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原水協代表、被爆者、エレン・ホワイト国連会議議長と懇談し一層の協力を誓い合う 6月には「たくさんの署名を持ってきてほしい」

ホワイト国連会議議長(中央)と手を繋ぎ一層の協力を誓い合う左から川田担当常任理事、オーストラリア・マラリンガの先住民の女性、藤森日本被団協事務局次長、高草木代表理事、サーローさん、土田事務局次長

国連の核兵器禁止条約交渉会議に出席している日本原水協の高草木博代表理事、土田弥生事務局次長、川田忠明担当常任理事の3氏は3月30日、被団協代表として会議に出席中の藤森俊希日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)事務局次長やカナダ在住の被爆者セツコ・サーローさん、オーストラリア先住民で核実験被害者の代表とともに、会議議長のエレン・ホワイト大使(コスタリカ)と懇談しました。

冒頭、高草木代表理事は、「核兵器を禁止する国連会議は、人類の生存に関わる会議であり、日本の市民社会はこぞって核兵器を禁止し、廃絶するこの会議の成功を願っている。また、日本の運動は被爆者とともに、日本政府にも会議に出席し、被爆国であり、戦争放棄を憲法とする国として核兵器禁止のために力をあわせるよう求めている」と伝え、会議で発言と見解発表の機会を与えられたことに感謝の意を表明しました。

サーローさんは、核兵器の禁止が被爆者の心からの願いであり、コスタリカ政府がそのために努力を続けていることに力づけられていると述べ、藤森日本被団協事務局次長は、会議に出席しない核保有国の政府の態度を批判しながら、被爆者が世界で数億を目標に核兵器を禁止し、廃絶する署名を呼びかけていることを伝えて、協力を訴えました。

ホワイト議長は、会議での被爆者の証言と市民社会の声が大きな力を与えてくれたと感謝の言葉を述べました。また、現在の署名の集まり具合などについて質問し、「次の6-7月の会議では、たくさんの署名を持ってきてほしい」と激励してくれました。また、被爆者と市民社会のみなさんに、「会議参加者を代表して心とビジョンを共有していることを伝えてほしい」と述べました。

最後に、懇談参加者は、議長の提案で手をつないで記念撮影し、いっそうの協力を誓いあいました。

原水協代表団、キム・ウォンス国連軍縮担当上級代表と懇談 「今こそ、みなさんの大きな声が必要!」

キム・ウォンス国連軍縮担当上級代表を囲む左から土田事務局次長、藤森日本被団協事務局次長、高草木代表理事、川田担当常任理事

日本原水協代表団の高草木博代表理事、土田弥生事務局次長、川田忠明担当常任理事の各氏は3月30日、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の藤森俊希事務局次長とともにキム・ウォンス国連軍縮担当上級代表を訪ね、懇談しました。

最初に高草木代表理事は、キム・ウォンス上級代表が一昨年に続き、昨年も原水爆禁止世界大会に出席されたことに感謝し、先に退任した潘基文(パン・ギムン)前事務総長にも、在任中の氏の温かい支援に心からの感謝を伝えてもらうよう要請しました。

また、現在の核兵器禁止条約を交渉する国連会議について、日本原水協の声明や関連資料を手渡して、会議の成功を願う日本原水協の立場を伝えました。

日本被団協の藤森事務局次長は、初日開会での被爆者としてのスピーチに際し、キム・ウォンス上級代表が見守ってくれたことに励まされたと感謝し、昨年4月に開始した核兵器の禁止・廃絶を求める「ヒバクシャ国際署名」について支援、協力を要請しました。

キム・ウォンス上級代表は、両組織の核軍縮への貢献に感謝する、核兵器の廃絶は市民社会と政府の両方の努力がなければ達成できないと語りました。また、国際的に緊張と分裂があるなかで、いまこそみなさんのさらに大きな声が必要と述べ、世論と運動の役割を強調しました。

さらに、被爆者の声は非常に重要、核保有国の指導者に声を届けてほしい、国連交渉会議でも、被爆者のメッセージが盛り込まれるべきとの声に賛成だと応えました。

最後に原水協代表団は、今年の原水爆禁止世界大会にもぜひ国連代表が参加してもらえるよう要請しました。

【埼玉】「ヒバクシャ国際署名埼玉連絡会」結成 2018年前半までを重点期間とし目標は300万

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【北海道】勤医協中央病院で昼休みの2017年3・1ビキニデー報告会に60人

北海道勤医労中央病院支部から3・1ビキニデー全国集会に参加した3人の報告会が3月30日、職場の昼休みにおこなわれました。

「教科書に載っていたり、話に聞いたことはあるけれどよくわからない」、「原水爆禁止世界大会に参加したり、第五福竜丸展示館に行ったことがあって興味があった」と参加した動機が最初に話され、3人で分担して報告されました。

「過去の出来事として終わらせてはいけない」、「被爆国として日本から声をあげることが大切」、「一人ひとりが自分のこととして多くの人に伝えたい」と報告を終わりました。

畠山友美さんは「日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)事務局長の田中煕巳さんが、『自分の目の黒いうちに核兵器廃絶の道筋を』」と訴えたのが心に痛かった、奥山千佳さんは「久保山愛吉さんの『私を最後の犠牲者に』の言葉が印象的だった」と報告の中で感想を話しました。

「世界大会-長崎にすごーく前に行った時に、原爆いらないと深く深く思った」と参加者から感想が出されました。最後に「今日のような学びをたくさんして、『ヒバクシャ国際署名』をしっかり集めよう」と行動提起がありました。

【動画あり】核兵器禁止条約交渉会議・市民社会の意見表明セッションでのセツコ・サーローさんの発言<仮訳>

発言するサーローさん

広島被爆者でカナダ在住のセツコ・サーローさんが核兵器禁止条約を交渉する国連会議2日目の3月28日、市民社会の意見表明セッションでの発言を日本原水協国際部が仮訳しました。全文を紹介します。

セツコさんが発言する姿はこちらで見られます(2:35:20 ぐらいから始まります)。


<仮訳>

核兵器禁止条約交渉会議での発言

セツコ・サーロー

2017年3月28日

 政府代表のみなさん、

広島の被爆者として、この歴史的な会議で発言の機会を与えられたことを光栄に思います。私の愛する故郷が一発の原爆で壊滅させられてから、すでに72年が経とうとしています。

生き延びた私たちは、核兵器の非人道と筆舌に尽くしがたい苦しみを、ふたたび誰にも経験させてはならないと心に誓いました。そのため私たち被爆者は、数十年にわたって、大量殺りくと世代を超えた放射性暴力を引き起こす核兵器の全廃を目ざしてたゆみなく努力してきました。

私たちは、犠牲となった家族や愛する者たちに対して、「あなたたちの死を決して無駄にはしない」と誓いました。広島だけですでに25万人が犠牲となりました。そのうちの多くは、自分たちの生あるうちに核兵器の廃絶を夢見てきた人々です。広島を思い出すたびに私のまぶたにうかぶのは、4歳だった甥の姿です。見分けもつかぬほど黒焦げになって膨れ上がり、体中が焼けただれてもなお、か細い声で水を求め続けていたあの子は、死ぬことでようやく苦しみから解放されたのでした。この幼い男の子の姿は、私の心の中で、今この瞬間にも核兵器で命を脅かされている世界中の罪のない子どもたち全員を代表するイメージとなっているのです。

この1週間の、そして6月から7月にかけての3週間の会議期間でのみなさんの任務は、いかなる曖昧さもなしに、はっきりと、核兵器は違法で不道徳で非合法であると宣言する、明確で、新しい、国際的な基準を作り上げることです。

私はナイーブな人間ではないので、この条約をはねつけようとする国々が出てくると予想しています。彼らは、自分たちにはなぜかこの命を破壊する兵器を保有する権利があるのだという勘違いにしがみついて、私たち全員を脅かすでしょう。

私は特に、この交渉会議に全面的に参加することができない日本政府を強く非難します。昨日の朝の日本政府代表の発言を聞いて、被爆者は、自分の祖国にずっと裏切られ、棄てられてきたという気持ちをさらに強くしています。彼らは、核の惨禍の現実から学ぶことを期待するとして、広島に外国要人を招くことで核軍縮に重要な役割を果たしていると称しています。しかし、アメリカの「核の傘」に留まり続けている日本のこのような行動は、まったく空虚なごまかしに過ぎません。日本政府は、日本国民の意志に応えて独立した立場をとるべきです。

真剣に軍縮のために努力しておられる政府代表のみなさんには、核兵器禁止のためのみなさんの交渉から恩恵を受ける将来の世代がいることを感じるだけでなく、広島・長崎で亡くなった人々の魂の声を感じとっていただきたいと思います。原爆で亡くなった人々の記憶と姿はつねに私を支え、導いてくれました。多くの被爆者もこのようにして生き続けてきたのだと思います。愛する人々の死を決して無駄にしないために。

みなさんが今週この会議を進める中で、彼らの支えと存在も感じていただきたいのです。そして立派に任務を果たしてください!! そして被爆者が、この条約は世界を変えることができ、必ず変えると確信していることを知ってください。

ありがとうございました。

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【徳島】十番札所 切幡寺でお遍路署名行動 経木流しの参拝者や屋台目当ての子どもたちが次々署名

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【日本原水協】首相官邸前で核兵器禁止条約の交渉への不参加を表明した日本政府への緊急抗議・要請行動【動画あり】

日本原水協は3月29日、核兵器禁止条約国連会議の交渉への不参加を表明した日本政府への抗議・要請行動を首相官邸前でおこないました。

緊急の提起にもかかわらず、全労連、国公労連、自治労連、全教、新婦人、婦人民主クラブ、平和委員会、全商連など中央団体の代表、東京原水協、東京都原爆被害者団体協議会(東友会)など17団体から53人(被爆者10人含む)が参加しました。

最初に被爆者が次々とマイクを握り、日本政府への怒りを述べました。日本共産党の本村伸子、大平喜信両衆議院議員が連帯挨拶。

続いて、安井正和事務局長が「唯一の戦争被爆国」として核兵器廃絶の先頭に立つと言いながら、禁止条約の交渉には反対するという日本政府の二枚舌外交を厳しく批判し、唯一の被爆国の政府と言うのであれば、なによりも被爆者の声に応えるべきであり、交渉不参加を撤回し、禁止条約交渉の成功のために、被爆国の責任を果たすことを強く要求しました。

安井事務局長が読み上げた日本政府への抗議要請文

この後、全労連、全教、新婦人、平和委員会などの代表が抗議を表明。

最後に、参加者全員で「核兵器禁止、条約つくれ」「日本政府は被爆者を裏切るな」「被爆国の責任を果たせ」「核兵器禁止条約を結べ」と力強くコールしました。

核兵器禁止国連会議開催にあたっての日本原水協の声明

【動画】

 

SEIU1199支部執行委員会が「ヒバクシャ国際署名」への協力と6月NY行動への支援の訴えを満場一致で確認 議長がその場で署名に賛同

賛同した「ヒバクシャ国際署名」を持ち布施国際局長と握手するグレシャム議長

全国労働組合総連合(全労連)の布施恵輔国際局長は3月27日、SEIU(国際サービス従業員労働組合)1199支部の執行委員会で「ヒバクシャ国際署名」への協力と核兵器禁止条約を交渉する国連会議第2会期(6月-7月)に合わせてニューヨークで企画されている大規模な行動への支援を訴え、満場一致で確認されました。

執行委員会の分の「ヒバクシャ国際署名」は取りまとめて後で送ること、署名と資料をWebに掲載してくれる予定です。また、ジョージ・グレシャムSEIU1199支部議長はその場で署名に賛同してくれました。

【動画あり】核兵器禁止条約交渉「国連会議」における土田弥生日本原水協事務局次長の発言全文

核兵器禁止条約を交渉する国連会議(第1会期)2日目の3月28日におこなわれた、土田弥生原水爆禁止日本協議会事務局次長の発言全文を紹介します。

動画(英語)


議長ならびに各国代表の皆さん、

 私は被爆国日本の市民社会の代表としてこの会議で発言できることを光栄に思います。被爆者をはじめ、国民はこの会議の開催を歓迎しています。私たちは、1955年以来、毎年広島と長崎で原水爆禁止世界大会を開催し、核兵器の全面禁止、廃絶を呼びかけてきた団体として、この会議が、核兵器禁止条約を実現するものとなり、核兵器完全廃絶の達成へと大きな一歩を踏み出すことを求めます。とりわけ、以下の点を要請します。

 第一に、核兵器の禁止は、「次の世代を戦争の惨害から救う」ことを創立の目的とする国連が、果たすべき第一義的課題であり、「人類と核兵器は共存できない」との被爆者の訴えを、適切な形で反映させることを希望します。

 第二に、核保有国はこの条約に参加すべきですが、たとえ、当初の段階でそれらの国が参加せずとも、核兵器禁止条約に速やかに合意し、発効させることを求めます。被爆者は「もうこれ以上待つことはできない」との声をあげています。いまや、条約を実現すべきときです。

 第三に、核兵器の禁止と廃絶を達成し、核兵器のない世界を維持することは、核保有国、非保有国を問わず、すべての国の義務であることを条約に明記することです。この交渉会議で、私たちの政府は、被爆国としての責任を果たすべきです。

  この条約は、核兵器を人類史上初めて違法化し、「核兵器のない世界」に向けた決定的な一歩となるでしょう。私たちはみなさんとともに、核兵器の禁止から全面的な廃絶を達成するこの過程を前進させるため、被爆国の運動として全力を尽くすものです。

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核兵器禁止条約交渉「国連会議」ハイレベル会合におけるアレクサンダー・マーシックオーストリア大使・政治担当副大臣の演説全文<仮訳>

核兵器禁止条約を交渉する国連会議(第1会期)初日の3月27日、ハイレベル会合におけるアレクサンダー・マーシックオーストリア大使・政治担当副大臣の演説全文を紹介します。(仮訳:日本原水協国際部)


<仮訳> オーストリア アレクサンダー・マーシック大使・政治担当副大臣の発言

2017年3月27日

議長、代表、友人のみなさん、

この何十年の間に国際社会は、不必要な苦痛を引き起こす、化学・生物兵器、地雷、クラスター爆弾などの兵器を違法化してきた。これらの兵器は、その帰結が倫理的に非人道的であると考えられたために禁止されたのだ。

われわれは、核兵器が引き起こす結末を知っている。

われわれは、広島、長崎の写真を見て、被爆者の話を聞いた。

なぜ化学・生物兵器の禁止、地雷やクラスター爆弾に適用された論理が、それらよりはるかに有害で、この世の命あるものすべてを一掃してしまう兵器である核兵器に適用されないのだろうか。

2014年、オーストリアは、この問題の回答を追求するためにウィーンで会議を開催した。核兵器の危険要素と危険そのものを、入手しうる最新の情報に基づいて検討し、討論するために専門家を招いた。

何人かは今朝この場にもおられるが、ほとんどの出席者にとって、会議は、今日、核兵器に関わる現実の危険について、目を覚まさせる警鐘であった。

・ われわれは、核兵器爆発の短期的・中期的・長期的影響が、これまで理解されていたよりもずっと重大であることを知った。

・ 爆発後に汚染地域となる可能性のある地理的範囲が、以前に予想されていたよりもはるかに広いことを知った。

・ われわれは、コンピューターの誤作動やミス、貯蔵施設での事故によって、核事故に至りかねない事件が数えきれないほどあったことを知った。

・ 危険性を算定する数学者からは、核戦争の結末の重大さのゆえに、統計的にはわれわれの子どもたちが車の事故で死亡する以上に、核爆発の結果死亡する可能性のほうが高いことを学んだ。

・ 要するにわれわれは、核兵器に関わる危険性について非常に大きな過小評価をしているということを学んだのだ。

2014年のウィーン会議は、核兵器が、それらのいわゆる利益なるものとは到底引き合うものでない危険性を持っていることを、驚くほど明白に示したのである。われわれは、それらの危険性を減らさなければならないこと、そしてそれを減らす唯一の道は、そのような兵器を法的拘束力を持つ文書によって禁止することであることを確信して会議を終えた。

こうして、われわれの多くは、今日この場に集う旅へと導かれたのである。

そして本当にたくさんの、かくも多くの国々が今朝、この会場に集まっているのを目の当たりにし、誇らしく感じるとともに、身の引き締まる思いがする。

核兵器の禁止への広範で世界的な支持があることがここに示されている。

議長、

かくも多くの国が今日、ここに集まっていることを喜ぶ一方で、なおいくつかの国が欠席していることは残念なことである。まだ、すべての国がわれわれのイニシアチブに確信を持っているわけではない。いくつかの重要なパートナー、とりわけ核兵器国は懸念を持っている。

われわれはこれらの懸念を真摯に受け止め、積極的にそれらにとりくまなければならない。なぜなら、われわれは、パートナーたちに、われわれが正しいことを納得させる、説得力のある議論を持っているからである。そしてもし成功を望み、核兵器の危険性をゼロにしようとするのであれば、すべての国々がこのイニシアチブに加わることが必要であるからだ。

だから、ごく手短に、これらの懸念のうちのいくつかに答えたい。

1) 核兵器はすでに存在するのであり、核兵器を発明以前に戻すことは不可能だと言う人々がいる。だが、核兵器を発明以前に戻す必要はないのだ。禁止すれば十分なのだ。われわれは他の兵器禁止条約から、厳格な検証管理の条約体制を創ることができることを知っている。核の分野では、NPT(核不拡散条約)体制と包括的共同作業計画(JCPOA)とが、土台となり拡大することのできる複合的な検証メカニズムを確立した。独立した専門家たちは、高度に精緻な包括的安全保証措置の青写真を作り上げている。

そして、禁止条約はたんに一つの要素であって、核兵器の完全廃絶を達成するために追加的な一連の包括的な追加的措置によって補完されねばならないが、最初の必要なステップだということを忘れてはならない。

われわれは、それには時間がかかることを知っている。だが、それはわれわれを止めるものであってはならない。そのプロセスの目標、つまり核兵器の法的禁止を明確に示すことによって、最初の一歩を踏み出すべきなのだ。

2) もう一つの懸念は、核兵器の禁止は安全保障を低減させる、というものだ。

はっきり言いたい。この会場にいるものは誰一人として、核兵器国であれ非核兵器国であれ、どの国にたいしてもどの個人に対しても、安全の度合いを引き下げることなど望んでいない。

実際、核兵器を持つ国がなくなれば、すべての核兵器国、すべての「核の傘」の国を含め、どの国もどの国の国民も、より安全になる。これは重要な議論だ。なぜなら、核兵器のない世界というわれわれの最終目標は、核兵器国が参加してのみ達成できるものだからだ。核武装の解除ができるのは彼らだけだ。われわれにはできないのだ。

そして核兵器国は、自分たちがさらに安全の保障を得られると感じたときのみ、そうするであろう。だからわれわれは、このイニシアチブに参加することによってさらに多くの安全を得ることが可能になるということを、はっきりと示して見せなければならない。

どの核兵器国も一方的に武装解除するよう求められているのでないということを説明しなければならない。われわれが求めているのは、全般的な法的禁止であって、ひとたびそれが得られれば、われわれは核兵器国と一緒に、核兵器廃絶のシステムを構築するのである。

この文脈でもう一点あげたい。核兵器は安全保障に欠かせないという議論は、NPTの文脈でなされた多くの誓約に逆行する。もし核兵器が本当に安全の保障を提供する上で欠かせないのなら、どうしてすべての国家がこの利点から利益を得てはならないのか? 核兵器は世界をより安全にするという議論に従えば、より多くの国々がより多くの核兵器を持ったほうがよいということを意味することにならないだろうか? われわれはそういう議論を信じない。

明らかに、核兵器が少ない方が、そして核兵器がない方が、われわれはより安全になるのだ。それのみが、誰をもより安全にするのである。

3) もう一つの懸念は、禁止条約とNPTとの関連である。

2015年、われわれはまたまたNPT体制の屈辱的な失敗を目の当たりにした。にもかかわらず、NPTはわれわれが持っている核の安全についての最善のシステムとして、また国際核不拡散・軍縮体制の土台として維持されている。

だからわれわれはNPTを守り、強化しなければならない。

それこそが、われわれの禁止条約がおこなおうとしていることである。それはNPTと完全に両立するだけでなく、第6条の上につくられ、その履行に貢献する。

したがって、それはNPTを弱めるのでなく、全くその逆で、強めることになる。

4) 最後に、われわれはしばしば、今はそのようなイニシアチブにとって適切な時期でないということを耳にする。われわれは1997年以来、核軍縮の前進を待ち望んできた。この20年間、軍縮会議(CD)は作業プログラムに合意できないできた。2010年のNPT再検討会議で核兵器国を含めすべての締約国が合意した核軍縮の行動計画も、いまだ履行を待っている状態だ。

尋ねるたびにわれわれは、いまは核軍縮に適した時期ではないと言われた。時期が適している場合には、その必要はないと言われた。また別の時には、選挙があるとか金融危機だとか、地政学的緊張があるとかで難しいというのである。

率直に言って、適切な時などは、決して訪れないようだ。

歴史を振り返ってみれば、核軍縮は冷戦の間や、戦後の平和のときに起こってきたことがわかる。歴史が教えているのは、政治指導部が前進を達成しようと決意した時に、核軍縮が実現したということだ。

今日、国際安全保障環境は厳しいかもしれないが、それを口実に使うべきではない。冷戦の頂点のときでも米ソの指導者は、2か国間の核軍縮会談をおこない、戦略核削減条約(START)や中距離核ミサイル削減条約(INF)を実現した。

また、われわれが追求しているのは、厳密にいえば「軍縮条約」ではないということも忘れないようにしよう。これは、巨大な危険性を帯び、もし爆発すれば膨大な人的被害を引き起こす、一つの種類の兵器を禁止するプロセスなのだ。

そのために、「悪い時期」など存在しないのだ。

そして、ごくあけすけに言うが、もしあなた方が危険性に目を向けるのなら、それに代わる案は何なのか? 何もしない方が、よりましな戦略だというのか?

ある人たちは、「なぜ、わざわざ、こんな厄介なことをやろうとするのか?」と言う。ただのんきに構えて核事故が起こるのを待てばよい、テロリストによる爆発を待てばよい、そうすれば国々が一致して核兵器を禁止するようになる、と言うのだ。

私はそんなことを決して受け入れない。惨事が起こるのを待つのは戦略ではない。

それは過去と未来の核兵器の犠牲者に対する冒涜だ。

核兵器を禁止するプロセスを始めるのに適切な時期は存在する。それは今なのだ。

議長、

お許しいただければ、一つの動議を出したい。

核兵器を禁止するために何年も、何十年も活動してきた市民社会のメンバーに感謝したい。

あなた方の献身的な努力や専門的知識、忍耐力によって、今、われわれはここに集まっているのだ。みなさんとともに活動するのは、われわれにとって名誉であり、喜びである。

また、国連事務局のみなさんや包括的核実験禁止条約機構(CTBTO)など国際機関のたくさんの仲間や、世界中の軍備管理部門で活動する政府代表のみなさんにも感謝したい。

だが、私はまた、この部屋に集まったすべての友人にお願いしたいことがある。これは、われわれが歴史を創ることのできる極めてまれな機会の一つである。

われわれはつまずく、あるいは機会を逸するかもしれない。高望みし過ぎる危険もある。道を外れ、目標を見失う危険もある。個々の国の政治課題を満たそうとする危険もある。 誰にとっても国益というものがある。誰にでもこのプロセスを難しくすることも、容易にすることもできる。 親愛な友人のみなさん、みなさんへの私のお願いは、どうか、この一つの、狭く、明確な、「核兵器の禁止」という目的のもとに、一緒に進んでほしいということだ。

自制心を持ち、共通の目標を国家的課題に優先させて初めて、われわれは成功できる。他のすべてのことは後回しにしてかまわない。成功するのなら、すべては後で必ずできる。 しかし今ここでは、われわれはただ一つの目標に集中せねばならない。核兵器の禁止だ。

もしそうしないなら、あるいはもし誘惑に負け、それぞれの国家的優先課題にがんじがらめになってしまえば、われわれはほぼ間違いなく失敗するだろう。

それが世界の終わりというわけではないかもしれない。しかし、核兵器が関わってくれば、実際そうなるかもしれないのだ。

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【北海道】「あなたの意思を署名に」被爆者協会と原水協共催で核兵器禁止条約交渉会議に呼応して署名行動

北海道原水協は3月27日、いよいよ始まる核兵器禁止条約を交渉する国連会議に呼応し署名行動をおこないました。天気に恵まれた春休みのお昼時、若い人や観光客が多く、賑やかな署名行動になりました。

背中の真っ赤に焼けただれた原爆パネルをじっと見つめている2人連れの女性、高校を卒業したばかりの青年たちは「えっ(話していた人が)被爆者ですか。自分たちの未来に戦争はいらない」と連れだって署名しました。カナダ出身の男性は署名した思いを、「原爆には反対。皆さんの行動はすごい」と話してくれました。

「核兵器はない方がいい。なくすことができるならなくしたい。自衛隊員の友だちもいる」と21歳の女性は熱心に話し、いろいろ勉強していこうとメールアドレスを交換しました。小さい子ども連れの母親が「広島と長崎に原爆が落とされて、もうそんなことはないようにと署名するんだよ」と話すと、子どもが自分の意思で署名しました。

広島で被爆した金子廣子さん(北海道被爆者協会常務理事)と長崎で被爆した広田凱則さん(札幌被爆者の会会長)が被爆体験を話し、平均年齢80歳を超えた被爆者は核兵器をなくすことを願っていますとよびかけました。

高崎暢弁護士(元北海道被爆者訴訟原告弁護団長)は、「日本政府の核政策を変えさせるためにも、昨年オバマ大統領が広島を訪れておこなった核兵器廃絶発言を実現させるためにも」と署名を訴えました。

北海道被爆者協会から7人、3月19日(日)に北広島駅西口で宣伝署名行動をおこなった北広島原水協からも2人が駆けつけ、参加者は約30人。わずか30分の行動でしたが「ヒバクシャ国際署名」が74人、沖縄全国統一署名が14人から寄せられました。

【熊本】全国一斉署名宣伝行動、核兵器禁止条約を交渉する「国連会議」に連帯し原爆写真展と「ヒバクシャ国際署名」宣伝行動

熊本県原水協は3月22日、ヒバクシャ国際署名連絡会が呼びかけた全国いっせい署名宣伝行動に連帯し、熊本市内のパルコ前で原爆写真展と「ヒバクシャ国際署名」宣伝行動を実施しました。

被爆者2人を含む9人が参加し、129人分の署名が寄せられました。

また、3月27日は核兵器禁止条約を交渉する「国連会議」に連帯して、原爆写真展と「ヒバクシャ国際署名」を実施。被爆者2人を含む16人が参加し、182人分の署名が寄せられました。

【秋田】県被団協事務局長を先頭に原爆写真を持ちアピールや訴え、署名とチラシ配布で核兵器全面禁止条約に関する会議の成功を後押しする連帯行動

秋田県被団協とヒバクシャ国際署名推進準備会(事務局:被団協、原水協)は3月27日、秋田駅前広場の大屋根の下で、国連での核兵器全面禁止条約を交渉の国際会議の成功を訴えました。

佐藤力美被団協事務局長を先頭に、民青同盟、県平和委員会、県労連などが「ヒロシマ・ナガサキの惨状を人類に経験させたくない。核兵器は廃絶するしかない」「市民一人ひとりの署名の積み重ねが国際政治を動かしている」「日本政府は、会議に参加し、被爆国の政府として核兵器禁止で指導力を発揮すべきだ」と訴えました。

寒風の中にもかかわらず、署名やカンパで激励してくれました。

(「秋田県原水協通信」No.131より)

【広島】核兵器禁止条約交渉「国連会議」スタート・後押し集会&「ヒバクシャ国際署名」行動 小学3年生が「核兵器廃絶の署名でしょ」と答えてひらがな混じえて署名

広島県原水協は3月26日午前、核兵器禁止条約交渉会議を成功させようと、平和公園・記念碑前で「核兵器禁止条約交渉会議スタート・後押し集会」をおこない、57人が参加しました。

開会挨拶をした高橋代表理事は、「プレスコード」で原爆被害を伝えることができなかった時代から、核保有国をここまで追い込んできた運動の歴史に触れ、どうしても今回の会議を市民の運動で成功させようと訴えました。

続いて県被団協の佐久間理事長、新婦人の長妻常任委員、民青同盟の弘中県委員長がこれまでの署名活動を報告。飛び入りで参加した大平喜信衆議院議員からは、志位委員長が国連に行き、キム・ウォンス軍縮担当上級代表に対し、会議を成功させ、核兵器禁止条約の早期締結を要望したことなどを報告しました。

最後に、日本政府には、会議に参加して、条約締結のためイニシアチブを発揮すること、核保有国には「核抑止力」論から脱け出し、会議に参加して核兵器廃絶のため、誠実に努力することを求める決議を採択して終了しました。

引き続き参加者は平和公園入口の元安橋に移動し、市民や観光客に「ヒバクシャ国際署名」への協力を訴えました。この日は急に暖かくなったことから、通行する人が多く、外国人観光客に英語の署名用紙を示すと、気軽に署名に応じていました。

小学校3年の女の子は、「どういう署名かわかる?」と尋ねると「核兵器廃絶の署名でしょ」と答えてひらがなをまじえて署名してくれました。この行動には40人が参加、45分で360人分が寄せられました。

(広島県原水協事務局長・古田文和)

【千葉】県「ヒバクシャ国際署名」推進連絡会が第3回統一行動

千葉県「ヒバクシャ国際署名」推進連絡会は3月25日、JR津田沼駅北口デッキで第3回統一行動にとりくみました。この行動には千葉県原爆被爆者友愛会の15人を先頭に、連絡会からのよびかけにこたえて団体や個人、32人が参加しました。1時間の行動で149人分の署名が集まり、4,000円を超える募金が寄せられました。

友愛会の青木茂会長は、被爆した浦上天主堂の写真パネルを掲げながら「私は、この天主堂の近くに住んでいました。8月9日は、たまたま昼の勤務でトンネル工場にいたので助かりました。家にいたら、この場にいなかったと思います」と訴え、「被爆者は、一刻も早く核兵器をなくしたい。署名の力は、戦後の歴史が証明しています。どうぞご協力ください」とよびかけました。

行動に駆けつけた新社会党・憲法を活かす会の鳰川(におかわ)さんは、「私は市原からこの行動に参加しました。毎年、被爆者の絵を掲げる展示会にとりくむなど、地道な活動を続けてきました。今、国際社会で核兵器禁止の話し合いが始まっています。この機運を大切にするためにも署名をひろげましょう」と訴えました。