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【2014国際青年リレー行進】ソフィア・ウォルマンさんの日誌(7月23日)

7.23(1)

7月23日

今日は総社市を歩きました。最初の約1時間は田舎道で、最後の方はうっそうとした森の中を行きました。そこを抜けると、反対側に広大な農地と、遠くに五重の塔が見えました。なんという眺めでしょう!

7.23(2)

午前中は、依田さんが私たちのために通訳をしてくれました。午後は、倉敷市役所職員のトモキさんも加勢してくれました。

7.23(1)マニシャ、ヨダさん、トモキさん、そして私

倉敷市役所では、市長から歓迎のあいさつを受けました。私たちは短いスピーチをしましたが、それを市役所の女性が通訳してくれました。市役所で少し休憩する間に、とてもフレンドリーな職員に会いました。その中に、ブラジル出身で、ブラジルから来た人たちが日本での生活に慣れるのを援助する仕事をしている男性がいました。この地域にある三菱の工場で働くために、多くのブラジル人が来ているのだそうです。そして、秘書の方が、親切にも、私のボトルを氷水でいっぱいにしてくれました。私が彼にお礼を言うと、彼は去り際にこう答えました。「これは私の秘書としての仕事ですから!」

その後、私たちは神社で休憩し、木陰(!)でスイカを食べました。そして、また別の市の建物に着くと、副市長が出てきました。政治家の人たちが、真の変化を求めるデモ参加者にあいさつするのを見るたびに、私は、これら政治家が負っている本当の責任について考えざるをえません。

私は生協からいただいた弁当を食べ、他の行進者たちは、梅干し(自家製のプラムの漬物―おいしい!)とミニトマトを一緒に食べていました。このような親切な差し入れは、長い道のりの間本当にありがたいです!

最後の1時間くらいは、テイラーギターを弾く男性のおかげで、あっという間に過ぎ去りました。私が歌うのに合わせて、みんなが彼と一緒に歌い、ギターを奏でました。なかには、彼が一度も聞いたことのない歌もあったのですが!

7.23(3)

その日の行進が終わるころ、私たちは、ある女性の家の前を通りかかりました。その女性の母は、1958年、広島から東京に向かった第1回平和行進に1人で参加したのです。その行進の途中で、彼女は幾人かの仲間と出会ったそうです。しかしそれでは十分でなかったかのように、2007年、94歳のシンコさんは、再び行進に参加したのです!彼女はその年の暮れに他界しました。シンコさんの娘さんが今日の行進の最後に参加してくれましたが、彼女はとても誇らしげでした。こういう話を聞きながら歩くのは、なんと感動的で勇気づけられることでしょう。私はときどき、こうした平和行進の精神を感じることがあります。多くの動機や背景にある物語が参加者を突き動かしています。そして行進者みんなの間に存在する友情―いま隣に立っている人と、以前に平和のために行進した人たちの間の友情を含め―直接的な友情と、比喩的な友情の両方を感じるのです。

(翻訳:佐伯 一郎)

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