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原水協通信

毎月発行している日本原水協の機関誌です。国内外の反核平和運動についての情報が満載です。 日本原水協のウェブサイト→ http://www.antiatom.org/

「核兵器の全面禁止を!」

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【2014国際青年リレー行進】マギティング・ファブロスさんの日誌(5月6日)

第1日-5月6日 江東区夢の島から港区芝公園

今日が平和行進の初日。風の強さと肌寒さが相まって気温はとても低い。

国立オリンピック記念青少年総合センターから電車で夢の島公園に向かいました。

これから先どうなるかまだ分からずにいたので、この平和行進都内コース(東京→広島コース)と開会式のために多くのグループや参加者が集まっているのを見て非常に驚きました。文ちゃんや愛ちゃんが国際青年リレー行進の横断幕を用意し、僕らの隊列の先頭や最後尾に付けられるようにしてくれました。

「ドリームアイランド」の意味で訳されている夢の島にある夢の島公園へ向かいました。そこはかつてのごみ処理場で、この地域は都内の廃棄物から出来ています。ゴミ処理場を閉鎖して公園、競技場、博物館からなる複合施設に転換したのは1967年でした。この施設の一つが第五福竜丸、あるいはLucky Dragon No.5とも言われる、太平洋を遠洋漁業したマグロ漁船の展示館です。

その漁船がマーシャル諸島近海から日本に帰国途中の1954年、アメリカがマーシャル諸島のビキニ環礁で水爆実験をおこないました。汚染されたその環礁やマーシャル諸島の人だけではなく、実験現場周辺に居合わせたもの(例えば第五福竜丸)もまた「死の灰」の被害を受けました。衝撃で分解し、計り知れない爆発で押し上げられ、放射能を帯びた実験の破片や微細物質が雨のように降り注いだのでした。

ですから漁船は日本に帰国を果たしても全船員が水揚げした魚ともども放射線障害を受けてしまいました。こうした悲劇が日本での反核運動拡大の道筋を開いたのです。その展示館は第五福竜丸そのものと、犠牲者の歴史、そしてアメリカの核爆弾がとりわけ太平洋という海洋に及ぼした影響の資料を保存しています。

平和行進開会のために展示館の外に集合しましたが、とても寒くて風の強い朝だったので、みな上着を羽織ったり首周りを覆ったりしていました。日本原水協からのチームが開会の挨拶をして下さり、その中に安井さん、章史さん、佐竹さんその他大勢の人々の姿が見られました。朝日新聞社やジャパンプレスの記者の方々と対話の機会を持つ記者会見を開きました。参加者が紹介され、東京からの数多くの平和行進者を目の当たりにして正に圧巻でした。

開会式は非常に重要だったので、他県から多くの人々が参加していました。他県からのこうした労働組合の組合員や幹部の方々が再び顔合わせをするのがこの時です。前回の世界大会でお目にかかった懐かしい面々にたくさん再会しました。

冷たい風で身体が身震いしていましたが、緊張からではありません。僕の元のメッセージはかなり長めだったのですが、梶原さんが常に傍らで翻訳の手助けをしてくれたお陰で、その朝は短めのスピーチができました。

大熊さんと彼のグループが琉球太鼓を用いて舞踊を披露しました。彼はプログラムやショーの司会者を務めた文ちゃんや新婦人の方をも活気づけてくれました。通し行進者達が開会のスピーチをおこないましたが、福島から参加している少年もスピーチしました。昨年からの通し行進者である村田さんの姿もお見受けしました。第五福竜丸展示館の館長も開会スピーチを行いました。

プログラムの終わりは行進スタートの合図です。それでは、さあ出発!スピーカーを屋根に乗せた先導車の後について行進。そこで大熊さんのリードで平和行進の訴えをコールします。僕らもスピーカーから流れる歌に合わせて歌いました。

写真を撮ったり、僕らに挨拶するために道路沿いに大勢の人が集まりました。僕にとっても、全労連、全日本金属情報機器労働組合(JMIU)、新日本婦人の会、日本共産党(JCP)、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)、日本国民救援会、日本平和委員会、生活協同組合、農民運動全国連合会、法律家協会、日本国家公務員労働組合連合会(国公労連)その他多くの原水協の加盟組織やそれ以外のグループの方々とともに行進するチャンスでもあります。

そしてもちろん、被爆者(原爆犠牲者)の方々とともに行動するチャンスです。彼らは今や高齢化し、既に他界された方もおられるために人数が減りつつあります。核兵器に反対するため、たとえ短い距離でも彼らは歩ける限り歩きます。

最初の到着先の東陽町公園でジュースや飴の補給で休息をとりました。去る4月30日、この通りをずっとポスター貼りの宣伝行動をしました。お店を一軒一軒訪ね歩き、平和行進のチラシをお渡しして、店先に僕たちのポスターを貼らせていただけないかと申し出ました。今回情報を伝えておいたので、6日前にお会いした方々を見かけました。

歩道で平和行進の歌を演奏しているミュージシャンたちがいました。そのうちのお一人がトランペットを完璧に演奏する松平晃さんです。

巨大なJR東京駅と高級なお店が数多く建ち並ぶ商業地域の銀座を通り過ぎました。この地域に住んでいる人はたいていお金持ちだそうです。ここでは何でも高くて、特に分譲マンションの賃料が高いです。ですから、ここで働く多くの人はオフィス街から外れた地域に暮らしています。中には東京圏外に暮らす方々もいますが、その方がとてもやりくり上手で倹約できるのです。その上、日本では効率的に移動できて、いつも時間通り発着する電車がたくさん走っていますからね。

適度な歩幅や歩調を保っているかどうか、まだ自分の身体では測りかねています。それというのも歩調が特に交差点を横断する際に変わるからです。道を塞がないように少しスピードアップしないといけなかったり、また大勢の異なるグループと行進しているので、時には他のグループと合流するために早歩きもします。

開会の行進に参加したおそらく1千人程が参加しているので、とても大規模な行進になっています。通常、僕らはほとんどの道路の車線で左側を使用しています。交差点を横断する際は、警察が常に僕らをまとめて誘導してくれています。さすがですね!

人々に対して、特に歩道にいる通行人に向けて手を振るように呼びかけがありました。「平和行進です!」「ありがとうございます!」「こんにちは!」等と呼びかけ、行進の先導者が何か言うと、みんなでコールを返します。「いいね!」(フェイスブックの「いいね」に相当する表現)、とか「今でしょ!」(「今がその時」という意味で若者の間で人気の表現)のいずれかで応答するのです。

その晩は日本原水協と東京原水協に中華料理店に招待され、「すごい」「美味しい」ディナーをごちそうになりました。

行進の初日はこのように終わり、素晴らしい一日を過ごしました。少し身体が痛みますが、ストレッチをしてベッドに入り1分もしたらそんな痛みはすっかりなくなっていました。

明日が楽しみです!

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