0808「つどいinナガサキ」青年海外代表のスピーチ

8月8日の核兵器なくそう・世界青年のつどいinナガサキで発言したマット・ジョンソンさん(アメリカ)、シンドゥ・ジョイさん(インド)、アンドレイ・タレフリンさん(ロシア)、キャサリ・ゲイルさん(オーストラリア)のスピーチを紹介します。

                 

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マット・ジョンソン
ヒロシマ・ナガサキ反戦連合
アメリカ合衆国


みなさんこんにちは。今日参加できてとても嬉しいです。違う状況で来られれば良かったのですが、核兵器の廃絶を、みなさんと一緒に訴えるためにここに来ることになりました。核兵器は決して開発も、使用も拡散もされてはなりません。よりよい世界は必ず築けます。しかしまだ僕たちはそこに至っていません。


正直いって、僕が、反核運動にたずさわるようになったのは最近です。それまでは、イラクのことや自分の国がイラクに対して五年以上もおこなっている大量殺戮戦争にだけに注目してきました。反核運動に関心をもつようになったのは、つい去年の秋のことです。メリーランド大学でのことでした。去年の夏、僕はワシントン州で被団協からきたヒバクシャの証言を聞く機会がありました。その日を境に、僕は変わりました。それまで、僕が知っていた知識といえば(覚えている限りですが)、4年生の社会のクラスで読んだ本だけでした。その本は、被爆して白血病になった日本人の女の子が、神様が彼女の命を救ってくれると信じて千羽鶴を折るという内容の本でした。しかし残念ながら、どの神様も彼女を救えませんでした。


現在、僕の先生として、もう1人の女の子を知ることになりました。彼女は長崎出身でもう少し大人ですが、僕に「ナガサキ1945」という映画を見せてくれました。その映画は、自分の国が日本にどんな犯罪をしたのか、僕が知りたいと思っていた以上に教えてくれました。その後、僕たちはもっと大きな上映会と学習会を開き、70人が参加しました。


僕が彼女に出会ったのは、アメリカの教育システムでは蚊帳の外に置かれている原爆投下の決定について、ちょうど教授と論争をしているときでした。エノラ・ゲイの操縦士だったポール・ティベッツが亡くなったときで、原爆投下の正当性を説く歴史の授業があったのです。僕は、先生が教えようとしている古いゆがんだ考えに異議を唱えました。つまり、原爆投下が戦争の終結を早め、多くの命を救ったという議論です。僕は、ポール・ティベッツと冷血漢のカーティス・ルメイについての授業に意見する文章を書きました。教授はこれにわざわざAマイナスの評価をしました。


ナガサキ出身の僕のガールフレンドは、今夜みなさんにその話をしてほしいと言いました。長い文章で時間の制約もあるので、メッセージ全体を伝えられるような部分の抜粋だけ紹介したいと思います。


「カーティス・ルメイ将軍は第二次大戦末期、アメリカ空軍司令官で、数十もの日本の都市への焼夷弾攻撃を命令し、50万人以上の命を奪った。1961年からは空軍参謀長になり、キューバに対して核兵器を使用せよと主張した。」


「意図的かつ無差別に、軍事目標ではなく市民を標的にした焼夷弾攻撃キャンペーンを振り返って、ルメイ将軍はこう言った。『日本人を殺すことなど当時はなんとも思わなかった。もし戦争に負けていたら、わたしは戦犯として裁判にかけられていただろう』と。」


「歴史はアメリカが戦争に勝ったと教えている。その勝利者自身が、アメリカの子どもたちが学校で読む歴史の本を書き、軍法会議に誰をかけるのかを決める力を持っている。ルメイ将軍は戦犯リストには載っていなかった。」


歴史はまた「正義の戦争」という神話を広げています。歴史は、第二次世界大戦はファシズムを倒すために必要だったと教えているのです。僕たちが教わる歴史には、ルメイや他のアメリカ人によって行われた犯罪や、戦後直後アメリカによって行われたマーシャル諸島での核実験、そして、冷戦時と冷戦後にアメリカが敵に対して行った核攻撃の脅迫も抜け落ちています。


そして現在、アメリカはイランをその核兵器開発を理由に脅迫するという欺瞞行為を行っています。アメリカはロシアとともに世界で最も大量で最新の核兵器を貯蔵しています。


若者として、僕たちは指導者に過去、現在、そして未来の責任を取らせなければなりません。僕はイランを脅迫し、核エネルギーを支援し、アメリカ帝国主義を支持しているバラク・オバマ、ジョン・マケインのどちらにも何も希望を持っていません。僕たちは、責任ある立場に立ったときにより良い決定を下すことができるように、これらの真実を知り、自分自身を教育する必要があります。


僕たちは、兵器、大量な無駄、広がる汚染、究極の破壊を起こさないために代替エネルギー資源と創造性を探求しなければなりません。そして行動です。僕たちはアメリカが自前の憲法9条を採択し、自ら行ったNPTの約束を果たすよう要求しなければなりません。これは同時に行わなければなりません。平和を愛する地球市民は、現在行われている全ての戦争と、戦争を引き起こす欲、身勝手さが広がるのを止めなければなりません。未来は僕たちにかかっているのです。僕たちに。


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シンドゥ・ジョイ
インド学生連盟副委員長


親愛なる友人の皆さん


343万5865人の学生が加盟するインド最大の学生組織、インド学生連盟からの挨拶を伝えます。私は、広島と長崎への原爆投下の悲劇に関する写真を見て深く心を動かされました。苦しんでいるすべての皆さんと悲しみを共有します。日本の青年の多くが平和の大義のために運動を進めていることをうれしく思います。


この青年の集いは、原子爆弾の巨大な破壊力の非人間性を確認することと結びついています。私たちは、人々のほとんどが平和を求めており戦争には反対であることを知っています。しかし、軍事複合体に属している支配層である帝国主義的覇権主義勢力は第三世界に兵器を売りさばくことに主に関心があるのです。日本の人々は、帝国主義的権力の犠牲の体現者であり、その恐怖から長い年月が経ても、イラクとアフガニスタンなど世界の各地でそれらの勢力は破壊と苦難を広げているのです。今必要なことは、強力で、力強い、大規模な国際的な人民の運動を構築すること、特に帝国主義構想に反対し、平和と秩序を求める青年の運動が重要です。これが人々の社会・経済的発展の前提条件であり、核兵器廃絶のためにたたかうことは青年の責任です。アメリカの帝国主義勢力に支配された一極世界の考えには、私たちは反対しなければなりません。


インドでは、すべての大学、短大や学校で多くの学生が参加して一週間にわたる広島、長崎を追悼する行事を開催します。


元気の出る、素晴らしい企画を組織した主催者にお祝いを申し上げ、大量破壊兵器のない世界を構築する運動へのインド学生連盟の支援を約束し、日本と世界で平和のために運動しているみなさんへの連帯を表明します。この集いに参加している青年の皆さんが、世界中に平和のメッセージを広げることを願っています。戦争、貧困と核兵器のない世界のためにたたかい、私たちが求めている新しい世界は、公正で公平なものでなければならないと思います。


 ノーモアヒロシマ
 ノーモアナガサキ
 ノーモア被爆者
 ありがとうございました。


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アンドレイ・タレフリン
ロシア核被害者支援団体「チェリャビンスク公共基金・自然のために」会長


軍事目的の核開発の裏面は、核施設の周辺地域の汚染と、住民への恐ろしい被害です。


ロシアのウラル地方のチェリャビンスク州に核施設「マヤーク」があります。マヤークは60年間の稼動中、おびただしい量の放射性化合物や廃棄物をチェリャビンスク州に排出しました。それは汚染地域に住む人々とその子孫の健康にとって脅威となっています。


ソ連原子力省の60年にわたる活動は秘密の中にあったため、汚染地域の住民の権利を広範に侵害しました。人々は汚染された水を使い、放射能がたまった肉やミルクを口にしたため、放射能被曝により病気になり、死んでいきました。


マヤークではいくつかの重大事故が起こりました。1949年から1951年にかけ、放射性廃棄物がテチャ川に排出されました。この川の沿岸にすんでいた何万人という人々が被曝しました。第2の事故は1957年で、放射性廃棄物の貯蔵庫が爆発し、何千平方キロもの広さにわたって放射性降下物が降りました。第3の事故は、廃液が流れ込んだカラチャイ湖の岸が乾いて、その表面の放射性化合物が風で拡散したことです。核施設マヤークのこうした事故により、何十もの村が移住を余儀なくされ、50万もの住民が被曝したのです。


政府は、〔ソ連崩壊後の〕1990年代になって初めて、チェルノブイリ事故の後、責任を認め、汚染の程度を公にしました。ウラル地方の核被害者たちへの社会保障にかんする特別法ができました。しかし、その法律には多くの問題があり、被害者の保護も弱いものです。多くの住民が、まず被害者という地位を得るために、私の働いている団体を訪ねて来ます。それぞれのケースは、住民たちの悲劇を示しています。裁判を起こし、被害者と認められたいくつかの例をご紹介します。


中年の女性リザリア・アルヒポバさんは、法律相談のためやってきました。アルヒポバさんの両親は汚染されたテチャ川の近くに住み、彼女はチェリャビンスクで生まれました。4年の間、州行政はアルヒポバさんやその他の人々がテチャ川に廃棄された核廃棄物と1957年のマヤークの事故の被害者であることを認めませんでした。彼らが事故の後で生まれたからだ、というのです。私たちの団体の弁護士は、必要な書類を揃え、裁判を起こしました。


裁判所は、弁護士の主張を認め、アルヒポバさんは核被害者としての地位が認められ、わずかですが国家から補償金を受け取るようになりました。しかし、問題は残ります。「なぜ、市民の保護が目的の国機関が、国の行為により苦しめられている人々に対して妨害をするのでしょう?」 私たちは、アルヒポバさんに対する判決が、チェリャビンスクと全国の状況を変えてくれることを願っています。


別の例は、放射線被曝をした市民の状況に対する配慮のなさに関わるものです。ベネラ・ディアミノバさんは、放射線被曝にかかわる病気で死亡しました。彼女のお父さんは1957年のマヤークの事故で汚染の除去作業にあたった英雄でした。そうした人々の保護に関する法律によれば、彼は国の支援と小額の補償金を受け取ることができます。しかし、インフレにより彼の受け取る額は減ってきました。娘のベネラさんは、父が尊厳を持って生きる権利が侵害されたとして、私たちに相談してきました。私たちは支援し、必要なすべての書類をそろえ、裁判に持ち込みました。裁判所は、何度かの審理を行い、補償金を過去7年にわたりインフレに見合うよう増額し、遺族であるベネラ・ディアミノバさんに支払うよう命じました。


以上は、放射能被害者の権利を守る私たちの団体の活動の2つの例です。私たちの元にはさまざまな問題で何百人もの市民が相談にきます。私たちは、被害者の地位の認定、被曝による障害を負った人々への住宅提供などを支援しています。しかし、すべての人々を助けることは、残念ながらできていません。現在の法律は、一般的な原則が述べられているだけで、住民の安全と環境を守る仕組みになっていないと言わざるを得ません。ロシア政府は、核の事故による被害への補償問題を解決できていません。


チェリャビンスクやその他の地方の何万という住民は、長期にわたって放射能汚染により苦しんでおり、これからも苦しむでしょう。過去15年にわたり政府は、危険な核施設をまた建設するためにあらゆることをしてきましたが、核の大惨事による被害者の救済のためにほとんど何もしてきませんでした。それは非人道的で無責任であり、私たちはそうした対応を変えるよう求めていきます。


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キャサリン・ゲイル
オーストラリア平和委員会書記


こんにちは。キャサリン・ゲイルといいます。オーストラリア平和委員会の挨拶と連帯をお伝えします。平和への道をともに歩むみなさんに囲まれてたいへん幸せです。


1965年に偉大な風刺音楽家のトム・レーラーは、核拡散の歌をつくりました。「フーズネクスト?(次は誰だ?)」というタイトルで、いろいろな意味でこの二つの言葉は核兵器に関することをすべてを物語っています。


米国の砂漠で行われた最初の実験以来、世界中の弱者が望んでもいない核実験を無理やり押し付けられてきました。オーストラリアでは、アボリジニの人々が最も大きな被害を受けました。マラリンガでの実験は、今に至るまで爪あとを残しています。多くの人々が放射線の影響で死亡するか病気になっています。正確に何人が当初の爆発で命を落としたのかは、最後まで把握できないでしょう。当時の権力者は、砂漠に住む人々の福利にはあまり関心がなかったからです。


さらに不安を呼び起こすのは、マラリンガの出来事が地球上で繰り返し起こっているということです。自分たちが抑圧する人々の望みや法的権利さえ顧みることなく、奪い占領するというのは軍事的な姿勢です。地図上に点在する、望まれない軍事基地を見るにつけ、また70年にも及ぶ実験被害者について聞くにつけ、「次は誰だ?」と訊かざるを得ません。次は誰が土地を追い出されるのか?


いったん実験が行われると、世界は突然、パンドラの箱を開けたようになります。いったん米国が爆弾を持てば、次は中国が安心感を得るために爆弾を持ち、パキスタンも爆弾が必要となり、インドもまた必要となる。これはトム・レーラーの歌の題材です。彼は、安心感を得るまでに、あと何人が爆弾を保有しなければならないのだろうかと思案します。もちろん、歌の真の悲劇的なメッセージは、軍拡競争を通じては決して得られないというものです。ここ日本で恐ろしくも証明されたように、ほんのわずかな爆弾だけで十分です。誰かが一つでも核兵器を持っている限り、誰も安心感を得られません。次の非人間的な攻撃が行われるのは時間の問題となります。問題は「もしも」ではなく、「いつ」「どこで」のみとなります。次は誰だ?


したがって、私たちの選択は明確です。パンドラの箱を閉じる方策を見つけなければなりません。私たちは完全軍縮を求めてたたかい続けなくてはなりません。核の連鎖の全行程、つまり採掘から運搬、廃棄物処理に至るまですべてに立ち向かわなくてはなりません。止まることなく主張し続けなければなりません。だから話し続けましょう。恐怖だけに目を向けるのではなく、私たちの勝利にも目を向けましょう。完全に非核の国になると決めた国を見て、「次は誰だ?」と聞きましょう。反核に確信をもつ人々の長いリストを見て、「次は誰だ?」と聞きましょう。今日は誰を納得させられるでしょうか。


私は若者として、すでにこの運動に生涯をささげてきた人々、60年にわたり声を上げてきた人々に言葉では表せないほど感謝しています。世界の平和運動家の中から模範となる人を見つけるのは難しくありません。私自身は、多くを成し遂げ、刺激的で献身的な人々がたくさんいるオーストラリア平和委員会を代表してここにいます。しかし、22歳の私は平和委員会の役員の中で30歳も離れて最年少です。たたかいに加わり声を上げることは私たちの世代の仕事です。私たちの階層に目を向け、訊かなければなりません。私の言いたいことはもうご存じでしょう。あなたの答えは何ですか?
 「次は誰だ?」

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