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原爆症認定集団訴訟の到達点

 昨年5月の大阪地裁判決以来、5つの地裁判決を通じて、現在の原爆症認定行政と、その背景にある国の原爆被害についての歪んだ見方が社会的な批判にさらされています。被爆者・科学者として裁判で証言された日本原水協代表理事の沢田昭二さんの手記を紹介します。


国の審査方針の問題点
 原爆症認定集団訴訟では、昨年の大阪地裁、広島地裁、今年に入って名古屋地裁、仙台地裁、東京地裁と判決があいつぎました。すべての判決で厚生労働省の原爆症認定審査の方針に問題ありとして、 原爆症認定申請を却下された86人のうち75人について原爆症と認定しました。厚労省は控訴しましたが、その控訴理由はこれまでの主張の繰り返しにすぎません。
 判決には科学的判断だけでなく司法としての配慮が含まれていると考えられますが、裁判で意見書を提出し証言を行った科学の立場から判決を評価し、集団訴訟の現在の到達点をまとめてみました。
残留放射線の影響は否定できない
 原爆放射線には1分以内に到達した初期放射線と、原子雲から降下してきた放射性降下物から、あるいは、初期放射線の中性子によって誘導放射化された爆心地付近の物質から、1分以後に放出された残留放射線があります。厚労省は初期放射線による体外からの外部被曝しか認めようとしません。しかし、すべての判決は、残留放射線による影響、とくに呼吸や飲食によって体内に取込んだ放射性物質から放出された放射線による内部被曝を共通して認めました。これは集団訴訟に先立つ松谷、小西、東の判決でも認められてきたことです。それにもかかわらず厚労省は今なお残留放射線による影響を否定し続けています。こうした頑な政府の態度の背後には、残留放射線による内部被曝の影響を隠蔽して核兵器の影響は限定的であるとしてきたアメリカの核兵器使用政策への追従姿勢があります。
証人尋問の科学論争は重要
 大阪地裁判決は、証人尋問で明らかになった原爆放射線評価体系DS86には、初期放射線量の遠距離における過小評価があるとしてDS86に基づいて計算した原因確率の機械的適用を退けています。これは東京地裁の判決にも引継がれています。その一方で、大阪地裁判決は放射性降下物の「黒い雨」地域がこれまで国が認めてきた「宇田雨域」よりも広いことを示した「増田雨域」は認めませんでした。増田善信さんを証人尋問した広島地裁判決は「増田雨域」を認める一方、DS86は遠距離でも相当の合理性があるとしました。このように大阪と広島とで対照的な判決になったことは、証人尋問で十分な議論をおこなうことの重要性を示しています。
残留放射線無視の内部比較法も欠陥あり
 残留放射線の影響を認めれば、これを無視して研究してきた放影研の疫学の信頼性が問題になります。従来の放射線影響研究所(放影研)の疫学研究では、近距離の直爆被爆者集団の放射線障害の発症率や死亡率と比較する被曝していない対照集団として、遠距離被爆者と入市被爆者の集団を用いる外部比較法と呼ばれる方法を用いてきました。このような残留放射線の影響を受けている可能性のある被爆者どうしを比較するのは問題だと早くから批判されてきたため、最近の放影研は、近距離被爆者から遠距離被爆者までを含め、回帰分析によって初期放射線被曝線量ゼロの比較対照集団の発症率や死亡率を推定する内部比較法を用いています。しかし、初期放射線だけを用いる内部比較法では、考慮していない残留放射線の影響が出てくるはずはないので、外部比較法と同じ結果になります。この問題について、名古屋地裁、仙台地裁、東京地裁の判決は、国側の主張にごまかされ、内部比較法によるので原告の批判は当たらず、放影研の疫学研究に問題はないとしました。その結果、名古屋地裁判決の総論部分では、まだ放射線の影響には未解明な問題が多く残されており、放射線影響については被爆後の健康状態を含めて総合的に判断することが必要だと述べながら、個別原告に対しては放影研の研究結果に影響されて2人の認定却下を認めてしまいました。残留放射線を無視した内部比較法の問題は裁判官に丁寧に説明すれば理解してもらえると思います。
急性症状の有無だけでの判断は誤り
 総じて東京地裁判決は集団訴訟が始まって以来、科学的に明らかになった問題点をもっともよくまとめています。しかし、急性症状の有無だけを重視し、多重がんの原告も含めた9人の認定却下を認めてしまいました。急性症状の発症率が10%の遠距離被爆者や入市被爆者の集団についてみれば、東京地裁判決のように急性症状の有無だけで判断すると、急性症状を発症した被爆者と同じ被曝線量である90%の被爆者の晩発性症状を否定する過ちを引き起こすことになります。
目標は真の被爆者援護政策実現
 原爆症集団訴訟の目標は、個々の被爆者の人権回復の闘いであるとともに、被爆者行政の抜本的転換を実現することです。したがって判決という司法の到達点を行政に反映させることが重要です。そのため、4月2日から4日までの厚労省前の座り込みは、安倍総理の代理という下村副官房長官との会談につながり、国会では与党を含めた議員懇談会が発足して超党派の「厚労省は控訴するな。認定行政の抜本的転換」の院内集会を実現させました。こうした行政と立法を通じて、被爆者行政を転換させる方針を日本被団協や被爆者支援組織の運動によって確立させなければなりません。
 現在日本被団協は
1 核戦争起こすな、核兵器なくせ
2 原爆被害者援護法の即時制定を要求し、第2項目の内容として 
①原爆被害にたいして国家補償をおこなう。
②原爆死没者の遺族に弔慰金と遺族年金を支給する。
③被爆者の健康管理と治療・療養をすべて国の責任でおこなう。
④被爆者全員に被爆者年金を支給する。障害を持つものには加算する。
の4つの柱を立てています。
当面の具体策
 私は集団訴訟に取組む中で明らかになった残留放射線による内部被曝の影響を考慮すると集団訴訟弁護団の中で提案されている次の方向が現実的ではないかと思っています。
1 ③と④を結合させて現在被爆者の80%に支給されている健康管理手当を被爆者全員に支給する。
2 被爆者が政令で定める負傷または疾病にかかった場合には、その疾病にかかる医療費は全額国庫で負担し、障害・疾病手当を加算する。
3 現在の「認定審査会医療分科会」を廃止し、「原爆被爆者援護審議会」を設置して、政令で定めていない負傷や疾病にかかって原爆症の認定を求める時には、「原爆被爆者援護審議会」で協議して、申請疾病について特段の反証がないかぎり認定する。
 私が接触した原告のみなさんは、原爆被害の苦しみは自分たちだけにしてと、核兵器のない世界の実現を望んでいます。被爆者の願いは、アメリカの「核の傘」から抜け出し、核兵器使用に明確に反対する「非核日本宣言」を政府に迫る運動とますます結びついてきました。

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