅まで行進。この付近は米戦闘機が山岳地帯の戦闘訓練のためにこの谷づたいに高知県の大川村を通り、山口県の岩国市まで飛ぶとのこと。


5月28日、徳島県佐那河内村で要請と行進。

午後、徳島市に要請。


5月29日、海陽町、牟岐町、美波町を訪問し、町内を行進。海陽町はサーフィンのメッカとのことで、海岸にはサーファーが集まっていた。美波町はウミガメが集まる海岸があり、ウミガメ博物館もあった。孵化した小ガメを浜から海へ返すとか。空からトンビが小ガメを狙うとのこと。


5月30日、朝から雨。この日、四国は梅雨入りとのこと。今日は阿南市と那賀町を訪問。那賀町は「核兵器禁止条約に参加してほしい」との決議が議会で賛否同数となり、議長が賛成して通ったとか。


5月31日、朝、少し雨が降る中、勝浦町を訪問。蝶々、副町長が対応し、核兵器禁止条約について日本政府への意見書の提出を前向きに考えるとのこと。次の上勝町も。

勝浦町に入ると、上勝町までの川沿いに「ホタルの里」ののぼりが続く。この地域はどこでもホタルが見られるとのこと。


6月1日、東みよし町、三好町を訪問し行進。東みよし町には国立病院があり、黒字経営の病院とのこと。ここは全国でも数少ない筋ジストロフィー病棟があり、全国から患者が集まっているが、ここを閉鎖するとのことで地元では大問題となり、反対運動を立ち上げようとしているとのこと。


6月2日、小松島市内を行進。本四架橋ができるまでは和歌山へのフェリーターミナルのあった街だが、なくなった今ではさびれる一方だ。南小松島駅前には名水が湧き、汲みに来る人も。


6月3日、鳴門市内を行進。以前は八十八ケ所巡りの一番札所霊山寺へ向かうお遍路さんでいっぱいだったが、メインの通りも人通りが少なくなったとのこと。鳴門市はベートーベンの「第9」がアジアで初めて歌われてから100年ということで、市民をあげての演奏会の練習のため、平和行進の参加者もそちらへ。少数の参加者で行進。途中、練習に参加する人が「平和のために第9を歌います。頑張って」と声をかけてきた。

世界遺産にしようと地元が張り切っている鳴門の渦潮

午後、鳴門の渦潮を見に行く。渦潮を世界遺産にと地元は張り切っていた。


6月4日、阿波市、吉野川市を訪問して行進。阿波市は市長、副市長、幹部職員など6人で対応。新調した非核平和宣言都市の垂れ幕の前で地元参加者と写真を撮った。

阿波市の非核平和都市宣言の垂れ幕の前で副市長、市の幹部の皆さんと


6月5〜6日、つるぎ町(5日)、石井町、神山町を訪問し要請。どこでも「ヒバクシャ国際署名」、被爆者援護・連帯募金箱を快く置いてくれる。


6月7日、鳴門市、徳島県庁、小松島市へ要請。


6月8日、板野郡の自治体、北野町、藍住町、板野町、上板町を訪問、要請。藍住町と他の3町は、今でも藍染の産地で染物店も多いのだとか。


6月9日、行進は休み。阿波踊りを見に、「会館」を見学。明日は香川県に引き継ぎ。


 

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