2004年原水爆禁止世界大会

原水爆禁止2004年世界大会

国際会議

ジョゼフ・ガーソン

アメリカ・フレンズ奉仕委員会

核の偽善と危険性および核廃絶の緊急性

はじめに私は日本原水協が核廃絶のために本質的重要性のある組織化活動に一貫してとりくんできたことに敬意を表します。人類生存のための私たちの集団的なたたかいのなかでみなさんが果している指導的役割は、賞賛と尊敬に値するものです。みなさんは世界がヒロシマ・ナガサキの意味を決して忘れることがないよう、そして核戦争を阻止し、核兵器廃絶がいかに緊急であるかを人々に認識させることに貢献してこられました。私の国がヒロシマやナガサキ、そして世界の多くの場所でおこなったことを考えると、こうして再び世界大会にご招待いただけたことに身がひきしまる思いです。こうしてまたみなさんの運動に励まされ、広島の心に決意を新たにし、核兵器廃絶の達成のために協力関係を深める機会を与えていただいたことに感謝します。

アメリカの破滅的な対イラク戦争の影で

私は恥じ入るような気持ちでみなさんのもとにやってきました。それは「自分の国」の政府が破滅的な核兵器および核戦争政策をすすめているからだけではなく、アメリカの私たちも含め全員がワシントンの命じたイラク侵略と世界規模の軍事十字軍の影に脅かされているからです。大国主義の盲目的思想、偶像崇拝にも似た軍事力信仰、偽善、多くの嘘と驚くべき失態の上に始められたこの悲惨な戦争は、1万人以上の罪のないイラクの民間人や無数のイラク兵士、1千人近くのアメリカと同盟国の兵士の命を奪い、双方に多くの負傷者を出しました。また、この戦争はテロ攻撃の危険性を増大させ、中東を不安定化しました。さらにイランのような国を刺激したため、これらの国はおそらく核兵器を含むであろう抑止力を開発するようになりました。また、この戦争はアメリカとそれに追従する同盟国にたいするイスラム諸国をはじめ諸国民のもっともな怒りをさらに強固なものにしました。

ブッシュ政権は私たち全員に、消すことができない血と苦しみで書かれた「戦争は答えではない」という教訓を与えました。ゴア前副大統領は、今回にかぎっては適切な言い方でこう言いました。イラク戦争は「合衆国の歴史上最悪の戦略的失敗である。これは比類のない拡大する大惨事だ」(1)

ペンタゴンは今後数十年にわたって中東を支配するためにイラク全土に常設基地を建設しながらも、イラクで軍事的に勝利することが幻想であることを認めています。皮肉なことに、イスラエルの諜報機関は、唯一の問題は、不面目な撤退をするまでにアメリカがどれだけ恥をかき、相手にどれだけ恥をかかせるか(私ならこれに死と破壊を付け加えるでしょう)を決めることだけだと結論しています(2)。ちょうどニクソンの「ベトナム化」戦略が30年前に失敗する運命にあったように、よく知られたCIAの要員であることが判明した元バース党員の率いる、なんの正統性もないかいらい政権へのみせかけばかりの主権移譲も、やがて失敗する運命にあります。

16万人の外国兵に占領されている国が主権あるいは正統性とはいったいどのようなものでしょうか(3)。しかもその国の法律は、外国の総督がつくりあげたものだとしたら。そして経済は民営化され、占領国に奉仕するように変えられているとしたら。あるいは占領国の派遣した大使が、荒廃した社会の再建に割当てられる180億ドルを管理し、有無を言わせないほど巨大で腐敗した経済力を行使しているとしたら。

ブッシュの戦争はよくてもシーア派原理主義の支配からイラクを安全にしただけです。悪くすれば、ブッシュ政権が、ハンス・ビックスと国連の核査察官が、イラクの核および他の大量破壊兵器の有無を調査するという国連が委託した任務を最後までまっとうすることを許可しなかったことで、イラクに破滅的な内戦がおきるか、あるいはイラクはイスラム世界から欧米の影響や価値や習慣を一掃するために無謀な手段を選ばない恨みを抱いた男女の避難所になってしまうでしょう。国家犯罪やそれに関連する犯罪は、予期しない影響を常にともなっているものです。

今になって私たちが分かったように、イラク戦争は、大量破壊兵器やテロやアラブやイスラム諸国への民主主義の波及が問題ではありませんでした。あれは石油のための戦争でした。アメリカの国防(戦争)次官補ポール・ウォルフォウィッツは、一年前にあけすけにこう言っています。「イラクでわれわれには選択の余地は全くなかった。イラクは石油の海に浮かんでいるような国だ。アメリカ政府の官僚主義と強く関連した理由から、われわれは全員が合意できる問題で手を打つことにした。それが大量破壊兵器だった」(4)

一世紀前に内燃機関(エンジン)が発明されて以降、石油は帝国の「戦利品」になっています。1944年、衰退の一途をたどっていたイギリスとフランスという2つの帝国を尻目に、フランクリン・ルーズベルト大統領は戦略的同盟国としてアラブのサウド王と手を結びましたが、その当時、米国務省はアメリカは中東の石油の掌握を強めたことで、「戦争の歴史で最大の物質的戦利品の一つ」を勝ち取ったと報告しています。それ以来、ノーム・チョムスキーが述べたように、敵国にも「同盟国」にも中東の石油に手を出させないことがアメリカの対外政策と軍事政策の「政治的原則ナンバーワン」になりました。ヨーロッパと日本―そして現在では中国と韓国も−の燃料の最大の供給元を抑えることで、アメリカはグローバル資本主義の頚動脈を手中に収めたのです。世界の石油(およびガス)の最大の分け前を手に入れ、石油取引きをオイルユーロあるいはアジアの通貨ではなく、オイルダラーでおこなうようにしたことで、アメリカによる世界の石油供給の支配は、アメリカの金融および産業資本にたいしても人工的な「補助金」を作り出しました。国連の「食料石油交換」プログラム前部長のハンス・ファン・スポネック氏が6週間前バルセロナで述べたように、「サダム・フセインが食料石油交換プログラムでドルからユーロに切り換えると決めた時点で、彼の運命は決まっていたのかもしれない」(5)のです。

ブッシュの2回の対イラク戦争は、これらアメリカの有利性を強化し、チェイニー副大統領が「21世紀のための取決め」とよんだ、アメリカが今後数十年世界の支配的な経済的、軍事的、政治的大国であり続けることを保証するものを押し付けることを目的としていました。現ブッシュはこれを「新国際秩序」とよんでいました。

イラク戦争は、たんにイラクにたいする戦争ではありません。2回目の戦争は、サウジ・アラビアをめぐる戦争でもありました。アルカイダやその他の勢力がアラブの君主制打倒をかかげて台頭したことが物語るように、サウジ・アラビアの支配体制はますますもろくなり、弱体化しています。これがアメリカにサウジ家の人々もいずれイラン国王やフィリピンのマルコスのような運命をたどり、他の国がグローバル資本主義の急所をおさえることになるかもしれないという恐れを抱かせたのです。アメリカはイラクの石油を支配することで、必要とあれば、イラク石油をサウジの石油の代わりに一時的に使用することができます。またイラクは戦略的要所にあることから、チェイニーとラムスフェルドはこの地域全体を掌握するために必要な米軍基地の新しい受入れ地として、イラクを利用する計画を立てています。

アメリカによる戦争、核攻撃の脅し、中東諸国の政府の転覆などは今に始まったことではありません。1946年から少なくとも9回、ワシントンは中東の資源の支配を続けるために核戦争を準備するか、あるいは核攻撃の脅しをおこないました。1954年のイランのモサデクの転覆に始まって、1958年にはレバノンの選挙の派手な買収からサウジやエジプトのムバラクのような野蛮な独裁政権の支援にいたるまで、アメリカは中東諸国の政府を転覆させたり、買収したりしてきました。この帝国主義的な意志が露骨に表れて最も多くの犠牲者を出したのは、おそらく制裁による10年間におよぶイラク封鎖でしょう。国連によれば、このために百万人のイラクの民間人が死亡したということです。

核の偽善の重大な危険性

10年あまり前、ノーベル賞受賞者ジョゼフ・ロートブラット氏は、この同じ国際会議の演壇から一つの単純明快な警告を発しました。「核の信仰が続く限り、そして核兵器がステータス、力、安全を与えるという考え方が続く限り、核クラブに入ろうという圧力は抵抗できないくらい強くなるだろう…長い目で見ると、選択肢は二つしかない。核兵器を欲しがる国全てに核兵器保有を認めるか、それとも核兵器を廃絶して全ての国の核兵器保有を否定することだ」(6)

アメリカをはじめとする核保有国の露骨な偽善は、ますます危険なものになっています。核兵器廃絶に確実につながるような断固とした誠実な行動がなければ、核兵器の拡散は加速化し、核戦争や核攻撃はほぼ避けられなくなり、人間の苦しみと環境破壊がそれに続くことになるでしょう。それは今日ではイランと北朝鮮、そして近い将来にはブラジルのようなこれらとは全く異なる国やおそらく日本に起きるかもしれません。情勢があまりに危険なため、ふだんは控えめな発言をする国際原子力機関のモハメッド・エルバラダイ事務局長でさえ、われわれは「核兵器を追求することは一部の国にとっては道義的に非難されるべきことだが、別の国にとっては核兵器に依存することが道義的に許されるという、実行不可能な概念を捨てなければならない」と警告したほどです。アメリカが新しい種類の核兵器を追求していることは、ダブルスタンダードの極めつけの例で、エルバラダイ氏もこう言っています。「もしこのような努力が続けられるのであれば、われわれはいかにして核をもたない国にたいしてさらなる不拡散の義務の受け入れを求め、彼らの安全保障のためにならないからとして、微妙な問題である核能力の放棄を求め続けることができるのか理解しがたい」(7)

このような偽善や拒否そして私たちが経験している現実は、道義的な明快さと良識のかけらをまだ持ち合わせている人々にとっては信じがたいものです。この6月、表向きは平和について話し合うため、実は大統領選のキャンペーン用写真をとるためにブッシュ大統領がローマ法王を訪問した際に、大統領が核の「サッカーボール」をたずさえて行ったことを、あるロイター特派員は見逃しませんでした。アメリカの新聞の目のつきにくい場所に掲載された記事を読んだ人々は、大統領がローマ法王と法王の書斎で2人だけで会談している最中、大統領が核戦争を開始させるために必要なコード番号つきのアタッシュケースがその隣の部屋に武官とともにあったことを知ることになりました(8)

ほぼそれと同じ頃、ニューヨーク・タイムズのトップ記事は、「太平洋のDデー」すなわち対日戦争の終わりにつながった戦闘を記念する行事を報じていました。サイパンからの報告として、このアメリカの「記録用新聞」は、89才の退役空軍准将で元爆撃機パイロットのポール・W・ティベッツの「ノルマンディー上陸がすぐに世界に知れわたった」のに比べ、太平洋での米国の勝利や犠牲は評価されなかったという不満の弁を紹介していました。ティベッツが「世界最初の核攻撃である1945年8月6日の広島出撃でB−29“エノラ・ゲイ”を操縦していた」という無批判の情報を見つけ出すには、読者はかなり記事を読み込まねばならなかったでしょう。

また、今年はワシントンのすぐそばにあるスミソニアン博物館で、新しくエノラ・ゲイの展示が始まりました。そこには、この飛行機は広島という都市に原爆投下した爆撃機で、それによって対日戦争が終わったという簡単な表示があるだけです。標的となった広島の被った地獄についての言及も写真も模型もありません。核攻撃の標的となりうる都市を選ぶために用いられた判断基準が「多数の労働者が働き、回りを労働者の住宅が取り囲んでいる死活的な重要性をもつ軍需工場があること」(9)であったという表示はどこにも見あたりません。

本格的な支配と帝国の夢には否定と空想が不可欠です。スミソニアン博物館のエノラ・ゲイ展示は1945年8月6日に何がおきたのかを誰も思い出さないようにするために考案されました。ジョージ・オーウェルの「ニュースピーク」や「記憶の穴」のように、エノラ・ゲイの新しい展示は人々の記憶を消し、ふたたび核戦争ができるようにするために考えられたのです。

アメリカは核保有国なりました。ほぼ60年間、核戦争を始める準備や脅迫はアメリカの対外政策と軍事政策の「土台」となってきました。そしてトルーマンからはじまる歴代アメリカ大統領は、おそらくジェラルド・フォードを除いて、誰もが核戦争を準備し、核戦争を始めると脅しています。最も新しい例では、イラク侵略開始の少し前のジョージ・W・ブッシュがいます(10)。長崎原爆以降、アメリカの歴代政府は核戦争を開始すると脅し、それを準備してきました。中東でのアメリカの覇権を確保するために少なくとも9回、ベトナム戦争中には少なくとも4回、北朝鮮にたいしては7回も、ラテンアメリカやヨーロッパで危機や紛争がおきたときにもそうでした。第一次湾岸戦争で、親ブッシュ、クエール副大統領、チェイニー国防長官、イギリスのメージャー首相など全員がイラクにたいし核で攻撃すると脅し、この脅しの裏づけとして推定700個の核兵器を戦闘地帯に配備してました。

多くの人が、いまや冷戦時代よりも核戦争がおこる可能性が高いと考えています。アメリカは依然15,000発ちかくの核弾頭をいつでも発射できる態勢におき、アメリカ全土と海外の米軍基地に配備し、将来の使用のために貯蔵しています。アトミック・サイエンティスト誌は、「ロナルド・レーガンの最初の任期中の冷戦の復活以来、アメリカの防衛戦略がこれほど核兵器を重視したことはない」(11)と論説に書いています。ブッシュ政権の「核態勢見直し」は、第一撃核戦争ドクトリンを再び強調するとともに大胆にもイラク、イラン、シリア、リビア、北朝鮮、中国、ロシアをその標的国として名指ししました。これらの脅しを強化しているのが、「実際に使える可能性のあるものにたいする偏重」を自認する、リントン・ブルックス(12)などブッシュ政権内の(顔の見えない)有力者たちの関与です。これが、ブッシュ政権がすすめている実際に製造されれば広島型爆弾の70倍以上の威力をもつ、いわゆるミニ核兵器「頑丈なバンカー・バスター」開発キャンペーンに油を注ぐことになりました。ネバダでは核兵器実験の準備が急がれ、ブッシュが再選されれば2007年には核実験が再開される予定です。新型核兵器製造のための超近代的な核工場がまもなく建設され、核兵器研究所を再活性化するために数十億ドルが使われています。当然ながら、このこともまた核兵器拡散への世界的な圧力に拍車をかけています。

ブッシュのすすめる将来の核戦争の準備は、親ブッシュやクリントンの軍事ドクトリンと合致したものです。国家安全保障戦略でワシントンの最優先課題を地域あるいは世界的なライバルの出現を阻止することとしたのも、ブッシュが初めてではありません。現在のドクトリンで新しいこと、そして最も恐るべきことは、そのようなライバルの出現を阻止するために一方的な先制攻撃政策を公然と打ち出したことです。この政策の対象は頭痛の種となっているイラン、イラク、北朝鮮などの国とは限りません。より長期的には、資本主義のライバルである欧州連合や中国も対象となるでしょう。特に中国は、今後数十年でアメリカの戦略的競争相手となる可能性の最も高い国と見られています。また、この政策で最も優先しているのは、これらライバルのような差し迫った脅威にたいする先制攻撃ではなく、たんに新たなライバルが出現する可能性のほうのです。

危険なのは共和党だけではありません。ほぼ60年近くにわたり民主党も共和党も同じようにアメリカの核兵器を維持し、近代化し、増強し、使用するぞと脅してきました。民主党内のいわゆる進歩的な人々の多くの希望の星であったハワード・ディーンも、6ヶ月前にそれまでの言動を翻し、核兵器は「世の中の避けがたい現実」だと発言し、自分も主流派の一員であることを示そうとしました。クリントン政権は核兵器をアメリカの対外・軍事政策の「かなめ石」とよび、クリントン時代のCIA長官ジョン・ドイチも、アメリカは「NPTの第6条を履行しようと思ったことは一度もなく、いまでもそのような意図はない」(13)と明言していました。

9月11日のテロ攻撃から何日かたってから、ブッシュ大統領は少しも皮肉を込めることなく、いつもの居丈高な調子でこう吠え立てました「われわれは世界で最も危険な政権やテロリストが、世界で最も破壊的な兵器でわれわれを脅すのを許さない」(14)。ジョン・ケリーとアメリカ下院のますます多くの共和党議員が、新型核兵器の研究開発予算や核兵器実験の再開に反対したことは褒められるべきです。またケリーは北朝鮮との二国間交渉を開始すると約束し、国際法や条約の遵守の姿勢を明確にしています。しかしその彼も、そして共和党のエスタブリッシュメントも、核兵器拡散の危険性やアメリカの核の優位性を守ることに関しては、ブッシュ政権のダブルスタンダードを共有しているのです。

この春、ジョン・ケリーは「国家安全保障問題」について自分がキシンジャー的な考えをもっていることを明らかにし、宣伝するために一連の演説をおこない、それが広く取上げられました。彼は始めにこう言いました。「一世紀以上も前、セオドア・ルーズベルトは対外政策におけるアメリカの指導方針を定義した。彼は、アメリカは大きな杖をたずさえて静かに歩くべきであると言った」。セオドア・ルーズベルトは、アメリカがイギリスに代わって世界の支配的な大国になる可能性を予想して、そのために必要な軍隊を創設し、戦争をたたかわせた19世紀末の代表的な政治家の1人として知られています。

ケリーは、最初の演説でアメリカの政策の4つの主要な緊急課題をあげています。1)「9・11以後の世界の新しい連合の時代」をうちだしこれを、リードすること;2)新たな脅威に対応するため世界で最も強大な軍隊を近代化すること;3)経済、諜報、文化の力を含むアメリカのもつあらゆる武器全て配備すること;4)アメリカの中東の石油への依存度を軽減すること(15)

その数日後、ケリーは核のテロの可能性を「われわれがこんにち直面する最大の脅威」としてあげ、「大統領になったら、安全保障上の最大の目標は、テロリストが大量殺人兵器を手に入れるのを阻止し、敵対国の武装解除を確実にすることだ」と約束しました。彼のスローガンは「材料なければ爆弾なし、核テロなし」でした。

核兵器拡散の主要原因を取り除き、継続されているアメリカの戦争準備と核戦争開始の脅しをやめ、帝国主義的全面支配ドクトリンを破棄することを掲げて相手をリードする代わりに、ケリーは4段階の戦略を提起しました。1)世界、とくに旧ソ連の共和国を中心に核兵器製造用の物質をすべて安全に保管する;2)プルトニウムおよび高濃縮ウランをふくめ新たな核兵器製造用物質の生産を禁止する;3)アメリカの核兵器の「過剰ストック」を減らし、「不要な」「新世代バンカー・バスター核兵器」の研究開発を停止することで、核兵器についてより控えめな政策をとる;4)IAEAの執行権限を強化し、監視を厳しくして核物質の闇市での売買を阻止するなどの措置によってイラン、北朝鮮その他の国の核兵器プログラムをやめさせる(16)。ブッシュやクリントンがそうであったように、彼もNPT条約第6条の義務履行については全く言及していません。そしてイラクの現在の泥沼の状況にたいする彼の答えは、イラクにもっと米兵を送ると同時に、同盟国にも分担を求めるというものです。

ケリーは「ミサイル防衛」についてはあまり多くを語っていませんが、彼と彼の顧問たちが、その技術的な確実性が証明されれば直ちに配備することに賛成したことを思い出すべきです。配備のタイミングについては共和党と異なってはいますが、民主党の主流派は宇宙軍事化独占の最も効果的な糸口として、そして中国にたいし、ミサイル戦力を全て破壊するぞと脅すため―それによって一世紀半前のアヘン戦争開始時の力関係へとわれわれを逆戻りさせようという妄想―に、「ミサイル防衛」をかなり前から支持してきました。

これらは抽象的な危険でもなければ、長期的な危険にとどまるものでもありません。クリントン時代に始まった北朝鮮との和平プロセスを脱線させるというブッシュとチェイニーの決定は、核対決に発展する可能性のある対決にたいする歯止めをはずしてしまいました。このことが、北朝鮮の指導者たちに核兵器の開発と、もしかすると生産を急がせることになりました。そして、みなさんが良く知っているように、このアメリカの脅迫に対するピョンヤンの反応が、自民党に日本の再軍事化、皆さんが大切にしている平和憲法の改悪の動きを強化させることになったのです。また日本のエリート層の一部が日本も核の選択肢を開発する必要があるのではないかと主張する道を開いたのです。

私たちにとって幸運なことに、東アジア諸国はこれまでブッシュ政権を包囲し、十分に孤立化させてきたので、アメリカはその脅迫の矛先をピョンヤンだけにとどめ、最終的には六カ国協議プロセスに最小限の実質をもたせる仮提案を提出せざるを得ませんでした。しかし、現状の読み方を変えると、ブッシュ政権はたんに大統領選挙を乗り切るための時間稼ぎをしただけという見方もできます。11月以降、緊張は急激に高まるかもしれませんし、それには北朝鮮にたいするアメリカの一方的な攻撃の脅しも含まれるかもしれません。同盟国や多国主義をより重視し、「ひとつの選択肢としての戦争」ではなく、戦争開始はあくまで「最後の手段」にすることを原則としているケリーは、(ブッシュよりは)対決指向ではありません。また、彼は六カ国協議だけでなく、北朝鮮と直接交渉をすることを提案しています。

まだ、アメリカのような「政治原則ナンバーワン」に固執する核保有国になっていないイランはまた別の問題です。状況は良くありません。モハメッド・エルバラダイは、イラン政府がIAEAにたいする約束の履行には誠実な態度でのぞんでいないと報告しています。また、ケリーや多くの民主党員は、核をもたないイラクにばかり目をむけ、テヘランに核兵器獲得を加速化する貴重な時間と機会を与えるというまちがいをおかしたとしてブッシュを非難しています。アメリカには中東に新たな侵略をおこなう余地はほとんどありませんが、ブッシュ政権がイランの核兵器開発計画の亡霊を利用してアメリカ国民の恐怖心を煽り、さらには苦しくなりつつある再選に向けて支持を集めるために、イランの核インフラに対してイスラエル軍がイラクのオシラク原発に対しておこなったような攻撃をしかけることで、この非難に対抗したとしても驚くにはあたらないでしょう。このような第一撃は、いまやアメリカの二大政党共通の「拡散対抗」ドクトリンの一環として、今後数年間におこなわれる可能性もあります。

では、私たちには何ができるでしょうか?

まっさきにやらなければならないのは、ニューヨーク・タイムズ紙が「世界第二の超大国」とよんだアメリカの戦争に反対する国際世論の力と圧力を強化し続けることです。ベトナム戦争や1980年代の核軍縮運動以降、今ほど世界の平和運動が強大で成功を収めた時期はありません。オリンピックの開催期間中、皆さんはアメリカ製品の広告を見ることになるでしょうが、そこでみなさんは多くのアメリカ企業がブッシュ政権と次第に距離をおくようになっていて、平和のメッセージを込めた商品宣伝をしているのに気付かれるでしょう。彼らは世界が何を欲しがっているか良く知っています。同時に世論調査は、アメリカ人の多くが、米軍がイラクから撤退し帰国することを望んでいることを示しています。

もうひとつの優先課題は、広島、長崎両市の市長が提起した核兵器廃絶緊急キャンペーンです。どんなキャンペーンでも成功するためには、人々が差し迫った問題と感じているものを取上げなければなりません。また人々に、自分たちの行動が、たとえささやかなものでも、その問題の解決に役立つことを容易に理解できるものでなければなりません。その点で市長のキャンペーンは良く工夫されています。人々の経験に基き、分かりやすいからです。近所に住む人たちに話しかけ、教育し、行動させることで、私たちは市長たちに、正しいと分かっていること、すなわち安全保障を強化し、新しい消防車や学校から、雇用や貧しい人や高齢者の医療にいたるまで、切実に必要とされているもののための資金を生みだす核兵器廃絶の立場をとるように励ますことができるのです。

もし世界中から十分な数の市長を動かして来年の5月にニューヨークに来させることができるならば、世界の人々と世界の議員たちが、核保有国が私たちの声に背を向けるのをやめ、核兵器廃絶の要求を受入れるのを望んでいるということを力強く、目に見える形で示すことができるでしょう。そのなかで、私たちは国会議員や大統領や首相たちに、人類の生存を危険にさらすのをやめ、世界から核兵器をなくせと要求する新世代の核廃絶活動家を教育し、行動させることができるでしょう。

ここで、ニューイングランドで私たちのすすめているキャンペーンの経験と成果について少しお話しさせてください。マサチューセッツでは、全米で何人かの有名な市長がキャンペーンに賛同したことを受けて、この春に州横断平和行進をおこないました。行進者は行く先々で核戦争勃発の危険が続いていること、市長のキャンペーンのもつ可能性について語りました。いくつかの町や都市では、そこの市長や市議会議員にも会いました。その会見で何人かの市長は賛同署名をしてくれました。また現地の活動家のなかには、市長が物議をかもすと考えている問題について正式な態度表明をおこなう前に、彼らを教育し、組織すると約束してくれた人もいます。

私たちの行進の直後、広島の秋庭市長がボストンを訪問しました。ボストンから全米に放送された市長の公開演説と同じくらい重要だったのが、ボストン市役所で私たちが開催した集会で、はるばるオーストラリアからの参加者とともに、ニューイングランド地方6州から市長や市議会議員もこれに参加しました。私たちは数日間で、新しい賛同者を増やし、このキャンペーンを多くのコミュニティで有権者の間に広げるという約束を勝ち取りました。

その後、ボストンで全米市長会議が開催されました。アーロン・トヴィッシュ(世界キャンペーンの中心的組織者)のNPT再検討会議準備委員会の様子を紹介したビデオを使用したとても実際的な組織活動もあって、この市長会議の国際問題委員会の賛同もとりつけることができました。これは私たちの今後の組織活動の重要なテコになるでしょう。

そして1週間前、ボストン社会フォーラムのなかで私たち平和と人権のためのヨーロッパ・ネットワークおよびアメリカ平和評議会と協力して、は核兵器廃絶会議を主催しました。この会議では市長のキャンペーンを来年の私たちの活動の焦点として大きくとりあげました。また、あと数日後に、全米60以上の地域でおこなわれる厳粛な広島の被爆記念行事では、住民の組織化キャンペーンの最も重要な取組みとして市長キャンペーンがとりあげられることになっています。

そうです。確かに今は大変危険な時代です。この数年、特にブッシュ政権が世界規模の軍事十字軍に乗り出して以来、私たちのたたかいは困難で、時には孤立化したこともありますが、いまや私たちは核保有国と対決し、封じ込め、変革することのできる「第二の超大国」を築いたのです。そして、市長キャンペーンによって、私たちは私たちの運動を活性化し、核兵器廃絶をつうじて人類の生存を保障するたたかいで大きな影響力を発揮させることができます。これから一年間、みなさんと共に活動することを楽しみにしています。

ノーモア・ヒロシマ!

ノーモア・ナガサキ!

ノーモア・エノラ・ゲイ!

核兵器を廃絶しよう!

注:

(1) ボブ・ハーバート、ニューヨーク・タイムズ、2004年5月28日

(2) セイモア・ハーシュ、ザ・ニューヨーカー

(3) 米軍12万人、連合軍2万人(主にイギリス軍)、傭兵2万人。

(4) ジョージ・ライト、イギリス・ガーディアン、2003年6月4日

(5)

(6) 原水爆禁止1993年世界大会

(7) ブライアン・ベンダー、ボストン・グローブ、2004年6月22日

(8) ハンナ・アレント著「Eichman in Jerusalem: A Report on the Banality of Evil」、Viking Books、1963年およびフィリップ・プレラ、ロイター通信、2004年7月

(9) ハーバード大総長のジェームズ・コナントが委員長の中間委員会が定めた標的都市選択基準。

(10) 2003年2月13日、ロイター通信は「ドナルド・ラムズフェルト国防長官は木曜日、対イラク戦争がおきた場合、アメリカが核兵器使用を否定することを拒否した。ある有力上院議員は彼に、そのような動きはアメリカと世界の関係をほぼ完全に断絶させることになると言った」と報じた。

(11) アトミック・サイエンティスト誌、「アメリカの核戦力2002年」、2002年5・6月号。

(12) リントン・ブルックスは全米核安全保障管理部の管理者。引用は2003年の上院米軍戦略小委員会公聴会での彼の証言から。

(13) 元CIA長官ジョン・ドイチ、MIT、1998年10月16日

(14) ボストン・グローブ紙、2004年6月21日、ワシントン・ポストからの転用。

(15) ケリー演説抜粋、ニューヨーク・タイムズ、2004年5月28日。ここで言及されている他の人物はアルフレッド・マーハンとヘンリー・カボットロッジ。ルーズベルトは1898年のスペイン戦争の時、キューバを征服した「ラフ・ライダーズ」を率いた。

(16) ジョディー・ウィルゴレン、ニューヨーク・タイムズ、2004年6月2日とデビッド・クリーガー、2004年6月10日。

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