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【平和行進】埼玉のコース・日程をアップしました。

2015平和行進-01

2015年6月24日現在、中央実行委員会に寄せられているコース・日程を紹介します。

【東京―広島コース】

静岡県平和行進日程(5月19日〜31日)→コチラ

岐阜県平和行進日程(6月11日〜16日)→コチラ

滋賀県平和行進日程(6月16日〜21日)→コチラ

京都府平和行進日程(6月21日〜26日)→コチラ

奈良県平和行進日程(6月26日〜30日)→コチラ

大阪府平和行進日程(6月30日〜7月7日)→コチラ

兵庫県平和行進日程(7月7日〜16日)→コチラ

岡山県平和行進日程(7月16日〜26日)→コチラ

広島県平和行進日程(7月26日〜8月4日)→コチラ

【北海道―東京コース(太平洋)】

青森県平和行進日程(5月31日〜6日)→コチラ

岩手県平和行進日程(6月6日〜14日)→コチラ

宮城県平和行進日程(6月14日〜21日)→コチラ

茨城県平和行進日程(6月25日〜7月8日)→コチラ

千葉県平和行進日程(7月8日〜21日)→コチラ

【北海道―東京コース(日本海)】

青森県平和行進日程(5月31日〜6月4日)→コチラ

秋田県平和行進日程(6月4日〜11日)→コチラ

新潟県平和行進日程(6月15日〜26日)→コチラ

長野県平和行進日程(6月26日〜7月8日)→コチラ

群馬県平和行進日程(7月3日〜13日)→コチラ

NEW! 埼玉県平和行進日程(7月13日〜21日)→コチラ

山梨県平和行進日程(7月8日〜16日)→コチラ

【北海道―東京コース(内陸)】

秋田県平和行進日程(6月4日〜13日)→コチラ

山形県平和行進日程(6月13日〜20日)→コチラ

福島県平和行進日程(6月20日〜27日)→コチラ

栃木県平和行進日程(6月27日〜7月11日)→コチラ

NEW! 埼玉県平和行進日程(7月11日〜21日)→コチラ

【富山―広島コース】

富山県平和行進日程(6月6日)→コチラ

石川県平和行進日程(6月13日〜24日)→コチラ

福井県平和行進日程(6月24日〜7月2日)→コチラ

京都府平和行進日程(7月2日〜4日)→コチラ

兵庫県平和行進日程(7月4日〜9日)→コチラ

鳥取県平和行進日程(7月10日〜20日)→コチラ

島根県平和行進日程(7月20日〜30日)→コチラ

広島県平和行進日程(7月30日〜8月4日)→コチラ

【和歌山→広島コース】

三重県平和行進日程(6月8日〜18日)→コチラ

奈良県平和行進日程(6月26日〜30日)→コチラ

【四国コース】

徳島県平和行進日程(5月31日〜6月14日)→コチラ

香川県平和行進日程(6月14日〜28日)→コチラ

愛媛県平和行進日程(6月28日〜7月12日)→コチラ

【広島→長崎コース】

広島県平和行進日程(7月5日〜7日)→コチラ

山口県平和行進日程(7月7日〜16日)→コチラ

福岡県平和行進日程(7月16日〜26日)→コチラ

長崎県平和行進日程(8月1日〜8月6日)→コチラ

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2014年原水爆禁止国民平和大行進<北海道−東京コース(太平洋側)>山口逸郎さんの行進日記(5月29日〜6月17日)

5月29日(木)曇り後晴れ 豊浦町、長万部町

山田議員が迎えに来て町役場へ。車を駐車場に止めて、2人で横断幕を手に町役場入口までの200mを「原水爆禁止平和行進です。豊浦町を歩いています」と大声で呼びかけて歩きました。山田議員が昨夜私の訴えに応えてくれたのです。大変嬉しかったです。その足で町長、議長、教育長を訪問。副町長とそれぞれの代理の方が対応して下さり協賛金、ペナントを受け取りました。町長を支持する山田町議が与党の立場であることから話が弾みました。

午後1時30分の迎えまで旅館で待機。書き残した日記を書きます。休むヒマなし。そこに山田議員が当地特産のイチゴを差し入れに来てくれました。入れ違いに立野洞爺湖町議員が交流会の写真を届けに来てくれました。両議員さん有難うございました。1時30分に高橋さんがご夫婦で迎えに来て下さり、長万部町に向かいました。車の中で「温泉に行きましたか」と聞かれ、前日の打ち合わせの時に言われていた行動予定ではなく、旅館みねで休憩していたと答えました。どうも高橋さんと山田町議とは打ち合わせ不十分の様子です。2人から聞く時間もいつも違っていました。私としては日記の整理が出来て良かったですが。

北海道は町といっても広く、50分後の2時20分に長万部町の温泉旅館大成館に着きましたが、引き継ぎなしで高橋さんは帰っていきました。残された私は旅館で待機していましたが誰からも連絡がありません。連絡表には93歳の佐藤弘さんの名と電話番号のみ。93歳と書いてあるので連絡せずに待っていましたが音沙汰なし。業を煮やした私はたまらずに佐藤さんに連絡すると、6時に迎えに行くまでそこで待ってくれとのことでした。両者の引き継ぎが?です。

5時30分前に急に迎えが来ました。聞くと行進は6時出発とのこと。あわてて仕度をして宿を出ました。車の中で明日の予定など聞くと佐藤さんに聞いてくれと言われました。どうも93歳の佐藤さんが仕切っているようです。出発地点近くには既に地元の横断幕と各団体の旗が数本立てられてありましたが人は誰もいません。私も横断幕を取りつけていると、ハンドマイクのスピーカーから声が聞こえてきました。ちょっと離れた出発地点で93歳の佐藤さんが街の人に呼びかけ訴えている声でした。参加者が次々と来てくれます。なかには6時半ではなかったのかと言う人もいました。参加者一人ひとりと感謝の握手をし、最後に私より10歳年上の佐藤さんに敬意を表して握手をしました。

2年前の10数日間、カンパ活動をしながら平和行進に参加した静岡県の91歳の高橋さんを思い出しました。行進参加14回の竹田昭彦さんから昨年京都で100歳になる元校長先生が3日間歩いたことも聞きました。皆さん、平和行進を生きがいとして頑張っている姿に頭がさがる想いです。私も負けずにガンバラネバ。

ハンドマイクを車の屋根に取りつけ6時に行進出発。原水協代表で僧侶の三浦さんと並んで横断幕を持ち先頭を歩きます。後ろには69回と書かれた地元の横断幕が続き、各団体旗を持った人たち約10人の行進団。佐藤さんは車に乗り、ハンドマイクで街の人に呼びかける声はハリのある93歳とは思えない声です。人通りは少ないですが、私も両手を振りながら大声で車や通行者に向かって呼びかけました。ここもシャッター通りです。1km30分の行進でした。病院前の広場で終結集会。佐藤さんの司会で三浦会長の挨拶後、私も皆さんと行進する喜びを話しました。佐藤さんから明日の行動予定を言われ終了。唯一参加した婦人から種々の品が入った袋をプレゼントされました。有難うございました。参加者一人ひとりにお礼の握手をして解散。

『歩く』DVDは1本普及。あと3本です。

5月30日(金)晴れ 長万部町、八雲町

今朝の予定では9時に役場へ向かうのが、急に8時30分と早く、あわてて身支度し、佐藤さんと七尾公夫町議と共に町役場へ。議長、教育長、町長とお逢いし、それぞれ協賛金、ペナントを受け取り、元町議の佐藤さんは大先輩、皆さん敬意を表して歓談。あわただしい訪問でしたが無事終わりました。

佐藤さんの案内で平和祈念館へ。前庭には本郷新さんの彫刻「嵐の中の母子像」(1953年作)「わだつみのこえ」(1950年作)、「北の母子像」「鳥の碑」「鳥を抱く女」の5体と峠三吉さんの詩ふたつが設置されてありました。10時前でしたが管理、解説者で教育委員会の名平さんが館内を案内し、説明して下さいました。館内には井上長三郎、丸木位里・俊各氏の絵や本郷さんの裸婦像の他、日本、世界の各国の石造、石仏、隠れキリシタン等588点が展示されています。これらは建物も含めて、当地で開業医をされていた工藤豊吉氏が寄贈されたものです。「なんでも鑑定団」に値をつけてもらったら、総額何十億円にもなるのではないでしょうか。これだけの物を収集されていたことに驚きました。ただ残念なことは、これらの品を展示するにはもっと広い場所でゆっくりと観せてもらえればと思います。植木蒼悦記念館、郷土館を含めて解説してくれた名平さんは、4月から解説者となったとか。同行した佐藤さんは感心しきり。ほめたたえていました。名平さん有難うございました。

昼食後、車で八雲町へ移動。竹浜俟一さんに引き継いでもらいました。佐藤さん、有難うございました。今後もお元気でご活躍を。

町役場を佐藤智子議員の案内で町長、議長、いずれも代理と教育長から協賛金とペナントを頂きました。行進は6時からで、それまで宿で待機。5時に迎えに来てもらい出発地へ。早速、横断幕を柵に取りつけて、道ゆく人、車に向かって平和行進ですと呼びかけました。参加の皆さんが次々に現れます。国立病院・医労連の若い男女が中心で礼文島の平均年齢に次ぐ二番目に若い人たちの平和行進です。1km20分の行進を元気よく終わり、記念写真。交流会は焼き肉店でおこなわれました。18人の参加で一人ひとり自己紹介あり。美味しい焼肉を食べながら聞きました。若い人たちです。大皿の肉や野菜は次々になくなり追加注文。3000円会費が予算オーバー、4000円となりました。私はお礼を込めてカンパしました。全員で記念写真を撮りました。若い女性に囲まれての撮影は嬉しいです。

『歩く』DVDは3本普及。残りあと1本。森町参加の島田さんが原水協から送られた5本を持って来てくれることになっています。

5月31日(土)晴れ 森町、七飯町、函館市

佐藤議員が町民と朝8時から駅前の花壇の手入れ作業を終えて迎えに来てくれて森町に移動。嶋田事務局長は来ていて大越さんから送られてきた『歩く』DVDを受け取りました。森町の行進に佐藤議員も参加し、森町原水協の高橋さんがハンドマイクを肩にして先頭を歩きました。9人の行進隊です。通行中のご婦人に呼びかけたらカンパ1000円札を渡して下さいました。行進中のカンパは初めてです。有難うございました。行進距離を延長しての約50分の行進が終わりました。土曜日のため事前に町長、議長、教育長からの募金、ペナントを受け取っていたのを渡されました。佐藤議員は地元へ戻ります。参加者一人ひとりと感謝の握手をして高橋さんの車で七飯町の大沼公園へ。湖といってもいいような名のとおり大きな沼です。

大勢の七飯原水協の皆さんに出迎えを受けて、挨拶もほどほどで昼食に。お店は原水協会員とのこと。嶋田さんから聞いていたように、2015年のNPT再検討会議に向けて町民過半数の署名を国連に届けようととりくんでいる町、七飯町です。1万5000筆を目指して現在、8000筆だとの報告。これからが大変と思うので頑張ってください。ここでも車を乗り降りしての行進。私の隣で横断幕を持って歩く上野町議の肩書は理学博士と書かれてあります。宣伝カーの声を聞いてご婦人が家から出てきて5000円のカンパを下さいました。行進団からお礼の拍手。有難うございました。

役場前の歓迎集会には中宮町長も土曜日にもかかわらず参加しての挨拶。町長の名刺には「千の風になって」誕生の地と書かれてありました。知りませんでした。七飯町では平和行進への協賛金、ペナントの受け取りなし。どうしてなのか? 福島県相馬から3人が参加しました。七飯町の行進も終わり、北海道最後の行進地函館へ向かいました。大中山コミュニティセンターで引き継がれて五稜郭駅へ行進。駅前には大勢が出迎えてくれましたが、通し行進者の山内さんの姿が見えません。駅の待合室で待っていたとのこと。なんということか!私は真っ先に新婦人の皆さんに握手して廻り、参加者の皆さんにお礼を言いました。北海道の最後の行進は函館の街を歩きます。6時近くに終結地に到着し集会をおこないました。26日間の行進は、2人もあり、500人もあった北海道での行進を思い出しました。北海道の皆さん、お世話になりました。有難うございました。さぁ明日から青森を歩くのです。集会後、交流会に13人が参加しておこなわれ、最後となる美味しい北海道の魚を腹一杯頂きました。

『歩く』DVDは3本普及。北海道で合計45本を普及しました。

6月1日(日)晴れ 青森市

朝、前夜北海道原水協から通し行進者に依頼されていた種々を整理し、精算書とお金を嶋田さんに渡しました。函館駅ホームで横断幕を広げて全員の記念写真。そこへ江戸川区小岩に住むというご婦人が来て一緒に撮りました。8時6分発でいよいよ青森へ向かいます。青函トンネルを初めて通ります。

10時過ぎに青森駅に着き、2人の出迎えをうけて集合地の平和公園へ。平和の塔広場には大勢の参加者が来ていました。

11時10分、北海道から青森県への引き継ぎ集会。真夏のような暑さのなかで始まりました。「核兵器なくせ。亡くなった平和の戦士に対して」黙祷。平和の塔の鐘が鳴ります。市役所の職員が休日出勤で操作してくれました。女性合唱団の3曲の唄。山内さんもトランペットを吹きます。各代表の挨拶後、私も挨拶しましたが声をつまらせました。情けない。260人が参加との発表。

12時いよいよ本州第一歩の平和行進が出発です。声高らかにして街行く人に呼びかけて歩きます。約1時間の行進が終わると、昼食をかねての交流会に私たち6人、山内、嶋田、福島からの参加の3人と私が案内されたところは、柳町グリーンベルトで、原水爆禁止運動で植樹された原爆さくら並木。桜の花が葉に隠れるように残っています。記念の看板も建てられてあります。谷川俊太郎さんが無署名で送られた詩「原爆をつくるな」、つくるなら花をつくれ、つくるなら家をつくれ、つくるなら未来をつくれ、戦争力はかせない、だが平和のためなら!がキッカケで運動が始まったと記されてあります。料理、飲み物を中にして20人が囲んでの交流会。話は弾み、爽やかな風もあり、暑さ忘れるひと時。嶋田さんと福島県からの3人が退席。嶋田さんと再び涙の別れ、今度は広島で逢いましょうと。福島の3人の方からは福島でお待ちしていますと握手をして別れました。時間が経つのが忘れるほどの交流会、3時過ぎまでおこなう。ご馳走さまでした。

『歩く』DVDは1本普及。

6月6日(金)小雨のち曇り 八戸町、南部町、三戸町、田子町、階上町

八戸市役所訪問後、小雨が降り出したので、急いで雨ガッパを取り出して着ました。小雨ですが雨中行進は札幌以来です。札幌での寒かったことを想い出しますが、ここではカッパを着ると暑いですが、ガマンして行進しました。

前日に引き続いて南部町、三戸町、田子町、階上町へ役場訪問。各自治体とも議会中のため町長、議長とは会えませんでしたが、それぞれ秘書課が対応して下さいました。三戸町の各店には馬場のぼるさんのネコの絵入りの垂れ幕があり、町長室には「11匹のネコ」のマラソンの絵が飾られてありました。各町内で行進し、階上町の行進で今回の行動予定は無事終わる。

八戸に戻って5時30分から「原発イラナイ」金曜日行動に参加しました。太鼓、ギター、タンバリンなどの楽器を打ち鳴らしながらの行進。私もリュックから2年前に岐阜で貰った鳴子を取り出し、打ち鳴らしながら行進しました。県原水協の2人、八戸原水協の2人と私の5人で青森県最後の夕食会をしました。お世話になりました。

6月7日(土)晴れ 五戸町、新郷村、三戸町、岩手県二戸市

青森県最終日の行進です。土曜日のため役場への訪問はなく、約30人が6台の車で移動しながら、五戸町、新郷村、三戸町の街中を行進しました。谷崎会長がいつものように帽子を取り、頭を下げて訴えながら歩く姿に感動しながら、私も青森県内最後の行進を元気よく、力一杯の声を出して行進しました。

昼食に店の都合で時間を取りすぎてしまい、行進で岩手県側の集会地に行くのは取りやめて車で金田一温泉駅前広場に乗りつけることになりました。岩手県側の参加者は約30人を超える方々が出迎えてくれました。引き継ぎ集会は辛く悲しい。お世話になった青森県の人たちと別れるのは辛い。情けないですが、私は声をつまらせながら青森県の皆さんにお礼の言葉、岩手県の皆さんには9日間よろしくお願いしますと挨拶しました。集会後、青森県の皆さん一人ひとりと握手し、谷崎会長、猪俣事務局長、新岡八戸事務局長とは抱き合ってお礼を述べてから岩手県の行進団に加わり、岩手県第一歩の行進出発。見送る青森の方々に大きく手を振りながら歩きます。

行進中、リュックサックを青森の宣伝カーに置き忘れていたことに気付く。谷崎、猪俣両氏が車で追いかけてきて届けてくれました。申し訳ない。ハッピードラッグから久慈コースの行進団と合流し、二戸町の街中を行進し、石切所公民館前に到着。館内で集会を開きました。私は北海道、青森県内の行進や各自治体訪問の話や2年前の思い出などを話し、交流しました。

『歩く』DVDは4本普及。青森県で合計12本普及。岩手県2本久慈の方も、幸先よし。

6月8日(日)曇り 二戸市、一戸市(小島谷、小繋)、岩手町

岩手県2日目の行進開始は午後1時から。宿でたまった日誌を書きました。昼食は堀内泰治二戸市原水協事務局長と釜揚げうどんを食べました。行進出発地の石切所公民館前には12人の方々が集まり、二戸市内の行進をおこなった後、3台の車に分乗して一戸市、小鳥谷・小繋、岩手町へ。一戸市では2人のお子さんと共にご夫妻が参加。2人の子は私と一緒に横断幕を持って歩きました。終了時にお礼のハイタッチをして別れました。

宣伝カーのアナウンサーは町議の女性、さすが名調子で呼びかけます。時々82歳の私が先頭に歩いていると紹介されるたびに、私は内心嬉しく思いますが、照れくさい。小繋では車での移動で行進なし。宣伝カーから代わったご婦人が原稿なしでアナウンサー。車の移動にもかかわらず「北海道礼文島を出発し、82歳の山口さんを先頭に歩いている平和行進です」とのよびかけには、私は面映ゆい思いがしました。岩手町さわやかクリニック前には遠藤洋史事務局長の出迎えがあり、2日目の行進が終わりました。院内での歓迎集会では、遠藤さんの司会で約20人の参加者が団体ごとに自己紹介し、私と津村岩手県原水協事務局長が挨拶しました。

『歩く』DVDは2本普及。合計60本を越えて61本となりました。

6月9日(月)曇り時々雨 岩手町、滝沢市、盛岡市

10時30分に岩手町役場へ副町長、議会事務局長と労組事務所も訪ねて協賛金、ペナントを受け取りました。早い昼食のため食欲がなかったので、ホットケーキとコーヒーを注文し、腹ごしらえしました。腕の日焼けが痒いのでさわやかクリニックで診てもらい、二種類の薬を受け取り塗りました。

雨が降り出し、出発集会は雨の中でおこないました。院長先生も診察を終えて挨拶して下さいました。梅雨に入ったのか、岩手県からは曇り空でした。終了近くにいわて沼宮内駅で雨があがりましたが、横断幕はビッショリ濡れていました。クリニック職員と別れを告げて車で移動。途中にある岩手町出身で戦争中移動演劇「さくら隊」にて丸山定夫さんと共に広島で被爆した園井啓子さんの記念碑に立ち寄り合掌。石河啄木記念館前から行進し、チャグチャグ馬っこの行進出発地点の滝沢市へ。村から市になったばかりの滝沢市役所では市長、副市長の皆さんと懇談し協賛金、ペナント、アピール署名を頂きました。外されてある「滝沢村」と書かれた看板をバックに市長とともにペナントをかざして記念写真を撮りました。いよいよ県庁のある盛岡市へ向かいます。

盛岡市の出発地点には160人の参加者で道路は一杯となっていました。直ちに行進の準備をし、全員がゼッケンを胸につけ、団体旗が手渡されて行進を開始しました。街の中を張り切って行進する私たちの呼びかけに応えて、道往く人やドライバーから手が振られ、嬉しく思いながら歩きました。行進団の後方ではアコーディオンの伴奏で歌を唄いながら行進しています。公会堂前に到着し、集会をおこない、市長、議長からメッセージが寄せられていることも報告されました。

『歩く』DVDは2本普及。

6月10日(火)晴れ・曇り時々雨 盛岡市、仙北町、矢巾町、紫波町

午前中は県庁、市役所を訪問。いずれも代理の方から協賛金、ペナントを受け取りました。出発前に取材に来ていた岩手朝日テレビからインタビューされました。放送されますように。12時10分からの盛岡出発集会には被爆者の会代表が挨拶して下さいました。市内行進が始まったら大粒の雨が降り出しました。土砂降りの雨です。急いで宣伝カーから傘を出して参加者に渡し、私は雨ガッパを着ました。宣伝カーからは「雨の中でも、暑いなかでも歩く平和行進」の声が流れます。雨中の行進が続きましたが、雨もあがり、太陽が顔を出し照りつけて暑くなり、濡れた横断幕も乾き出しました。行進第1ラウンドの終着地、川久保病院玄関前には病院長をはじめ、若い看護師さん、職員の皆さん100人近くが出迎えてくれました。歓迎集会では院長の挨拶から始まり、広島への世界大会に代表参加する3人の若き女性が紹介され決意を述べました。頼もしいです。終了後、参加者が多いのでハイタッチして廻りました。病院の若き男女も参加しての行進が続けられた後、2台の車に分乗した12人は次の地、矢巾町へ走りました。

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【平和行進】<北海道−東京コース>青森県蓬田村の村長が行進に参加

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青森県内を通し行進している原水爆禁止青森県協議会の谷崎嘉治会長からの報告です。

6月2日(月)の青森県平和行進で、青森県東津軽郡蓬田村の久慈修一村長が一緒に行進してくれました。私の知る限り、首長さんが役場玄関前で出迎えてくれて、平和行進にも(若干ですが)参加してくれたのは初めてのことです。

もちろん、ペナントも署名も賛助金も頂きました。

【青森】自治体首長の名前も入れた独自署名を作成 有権者1割の12万筆めざす。

青森県版署名用紙「核兵器全面禁止のアピール」完成版

▲クリック(PDFが表示されます)

原水爆禁止青森県協議会(青森県原水協)は、「核兵器全面禁止のアピール」署名の青森県版署名用紙を作成しました。

青森市長、黒石市長、深浦町長など自治体首長をはじめ、署名に賛同した県内の方々の名前が入っています。

青森県原水協は来年のNPT再検討会議までに有権者の1割、12万筆を目指しています。

【青森】八戸原水爆禁止の会がナガサキデーに署名行動と原爆写真展開催

2013ナガサキの日行動1

長崎への原爆投下から68年になる8月9日、八戸原水爆禁止の会は中心街で「核兵器全面禁止のアピール」署名をおこないました。

八戸医療生協からの14人と新婦人八戸支部等の参加で、計19人が署名とチラシの配布をおこないました。弁士を務めた八戸原水爆禁止の会の内田弘志会長は、先日亡くなった山口仙二さんが国連で訴えた「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ヒバクシャ、ノーモア・ウォー」の言葉を紹介し、被爆者の願いをかなえるため、人類の未来のために核兵器を廃絶しましょうと呼びかけ、様々な世代の方が署名に協力しました。

※八戸医療生協は自主的に、毎年のヒロシマの日行動(8/6実施)または長崎の日行動(8/9実施)に医療生協の各施設からの参加に取り組んでいます。この日も八戸医療生協本部の呼びかけにこたえて、看護師さんや介護福祉士さん、ケア・マネージャーさんなどが多数参加しました。

広島・長崎への原爆投下から68年になる8月8日から10日まで、八戸原水爆禁止の会は、あの惨劇を二度と繰り返さないためにと被団協(日本原水爆被害者団体協議会)が作成したヒロシマ・ナガサキ「原爆と人間」写真展を開催しました。

八戸ポータルミュージアムはっち3階のギャラリー3を借りて、被爆の実相を伝え、ノーモアヒロシマ・ノーモアナガサキ、ノーモアヒバクシャと世界に呼びかける被爆者の願いを市民に伝えることができました。

入場者は250人ほどで、熱心に写真を見、説明を読んで下さる方が多数いらっしゃいました。70歳前後の女性が小1の女の子に説明しながら見ている姿がとても印象的でした。夏休みだったためか子どもたち(小学生)がいつもより多かったのが特徴で、学校で、先生から紹介されたという児童もいました。子どもたちだけで来場し、説明をじっくりと読んで、感想を記入(会の活動をがんばって下さいとありました)、募金もした二人組、三人組には感謝です。地元紙の報道で開催を知り来場した50代の男性は、「人間の体全体が真っ黒くなっている写真は初めて見ました。あまりに悲惨な写真 でした。しかし、目をそらすべきでないと思います」と述べ、核兵器廃絶の思いを感想に記入しました。

3日間で多くの核兵器廃絶署名と1万円を超える被爆者援護募金が寄せられました。

また、8月11日には朝6時半から7時半まで、朝市で「核兵器全面禁止のアピール」署名を呼びかけ、184人の署名が集まりました。行動には11人が参加し、絶え間なく署名する人があり、初めて朝市署名にとりくんだ人は、署名用紙が足りなくなると心配したほどでした。

(八戸原水爆禁止の会・新岡武信)

【国民平和大行進】2013平和行進ニュース(青森県三八地区)

三八地区ニュース

 

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【国民平和大行進】動けば変わる!自治体署名の賛同増えました~!6月2日~8日青森県平和行進より

130613_平和行進交流ニュースNo.8

 

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【青森】高校生が署名-八戸市で6・9行動‏

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八戸原水爆禁止の会は5月9日、八戸市中心街で6・9行動を行い、「核兵器全面禁止条約の締結と核兵器の廃絶こそが広島・長崎の悲劇を繰り返さないもっとも確かな保証です」と述べて、「核兵器全面禁止のアピール」署名を呼びかけました。

行動参加者は、新婦人八戸支部や 八戸医療生協役職員、田端文明八戸市議など7人。この日は高校生や若者がたくさん署名に協力し、41人の方の署名が集まりました。 maltagirls

【青森・八戸】6・9行動で原発シール投票も

八戸シール投票

八戸原水爆禁止の会は3月9日、核兵器全面禁止のアピール署名にとりくみました。

行動には9人が参加し、核兵器廃絶を訴えるとともに、10 日の 「被災地復興・原発ゼロへ」行動への参加も呼びかけました。

同時に行った原発シール投票は新婦人八戸支部が準備して行ったもので、原発に反対する意見が98%と圧倒的でした。

▲説明を聞きながらシール投票に参加する小学生

【青森】市内18小・中学校に案内した原爆展に親子連れなど140人参加

青森市原水協は10月13、14日の2日間、青森市中央市民センターで原爆写真展を開催しました。

6月に鹿内博青森市長と懇談し、「原爆展開催時には市が後援する」「公民館を無償で貸す」などと約束してもらっていたので、市と教育委員会の後援もいただき、市内の18小・中学校をチラシを持って回り、案内しました。

そのかいあってか当日は幼児、小学生を連れた親子連れが多く、中学生も来てくれました。

あるお母さんは「初めて見た。小学生の娘が学校で平和について勉強しているので、ちょうどいい機会と思い、2人で来た。広島の資料館も見たい」「PTAの研修活動で原爆のことを取り上げたいので、資料を貸してもらえないか」などと話していました。

また、会場には県原爆被害者の会から85歳の被爆者が自分で原爆が落とされた時に見た光景をスケッチした絵と文章を書いたものを持って説明役に駆けつけてくださり、交流できました。

その他、会場では『おこりじぞう』『ヒバクシャからの手紙』『予言』などのDVDも放映。始めから終わりまでずっと見て下さる人もいました。

入場が途切れることがほとんどなく、2日間で140人以上の来場者がありました。

「核兵器全面禁止のアピール」署名が56筆、日本被団協の署名が32筆、1000円の募金、3人からちひろカレンダーの注文がありました。

(青森県原水協・猪股あや子)

【青森】八戸原水協が世界大会報告会、署名、原爆展のとりくみをニュースで発信

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【青森】三八地区参加者の原水爆禁止2012年世界大会報告会を開催

8月24日、青森県八戸市の三八教育会館で、原水爆禁止2012年世界大会報告会が行われました。

三八地区から参加した八戸医療生協や教職員組合からの代表4人がそろって報告。医療生協から参加した佐々木美音緒さんは、碑めぐりと平和記念資料館の展示について、スライドで丁寧に説明しました。強い熱線が皮膚がめくれてしまう痛ましい姿を生じたことや被爆ユーカリの生命力、たくさんの薬や医療材料を届け、治療活動にも当たったスイスのジュノー博士のことなどについて語り、さらに分科会や民医連交流会についても報告しました。

義務制の学校に勤めている工藤美子さんは、分科会で見た映画「黒い雨」やドイツ国営テレビ制作の「福島の嘘」の映像で放射能被害の恐ろしさをあらためて感じたことを語りました。

同じく千葉久美子さんは、高校の時に修学旅行で来て以来三度目の広島になる。今回は記念館や碑などもじっくり見ることができた。大会で報告した高校生の取り組みがすばらしいと感じたと報告しました。

特別支援学校に勤めている武田郁子さんは、8月6日の広島にいたことが自分にとっては一番大きなことだったと語りました。教職員の集いのこと、原発問題のこと、エネルギーがテーマのご自分の授業でどう教えていくかについても触れました。

30人近い参加者となった報告会は、いっそうの署名推進など会の活動を強めることを確認して散会となりました。

(八戸原水爆禁止の会・新岡武信)

【青森】八戸原水爆禁止の会が3・11集会案内の6・9行動と雪の降る寒い中、集会に参加

八戸原水爆禁止の会は、3月の6・9行動を9日、コープあおもりるいけ店で行いました。3.11集会案内と6・9チラシを両面に印刷して配布し、署名と集会への参加を呼びかけました。買い物客が少なく、署名は26筆だけでした。

3月11日、八戸市の長者まつりんぐ広場で、八戸原水爆禁止の会も参加した「なくせ!原発・核燃三八地区集会」が開催されました。雪が降る寒い日でしたが、およそ220人が参加、集会とパレードを行いました。

集会で松山力実行委員長は、福島第1原発の炉心溶融という過酷事故がもたらした被曝と今なお続く避難について述べました。放射性物質は風と海水で世界中に広がり、農漁業に深刻な被害を与えていること、また、事故は想定外の大津波によるものと説明する東電・政府は、本当は今回の大津波に匹敵する過去の津波の研究・調査報告を受けていながら、政治力でこれを隠匿したこと等を糾弾しました。原子力委員が原子力企業から多額の寄付を受けていることも明かしました。

ふくしま復興共同センター子どもチームとさようなら原発・核燃青森県民集会からの連帯のメッセージが紹介されました。日本共産党田端文明市議会議員からは、八戸市の放射線量の状況やがれき処理の受け入れについての報告がありました。

市民へのアピール「原発・核燃に頼らない社会を求めて声を上げましょう」を採択した後中心街をパレードし、「原発なくせ、核燃あぶない、大間原発おおまちがい」と市民に訴えてパレードを行いました。

(八戸原水爆禁止の会・新岡武信)

【青森】八戸原水爆禁止の会が新成人へ署名よびかけ

八戸市主催の成人式が開催された1月8日、八戸原水爆禁止の会は中心街で核兵器全面禁止のアピール署名にとりくみました。

寒い中での行動でしたが、「核兵器をなくす署名です。ご協力下さい」という内田弘志会長の訴えに、32人の方が署名に協力しました。

成人式を終えた新成人にも署名をよびかけ、振り袖の娘さんたちがこたえてくれました。

(八戸原水爆禁止の会 新岡武信)

【青森・八戸市】コープ前で今年最後の6・9行動

コープ前で6・9行動を行う八戸原水爆禁止の会のみなさん

八戸原水爆禁止の会は12月9日、コープあおもりるいけ店前で今年最後の6・9行動を行いました。お店の玄関前なので拡声器は使わず、地声で「核兵器全面禁止を求める署名にご協力を」と呼びかけました。

最高気温が3.1度という真冬並みの寒さで、来店者は少なかったのですが、「千葉に住む娘のところも放射線量が高いので、物を送るんです」と言って、段ボール箱数個をカートに積んだご夫婦が署名、原発も原爆もだめですねとの会話でした。津波で被災した八戸市内の住所を書いた方に、津波は大丈夫でしたかと質問したら、「頭の高さまで来て、1階は全滅、家具や家電はもちろん、箸や茶碗も全てだめになった。車も一台流されたの」と。

10月と11月は福島の子どもを放射能被害から守る署名を行ったので、久しぶりの核兵器全面禁止へのアピール署名となりました。1月は新成人に向けた署 名行動を計画しています。

(八戸原水爆禁止の会・新岡武信)