マラヤ・ファブロスさんの行進日誌34日目

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平和行進三十四日目:愛知県小牧市と春日井市

今日の予定は週末にふさわしい内容でした。今日訪問した自治体は比較的お金持ちそうな印象を持ちました。というのも市庁舎などの公共施設の建物が近代的でオープンスペースもよく手入れされていたからです。

小牧市役所をスタートし、春日井市役所で行進を終えました。週末は自治体の職員の方の参加は少ない場合が多いです。でも学校や仕事がないので一般の参加者の方やパフォーマンスをしてくださる方がたくさんいました。そのうえ今日は各自治体からも多くの代表のみなさんが賛同を表明してくれました。にこやかに市長からのメッセージを届けてくださいました。ご本人たちも楽しんでくださっているみたいでした。多分これは週末だったからだと思います。もしかしたら太鼓があったからかな?いやいやきっと行進に参加すること自体を楽しんでくれたのでしょう!

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開会集会は小牧市役所で素晴らしい太鼓の演奏とともに始まりました。太鼓は伝統的な日本のドラムです。太鼓は通常黒い衣装を着た人たちがグループで演奏します。ハリウッド映画で忍者が着ているような黒い足袋を履いている人たちもいました。

次の太鼓の演奏は春日井市の街の一画で行われました。どこだったか名前は忘れてしまいましたが、この場所の事はよく覚えています。とてもうまく空間のデザインがされていて2階部分が歩道橋でいくつかのビルに繋がっていました(日本やフィリピンでは1階は地上階の事です)。アラブ首長国連邦では地上1階はゼロ階と数えられ、日本でいう2階が1階になります。

私が日本のビザを取るためにフィリピンに帰っていた時、私は常に愛知県の平和行進のfacebookページをチェックしていました。太鼓演奏の写真を見ながら、その場で聞きたかったと悔しい思いをしていました。10日間のブランクでたくさんの事を見逃している気がしていました。でも今日は2組の太鼓演奏を聴く事ができました。やった!ついにです!

英語の表現に「When it rains, it pours!(振れば土砂降り)」というのがありますが、まさにそんな感じです。午前中に太鼓の演奏と南京玉すだれを見て、午後にまた別の太鼓の演奏が聴けました。

昼食を取る前に、通し行進者と何人かの行進参加団体の代表で自衛隊基地を訪問し、メッセージを届けました。今日の通訳さんの一人である小林さんが私に航空自衛隊に航空ショーを辞めてほしいという強い要望を伝えていると教えてくれました。航空ショーはすごい騒音であることと、事故が起こる可能性もあるからです。数名の自衛隊員の方が私たちを航空自衛隊基地の脇にある入口から中に入れてくれ、代表者の方の所まで連れて行ってくれました。その代表者の方は短い会談中一度も笑わなかったので、なんだか気詰まりな雰囲気でした。軍事関係者の人と普段接する機会がないので私も慣れていないのです。

春日井市の西コミュニティーセンターで昼食を取りました。すっごく暑い日だったので、お昼ごはんやおやつはとってもホッとしました。村田さんは彼の長い横断幕を取り出してお昼休憩中にみんなにサインしてもらっていました。すでにこの素敵な横断幕は皆さんのサインで一杯になって来ています。今日は初めてこれを全部広げて写真も撮りました。これを全部広げるにはたくさんの人に持ってもらう必要があります。やっと楽しい一枚を撮影する事ができました。

地元の原水協の皆さんがいろんな場所に給水所を設けてくれていたので、歩きながら冷たい飲み物を取る事ができました。冷たいお茶がたっぷり入ったカップを歩きながら取って飲み、数メートル歩いた場所で容器を捨てさせてもらうのです。地元の原水協の皆さんの細やかな心遣いに感謝です。その上、冷たいおしぼりまで用意してくださっていました。立ち止まることなしにリフレッシュして元気が出るのでとっても助かりました!

今日は子どもたちも私たちの行進に参加してくれました!やった!

春日井市のある一画で午後の休憩を取りました。冷たいミカンとお茶が用意されていました。ここで今日2度目の太鼓演奏を聴く事が出来ました。

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春日井市役所での閉会集会で今日の行進を終えました。市の代表の方が春日井市議会の4名の議員さんと一緒に式典に参加してくれました。通訳の土屋ひろしさんが市議会の50名の議員を式典に招待したけれども数名しかきてくれてないと教えてくれました。そのうちの3名は行進にも参加されていました。

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通し行進者はその後コープと市役所労働組合のリーダーとのパーティーに招待されていました。とっても美味しいお料理と楽しい歌、そして平和行進の交流を行いました。すごく楽しいパーティーでした。一曲歌ってと言われましたが、とんでもない!ちょっとだけ“歩いてゆこう”のコーラスを歌いました。

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水野さんと河合さんも来られていました。おふたりは4月28日に名古屋空港に私が到着した時に迎えに来てくださった方です。翌日東京に向かう予定だったのでその夜は河合さんのお宅に泊めてもらいました。水野さんは被爆者で平和行進の前に私が初めて書いたブログで彼女の体験を紹介しています。過去にとても辛い体験をされたにも関わらず、彼女は今とても元気に愛知県の平和運動をされています。現在90歳ですがとっても若く見えます。すごい女性だなと思います。

バーティーがお開きになる前に水野さんが想いを語られました。被爆者が必死でたたかった成果で政府からの補償を受ける事ができると言われていました。現在被爆者の皆さんの数は減って来ていますが,無料で医療を受ける事ができています。90代の被爆者の方も沢山いらっしゃいます。

水野さんはまた福島第一原発の放射能漏れ事故の被害者に心を寄せておられました。彼らも被ばく者なのに政府はまだ正式な被ばく者として認めておらず、無料の医療支援が受けられていないと言われていました。現在福島の被害者の方が声を挙げにくい状況を彼女はとても心配しておられ、なんとかサポートしたいと言われていました。福島の問題は現在日本の平和運動が支援している問題の一つです。ちなみに正式な被爆者とは被爆者手帳が発行されている被爆者のことです。その手帳があれば無料の医療サービスを受ける事ができるのです。

そうそう、今日私の通訳をしてくださったお二人、小林くによしさんと土屋ひろしさんが春日井市について教えてくれたことについても書いておきたいと思います。ちなみにおふたりとも高校の先生です。

第二次世界大戦中に試験爆撃で甚大な被害を受けた町が愛知県には2つあります。その2つの町が春日井市と豊川市です。

春日井市は1943年に爆撃を受けました。戦争中この街では多くの武器が造られており、軍需産業でにぎわっていました。でもその軍事施設のためにアメリカ軍の爆撃を受けたのです。春日井市の2つの大きな軍需工場は今でも建っています。1つは大学になっており、もう1つは製紙工場です。

また春日井市は書道とサボテンの生産でも有名な町です。この地域のサボテンは日本一だそうです。人口約30万人の町で愛知県では6番目に大きい都市です。

最後に今日の署名活動の写真と沿道で手を振ってくださる皆さんの写真です。また、休憩中にメッセージを寄せてくださる女性のグループもおられました。

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(日本語訳=三宅朋子)

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