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原発をなくす全国連絡会第15弾学習会「日本の原発依存エネルギー政策のあり方を問う 〜北海道地震の大規模停電・九州電力の太陽光発電出力制御問題から〜」のご案内

北海道胆振東部地震での全道停電(ブラックアウト)、九州電力による太陽光発電の出力抑制は、原発頼みの電力システムの問題を改めて浮き彫りにしました。これを受けて、日本原水協が運営委員団体の一員を務める原発をなくす全国連絡会は12月18日、学習会を開催することになりました。当日は、日本科学者会議事務局長の井原聰氏より、標記のテーマでお話しいただきます。多くの方のご参加をお待ちしております。

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【いわさきちひろカレンダー】福島を忘れない! 被災地に届けて7年 “ちひろカレンダー”に明るい笑顔

日本原水協は11月13、14両日、東日本大震災と福島第一原発事故被災地への「ちひろカレンダー」贈呈ツアーにとりくみました。昨年から、未来を担う子どもたちに希望を届けようと、小中高生を対象にカレンダーをプレゼントしています。今年は福島県双葉郡の富岡町と広野町の2町、いわき市の小中高生(約700人)に届けました。

学校再開に喜び  未来みつめて

最初にカレンダーを届けたのは、福島県双葉郡富岡町にある町立富岡小・中学校です。富岡町は昨年4月に避難区域が解除されて町民が帰還。今年4月に富岡小・中学校が再開されました。生徒数は小中あわせて20人です。現在も、18歳以下の富岡の子どもたち1800人(福島県調べ)が県内、県外で避難生活を送っています。

中潟宏昭校長先生が、震災について説明。7年前、震災・原発事故での突然の避難生活を強いられた子どもたちは、「どうして転校するの?」「友達はどうしてるの?」「いつ会えるの?」「富岡に帰りたい」との思いを募らせていたこと。4月の入学式当日には、約500人の町民が駆けつけて盛大にお祝いしたこと。初めての学校集会のテーマを「自分の命は自分で守る」とし、津波から逃れるために全校生徒が2km離れた高台に駆け足で避難したことを追体験する授業もしていることなど熱心に話してくれました。

広島・長崎原爆被害展示組写真を贈呈したところ、翌日に広島原爆資料館の協力を得て、インターネットのライブ中継で被爆証言を聞く予定であることを知り、平和教育にも力を入れていることも分かりました。

富岡町立富岡小学校・中学校の中学3年生の2人がカレンダーを受け取ってくれました。郡山市や広野町からの転入で、ジャージが違っています。

次に、隣町の広野町にある福島県立ふたば未来学園に届けました。修学旅行に昨年は沖縄、今年は広島に行っているとのことです。応対した山本健弘教頭先生は、来年完成する新校舎にはカフェをオープンして、農業科の生徒が育てた農産物を使ったケーキなどを提供し、地域の人達とのふれあいの場にしたいと語り、「みなさんもまた来年、カフェに来て生徒と交流してください」と期待を述べました。

“震災を忘れず未来へつなげます”

翌日、いわき市四倉町にある四倉中学校に届けました。四倉中学校は、7年前の大震災で津波が1階の上まで達し、その後、耐震工事を経て現在266人の生徒が通っています。いわき市にはいまも約6000人(2700世帯)の富岡町民をはじめ多くの被災者(家族)が避難生活を送っています。

鈴木正人校長先生と教頭先生が応対。教頭先生は、「震災直後は報道でとりあげられたが、今はほとんど報道されなくなった。震災そのものが忘れられる状況を大変心配している」と語りました。

生徒会長の男子生徒とJRC(青少年赤十字)会長の女生徒が代表してカレンダーを受け取ってくれました。安井正和事務局長は、ちひろの絵は、戦争の対極である平和の象徴として子どもを描いており、愛と平和のメッセージを伝えていること、震災を忘れず、未来にむけて頑張って欲しいと激励しました。

二人は、「震災の時は小学校1年生で、今でも記憶に残っています。このカレンダーを見て震災を思い出し、未来につなげていきたい」と明るく受け取ってくれました。

四倉中学校のウェブサイトでカレンダー贈呈が紹介されています。

最後に、いわき市小名浜にある県立いわき海星高校(元小名浜水産高校)に贈呈しました。

子どもたちの未来のために

今回の贈呈ツアーには、地元福島県原水協から二階堂次男代表理事、石堂祐子事務局長、いわき市原水協事務局長の井田玲子さん、相双原水協の大内秀夫さん、東京原水協の吉田孝喜事務局長、神奈川県原水協の笠木隆事務局長、昨年も参加した大阪市在住の酒徳溢子さん、東京から福島まで車の運転をしてくれた自交総連東京地連青年部の千葉泉さん、小嶋隆二さん、清水議一郎さん、日本原水協から事務局長の安井が参加しました。

参加者一同、「福島を忘れない」「子どもたちに明るい未来を」「来年もちひろカレンダーを届けよう」の思いをいっそう強くしました。今回訪問できなかった浪江町、南相馬市、飯舘村など、引き続きカレンダー贈呈をおこないます。カレンダー贈呈募金へのご協力を心からお願いします。

(日本原水協事務局長・安井正和 詳報は『原水協通信』12月号にて)

自交総連東京地連 千葉泉さんの感想

前年に引き続き、今回も運転手で参加させていただきました。未曾有の大震災、復興に時間はかかるでしょうが、あれから7年もたっているのに、大型ダンプが走り回り、除染で出た黒い大きな袋は仮置き場に置かれたまま、真新しい高い堤防が続き、そばを走る道からは、海がまったく見えません。かさ上げされた土地には、まばらにしか家は建っておらず、町に人が戻っている気配はあまりなく、町はまだ甦っていません。津波はともかく、原発事故は人災です。これ以上稼動させるべきではないと感じます。その被災地でがんばっている方々に、ちひろの絵を見ていただいて、少しでも優しい気持ちになっていただければ幸いです。微力ながら、このツアーに協力できたことに感謝します。ありがとうございました。

自交総連東京地連青年部 東都労組 千葉泉

このキャンペーンは全国のみなさんからの募金によって支えられています。愛と平和を願うちひろカレンダーを被災地へ贈呈する募金運動にぜひご協力をお願いします。 郵便振替口座(00110−9−1780 原水爆禁止日本協議会)に<被災地カレンダー>と明記してお振り込みください。 *郵便振替の「控え」を領収書に代えさせていただきます。 […]

【北海道】11/20〜12/10 “被爆者援護連帯募金旬間”スタートします

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【北海道】胆振東部地震の震源地・厚真町長、仮設住宅にちひろカレンダー贈呈

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【いわさきちひろカレンダー】福島県いわき市立四倉中学校と、福島県立いわき海星高校に贈呈

全国から寄せられた募金で被災地にいわさきちひろカレンダーを贈呈するツアーで福島県を訪れている酒徳溢子さんのリポート第2弾です。

ちひろカレンダー贈呈ツアー2日目

福島県のいわき市立四倉中学校を訪問しました。ここは、1階の上まで津波に浸かった学校です。震災の後、窓ガラスに飛散防止フィルムを張り、耐震工事をしましたが、外壁まできれいにすることは、まだできていないと聞きました。

ちひろカレンダーを受け取った二人の生徒は、「震災の時は小学1年生でしたが、よく覚えています。いただいたカレンダーを見て、震災を忘れないで未来に繋げたいと思います」と、力強く話してくれました。

日本原水協事務局長の安井さんからちひろカレンダーを受けとる生徒会長(男子生徒)と青少年赤十字ボランティアの女子生徒。

校長先生は、線量は下がってきているが、原発事故は風化していっている。戻って来てほしいのに戻って来れない地域は大変。切なくなる、と話されました。また、平和学習に使ってくださいと、原爆被害展示組写真も贈呈しました。

校長先生も、ちょっぴり照れてちひろカレンダーを受けとりました。

2校目は、いわき市の小名浜にある福島県立いわき海星高校です。前の小名浜水産高校から、現在の名前になりました。進学・就職率100%、卒業までにいろんな資格を取ることができる、人気の高校です。生徒たちは、学校生活を充分に楽しんでいる様子が伺えました。

県立いわき海星高校には、450本のちひろカレンダーが贈られました。

昼休みの時間を割いて、2人の生徒代表がちひろカレンダーを受け取りに来てくれました。

県立いわき海星高校の生徒会の2人が、昼休みにちひろカレンダーを受け取りに来てくれました。

今回は、自交総連の青年部の3人が参加し、東京から福島への車の運転をしてくれました。それぞれ違うタクシー会社のタクシードライバーです。そして、初めて参加したメンバーは、いっぱい吸収したようです。福島県原水協、いわき原水協の方たちにもお世話になりました。ありがとうございました。来年の日程を決めようという話まで出たり、もう行く意欲満々のみんなでした。

今回は7名でちひろカレンダー贈呈ツアーに参加しました。日本原水協、東京原水協、神奈川県原水協、自交総連の青年部から3名(1名は話し中で写ってない)そして個人参加の私。お世話くださった福島県原水協といわき原水協のお二人と一緒に記念撮影。いわき海星高校の生徒たちが「シャッター押しましょう」と笑顔で協力してくれました。

震災・原発事故は、まだ終わってはいません。これからも忘れない、そして寄り添っていきたいと、強く思いました。

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【いわさきちひろカレンダー】福島県富岡町立富岡小学校・中学校と、福島県立ふたば未来学園中学校・高等学校に贈呈

全国から寄せられた募金で被災地にいわさきちひろカレンダーを贈呈するツアーで福島県を訪れている酒徳溢子さんのリポートです。

日本原水協の、被災地にちひろカレンダーを贈呈するツアーに参加しました。

11月13日は、福島県富岡町立富岡小学校・中学校と、福島県立ふたば未来学園中学校・高等学校です。

富岡小学校・中学校は、今年4月に開校し、全校生徒20名です。中学3年生の2人がカレンダーを受けとり、いわさきちひろの絵が好きだと話してくれました。いわさきちひろの絵は、愛と希望を子どもの絵をとおして伝えてくれるものです。

富岡町立富岡小学校・中学校の中学3年生の2人がカレンダーを受け取ってくれました。郡山市や広野町からの転入で、ジャージが違っています。

中潟校長先生は、東日本大震災からの経過を話してくれました。学校のテニスコートまで6mの津波が押し寄せ、生徒たちは約2㎞離れたところまで駆け足で避難しました。体育館は中学校の卒業式の後、雪が降っていました。そして12日。「詳細不明、とにかく西へ」と緊急避難指示が出され、西へ、全国へと避難しました。福島第一原発1号機の水素爆発、そして3号機も水素爆発。帰る家も仕事も失い、不安と焦り、憤りの中で過ごしてきたと。その年の9月に、三春町に富岡町の学校が開校して過ごして来ましたが、避難指示の解除により今年4月に富岡町に開校したのです。生徒数で教師の数が決まるため、複式授業です。原爆被害展示組写真も贈呈すると、明日広島平和祈念資料館とライブで、被爆者の方の話を聞く授業をすると聞きました。グッドタイミングです。昨年まで15歳以下は町に入ることを禁止されていた富岡町。子どもたちに震災の記憶は薄れてきていると、校長先生は言われていました。

2011年3月11日からの、富岡町の様子を話してくれた中潟校長先生

富岡町は、夜ノ森の桜が有名な町。絵手紙のグループから贈られた作品

双葉郡広野町にある、福島県立ふたば未来学園中学校・高等学校を訪れました。ここは、文部科学省からスーパー・グローバル・ハイスクールに指定されています。原子力災害からの復興を果たすグローバルリーダーの育成を目指す教育をおこなうもので、国の援助が受けられます。4校がひとつになったもので、学区はなく、寮もあります。2期制で、後期の中間テスト中で、教頭先生にカレンダーを贈呈しました。

福島県立ふたば未来学園中学校・高等学校の山本教頭先生(右)にちひろカレンダーを贈呈する、日本原水協事務局長の安井さん

原爆被害展示組写真を贈呈すると、12月4日から広島に修学旅行だと、これもグッドタイミングでした。

広島・長崎の原爆被害展示組写真も、平和学習にと贈呈

来年は中学校もできて、新しい校舎に引っ越し、中にカフェを作って地域の人たちと交流できる場にしたいと話されました。ホンの少しずつですが、前に進んでいるのかな?と思う訪問でした。

ふたば未来学園中学校・高等学校の玄関。上にかかった校章は、未来という文字をデザインしたもの

広野町の火力発電所近くにある放射性廃棄物の仮置場。フレコンバッグの数がうんと減っている気がした。処理したのかな

このキャンペーンは全国のみなさんからの募金によって支えられています。愛と平和を願うちひろカレンダーを被災地へ贈呈する募金運動にぜひご協力をお願いします。郵便振替口座(00110−9−1780 原水爆禁止日本協議会)に<被災地カレンダー>と明記してお振り込みください。*郵便振替の「控え」を領収書に代えさせていただきます。 […]

【神奈川】2018年県民対県交渉(11.7)核も基地もない神奈川県を

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【宮城】県原水協通信(2018年11月号)

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【岡山】日本政府は条約を批准せよ! 軍縮週間、ピースパレードで市民にアピール

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【いわさきちひろカレンダー】被災地の子どもたちへちひろカレンダーを届けよう!

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【岡山】西日本豪雨被災者にちひろカレンダーを届けよう 贈呈キャンペーン

【岡山】“すごいことしてるね 頑張れ” と激励も 10月度第106回目の6・9行動

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生誕100年 ちひろカレンダー普及ニュース NO.1

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【「原水爆禁止2018年世界大会の記録」9/1発刊 】協同の力で核兵器禁止条約の早期発効・廃絶実現を!

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被爆73年を迎えた8月2日から9日まで広島と長崎で開催された原水爆禁止2018年世界大会には海外22か国91人をはじめ、広島大会に6000人、長崎大会に1500人の代表が参加し、核兵器禁止条約の早期発効から廃絶を実現する決意を新たにしました。

昨年7月7日に国連で採択された核兵器禁止条約は8月24日現在、調印60か国・批准14か国です。世界は超大国の力による支配から、平和でより公正な秩序を望む圧倒的多数の政府が市民社会の運動と力を合わせて未来を切り開く新しい時代へと変化する中で開かれました。

核兵器禁止条約の交渉で中心的な役割を果たしたアイルランドとオーストリアの政府代表が大会に参加され、フォーラム「核兵器禁止・廃絶へ、政府とNGOの対話」で発言された内容の全文を読むことができます。

また、ことしの大会は、南北首脳会談、米朝首脳会談と、北東アジアにおける核兵器と軍事対立の危険から、非核と平和体制の構築への大きな変化が生まれる中で韓国から被爆者の皆さんを含め、たくさんの代表が参加しました。韓国・参与連帯の代表の国際会議の発言から最新の情勢を知り、日本が果たすべき役割を考えることができるでしょう。

話題になった開会総会での戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会共同代表の福山真劫さんの連帯あいさつや、辺野古に新基地を造らせないという決意を語ったオール沖縄会議事務局長の山本隆司さんのスピーチも全文収録。「ヒバクシャ国際署名」の協同へのヒントもたっぷり詰まって秋の行動から今後1年間の原水爆禁止運動にとって必携の1冊です。学習会などで大いにご活用ください。

●原水爆禁止2018年世界大会の記録 (B5版 182ページ) 頒価 1,500円(送料込) 編集・発行 原水爆禁止世界大会実行委員会

ご注文は、あなたの街の原水協へ

【問合先】 原水爆禁止日本協議会(日本原水協) 〒113-8464 東京都文京区湯島2-4-4 平和と労働センター6階 Tel:03-5842-6031 Fax:03-5842-6033 E-mail : antiatom55☆hotmail.com (メール送信時、☆を@に変えてください。)

【広島】困難の中で市民が後押し原爆展、平和行進、原水爆禁止2018年世界大会へ

東広島市ホームページより

7月19日、日本原水協の安井正和事務局長と広島県原水協の古田文和事務局長は、県下で大きな被害を受けた東広島市を訪ね、東広島原水協を見舞いました。

防災放送からFMラジオに避難指示届かず

連日35度を超える猛暑の中、東広島原水協事務局の綿岡夫妻、理事の岩城夫妻に会うことができました。世界大会実行委員会の「アピール」を渡して、豪雨被害の実情を聞きました。

東広島市では市内を流れる黒瀬川の氾濫により、死者12人、行方不明1人、全壊・半壊家屋60棟、床上浸水111家屋、土砂災害か所39件(7月19日現在、広島県ホームページ)という大きな被害が出ています。

綿岡さん夫妻は、「あと1時間降り続けたら、自宅も被災していた」と語り、被害拡大の要因の一つに、広域合併により防災放送が廃止され、防災ラジオ(FM放送)で避難勧告を聞く以外ないこと。防災ラジオは外に持ち出して聞くことができず、しかも半数以下の家庭(世帯総数8万)にしか設置されていないことなど、危機管理上の大きな問題があったことが指摘されました。被害地(者)への支援も市内のボランティアに託されており、今後の支援を強めてほしいとの要望が出されました。

原爆展に多くの市民が来場 世界大会にはワゴン車で

世界大会にむけた活動では、豪雨災害という困難な中でも市民の後押しを受けて奮闘しています。

東広島原水協は7月はじめから、市内5か所での「原爆展」を計画。最初の開催日である7月6日は集中豪雨と重なり、中止しようとしましたが、会場(黒瀬生涯学習センター)に市民が集まってきたこともあり、大雨洪水特別警報が出された7日午前中は中止したものの、8日の17時まで「原爆展」を開催しました。2日半でのべ155人が来場し、「ヒバクシャ国際署名」28筆、カンパ9,318円が寄せられました。スーパーの閉店や品切れの中、手作りおむすびの差し入れもありました。

続けて、9日から12日まで、東広島市役所で「原爆展」を計画通り開催しました。り災証明手続きもあり、1階ロビーから10階に会場を移動しましたが、5日間でのべ208人が来場し、アンケート42人、署名59筆、カンパ2,063円が寄せられました。

ことしの「原爆展」では、「原爆と人間」展パネルとともにセツコ・サーローさんのノーベル平和賞受賞スピーチを大きな紙に毛筆で書いて展示しました。

この「原爆展」を力にして、7月末の平和行進を成功させること、世界大会には、在来線が一部不通となっていることもあり、2台のワゴン車で参加する計画です。

岩城さんは、「豪雨災害にあった人たちへの支援と連帯の大会になってほしい」と期待を述べました。