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【平和行進】国際青年リレー日誌「東京から神奈川へ」(ケイラ・ウォーリー 2日目)

第2日:東京から神奈川へ

東京都港区芝公園 ⇒ 神奈川県川崎市稲毛公園 11.89マイル

今日はとても長い一日でしたが、とても面白かったです。東京から神奈川県川崎市まで行進しました。行進した人々の大部分は自分の県内だけを行進するので、すべての旗や横断幕を引き渡すセレモニーがありました。私が出会って話を聞いた人はみな、本当に、反核平和運動のためにすばらしい活動をしていました。川崎は、私が東京で見たものとかなり違っていました。私は今日のセレモニーでお会いした新しい人たちと実際に一緒に行進できるのを楽しみにしています。

しかし、私が一番楽しかったのは、行進の後の青年集会でした。私は同じ年代の人々と本当に素晴らしい討論をし、日本の青年の反核平和運動への態度について多くのことを学びました。

反核平和運動の現状とその背景について、平和委員会の人の講演もありました。15を超える国々が核兵器を持っており、ほとんどは数発から300発ぐらいですが、ロシアと米国は約7000発も保有しています(しかも第2次世界大戦当時よりもよりもはるかに強力なものを)。彼らが本当に世界全体を爆破しようと計画しているわけでないのなら、一体なぜこんなに核兵器をたくさん持つ必要があるのか理解できません。核大国(米国、ロシア、英国、フランス)が現在の国連での核兵器禁止条約イニシアチブに反対しているのは、北朝鮮を恐れているからですが、北朝鮮はこれまでにわずか8発しか保有していません。それに対抗するためには7000発も必要ないのではと思います。さらに、もし朝鮮が今日の破壊力を持つ核兵器で攻撃されれば、日本だけでなくアジアの広範囲にも影響が及ぶでしょう。

もっと続けて書きたいのですが、ブログへの短い投稿に収めるにはあまりにも多くのことがあり過ぎました。広島への原爆投下について被爆者の証言も聞き、とても正当化できないことだと思いました。今日聞いたすべてのことを、私たちは本当にもっと広く共有しなければならないと思いました。核兵器の生存者(「被爆者」と呼ばれる)は80代になっており、残された時間は多くありません。人々が、核兵器がいかに残酷なものかを実際に理解できるように、被爆者の証言を記録し、広く知らせるべきです。今日お会いした被爆者は、まだ小学生だった当時、焼けただれた人の皮膚が体から溶け落ちるのを見たと話していました。そのような話は歴史の教科書から得ることはできません。

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