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「21万羽おりづるプロジェクト2011」始動

2007年に「核兵器なくそう・世界青年のつどい」準備委員会委員長を務めた小林秀一さん(元プロボクシング日本ウェルター級チャンピオン)が、今年も「21万羽おりづるプロジェクト」を提案し、さっそく3月9日から「21万羽おりづるプロジェクト2011」を有志で始動させることになりました。

小林さんは、「9日は長崎原爆で亡くなった人の命日であり、3・1ビキニデー集会直後から長崎をメインに行われる原水爆禁止2011年世界大会に向かう最初の青年たちの行動としてとりくみたい」と意気込んでいます。

【転送転載歓迎】

「21万羽おりづるプロジェクト2011」 日時:3月9日(水)12:00〜13:00 場所:東京文化会館前(左写真) アクセス:JR上野駅、公園口(山手線、京浜東北線、常磐・成田線、常磐線、高崎線、東北本線)*東京メトロ上野駅、7番出口(銀座線・日比谷線)*京成上野駅、公園口(京成線)

内容:通行人に折り紙を配り、折り鶴を折ってもらいながら原爆の悲惨さ、命の重さを考えてもらいます。また、二度と繰り返さないために、「核兵器全面禁止のアピール」署名を集めます。 ※雨天の場合は中止となります。

「バナー作り」 日時:3月2日(水)13:00〜 場所:日本原水協会議室

アクセス:JR御茶ノ水駅、御茶ノ水橋口(総武線、中央線)*東京メトロ御茶ノ水駅、1番出口(丸ノ内線)、新御茶ノ水駅、B1番出口(千代田線) 内容:「21万羽おりづるプロジェクト」で使うバナーを遊びながら作ります。 問い合わせ先:03−5842−6031(担当:前川)

※「21万羽おりづるプロジェクト」とは 1945年8月6日広島、9日長崎にアメリカが投下した、たった2発の原子爆弾によって、その年の暮れまでに奪われた21万人(広島14万人、長 崎7万人)の命をリアルに感じるために、21万羽の折り鶴を集め、あの日に消えた命を思い起こし二度と同じ過ちを繰り返さないという決意を固め合うプロ ジェクト。 鶴を折ってもらう過程で原爆の悲惨さ、命の重さを考えてもらい、二度と繰り返さないために核兵器をなくそうという心を集める。

【山口】署名推進ニュースNo.4

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【奈良】成人式会場前で宣伝 「戦争はあかん!」と新成人から96筆ー大和高田

大和高田市平和委員会、新婦人大和高田支部、土庫病院職員など15人は1月9日、さざんかホールで行われた大和高田市の成人式会場前で待っている新成人と対話し、核兵器廃絶署名を集めました。

▲晴れ着姿で署名に応じる新成人

「かくへいきって何?」と聞く青年や、かなり目立つ格好をしている新成人も、話しかけると「戦争はあかん」などと署名をしてくれました。

約40分の行動で、昨年を上回る(昨年は70)96筆の署名が寄せられました。

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【群馬】成人の日に署名行動ー前橋市原水協

前橋市原水協は1月10日成人の日に、成人式の会場となっているグリーンドーム(競輪場)で署名行動を行い、新婦人、民商、平和委員会などから24人が参加しました。

個人情報を知られたくない、親から署名を止められているという人がいる中でも、快く応じてくれる新成人が多く、1時間で386人から署名が寄せられました。

【青森】小学生も被爆者援護の募金-八戸市の6・9行動‏

八戸原水爆禁止の会は1月9日、中心街で、今年初めての6・9行動を行いました。

終日氷点下の真冬日でしたが、新婦人、八戸医療生協、年金者組合、平和委員会、三八地労連から11人が参加し、「核兵器のない世界を」署名と被爆者援護の募金を呼びかけ、42人の方から署名が集まりました。

小学生から募金が寄せられたり、署名した人が、小銭がないからと買い物をしてから再び立ち寄って募金をしていく姿もありました。

【北海道】2011年を新たな前進の年にと6・9行動

2011年を新たな前進の年にと、原水爆禁止北海道協議会は1月9日、今年初めての6・9行動を行いました。

6日から降り続いている激しい雪の中、札幌市中央区パルコ前で「広島、長崎を繰り返させないために 核兵器全面禁止を」の横断幕を掲げ、身をかがめ足早に通る市民に「核兵器のない世界、非核平和の日本を」のビラを配り、署名の協力を呼びかけました。

北海道原爆訴訟支援連絡会会長の守屋敬正さん、弁護団の斉藤耕弁護士、北の詩人会議の日下新介さんが次々とマイクを握りました。

「12月22日に被爆者の浜田元治さんの心筋梗塞が札幌地裁で原爆症と認定されました。地裁判決は、原爆が心筋梗塞の原因と明確に述べています。生き延びた被爆者が自分の病気を原爆症に認定をと申請をしていますが、次々と却下されています。この判決は全国的に意義ある判決、認定への道が広くなりました」

「被爆者は自分の病気を認めてもらうだけでなく、核兵器をせかいからなくして

【兵庫】寒風の中、核兵器廃絶訴え新年初の6・9行動

兵庫県原水協は1月6日夕方、神戸市中央区の元町商店街で、2011年最初の核兵器廃絶を訴える「6・9行動」を行いました。

兵庫県原水協の津川知久代表理事(兵庫労連議長)などがマイクで、「NPT(核不拡散条約)再検討会議や国連総会などで核兵器禁止条約のための協議開始を求める世論がかつてなく高まった」ことを紹介し、「核兵器廃絶の声をいっそう強めて核兵器のない世界への道を切り拓こう」と訴えました。さらに、日本政府がアメリカとの軍事同盟優先、アメリカの「核の傘」維持の態度を取っていることをきびしく批判し、非核の国民の声を強めることを呼びかけました。

▲マイクで訴える津川代表理事

新婦人の由利美香平和部長や民医連事務局の今井雅一さん、兵商連、平和委員会などから10人が参加し、「核兵器のない世界を」署名を訴えました。川西市の被爆者は、「原爆症申請が却下され、原水協のお世話で弁護士と相談してきたところです」と声をかけ、「こんな天候でも私たちのために訴えてくれているのですね」と署名に応じました。

時おり小雨混じりの寒風が吹きつける冷え込みのきびしい中でしたが、「署名させてください」と駆け寄ってくる人が相次ぎ、59筆の署名が集められました。

【埼玉】さいたま市で新年初の6・9行動

埼玉県原水協は1月6日正午から1時間、今年初めての6・9行動をJR浦和駅西口で行い、新日本婦人の会を中心に15人が参加しました。

県原水協の吉野理事長と佐藤事務局長が交互にマイクをにぎり、昨年のNPT再検討会議での前進を踏まえ、核兵器禁止条約の交渉開始を求めて、今年こそ「核兵器のない世界」へ向けたあらたな前進の年にしようと道行く人々に訴えました。

冷たい風の中でしたが54筆の署名が寄せられました。

【岡山】県原水協通信No.152

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【山口】署名推進ニュースNo.3

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【岡山】PPOニュースNo.6

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【山口】学習会後の宣伝行動で116筆の署名あつまる

山口県原水協は12月18日、小郡ふれあいセンターで学習会を開き、70人が参加しました。

福江筆頭代表理事が「ブレーキのない民主党政権。普天間問題でも菅首相は沖縄に行くのではなくアメリカに行くべきだ。国民は賢くならなくてはいけない。求められるのはなんといっても草の根の運動だ」とあいさつしました。

日本原水協の田中章史事務局員が「核兵器のない世界と日本の役割、原水爆禁止運動の歴史」と題して講演しました。

その後、ニューヨーク行動に参加した4人が発言。山口市原水協の中野さんは、「一筆一筆が世界を動かしていることを実感した」。岩国原水協の長岡さん(県教組)は、「世界の流れは憲法9条の方向に向かっていると思う」。自治労連の三谷さんは、「市民社会の運動を実感した。パレードが面白かった」。事務局長の尾上さんは、「目標を達成してニューヨークに行けて良かった」とそれぞれの感想が述べられました。

質疑・討論では、周南原水協の山本さんが、「徳山港には周防灘での演習の際に、パトリオット、掃海艇などが入ってくる。テロ対策を理由に抗議行動などが港に入れなくなった。米艦船の民間港への入港問題での運動の提起を受けて、市への申し入れなどをとりくみたい。全国で各団体と共にこのとりくみをすることは大事なことだと思う」と発言、最後に「岩国と沖縄はブレない。連帯してたたかいを進めよう。その基には核兵器禁止の運動があることを確信にしよう」と閉会あいさつしました。

午後4時からは参加者に呼びかけて近くのスーパーの前で署名、宣伝行動を行いました。山口市原水協や自治労連など20人が参加し、1時間で116筆の署名が集まりました。

▲署名を呼びかける参加者

【岡山】県原水協通信No.150

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【北海道】激しい雪の中での宣伝行動

北海道原水協は12月9日、原爆が広島と長崎に落とされた6日と9日に行う恒例の6・9行動を札幌市中央区パルコ前で行いました。師走の風が時に強く、雪も激しい中での宣伝行動でした。風で飛ばされまいと必死に傘を押さえながら濡れた署名用紙に一字一字やっと署名する青年がいました。

12月22日に北海道原爆訴訟の原告浜田元治さんの判決を前に、原告弁護団斉藤耕弁護士、北海道原爆訴訟支援連絡会守屋敬正会長が、裁判の支援と国連に提出する核兵器廃絶の署名を訴えました。

「原爆が落とされて65年、被爆者は何とか生き抜いてきました。長崎で被爆した浜田元治さん。ボクサーになる夢もありましたが、体が続かず断念しました。自分を弱く産んだ母を恨んだ時もありました。原爆症認定申請が却下されたので、体が弱いのが、病気が原爆のせいだと国に認めてほしいと提訴しました。浜田さんの腎臓ガンは認定されましたが、心筋梗塞は裁判で係争中です。被爆者の願いは被爆者救済だけではありません。自分の体験したあの生き地獄と同じ思いはしてほしくない、自分の生きているうちに核兵器をなくしてほしいと願っています」。

被爆者募金うったえ6・9行動 被爆地の修学旅行生が署名

日本原水協は12月9日、上野の森に「広島・長崎の火」を永遠に灯す会とともに上野公園で核兵器廃絶、被爆者援護募金を呼びかける6・9行動を行いました。

日本原水協の高草木博事務局長は、力と力で押し合っているうちは問題の解決はないと指摘し、核兵器による安全保障ではなく、核兵器のない世界による安全保障をと署名の協力を呼びかけました。日本平和委員会の佐藤光雄代表理事は、8歳で広島から疎開したおかげで直接被爆を免れたが、13人の身内を原爆に殺されたこと、13歳の時には祖母が亡くなり、手作りの棺おけで荼毘に付したことなどを語り、全国22万人の被爆者への援護募金を訴えました。

長崎県佐世保市から来た高校生は「長崎でもいろんなところで高校生1万人署名運動に取り組んでいる」と話しながら署名に応じ、広島県世羅町から修学旅行で来た中学生のグループも、次々に署名しました。

▲次々に署名する広島の中学生グループ

自転車から降りて「原爆と人間展」パネルを携帯電話のカメラでさかんに撮っていた男性は、「だんだんと忘れていってしまうことなので、こういうとりくみは大事ですね」。世田谷区から来た年配の女性は「主人の親戚が長崎の被爆者。戦争も経験してきました」と語ります。チェロを担いでいた女子音大生は「声で訴えるだけでなく、パネルという目に見える形で訴えているので、署名をしなければと思いました。頑張ってください」と激励してくれました。

▲自転車から降りてパネルの写真を撮る男性

▲チェロを担いだ音大生も署名

行動には日本平和委員会、全教、婦人民主クラブ、東京原水協など7団体から23人が参加し、1時間で125人から署名が、4150円の募金が寄せられました。

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