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【
資料保管庫
】
2.素粒子物理学で哲学を学ぶ
2-1湯川博士の物理学から
中間子論の意義
宇宙の4つの力の1つ「強い力」を導入
重力
(=万有引力、天上の力と地上の力の統一)でニュートンが導入
電磁力
(ファラディーとマックスウエル、アインシュタインの相対性理論で電気と磁気
の統一)
弱い力
(原子核のベータ崩壊、星の中で新しい元素を生み出す力、フェルミが1934年導入)
強い力
(原子核をつくる陽子や中性子を結びつける力、湯川博士が1935年に導入)力の根源は相互作用:物質場の相互転化を引き起こす。1920年代の最後に生まれた「電磁
場
の量子力学」をフェルミと湯川博士が拡大
力を媒介する場の量子(光子→中間子)
→物質を構成する場と力を媒介する場
素粒子物理学と基礎物理学研究所
1949年 湯川博士の
ノーベル賞受賞
は敗戦後の日本の若者に大きな勇気を与えた→高校生の私もいっそう物理学への関心を引きつけられた。
アインシュタイン博士は湯川博士に、日本への原爆投下をくい止めることができなかったと、涙を流して謝ったといわれる。この後、湯川博士とアインシュタイン博士は、
世界平和のための科学者の運動
に力を入れた。
湯川博士は1953年帰国、京都大学に
基礎物理学研究所
(湯川ホール)が設置され、これは日本ではじめての
共同利用研究所
(全国の研究者が自分の研究活動の場所と考えて研究交流・共同研究を活発に行う)となった。
素粒子論グループ
は選挙で研究部員を選出、研究会を開催し、そこに湯川博士・朝永振一郎博士・坂田昌一博士らも参加して議論した。
湯川博士は他の新しい研究分野にも広く興味を寄せて次々と
新しい学問分野
が基礎物理学研究所で誕生した。
2−2.朝永のくりこみ理論
2−3.坂田の物質の階層性
名古屋大学物理学教室憲章と名古屋大学平和憲章
1946年6月13日
名古屋大学物理学教室憲章制定
I教室会議
1.物理学教室の運営は民主主義の原則に基づく。
2.物理学教室の最高決議機関は教室会議である。
3.構成は研究員(研究質会議から推薦)と臨時に承認
4.予算配分、人事、教育協議会、学生・職員から審議を要求されたものなど基本的重要事項を議決
IV 研究室会議
1987年2月5日
名古屋大学平和憲章
侵略戦争に大学が教育・研究で協力したことを反省
平和な未来を建設する方途をみいだすように努める
戦争を目的とする学問研究と教育には従わない
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