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【2014国際青年リレー行進】マラヤ・ファブロスさんの日誌(6月27日)

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2014年6月27日 − 奈良県の平和行進2日目

今日は奈良県で初めての終日行進。平和行進者は昨日の終了式の会場と同じ奈良市役所に集合しました。ありがたいことにもう雨は止み、日差しもあまり強くないです。やや曇りがちで風もありますが、長距離行進には理想的な天候です。

通訳として私と本日行進して下さっているのは白川さんです。彼女と梅林さんが先日関西空港で私を出迎えて下さいました。彼女は非常に素晴らしい通訳だと思いますし、練習のためにと私に時々日本語を話させてくれます!(笑)

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今回は平和行進者と主催者が短いスピーチをして行進が始まりました。本日の行進は都心から離れた数々の古い寺院がある地域を通り過ぎるので特に風光明媚です。朝10時に出発し、唐招提寺までずっと行進しました。この経路は町なかを出て郊外の農村地帯に向かって行進したため、眺めが良かったです。景観は樹木の緑でした。川を渡り、両脇に古い家屋のある狭い路地を抜けて歩きました。

近くのお土産店で10分間の休憩を取りました。広い駐車場スペースが割り当てられて、比較的大きな土産物店が近くにあったので、このお寺はかなり有名なのでしょう。

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行進し続けるにつれて、美しい景観に笑みが止まりません。ベビーカーにお子さんを乗せたお母さん達が平和行進のこの隊列の私たちと合流しました。彼女たちは新婦人の方々です!(笑)私たちに手を振って下さる方々を見かけるのも嬉しいですし、私たちが通り掛かるにつれ多くの様々な方々が合流して下さるのに驚きました。私たちと合流するのを待っていて下さっていたようです。

私たちが行進した通りはかなり狭かったです。ある通りは車一台分しか通れない狭さでしたが、街並みは非常に美しかったです。

小さな戸建ての家々に囲まれた田んぼを道の片側に見て、狭い道の反対側には清涼飲料水が入った自販機が数台置かれているという面白い風景に出会うところもあります。

山を背景にした田んぼを通り過ぎ、用水路にかかる短い橋の数々を渡りました。また、多くの寺院も通り過ぎました。中庭のある家々を見るのは初めてでした。古い家屋は大きく、美しい庭がありました。屋根も同様に手の込んだ構造で、平屋建ての家ばかりでした。観光するならぜひ奈良をお勧めします。

私たちは大和郡山市役所へも向かい、副市長と多くの市役所職員の方々の歓迎を受けました。彼らがメッセージを読み上げ、カンパとペナントを下さいました。そのペナントは、8月までの広島と長崎に向けてずっと歩いて行く平和行進とともに運ばれて行きます。この平和行進に参加している地元の原水協メンバーもまた、市の側に平和行進メッセージを手渡しました。

大和郡山の市役所では、平和行進者の一人が平和行進のメッセージを市役所職員の前で情熱をこめて読み上げました。白川さんは、この平和行進が政府に対して核兵器廃絶の役目を真に果たすよう求めており、市長は民のメッセージを政府高官に届けるべきだと説明してくれました。また、日本国憲法第9条を変更/解釈変更しようとする安倍晋三内閣総理大臣のとりくみを強く批判しました。

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1946年に制定された日本国憲法の第9条は、戦争放棄の条項です。第9条ははっきりと次の事を謳っています。

第一項 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

第二項    前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

6月24日に日本に到着して以来、私はたくさんの方が今とても不安な気持ちを抱えておられることを感じています。安倍首相がこの第9条を変えて、自衛隊が自衛や軍事演習を超えてより攻撃的な行動に参加できるようにしていることを心配しています。女性は特に若者がまた徴兵されるようなことになるのではないかということを心配しています。自分の子どもたちをどんな形であっても戦争に参加させたくないからです。

昨年平和行進を歩いて、神奈川や静岡で多くの米軍基地を見て、私は憲法第9条がどれだけないがしろにされているかを知りました。9条の解釈改憲について、まだ昨年は耳にしませんでした(少なくとも私が平和行進を歩いている間は)が、それでも平和運動をしている多くの日本人は、駐留米軍や自衛隊の軍備強化に反対していました。ですから今回、事態はさらに悪化していると言えるでしょう。

平和行進に話を戻すと、アナウンサーの方が行進のリーダーとして一日中行進を引っ張ってくれました。彼はとっても元気で、力強い声をしていました。歩きながら私が(彼には)「マイクはいらない」と言うと白川さんは笑いました。彼の元気は皆にも伝染していつも周りを笑顔にしていました。

お昼ごはんの後は片桐町まで歩いて2時20分頃に休憩を取りました。そこからさらに一時間ほど歩き続け、3時20分ころに斑鳩町にある法隆寺に到着しました。

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4時前に、法隆寺の正面玄関の前で10分の時間をとりました。

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それから数分歩いて斑鳩町民会館に4時20分に到着しました。そこで町の職員の皆さんのあたたかい歓迎を受けました。この日の閉会式では「青い空は」を歌いました。

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午後のあいだ中、アナウンサーの彼は歩いて回りを元気にしていました。行進参加者だけでなく、通りを歩いている方にもそれは伝わっていました。たくさんの人が満面の笑顔になって大きく手を振ってくれたので驚きました。信号待ちで止まっている車からクラクションを鳴らしてくれたり、車の窓から手を出して振ってくれる人もいました。バスの窓から手をだして拳を突き上げてくれる人もいました。

奈良と斑鳩町について私が一緒に歩いている人たちから聞いたことを書いておきます。

昔、日本の首都は鎌倉でした。その前は京都に都が置かれていました。その前に都が置かれていたのが奈良でした。その奈良の中でも斑鳩町こそが仏教がインドから伝わり、最初に花開いた場所なのです。日本はその後独自の仏教文化を発展させ、何年も後、京都でその仏教は盛んになりました。だから日本で一番古い仏像を見たければ斑鳩に来ると良いでしょう。また法隆寺は日本最古の仏教寺院と言われており、建築にあたっては、釘は使用されていません。

今回の投稿はとても遅くなってしまって、しかも長くてすいません。今日の行進は本当に景色が良くて歴史についても学べる中身でした。以前に多くの日本人の友人から、奈良は歴史観光をするのにお勧めだということは聞いていました。自信をもって奈良を薦めてくる人もいれば、なんだか奈良というと懐かしさがこみ上げてくるという人もいました。多分今なら、私もなぜ皆がそう言って薦めてくれたのかが分かる気がします。

(翻訳:白石亜子・三宅朋子)

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