0804「つどいinヒロシマ」青年海外代表のスピーチ(動画あり)
8月4日の核兵器なくそう・世界青年のつどいinヒロシマの第3部で発言したフランソワ・ガニエールさん(フランス)、ウナ・マグガークさん(ニュージーランド)、オデッタ・キングさん(アメリカ)、アンナ・リドルさん(イギリス)のスピーチを紹介します。
フランソワ・ガニエール
フランス平和運動 全国ビューローメンバー/青年コーディネーター
フランス
核兵器をなくそう!
平和を愛するみなさん、こんにちは!
最初に、フランス平和運動を代表して、ヒバクシャのみなさんの証言と勇気に感謝の意を表したいと思います。彼らの証言を聞くと僕は、一体誰が無実の彼らにこんなにもの苦しみを強いるのだろうかと思わずにはいられません。
「人々は、もはや互いに尊敬し合うことがない。情け容赦のない差し押さえ執行人は、それが一つの王国を消し去るとも知らず、家具を風にまき散らしてしまう」これは、アントワーヌ・ド・サンテグジュペリの文章の一節ですが、僕はこの指摘の適切さが好きです。同時に、怖くもあります。
他者を消し去ろうとする人間たちの行動に対して、僕は恐れと怒りを持っています。しかし、まだ勝負はついていないことも確信しています。なぜなら、状況は後戻りできないところまで悪化していないからです。僕たちには、薄暗い路地から抜け出して、平和へと続く明るく輝く道を歩む力があるからです。
選ぶべき道とは、NPT条約を介して国際法にしるされている道のことです。NPT再検討会議が、2010年に開催されます。核軍縮にとって正念場と言えます。そのため、僕たちは、この先2年間かけて核軍縮をめざして行動し、僕たちの代表にすぎない政策決定者に働きかけなければなりません。政策決定者は、僕たちの雇っている使用人であり、雇用者ではありません。言い換えれば、かつてなく広がっている核兵器廃絶を願う世論を代表しているわけです。国民の願いのために働くのが、彼らの勤めです。
今年7月に、フランスで世界青年会議を開くと去年言いましたが、残念ながら、実現しませんでした。しかし、信念と平和の価値に突き動かされる僕たちは諦めていません。2010年のNPT再検討会議に向けてこの会議を開く予定です。フランスの核兵器搭載潜水艦の母港となっている基地があるロング島の近くか、フランス核兵器開発研究所がある町ヴァルダックかのいずれかで開催される予定です。なぜこれらの場所を開催地にと考えたかというと、核軍縮を会議のメインテーマにしようと思っているからです。例えば、参加者による基地周辺視察や、放射能漏れ事故を想定した何かを大会のハイライトにすることができるからです。
さらに、ニュルンベルク国際法の原則を活用して、定期的に大勢で警察に出かけ、仏政府が人類と平和に対して犯罪を企てていると訴えるといったアクションを組織することも考え中です。
僕たちはまた、廃絶2000ネットワークが提唱している構想にも参加しようと計画しています。それは、核軍縮の炎をオリンピック聖火のようにリレーするというものです。聖火リレーがフランスでなされる時に、複数の大学をリレーの中継地点にして、展示や会議などしてみたいです。あと、おもしろい形をした聖火も、若者の注目を得るいい方法だと思います。2010年のNPT再検討会議に向けたダイナミックな核軍縮にはピッタリなアクションだと思うのですが・・・。
最後になりますが、有名なフランス人歌手の言葉を引用します。「男たちははつねに自国から遠く離れた場所に送られて、銃口の先で平和を広げ、野蛮な歴史を持つ文明を守り、宗教の原則を無視して自分らの信仰を押し付けていた。そこから帰国した者はみな流血の惨事と涙に生涯苦しめられる。戦士や制圧者を褒めたたえた後、人類はようやく平和の創り手を今日の真のヒーローだとあがめ讃えるようになる。これら暴力の抵抗者たちは、地球から地雷を取り除き、傷口を癒し、理想の世界を築くためにエネルギーを捧げるのだ」。僕は、この歌手が言っているような理想の世界を信じたいと思います。
ありがとうございました。

ウナ・マクガーク
平和基金 青年プログラムコーディネーター
ニュージーランド
はじめまして!
私の名前は、ウナ・マクガークです。
ニュージーランドから来ました。
この広島・長崎原爆記念の特別な集いで、皆さんとご一緒できるのは光栄で、幸運に思います。ニュージーランドの多くの市民と、私が青年プログラムコーディネーターとして働く平和基金より、平和のごあいさつを送ります。
今日私は、平和がなかなか実現しない国・アイルランド出身者としての私の経験と、平和基金が関わるニュージーランドでの平和のイニシアチブについて、皆さんにお話したいと思います。
20世紀の大部分、北アイルランドの人々は、むきだしの暴力に対する恐怖に脅えて生活していました。カトリック信者とプロテスタント信者は別々の地域に住み、子どもたちも別々の学校に通っていました。爆破、報復殺人、殴り合いは日常茶飯事でした。二つの地域は、どちらにも勝ち目はないようなにらみ合い状態にありました。というのも、一方はイギリスからの完全な独立を要求し、もう一方はテロに譲歩してイギリス人としてのアイデンティティーを失うことを拒否していたからです。長期にわたる、時には挫折感を覚えるような平和へのプロセスを経て、この混乱は2007年にようやく終わり、当事者が十分に努力すれば歴史の進路が変えられるということを証明しました。
平和基金は、個人間から、地域、国家、国際レベルにいたるすべてのレベルで平和をつくるために奮闘しています。私たちの活動の大部分は、ニュージーランドの青年に重点を置き、学校でおこなわれています。相互紛争仲裁という私たちのプログラムは、平和的な紛争解決の技術とプロセスを生徒に教えるものです。この訓練を受けた生徒は仲間同士の口論を解決できるようになり、結果として学校はより平和的で友好的な場所になっています。生徒が彼らの居場所での「平和維持者」となるのです。
生徒たちはまた、「学校平和週間」の活動に大変活発に参加しています。これは文部省が後援する年に1度の取組みで、平和コンサート、映画上映、詩の朗読、折鶴の作成、核兵器廃絶のための公開フォーラムなどが学校や大学で開催されます。平和週間は、広島・長崎を追悼する催しと同時に、ニュージーランド中の学校で現在開催中です。
ウェリントン市では、市内の平和記念碑をめぐるピースウォークが行われています。これは、1945年の広島原爆の火でともした平和の炎、長崎原爆で生き残った木が元となっている長崎の木など、広島・長崎を追悼するいくつかのモニュメントを訪れる取り組みです。
ニュージーランドの青年はまた、国際的な舞台で平和・軍縮問題に大きく関わっています。ニュージーランドの法律は核兵器を禁止しており、これが世界的な核兵器廃絶を促進する私たちの活動の強固な基盤となっています。
例えば、オークランド出身のウィルソン・チュン・ヘイ・チャウは、国連協会世界連盟(WFUNA)が組織する「核兵器のない世界を願う学生」大会を勝ち抜いた世界の14人の学生のひとりです。この勝者たちは7月、国連ウィーン本部で主要な役人に彼らのアイディアを紹介し、核兵器のない世界をめざす青年運動を立ち上げました。
2005年の世界青年の集いで発言したウェリントン出身のジュリア・ジョンストンは、前回のNPT再検討会議へのニュージーランド政府代表団に参加した青年代表でした。さらに多くの国が、国連や他の国際軍縮機関への代表団に青年代表を参加させる必要があります。
多くの若いニュージーランド人が、ニューヨーク、ウィーン、ロンドン、ワシントンなどにある国連や核軍縮機関でのインターンシップに参加しています。
日本を含むすべての国の青年が、国際レベルでの主要なイニシアチブにより深く関わることが重要です。そのイニシアチブのひとつが、核兵器廃絶条約をめざす取り組みです。この条約の草案はすでに国連に提出されており、国連総会は条約締結のための交渉を支持することを可決しました。日本政府を含むすべての政府に、この取り組みを支持するよう働きかけるべきです。私たち青年もこの構想の実現に貢献することができます。
現在進められている新たなイニシアチブのひとつに、青年の平和運動に役立つウェブサイトの創設があります。青年が平和への興味を成長させ、参加できる平和活動を見つけられるようなサイトを作りたいと願っています。平和問題に関する意見や質問を書き込めるページも沢山作りたいと思います。
現在の世界を象徴するグローバル化は、今ここに私たちが集っているように、世界中の青年に平和運動のために協力する機会を与えています。私たちは、より平和で持続可能な社会に向けて進んでいくための共通の展望と手段を創造するために人権、尊厳、非暴力、尊敬など価値を高めていかなければなりません。
ありがとうございました。

ヒロシマ・ナガサキ平和記念委員会
オデッタ・キング
アメリカ
私は今日、アメリカの若者の代表としてここにやって来ました。近頃の携帯メールとiPod世代です。今、世界の若者が直面している最大の危機は、無関心です。若い人の多くは、60年前の戦争の終結について関心を持っていません。彼らはこう言うかもしれません。確かに核爆弾は恐ろしい、でも私に何ができるの?私に何の関係があるの?
アメリカの首都で育った私は、数え切れないほどの反戦デモや人権擁護デモに参加してきました。平和的革命の運動は自分と深くつながっていると感じてきました。しかし、私はアメリカの若者の中では少数派です。同世代のアメリカ人が政治問題についての知識に欠けていることがわかると、不満に思うことがよくあります。5年前にイラク戦争が始まったとき、私は、学生が昼間に授業を放棄して戦争反対の声を上げる行動に参加しました。私の中学校では、1500人の生徒のうちこのストライキに参加したのはたったの13人でした。多くの生徒が校舎から出ようとしたのですが、すぐに先生たちに授業に戻るよう説得されました。
多くの若者が、地球温暖化や反核運動のような大事な問題に関心がある、と言います。しかし、その支援のための行動、あるいは変化を起こすための行動は何もしません。その原因は、近代技術がもたらす娯楽が人々の関心を奪っていること、政府に正直さと情報公開が不足していることにあります。私たちは、テレビやネットサーフィンで忙しく、世界の動きに注目する暇がありません。また情報が十分に与えられていないため、行動することが私たちにとってどれほど重要かにも気づくことができないのです。私たちは、検閲と自らの無関心に縛られているのです。
アメリカの国民は一般に、第二次世界大戦を終わらせるために原爆は必要だったという意見を持っています。ヒロシマ・ナガサキの原爆投下がなければ、戦争はその後まだ何年も続き、原爆で殺された市民よりもはるかに多い数の日本軍と米軍の兵士が死亡することになっただろう、と私たちは教えられました。これは、完全なウソです。実は原爆投下前、日本の特使がアメリカ政府との予備交渉を何ヶ月にもわたって行っており、天皇制さえ維持されるのであれば降伏すると述べていたのです。アメリカ政府は私たち国民に、原爆投下は絶対必要だったと、当時も今も信じさせようとしています。一体、実質的に既に勝利している戦争で、何万もの罪のない人々を殺す必要などあるのでしょうか?ブッシュ大統領はまた、大量破壊兵器があるかもしれないからイラク侵略が必要だといって、アメリカの国民を納得させました。5年が経ちましたが、そんな兵器は何も見つからず、イラクの人々はかつてないほど苦しんでいます。
平和という言葉は、静けさや穏やかさ、幸せと愛の感情を思い起こさせます。平和はこれらすべてを意味しますが、このように考えると、平和は届かぬ夢で、到達し難いもの、安定した不動の状態であると信じるようになってしまう危険性があります。本当の平和は、決して不変不動ではありません。変化や工夫、妥協も含みます。平和的解決策は、暴力的解決策よりもはるかに手に入れるのが難しく、つねに大事に維持することが必要です。
アメリカ、日本、そして世界の若者は、過去、そして現在の出来事や問題に無関心のままでいてはなりません。こうした問題はまさに、近い将来に私たちが引き継ぐことになるものだからです。原爆という史上最大の破壊力を持つ兵器の使用を正当化し、再び使用する必要性を説く理論を許してはなりません。私たちが何も考えずに言われたことを受け入れれば、権力者たちは、ごまかしと破壊だけを押し付けていくでしょう。私たちは疑問を投げかけ、自分たちの意見を持たなくてはなりません。教科書は、常に真実で満ちているわけではありません。権威ある人たちが、何が一番よいことかをいつも知っているわけではありません。暴力がいつも解決策ではありません。これまでもそうだったことなどあるでしょうか?いつもオープンな心をもち、想像的で冷静であることによって、世界の青年たちは、私たちの政治的力となり、人類を平和な未来に導くことができるでしょう。
アンナ・リドル
平和教育担当、核軍縮キャンペーン(CND)
イギリス
この青年のつどいで発言することができ、またたくさんの国の青年に会うことができ、大変光栄に思います。イギリス中の青年からの連帯のメッセージを送ります。
私はイギリスの核軍縮キャンペーンで平和教育を担当し、学校と協力して核兵器についての認識を高める活動をしています。十代、二十代の青年の多くが核兵器のことをほとんど知らないため、この活動はとても大切なのです。中には、イギリスが核兵器を持っていることさえ知らない人もいます。主要メディアが核問題をほとんど取り上げないからです。
学校によっては歴史の授業で、数万の罪のない民間人が命を失ったのは戦争を終わらせるためで仕方なかったことなのだと正当化して教えています。これを変えなければなりません。青年は、すべての事実を教わるべきであり、一番大切なのは、被爆者の証言を聞いて核爆発の真の恐ろしさを理解することです。平和教育プログラムの一環で、献身的で情熱的な被爆者たちの話を聞き、尊重できるようにしなければなりません。
良い平和教育プログラムとは、現状を取り上げたうえで情勢は絶望的ではないと青年に認識させるものです。永遠に核兵器と一緒に暮らす必要はありません。解決策はあります。青年こそ積極的に関わって前向きな変化をつくりだせるのです。
私が学校で受ける質問の中には、大変手ごたえを感じるものがよくあります。ある15歳の生徒は、相互確証破壊の理論と核兵器のための膨大な予算について説明を受けたあと、質問しました。「本当に頭が良くなければ指導者にはなれませんが、核兵器のことはあまり賢明とは思えません。なぜ指導者たちは核兵器を持ち続けるんですか?」世界の指導者たちが核兵器を持ち続ける理由を話すたびに、若い生徒はいつも「なぜ?」と疑問を持つのです。けれど、中には微笑ましい質問もあります。「広島に原爆が落ちた時、あなたもそこにいたんですか?」と何度も聞かれました。
私自身が被爆者が持つ洞察を学生に伝えることはできませんが、今年の初め、二人の被爆者がイギリスを訪問するという幸運に恵まれました。日本の素晴らしい活動家とも一緒に学校を訪問し、何百人もの生徒たちにメッセージを伝えたところ、生徒たちはみな興味と同情を示しながら聞きました。原爆が落とされたとき、自分たちと同じ年頃だった人の体験を聞いて、明らかに心を動かされていました。被爆者は二人とも、若い聴衆に向けて、今聞いた話を友人や家族に伝えてください、広島と長崎で何が起こったかもっとたくさんの人が知るようにしてくださいと頼みました。
昨年、私たちの平和教育プロジェクトは大きく成功しました。学習会を学校で開き、ブルース・ケントと平和のための市長会議による青年向けの講演会を開催し、国中に教材セットを送りました。
私は、同じような活動をしている他の国の人たちとつながる機会をとても楽しみにしています。より多くの青年に核兵器の影響についての知識を広める方法や核兵器廃絶を実現する方法について教材やアイデアを共有できれば有益なものとなるでしょう。また、国際理解を深め、被爆者のメッセージを一層広めるために、学校間をつなぐプログラムの設置に興味のある方ともぜひお話したいと思っています。
この間、訪問先の学校で私が広島に行く予定であることを話すと、たくさんの生徒が世界大会と被爆者を応援するメッセージを送りたがりました。ロンドンの十代前半の子が書いてくれたメッセージには、すべてが凝縮されています。
「お願い。核兵器をなくして! 核兵器がなければもっと素敵な世界になるはずです」
もう一人、オックスフォードからはこんなメッセージが届きました。
「将来の世代を守るために核兵器を禁止してください」
このメッセージには、なぜ核兵器のない世界をつくる運動に青年が参加しなければいけないかが要約されています。この惑星は私たちのものです。私たちが受け継ぐ惑星であり、私たちに続く世代のためにも核兵器のない惑星にしたいのです。
この運動は簡単ではありません。しかし、私たちが核兵器の危険についての認識を高め、支持者を増やし続ければ、必ず成功するはずです。その道のりはきっと楽しいものになるでしょう。ありがとうございました。
トラックバック(0)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 0804「つどいinヒロシマ」青年海外代表のスピーチ(動画あり)
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.antiatom.org/mt/mt-tb.cgi/710
コメントする