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原水協(原水爆禁止日本協議会)
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被爆70年ヒバクシャ遊説inヨーロッパ:ベルギー~オランダ

欧州でノーモア・ヒロシマ、ナガサキ、ヒバクシャ
ノーモア・ウォーを叫ぶ

 日本原水協は被爆70年の核兵器廃絶実現のための行動として被爆者を含めた代表団をヨーロッパ各地に派遣します。その第1弾として長崎被爆者の横山照子さんが9月17日から23日までベルギーとオランダを訪問しました。


国際俳句フェスティバルで発言する横山さん。右はベルギー元首相のファンロンパイ氏

市民・学生が被爆証言に衝撃

―― どのような活動に参加したのですか。

横山 私が主に訪れたのは、ベルギーのヘント市です。中世の頃はヨーロッパで有数の都市だったそうです。古い歴史を持ち、川と緑に囲まれた美しい町でした。それに市長はじめ市全体が非核・平和行政に熱心でした。ヘントでは市庁舎に招かれ集会で証言したり、国際俳句フェスティバル、政治文化行事のマニフェスタに参加。忙しかったですが毎日が充実していました。オランダは最後の日に、オランダ赤十字から招待され、集会で証言をしました。

―― どのような被爆証言をおこなったのですか。

横山 集会では、ベルギーの平和団体の人たちがまず原爆について解説したり、アメリカの『アトミック・カフェ』という映画を上映した後に私が話をしたのでとてもわかりやすかったようです。映画は広島・長崎に原爆を投下したところで終るので、そのキノコ雲の下で何が起こったのかを私が証言をして、被害はその後もずっと続いているということを伝えてきました。

 私は、父親が被爆した所や当時の家族の様子、妹が長期入院になっていく中学1年生の頃と末期の頃の写真を説明するとともに、終戦後に生まれた被爆2世の妹が紫斑病になったこと、両親と姉をがんで、もうひとりの姉も白血病で失ったことなどを話しました。聞いていた子どもたちは原爆がひとりの人間の人生をいかに破壊していくかという話に衝撃を受け、特に自分と同世代である妹の人生がめちゃくちゃになった話が心に残ったようです。


川の向かい岸ではたくさんの人が聞いてくれた

―― 学生や市民の反応はどうでしたか。

横山 たくさんの学生や市民との交流ができ、手応えがヒシヒシと感じられました。みなさん被爆証言を初めて聞いたとのことで、私の話に涙を流してくれたり、物音ひとつ立てずに集中してくれました。

 ヘント市庁舎でおこなわれた集会に田上富久長崎市長からの書簡と原爆瓦を持参したところ、市長代理の方が受け取ってくれました。その場にはヨーロッパ各地から俳句の会の人たちが参加していました。彼らは日本と何らかの関係があったり、あるいは日本を知りたいという思いがあるので、私も身近に感じました。また、被爆者ということで大切に接していただきました。

 海沿いで開かれた「マニフェスタ」という1万人規模の大きなイベントでは、建物の一室に平和コーナーがあり、いろんな平和団体が1時間ごとに企画をしていました。私たちはパレスチナ問題の企画の後で話し、約100人が参加しました。

 ヘント市を流れる川辺で開かれたイベントでは、「長崎から来た被爆者です。核兵器は廃絶しなければいけません。みんなで頑張りましょう」と短いあいさつをした最後に「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ヒバクシャ、ノーモア・ウォー」と精一杯大きな声で叫んだら、ワーッと拍手が起こりました。聞いていた人からは「感動した」と言われました。

ベルギー元首相が長崎市長の書簡を読み上げる

―― 元ベルギー首相にも会ったそうですね。

横山 国際俳句フェスティバルでは元ベルギー首相で欧州理事会の議長も務めたヘルマン・ファンロンパイさんとお会いしました。「ベルギー俳句の父」と呼ばれ、6月には日本政府から2年間の「日EU俳句交流大使」の委嘱を受けているそうです。「俳句は哲学だ」とおっしゃったのがすごく心に響きました。

 その後、ファンロンパイさんに田上市長の書簡をお渡しする時に、日本でも俳句や詩や短歌などで原爆のことを訴えていると話し、その中に長崎の被爆者で松尾あつゆきさん(故人)の「なにもかもなくした手に四まいの爆死証明」という俳句が被爆直後に詠まれたけれども、プレスコードで長期間伏せられたことも紹介しました。そうすると、ファンロンパイさんは田上市長の英語のメッセージを全文読み上げられたんですよ。これは異例なことだと思い、とても驚きました。ヨーロッパのみなさんに、核兵器廃絶にご尽力くださいというメッセージが伝わったことは本当に良かったと思います。

戦争法の強行成立に大きな関心

―― 横山さんがベルギーに着いた直後、日本では戦争法が強行成立してしまいました。

横山 子どもたちからは、憲法9条をどう思うかと質問されたので、「9条は私たちの支えであり、絶対にみんなで守るということで日本国民も頑張っています」と答えました。アメリカと一緒に戦争できる国になるかどうかは、外国からも注目を集めていることがよくわかりました。

核抑止力の克服へ

―― NATO(北大西洋条約機構)の本部があり、アメリカの核兵器も配備されている国で草の根の交流ができたことは、今後につながる大きな希望ですね。

横山 ベルギーの平和団体と俳句の団体が一緒に「平和俳句」という大きなとりくみをしていることを知れて良かったです。


オランダ赤十字イベントで証言する横山さん

 オランダもNATO加盟国で、核兵器に依存している国です。その点で、オランダ赤十字に招かれたのは良い機会でした。アムステルダムにある有名大学内のホールで開かれた集会でも証言し、参加した学生たちが涙を流して聞いてくれました。それを準備したダイアンさんから礼状が届いたのですが、その中には「あなたの被爆証言は、なぜ赤十字が核兵器は禁止されねばならないと考えているかを明確に裏付けてくれました。そして、参加者に核兵器禁止条約実現への努力の重要性を再認識させてくれました」とありました。このような言葉をもらえて本当にうれしかったです。

 最初はひとりで不安でしたが、素晴らしい体験をさせてもらい心から感謝しています。次に外国に行く機会があれば、さらにしっかりと核兵器の非人道性について伝えたいです。

―― ありがとうございました。

よこやま・てるこ=4歳の時に長崎で被爆。父親は1・2kmで被爆し重傷、母親と妹は4kmで被爆。妹はその後失明、戦後生まれの被爆2世の妹も原爆症に。戦後親族をがんや白血病で失う。一般財団法人長崎原爆被災者協議会理事。
原水協通信2015年10月号より

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