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2007年03月30日

日本原水協抗議文書

本日、国・厚生労働省は仙台地方裁判所、東京地方裁判所が言い渡した原爆症認定申請却下処分の取り消しを命じた判決に対し、不当にも控訴しました。日本原水協は、下記のとおり抗議文書を発表し、厚生労働省に送付しました。
厚生労働省  FAX 03-3502-3090

仙台・東京地裁判決の控訴に抗議し、被爆者行政の抜本的改正を要求する

                                  2007年3月30日
                               原水爆禁止日本協議会

 厚生労働省は本日、原爆症認定をめぐる先の仙台・東京両地裁判決にたいして不当にも控訴することを発表した。
 これまで国の行政が断罪された大阪、広島、名古屋、仙台、東京の判決によっても、原爆被害の現実から目をそむける被爆者切り捨て行政の誤りと非人道性はすでに明らかである。
 厚労省にいま求められているものは、62年の苦難を経て裁判にまで訴えた被爆者の声に耳を傾け、被爆と被爆者の現状に立った原爆症認定の在り方へと抜本的に改めることである。
 日本原水協は、今回の控訴に強く抗議し、これまでの五つの地裁判決を受け入れるよう強く要求する。また、国民世論に訴え、現行の援護行政の歪みを正させるために全力を挙げるものである。

厚生労働省の控訴に対する東京声明

原爆症認定集団訴訟不当控訴に抗議し控訴の取り下げと制度の抜本改革を求める声明

                   2007年3月30日

原爆症認定集団訴訟東京原告団
原爆症認定集団訴訟東京弁護団
原爆症認定集団訴訟全国弁護団連絡会
東京都原爆被害者団体協議会(東友会)
日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)
原爆裁判の勝利をめざす東京の会(東京おりづるネット)
原爆症認定集団訴訟を支援する全国ネットワーク

 厚生労働省は、本日、仙台地方裁判所と東京地方裁判所が言い渡した「厚生労働大臣が行った原爆症認定申請却下処分を取り消す」との判決に対して、控訴した。この度の控訴は、こぞって早期の全面的な解決を求める国民世論と、自民党など与党議員を含む100名を越える国会議員が控訴断念を求める賛同署名を寄せる中で、またも被爆者の願いを踏みにじった暴挙であり、決して許されるべきではない。
 平均年齢が76歳を超える原告らにとって、4年の歳月をかけてようやく勝ち取った判決について、さらに控訴されることの苦しみは、筆舌に尽くしがたい。ともに裁判を起こした30人中、すでに11人が死亡し、残りの多くが病床に伏していることを考えれば、それがいかに非情であり、非人道的かはいうまでもない。
 厚生労働省は、これまで、被爆者援護法の趣旨に則り、科学的知見も踏まえて認定申請却下処分を取り消した司法判断を不服として、上訴を繰り返してきた。しかし、被爆者切り捨ての原爆症認定行政の誤りは、既にこれまで最高裁、大阪高裁、東京高裁の判決、集団訴訟の大阪・広島・名古屋の地裁判決で厳しく指摘されてきたところである。
 誤った「審査の方針」に固執し続ける理不尽な控訴は絶対に許されるべきでない。今こそ、私たちは次のことを実現するよう、強く求める。

1 国は裁判所の判断を尊重し、控訴を直ちに取り下げよ。
2 現在の審査の方針を根本的に改め、被爆者を早期に救済せよ。
3 厚生労働大臣は、被爆者の意見を聞く場を設けよ。

以上

2007年03月28日

72時間座り込みアピール

控訴断念と原爆症認定行政の抜本改善を要求し
全国の原告・被爆者が座り込み行動に総決起

~4月2日から4日まで厚生労働省前特設テントで~

全国から代表派遣と支援を!

 5たび国の原爆症認定行政を断罪した東京地裁判決を受けて、国会でも政治決着を求める声が、与野党を超えて急速に広がっています。26日の参議院予算委員会では、民主党の犬塚直史議員がこの問題で質問に立ち、「入市や遠距離の被爆者の病気に放射線起因性が無いと決めつけるのは間違いだということをぜひ(厚生労働)大臣も総理も理解してほしい」と訴え、この模様は全国にテレビ中継されました(参議院のHPで見ることができます)。

 また昨年末に自民党の有志議員で発足した「原爆症認定を早期に実現するための議員懇談会」も、柳沢厚生労働大臣や総理官邸に対し控訴断念と被爆者の早期救済の政治決断を強く迫っています。同議懇のリーダーシップをとる寺田稔衆院議員(広島選出=被爆2世)は、原告・弁護団・支援者らが厚生労働省前で行う宣伝行動にも駆けつけマイクを握りました。

 さらに与党である公明党も、党内にこの問題でのプロジェクトチームを発足させました。
マスコミも、主要各紙がこぞって社説で原爆症認定行政の見直しを掲げるなど、もはや「科学」の名を借りて現行認定基準に固執する厚生労働省は孤立しつつあります。

 日本被団協は24、25の両日代表理事会を開き、今月中に厚生労働省が控訴断念を決断しなかった場合、全国の被爆者が総決起し、重大な決意をもって4月2日から3日間、厚生労働省周辺で夜を徹しての座り込み行動を行うことを決定しました。力をふりしぼって命がけのたたかいに臨む原告・被爆者に連帯し、全国からの座り込みへの代表派遣やご支援を心よりよびかけます。

【座り込み行動】
①期間・・・4月2日(月)正午~4日(水)午後4時
②場所・・・霞ヶ関/厚生労働省周辺 特設テント
③昼間は、座り込みと厚生労働省へのアピール。
④2日と3日は、午後6時から7時までキャンドル集会。
⑤夜間は、青年を中心に「原告・被爆者と語り合う集い」やワークショップなど。
⑥テントには布団を用意しますので宿泊できます。青年を中心に交流しながら、朝までテントを守ります。ぜひ青年を東京に送ってください!
⑦座り込みに参加できない場合でも、「激励と連帯の寄せ書き」や差し入れ、カンパなどのご支援をよろしくお願いします。(あて先=訴訟支援全国ネット/東京都港区芝大門1-3-5 ゲイブルビル902 日本被団協気付■郵便振替 00100-9-22913)

2007年03月27日

原爆症訴訟スタッフ募集

《原爆症認定集団訴訟・勝利を呼ぶすわりこみ》
http://yaplog.jp/hibakusya/

原爆症訴訟・勝利を呼ぶスタッフを募集しています。

少しだけでもよいのでぜひご協力ください。
多くの方が少しずつ関われば、想像以上の力になるはず!

次のとおり、お手伝いいただける方を募集しています。

 1)【4月1日13時~日本平和委員会事務所(浜松町)】2日からの座り込み行動準備のためのこもごも作業
 2)芸術的なデコレーション作り(宣伝行動を華やかに!)
 3)歌える方・演奏できる方(宣伝を華やかにー!)
 4)炊き出し・差し入れしてくださる方
 5)友人知人を誘う・呼びかけてくださる方(チラシ等データ送ります)
 6)連日8~9時国会議事堂前駅/11時半~13時厚労省前行動への参加(チラシ配布等)
 7)連日の国会議員要請(14~16時)への参加
 8)【4月2日12~13時、日比谷公園霞門】厚労省包囲デモ行進への参加
 9)【4月2日13時~4日16時、厚労省前】連続座り込み行動への参加
10)ブログ「原爆症認定集団訴訟・勝利を呼ぶすわりこみ」(http://yaplog.jp/hibakusya/)を読む・広げてくださる方

他にも「これならできる」というアイデアも募集中。
お問合せは nishimura@j-peace.org または03-3451-6377(日本平和委員会・西村)へ。

2007年03月26日

全国の原告団アピール

国の被爆者行政を五たび断罪した東京地裁判決を受けて
              
 世界と日本の友人のみなさん
 私たちは、「原爆は60年経っても人間を苦しめ、殺していく悪魔の兵器であり、この地上にあってはならない兵器だ」ということを証したいために、裁判にたちあがった、22都道府県229人の被爆者原告と遺族です。
 厚生労働省のお膝元、日本の首都・東京での判決にあたり、このアピールを送ります。

 16地裁、3高裁で争われている原爆症認定集団訴訟において、大阪、広島、名古屋、仙台、東京の各地裁は、あわせて86人の原告のうち75人の疾病を原爆症と認めました。国が全力をあげた主張は五たび退けられ、国の被爆者行政の誤りが断罪されました。
 これらの判決は、原爆犯罪を許さないたたかいにおける一つの大きな勝利です。
 広島・長崎で生きながら焼き殺された無数の人々、支えてくれた家族、判決を聞くこともなく「悔しい悔しい」といいながら亡くなった原告の仲間たち。いまも病床にいる方々をはじめ、全国26万の被爆者の仲間たち。みなさんに、「五たび勝ったよ」と報告できることが、うれしいです。
 ご支援をいただいた弁護士、医師、科学者、支援団体や市民、マスコミのみなさん、ほんとうにありがとうございました。

 原爆症認定集団訴訟は、私たち原告を救済することはもちろん、それにもまして、「原爆被害を狭く・小さく・軽く見せようとする」日本政府の政策を打ち破ることを目標としてきました。国のいうように、原爆の被害がせまく限定されてしまうなら、私たちの60年余の苦しみはいったい何だったのでしょうか。「原爆放射線の影響を受けるのは広島では1・1キロまで、長崎では1・25キロまでであり、遠距離にいた者、後から入市した者は、被爆者ではない」などと被爆者の人生も人格も全否定して恥じない国を、私たちは許すわけにいきません。
 
 この裁判は、初期放射線による近距離の直爆以外に放射線被害はないという国の「神話」にたいし、原告たちの血をはくような陳述、日夜をわかたず心血を注がれた弁護団や専門家の証言によって、これを打ち砕きました。原爆症認定集団訴訟の歴史的意義は、とりわけ残留放射能、放射線内部被爆による被害のすさまじさを明らかにしたことです。判決で否認された11人についていえば、チェルノブイリ事故での放射能汚染の広がりや、アメリカ退役被曝軍人の補償法がより広く救済の対象としていることなどからみても、原爆被爆の影響はもっと広く見るべきだ、と私たちは考えます。人類は、原爆がひとたび使われればいかに巨大な被害がもたらされるかを、この裁判から改めて学びとってほしい、と心から願います。

 私たちの訴えは、医師、科学者、マスコミ、市民、そして裁判所にも、政党、政治家にもしっかり届きました。ひとり国=厚生労働省だけが「思考停止」におちいり、被爆者切り捨ての論理を「科学だ」と称して司法判断に背を向け、いたずらに控訴をくりかえし、破綻が証明された被爆者行政を変えようとしません。国はいったい、いつまで被爆者を苦しめれば気が済むのですか。
 国は、ただちに現行「審査の方針」を廃止し、認定行政の改善についてはもちろんのこと、国の責任による総合的な援護施策の確立について、日本被団協と協議してください。
 
 世界と日本の友人のみなさん。
 原爆被害の残酷さ、非人道性を明らかにした司法の一連の判断を、国の政策に生かして、核兵器被害をくり返させない確かな保障を勝ち取っていきましょう。核兵器のない世界をつくること、核兵器廃絶国際協定の締結への努力を強めましょう。

                               2007年3月26日

                    北海道原爆訴訟原告団
                    原爆症認定を求める宮城原告団
                    原爆症認定訴訟埼玉原告
                    原爆症認定集団訴訟千葉原告団 
                    原爆症認定集団訴訟東京原告団
                    原爆症認定訴訟かながわ原告団
                    原爆症認定集団訴訟静岡原告団
                    原爆症認定訴訟愛知原告団
                    原爆症認定訴訟近畿原告団 
                    原爆症認定訴訟岡山原告
                    原爆症認定を求める広島原告団
                    原爆症認定愛媛訴訟原告
                    原爆症認定香川訴訟原告
                    原爆症認定訴訟高知原告
                    原爆症訴訟熊本原告団
                    原爆症認定集団訴訟長崎原告団
                    原爆症認定訴訟鹿児島原告団

日本被団協第323回代表理事会で72時間座り込み行動要綱を発表

原爆症認定制度の抜本的改革と原爆症認定裁判の一括解決を求める座り込み行動 

                                         2007年3月26日
                                日本原水爆被害者団体協議会
                           原爆症認定集団訴訟全国弁護団連絡会
                      原爆症認定集団訴訟を支援する全国ネットワーク

                   (連絡先)〒113-0034 東京都文京区湯島2-4-4-301
                           電話03-5842-5905 Fax 03-5802-2405
                                原爆被爆者座り込み行動事務局

 3月25日、日本被団協は第323回代表理事会を開き、4月2日から4日まで、原爆症認定制度の抜本的改革と原爆症認定裁判の一括解決を求める座り込み行動を行うことを決定した。 
 大阪・広島・名古屋・仙台・東京の5地裁が、例外なくDS86と原因確率を柱とする「審査の方針」による原爆症認定行政を断罪したことにより、現行の原爆症認定制度を抜本的に改革する必要があることは、もはや誰の目にも明らかとなった。また、原告らはいずれも高齢であり、ガンをはじめとする重い疾病で、次々と判決確定を見ることなく死亡している。控訴・上告を繰り返して解決を引き延ばすことは絶対に許されない。
 厚生労働省は、原爆症認定問題は高度に科学的な問題であり、専門家の判断によるべきだとして、裁判所の判断を軽視し、また被爆者の要求にこたえようとしない。しかし、東京地裁判決が明確に指摘しているように、原爆症は、現在の科学では白黒をつけがたい未解明な部分を多く残しているのであり、そのような場合に、科学的に厳密な証明を求めて切り捨てるのか、被爆者救済という法の趣旨を重く見て救済するかは、まさに政治判断の問題である。
 3月22日、日本被団協は、原爆症認定集団訴訟の東京地裁原告勝訴判決を受けて、原爆症認定制度の抜本的改革と控訴断念・原爆症認定裁判の一括解決を求める要請書を厚生労働大臣に提出した。しかし、今日まで、厚生労働大臣から誠意ある回答はない。この要求に対し、3月30日(金)までに明確に回答をすることを求めるとともに、これを拒否したり、あるいは回答がない場合には、全国の被爆者が総決起して東京に結集し、下記要綱に従って、厚生労働省前で座り込みを行うことを決定したのである。これは、東京地裁判決で原爆症認定問題に決着をつけるという日本被団協・原告団の固い決意に基づくものである。全国の心ある皆さんにご理解とご支援をお願いするものである。

<72時間座り込み行動要綱>

1 国に対する要求
 ① 原爆症認定制度の抜本的改革に着手すること、改革に当たっては被爆者と協議をしながら進めることを表明せよ。
 ② 東京地裁判決に対する控訴を断念し、既にしている控訴を取り下げて、原爆症認定集団裁判の一括解決に踏み出せ。

2 座り込み行動
 ① 期間 4月2日(月)から4日(水)の3日間
 ② 対象 全国の原告・被爆者30名から50名
 ③ 場所 厚生労働省周辺
 ④ 方法 テントを設置して夜を徹して座り込む

3 座り込み行動中の取り組み
 ① 政府に対し、原爆症認定制度の抜本的改革・原爆症認定集団訴訟の一括解決の要求に答えるよう求める。
 ② 各界各層の支援・激励を受ける。
 ③ 全国の被爆者がこれに呼応した行動を取る。
 ④ 全国の国民に物心両面にわたる支援を呼びかける。

2007年03月25日

よびかけ「いまこそ すべての被爆者が声をあげるとき」

25日、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の役員会議で、全国の被爆者に対するよびかけが決議されました。
以下、よびかけ全文です。

いまこそ すべての被爆者が声をあげるときです

全国の被爆者のみなさん
 原爆症認定集団訴訟は、いま重要な局面を迎えています。
 全国で229人の被爆者が原告となって、原爆症認定申請に対する国の却下処分を不当とし、却下処分の取り消しを求めてたたかってきた原爆症認定集団訴訟は、大阪(昨年5月12日)、広島(昨年8月4日)、名古屋(今年1月31日)、仙台(3月20日)、東京(3月22日)の5つの地方裁判所すべてで勝訴をかちとりました。
 これを受けて、政治が大きく動き始めました。
 自民党は「原爆症認定の早期実現をめざす議員懇談会」をたちあげ、厚生労働大臣に対して、仙台地裁判決、東京地裁判決への控訴断念、大阪、広島、名古屋各地裁判決への控訴取り下げを要請しました。公明党も対策委員会を発足させ、民主党、共産党も懇談会や対策委員会をつくるなどして、社民党、国民新党を含む与野党すべての政党が、衆参両院の各種委員会で厳しく政府の審査のあり方を追及、認定制度を根本的に改めるべきだと活発に動き始めています。
 認定制度の抜本的改善に賛同する議員も日増しに増加し、3月25日現在衆参両院で200名を超す議員が賛同しています。
 しかし、厚生労働省は司法の一連の判断に耳をかすどころか、司法の判断が間違っている、科学や医学の常識から外れていると強弁して、頑迷にも控訴を繰り返しています。仙台、東京地裁判決に対しても控訴の構えを変えていません。
 高齢化し、病気を抱えた原告にとって高裁、最高裁と裁判を長引かせることはとても耐え難いことです。229人の原告のうちすでに31人の原告が判決を聞くことなく亡くなっています。原爆症認定制度の抜本改定は焦眉の課題であり、また、実現できる情勢を迎えているのです。この情勢をいっきに切り開く力は全国26万近い被爆者にあります。
 心を込めて全国の被爆者に呼びかけます。 原爆症に苦しみながら、申請も提訴もできず、泣き寝入りせざるを得なかった被爆者、今は元気でもこれから原爆症にかかるおそれのある多くの被爆者が、みんなで、原爆の被害をこれ以上「受忍」しない、「受忍」させないという意志を行動で示しましょう。

①「原爆症認定制度の抜本的改善」及び「控訴断念を求めること」に賛同する署名をすべての国会議員から得るために、電話、手紙、ファックス、訪問など、自分ができる行動を起こしましょう。
②仙台地裁判決、東京地裁判決への控訴断念と認定制度の抜本改善を求めて、4月5日までおこなう、厚生労働省前での座り込みを含む直接行動に参加しましょう。
③住んでいる自治体の議会にたいして「原爆症認定制度の抜本的改善」を国にもとめる「意見書」の採択を要請しましょう。
④「原爆症認定制度を抜本的に改めること」を要請する「はがき」に、それぞれの訴えを書き込み厚生労働大臣に送付しましょう。
⑤戦争被害に対する国の責任を明らかにすることが、ふたたび戦争をしない国の証になることを深く心にとめ、被爆者として人類的な使命を果たす努力を重ねましょう

2007年3月25日
日本原水爆被害者団体協議会第323回代表理事会

「すみやか」署名と「非核日本宣言」運動.長崎へ400人の代表を―大阪原水協第45回定期総会ひらく

 大阪原水協第45回定期総会は、3月24日大阪社会福祉指導センターで開かれ、2007年度の運動方針を決定しました。総会ははじめに篠浦一朗理事長があいさつ。このあと水谷辰也・日本原水協事務局次長が「2007年の情勢と原水協活動」のテーマで講演しました。近畿原爆訴訟原告の木村民子さんが出席してあいさつも。総会には14労組・団体、12地域原水協・個人の50人が出席。
 つづいて北野雅博事務局次長が議案を提案。第一に情勢の特徴として、2000年のNPT(核不拡散)条約再検討会議での「核兵器廃絶の約束」が、アメリカでのブッシュ政権の登場と、同時多発テロによって重大な障害を生み出したこと。いま世界は、北朝鮮問題でもあきらかになったように、国際紛争の解決は国連を中心とする平和外交での解決が重要であること。国内では安倍内閣が、憲法改悪を公然とかかげ、教育基本法改悪強行など反国民的姿勢をあらわにしている。とりわけ、北朝鮮の暴挙を利用した閣僚等の「核保有」や「非核三原則見直し」発言などは、被爆者を愚弄していると、指摘しました。
 第二に、活動方針では、①唯一の被爆国・日本が「核兵器全面禁止」のイニシアチブを取るために、国是である「非核三原則」の厳守と核兵器廃絶を世界にアピールする「非核日本宣言」要請運動を、自治体や内外の広範な人びと、団体に賛同を求めていること。②6・9行動を中心とする草の根の活動で「すみやかな核兵器の廃絶のために」署名を広げる。③憲法改悪を許さず、9条を守る広範な国民運動で積極的な役割を果たす。④50回目の国民平和大行進の成功。2007年世界大会・長崎に大阪原水協から400人を目標に代表派遣をめざす。⑤原爆症認定集団訴訟が全国22都道府県16地裁2高裁でたたかわれており、大阪原水協もこのたたかいを重視し、署名、裁判傍聴などに積極的にとりくむ。⑥2008年の大阪原水協50周年事業の準備開始などを。このあと玉垣斉事務局長が2006年度決算報告と2007年度予算、新年度役員を提案、活動方針とともに全員で確認されました。

大阪原水協第45回定期総会の発言から―要旨―

■世界大会が青年を育てる
大教組 杉本琢哉
 世界大会で被爆者訪問参加が最も印象に残った、平和はつくるものと言われハッとしたなど、世界大会が青年の目を開かせている。国民的な闘いになった教育基本法の闘いでも…。

■100回の6・9行動を軸に
北区原水協 石田茂郎
 昨年に100回を越えたJR天満駅頭の6・9行動を中心に頑張っている。天神祭りでの署名や原爆展、平和行進などを通じ、市民の関心が寄せられている。世界大会とビキニデーには必ず一人は代表を派遣して役割を果たしてきた。

■ピースチャレンジャー
新婦人府本部 氏家マサ
 「ピースフル中之島」集会に韓国の代表を招いた。いま新しいピースチャレンジャー(核兵器廃絶署名と憲法署名+新婦人しんぶん拡大の推進者)を3千人つくって、夏までに署名10万達成をめざしています。

■被爆者の思い伝えたい
学生平和サークル「ヘイクル」 岸田拓郎
 大阪でも被爆者の話を聞き、世界大会には必ず学習して参加した。最近は近畿弁護団の尾藤弁護士を講師に原爆裁判の歴史から学習。北区の6・9行動に参加して、行動継続による“力”とビラや対話を通じて伝えることの大切さがわかった。

■核兵器廃絶と憲法9条
常任理事 中川益夫
 湯川秀樹博士が、かつて国会での奥野法務大臣の憲法改正発言に対し、核兵器禁止の立場から厳しく反対の必要を説いた。…野球は9回から!…原水爆禁止は憲法9条から!頑張ろう。

■原爆裁判で逆流も
近畿医師団 小林栄一
 いま裁判で、裁判所はカルテを出せと言いだし、原告の意見書と矛盾する部分も出てくる。また訴えの一部を認めないという流れも出てきている。現在、民医連の協力で近畿医師団の強化がはかられている。

■資金活動に絵を提供したい
寝屋川 井上圭史
 美術家として各分野の資金活動に絵の提供を通じて協力してきた。大阪原水協でも協力していきたいと考えています。検討を。

■国民平和行進の全コース踏破が目標
和泉平和委員会 浅田健司
 国民平和行進の全コース踏破が目標。今年北海道~東京コースを「通し行進」します!

■新たな非核地帯の創設に確信
大阪AALA理事長 田中克彦
 世界各地に非核地帯条約。第14回非同盟会議が新たな非核地帯の創設を掲げた。運動の主流に確信を持つ。

2007年03月24日

山口県周南市議会が原爆症認定制度の抜本的改善を求める意見書議決

山口県の周南市議会では、3月23日開かれた本会議で、周南市被爆者の会の陳情を全会一致で採択し、原爆症の認定行政を抜本的に改善することを求める意見書を全会一致で議決しました。

意見書全文は以下の通りです。

原爆症認定制度の抜本的改善を求める意見書

 原爆被爆者は、現行の原爆症認定制度を被曝の実態に即した制度に抜本的に改めることを求めている。
 原爆被害が、熱線、爆風、放射線による広範囲かつ長期におよぶ複合的被害であり、医学的にも未解明の被害であることを踏まえた認定制度に改めることを強く要望する。

 以上、地方自治法第99条の規定により意見書を提出する。

   平成19年3月23日

                                    山口県 周南市議会

2007年03月23日

いずみ市民生協が“公正な裁判要請署名”10万3千余

―近畿第2次訴訟―
大阪地裁 口頭弁論

 近畿原爆訴訟第2次原告グループの口頭弁論が、3月23日に大阪地裁202号法廷で開かれました。
 意見陳述に立った藤原精吾弁護団長と尾藤廣喜幹事長は、「国が12連敗の事実から学ぶべきは、個々の認定ではなく、認定基準はそのものが誤っている」とのべました。意見陳述には、故大坪善嗣(京都)の後を引き継いだ大坪生子さんが、夫の無念を晴らすためにも、公正な判断を訴えました。被告側国代理人は、原告らの疾病は誰でもなりうるものであり、放射線の起因による疾病ではないと断言し、被爆者の思いを切り捨てました。
 終了後、弁護士会館で報告会がおこなわれ、大阪いずみ市民生活協同組合が集めた、裁判所に公正な判決を要請する署名簿が、段ボール箱4箱、10万3314人分が紹介され、提出されました。これで署名の合計は、大阪地裁あて7万1930、大阪高裁あて11万4390に達しました。最後に西晃弁護士(大阪支援の会事務局長)が「いま力をひとつにして、全面解決をめざして頑張ろう」とのべて散会しました。

東京地裁判決の留意点

3月22日に出された原爆症認定集団訴訟東京地裁判決の留意点は以下の通りです。

*起因性の立証責任
「通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちえるものであることを必要とすると解すべきである」(松谷最高裁判決を踏襲)

*被曝線量について
「客観的な資料に基づく合理的な判断として、放射線による急性症状等が生じていると認められる事例が存在するのであれば、その事実を直視すべきであって、それがDS86による線量評価の結果と矛盾するからといって、DS86の評価こそが正しいと断定することはできない」(急性症状などの発症事実を重視すべき=国は急性症状を赤痢や感染症、栄養不良のせいと主張)

*残留放射能、放射性降下物、誘導放射能について
「広島、長崎とも、原爆投下直後から残留放射能についての調査がなされたものの、誘導放射能及び放射性降下物について、十分な実測値が得られていない」

*内部被曝について
 「ガンマ線及び中性子線以外にアルファ線及びベータ線が影響すること、外部被曝と比べ至近距離からの被曝となり人体への影響が大きいことを理論的に否定し去ることはできない」(国は、原告の多くは被曝をほとんどしていないと主張)

*遠距離・入市被曝の急性症状
 「遠距離被爆者、入市被爆者の中にも、相当程度の放射線被曝をしたものが存在すること念頭に置く必要がある」

*原因確率について
 「放射性起因性を判断するための参考要素になり得るものではあるものの、原因確率に基づく判断にも一定の限定があることは否定できない・・・これを機械的に当てはめて放射性関与を否定してしまうことは相当ではなく、個々の被爆者の個別的事情を踏まえた判断をする必要があ」るものである。…これを疑義の余地のないものとして取り扱うことにも、問題がある。

*起因性の判断手法について
 「科学的根拠の存在を余りに厳密に求めることは、被爆者の救済を目的とする法の趣旨に沿わないものであって、最終的には合理的な通常人が、当該疾病の原因は放射線であると判定するに足りる根拠が存在するかどうかという観点から判断するほかはない」「DS86 及び原因確率の機械的な適用は、放射線のリスクの過小評価をもたらすおそれがある」「当該被爆者の被爆状況、被爆後の行動、急性症状の有無・態様・程度等を慎重に検討した上で、・・・さらに当該被爆者のその後の生活状況、病歴、放射性起因性の有無が問題とされている疾病の具体的な状況やその発生に至る経緯などから、放射線の関与がなければ通常は考えられないような症状の推移がないのかどうかを判断し、これらを総合的に考慮したうえで、合理的な通常人の立場において、当該疾病は、放射線に起因するものであると判断し得る程度の心証に達した場合には、放射性起因性を肯定すべきである。

2007年03月22日

声明 原爆症認定集団訴訟東京地裁判決について

国は、判決を受け入れ、被爆者の救済に力を尽くせ
                              2007年3月22日
                              原水爆禁止日本協議会

 原爆症認定却下処分の取り消しを求める裁判で、本日、東京地裁は、原告の被爆者30名のうち、21名について原告勝訴の判決を言い渡しました。

 原告団、弁護団、被団協や東友会、原水協も参加する「支援ネット」などは、すでに連名で「声明」(★)を発表し、国に対して、①判断を尊重し、控訴を断念すること、②現在の審査のあり方を根本的に改め、被爆者を救済すること、③被爆者の意見を聞く協議の場を設けることを要求しました。日本原水協は、原告全員と弁護団、支援者の皆さんに敬意を表するとともに、この立場を全面的に支持するものです。

 この判決をもって、政府の認定行政のあり方は昨年5月の大阪地裁判決以来、広島、名古屋、仙台、東京と、五つの判決で連続的に断罪されたことになります。これらの裁判を通じて最大の焦点となったのは、原爆症の認定にあたって、原爆の初期放射線のみを対象にして作成した「基準」に固執し、現実に被爆者におこった被害に目を塞ぎ、訴えを退けていく、機械的で冷酷な被爆者援護行政のあり方そのものでした。実際、裁判でなされた国側の主張とは、「原告の多くは被曝をほとんどしていない」、急性症状は「赤痢、感染症、栄養不良のせい」などと言い張るほど乱暴なものでした。

 こうした主張の非科学性は、この間の裁判だけでなく、それ以前の長崎松谷原爆裁判、京都小西原爆裁判、東京での東訴訟のそれぞれでもすでに断じられています。政府が、それを覆すなんの根拠もないまま、相次いで控訴していることはそれ自体、62年の被爆者の苦しみに追い討ちをかける非人道的態度としか言いようがありません。核の被害をことさらに小さく見せるこうした態度には、国内外から、アメリカの核戦略にたいする無条件の受け入れと結びついたものとの強い批判も湧き起こっています。

 日本原水協は、日本政府に対しあらためて、仙台と東京判決を控訴しないこと、大阪、広島、名古屋での控訴を取り下げることを要求し、さらに、被害の実態に即した原爆症認定へと審査・決定のあり方を抜本的に改めることを強く要求するものです。また、そのためにも日本政府の現行の認定基準・認定行政の理不尽さを広く国民に知らせ、国民的批判をさらに広げるために力を尽くすものです。

★原爆症認定集団訴訟東京地裁判決についての声明
                        2007(平成19)年3月22日
                        原爆症認定集団訴訟東京原告団
                        原爆症認定集団訴訟東京弁護団
                        原爆症認定集団訴訟全国弁護団連絡会
                        東京都原爆被害者団体協議会(東友会)
                        日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)
                        原爆裁判の勝利をめざす東京の会(東京おりづるネット)
                        原爆症認定集団訴訟を支援する全国ネットワーク

1 東京地方裁判所民事第3部(鶴岡稔彦裁判長)は、本日、原告ら30名中入市・遠距離被爆者を含む21名について、厚生労働大臣の原爆症認定申請却下処分を取り消す、原告勝訴の判決を言い渡した。

2 判決は、厚生労働省が「科学的」と称して、2001年以降用いてきたDS86や原因確率論を柱とする「審査の方針」について、
   ① 線量推定方式であるDS86、DS02は、「評価結果に限界があり計算値を超える被爆が生じている可能性がないと断定してしまうことはできない」、「急性症状等が生じていると認められる事例が存在するのであれば、その事実を直視すべきであって、それがDS86による線量評価の結果と矛盾するからといってDS86の評価こそが正しいと断定することはできない」、
   ② 残留放射能、放射性降下物、誘導放射能については、「広島原爆、長崎原爆とも、誘導放射能及び放射性降下物について十分な実測値が得られていない。」、内部被曝について、「ガンマ線及び中性子線以外に、アルファ線及びベータ線が影響すること、外部被爆と比べ至近距離からの被曝となり人体への影響が大きいことを理論的に否定し去ることができない」、
   ③ 原因確率論の合理性については、「原因確率に基づく判断にも一定の限界があることは否定できないのであるから、特に、原因確率が低いとされた事例に関しては、これを機械的に当てはめて放射線起因性を否定してしまうことは相当ではなく、個々の被爆者の個別的事情を踏まえた判断をする必要がある」、
   ④ 放射線起因性の判断手法について、「科学的知見にも一定の限界が存するのであるから、科学的根拠の存在を余りに厳密に求めることは、被爆者の救済を目的とする法の趣旨に沿わない」、
との判断を示し、これまでの厚生労働省の認定行政が、原爆被害の実態を正しく反映せず、法の趣旨に反するものであることを明確に認めた。

3 一方、判決は9名の原告について、その請求を棄却した。裁判所の認定は、被爆地点、入市の日時や、急性症状の存否等の原告側主張を、事実認定においてこれを斥けたものであり、その点はきわめて不当であり到底納得できない。

4 国の原爆症認定行政の誤りは、これまでも、最高裁、大阪高裁、東京高裁をはじめ、全国11の裁判所で厳しく指摘されてきた。ところが、国は司法判断を無視し、不毛の「科学論争」を蒸し返すだけで、自らの認定基準を改めようとしなかった。そして、この間、認定すべき多数の被爆者を切り捨ててきた。

5 私たちは、今こそ次のことを直ちに実現するよう強く求める。
   (1)国は裁判所の判断を尊重し、控訴を断念せよ。
   (2)現在の審査の方針を根本的に改め、被爆者を早期に救済せよ。
   (3)厚生労働大臣は、被爆者の意見を聞くための協議の場を設定せよ。

                                                       以 上

2007年03月20日

読者のこえ

春と冬が反対に!?
新潟県 池津恵美子
 春と冬が反対になったようなお天気で、最近では毎日のように雪やあられが降っています。本当に寒いです!桜の咲く声も聞かれていたのに、またのびるのかなあ~。私は夏が好きです!早くこい!

我々は愚者ではない
千葉県 夏目侑子
 去る2月20日、千葉地裁で、集団訴訟第16回目(第一次分)及び第3回目(第二次分)の口頭弁論があって、3回目開廷分では、日本被団協の岩佐先生が意見陳述された。自身の“あの日”の体験と当時の状況に始まり、倒壊家屋の下敷きとなった母親を救出出来なかったことへの後悔と被爆死した妹への思い、被爆後ずっと抱いてきた健康不安を述べた後、今回の提訴理由として「既に二つの“がん”(皮膚・前立腺)で原爆症認定されてはいるが、今回改めて提訴したのは(原爆が)一人の被爆者に斯くも様々、かつ複数の疾病を引き起こすということを、国に知ってもらいたいから」と述べられた。国は先生の言葉によくよく耳を傾けて真摯に原告・被爆者と向き合い、早急に現行制度の抜本的改善を図るべきであろう。
 後半、国は先に出された1月31日の名古屋地裁判決に対する批判意見書を持出してきたが、そこに反省の色は全くなく、長崎松谷訴訟時に於ける反論の内容に似た文面を並べ立てて、下劣な内容に終始していた。松谷訴訟の勝利からかなりの年月が経っているが、その年月経過につけこんで「傍聴者には意味が判るまい」なんてなこと思っているのだろうか。そこまで我々は愚者ではない。フザケルナ、そう思った。

改憲法案阻止に全力を
神奈川県 小島達司
 「国民投票法案」阻止共同闘争推進を自民公明政府は、単独でも国民投票法を成立させるべく異常な姿勢で国会に臨もうとしている。狙いは憲法改悪、戦争国家成立であることは、いうまでもない。そこで大急ぎでやらなければならないことは、「死ぬのはいやだ」「戦争はいやだ」という大部分の国民を総動員して法案阻止のためにありとあらゆる闘いを展開することだと思う。日本原水協はそのための先導的役割を果たすべきではなかろうか。ビキニデーに参加したので、いっそうその思いを強くしたのである。

読者のこえ欄好き
京都府 中島洋子
 読者の意見の欄が好きです。いつも「そうなんだ」とうなづきながら読んでます。

岡山県 井戸原一行
広島原爆のような戦争は永久になくしたいとさけびます。

右翼の本音あからさま
東京都 村野陽太郎
 安倍首相は本気で旧日本軍の「慰安婦」問題で「強制性を裏付ける証拠がなかったのは事実だ」と発言。米のマスコミが歴史を修正する国粋主義者」だと断じている。右翼の本音があからさまにおもてに出た(吹き出た)ものだ。いまの世に国粋主義、軍国主義はまったく無用。すぐ退陣しろ!

運動の大切さ再確認
三重県 坂 久
 『原水協通信』3月6日号8面「3・1ビキニデーから世界大会へ」を読ませていただき、平素忘れ気味な原水爆禁止運動の大切さを再認識しました。53年前を再確認し、精一杯頑張ります。

核戦争で地球滅びる
栃木県 本田新太郎
 現代の最悪兵器(原水爆)の問題で最悪最強の軍備国はアメリカである。日本はこのアメリカの核を戦争抑止力と言っているがとんでもない。この根源を絶滅しなければ、世界の恒久平和も安全保障もない。今後世界で大戦が起これば核戦争となり、人類も地球も絶滅するのだ。

非核宣言の疑問解決
兵庫県 前原昌和
 「『平成大合併』のもと『非核平和宣言』運動の新たな発展を」との記事に接し、疑問に思っていたことが解決しました。合併前の自治体での「非核平和宣言」は、合併と同時に失効するのですね。また自治体名が合併後も続く吸収合併の場合、その自治体の「非核平和宣言」は維持されるのかあ。当たり前といえば、当たり前かもしれないことですが、気になっていました。

初孫誕生で考えた
兵庫県 上田宇堂
 1月に男児の初孫が誕生。昨年「法定老人」に達した私は、ついに「おじいちゃん」になりました。感慨とともに将来を考えずにはいられません。この子が大人になった頃、私はもういないと思いますが、どんな時代になるのか関心は強まります。若者の雇用は進んでいるのだろうか。平和で豊かな社会にのびのびと、またはつらつとこの子たちは生きるだろうか。あるいはその先の将来も就職難が続き、いま積極的派兵を宣伝中のPKOに出かける「軍」に就職口を求めるのだろうか。憲法が戦争向きに変えられて、防衛省が権力を振るい、教育基本法が威力を発揮して、国民がアメリカ式軍国主義に染まっていくように思います。日進月歩の科学技術と異常な物質文明、科学信仰や仏神崇拝、いびつな「合理主義」の蔓延、バーチャルの世界にしか見られない自然の姿。環境が改変されるのは文明の進歩でしょうが、人類の進化はまだまだ時間のかかるものです。私たちはよく勘違いをして、生活が楽になると「偉大な進歩」を感じるものです。自然や社会環境を壊してきた人たちが「美しい日本」などというと、聞こえのいい言葉に馴染みやすいものです。政府が言わなくても、私たちは世界に誇れる国民の歴史的結晶です。孫たちが銃を抱えて戦場をさまようことのないよう、今ある「美しい国」を大切に守りたいものです。全国の「おじいちゃん」たち、いまこそシルバーパワーを発揮しましょう。

同窓会ですみやか署名
和歌山県 樫谷和子
 年末に同窓会があり「すみやかな核兵器の廃絶のために」署名をしてもらいました。誰に言っても署名してくれます。今年も頑張らなくては!!

『夏少女』楽しみ
新潟県 池津恵美子
 原爆映画『夏少女』が始まるとのこと、とても楽しみにしています。色々なTV番組や映画を観ました。早く核や原爆のない世の中になってほしいなあと思います。まだまだ苦しんでいる人がたくさんいます。その人たちのためにも平和な世の中にしたいですね。

恐るべき控訴理由
広島県 大越和郎
 原爆症認定訴訟の控訴審の法廷で国が提出した「控訴理由」は恐るべきものでした。何度も裁判所から指弾された認定方法について「日米の最高の科学者による科学的知見による」と強弁し、その正当性を主張しました。しかし、その内容は、被爆直後の被爆者の下痢は当時蔓延した赤痢などの可能性が高い、脱毛については人の頭髪は一日50本程度抜ける、被爆者のそれは栄養状況の悪化と洗髪をしていなかったからだ、被爆者が受けた残留放射能は自然界のものと差はなく影響は考えられない、原告の疾病の発症にはその土地を1万トンも食べなくては発症しない、など。原告が主張し、裁判所も認めた「内部被爆」については全くふれませんでした。「科学的知見」という言葉を使いつつ科学を冒涜するものです。最後に、いまでも被爆者に対して多額の予算を使っている原告と裁判所の主張を認めれば、財政は破綻するといいます。認定者を2千人前後に留めている「理由」は「科学的知見」などでなく極力原爆被害を小さいものにするためと「金」を出さないためのものであることを告白するものでした。

憲法守るため頑張る
新潟県 長沼宣男
 昨年秋、地域の憲法を守る共同センターを8団体で立ち上げ、集会、街宣を行いました。急いで「国民投票法」案反対を頑張りたいと思います。

原告2人に勝利判決 仙台地裁却下処分取り消し

 仙台地裁(潮見直之裁判長)は20日午後、原爆症認定却下処分の取り消しなどを求めた波多野明美さん(68)、新沼弎雄(みつお)さん(83)の2人に勝利判決を言い渡しました。判決は、これまでの集団訴訟での地裁判決同様、国の機械的な認定行政を批判しました。原爆被害は、一時的な身体的被害にとどまらず、家族を巻き込み、世代をもこえて被爆者を苦しめてきました。国は、この被害の全体をとらえて被爆者を救済する責任があります。被爆者をこれ以上苦しめることは絶対に許されません。原爆症認定基準の誤り、国に被爆者支援政策の見直しを迫る司法判断は定着しました。厚労省は判決を受け入れ、ただちに原爆症認定制度を改善すべきです。
 現在、16地裁、3高裁で229人の原告がたたかっています。22日には東京地裁で判決が言い渡されます。原爆症認定制度の改善の突破口を切り開こうと、首都圏を中心に各地から東京判決後の諸行動に代表が駆けつけます。厚労省を控訴するな、直ちに解決せよの声で包囲しましょう。

残留放射線の影響を過小評価
機械的適用を批判  仙台判決

 仙台地裁判決は、「審査の方針には、被曝線量の推定については、残留放射線による外部被曝及び内部被曝の影響を過小評価している疑いを否定できない」と指摘し、「審査の方針に基づいて放射線起因性の判断を行うに際しては、これによる被曝線量の推定値及び原因確率を一つの要素として考慮しつつも、これを機械的に適用することなく、個々の被爆者の具体的な被爆状況、被爆後の行動、被爆直後に現れた身体状況の有無とその態様、被爆後の生活状況、病歴、申請にかかる疾病の症状や発症に至る経緯、治療の内容及び治療後の状況等を総合的に考慮した上で、原爆放射線による被曝の事実が当該疾病の発生を招来した関係を是認できる高度の蓋然性が認められるか否かを検討すべきものと解するのが相当」であると述べ、国の審査基準を批判しています。

原告団・弁護団、支援の会が声明
 集団訴訟仙台原告団・弁護団、宮城県原爆被害者の会、日本被団協、全国弁連などは、「原爆症認定集団訴訟仙台地裁判決についての声明」を発表しました。

原告紹介
 新沼弎雄さんは、22歳の時に爆心地から2キロの比治山の部隊兵舎で被爆、倒れた兵舎の隙間で助かりました。その後広島市内で電線復旧などに従事しました。
 全身倦怠、下痢、嘔吐などの急性症状に襲われました。50代で腎臓がん、60代で膀胱がんを患いました。02年に膀胱がんで申請、却下されました。

 波多野明美さんは、7歳の時に1.8キロの路上で被爆。その後、広島駅付近を歩くなど一週間野宿し、下痢や脱毛などの急性症状がでました。43歳の時に胃がんが見つかり手術、その後遺症が現在もつづき、体重は28.3キロしかありません。
 国は、胃がんは被爆に起因していると認めましたが、その深刻な後遺症について認定を拒んでいます。波多野さんも02年に却下され、提訴しました。

「遠距離」「入市」の被爆者
 国は、「科学的な認定」の根拠として、被曝線量推定システム「DS86」を採用しています。爆発後1分以内に放出された「初期放射線」による、近距離での対外被曝しか影響を認めず、残留放射能や放射性物質を体内に取り込んだことによる内部被曝の影響をいっさい無視しています。
 法廷でも、爆心地から2キロ以遠で被爆した「遠距離被爆者」や救援・捜索などで後で爆心地付近に入った「入市被爆者」が、被爆直後に放射線被害に特有な脱毛、嘔吐、下痢、血便、発熱などの急性症状に苦しみ、今日も腫瘍やがんなどに苦しんでいることを証言しました。
 さらに、被爆直後から診療にあたった医師が、無傷だった「入市被爆者」が、直接被爆した人びとと同様の症状で相次いで亡くなった状況などを証言しています。
 原爆被害が過小評価される仕組みになっている原爆症の認定基準を抜本的に改めるべきです。

厚労省は控訴するな、直ちに解決を!
東京地裁判にあたっての諸行動

■3月22日(木)
10:00~     東京地裁判決言い渡し 地裁前集合
11:00~12:30 厚労省前での宣伝行動
14:00~16:20 判決報告集会 四谷・主婦会館

■23日(金)
10:00~16:00 厚労委員などへの報告行動(衆院第2議員会館第1会議室)
11:00~12:30 厚労省前宣伝行動

■26日(月)から30日(金) 連日行動
8:30~ 9:30 早朝宣伝行動 国会議事堂駅
11:30~13:00 厚労省前行動
14:00~16:00 国会議員要請行動
 集合は26日と30日が衆院第1議員会館、それ以外は衆院第2議員会館です。

■4月2日から4日 連続座り込み
2日(月)
12:00~13:00 厚労省包囲デモ
 日比谷公園霞門集合
13:00~    座り込み  厚労省前
4日(水)16:00まで

原爆症認定制度改善を要求署名
衆参両院議員200名が賛同

 これまでに原爆症認定制度改善を求める署名に賛同している国会議員は、衆議院で130名、参議院で70名、計200名の国会議員が署名しています。

2007年03月19日

国際会議「戦争の犯罪をあばき、戦争を犯罪とする」の報告

 日本原水協代表理事の沢田昭二さん(被爆者・名古屋大学名誉教授)は、2月5日から7日までマレーシアの首都クアラルンプールで開かれた国際会議「戦争の犯罪をあばき、戦争を犯罪とする」に参加し、原爆投下の犯罪、とりわけ原爆症認定集団訴訟で明らかになった残留放射能による内部被曝の深刻な影響が62年を経た今日まで被爆者を苦しめていること、これを隠蔽してきたアメリカとこれに追従する日本政府の犯罪性を報告しました。

 以下、沢田先生から寄せられた報告全文を掲載します。

国際会議「戦争の犯罪をあばき、戦争を犯罪とする」の報告
沢田 昭二

1.国際会議開会まで
 マレーシアの首都クアラルンプールで2月5日から7日まで開かれた国際会議「戦争の犯罪をあばき、戦争を犯罪とする」( “Expose War Crimes—Criminalise War”)に参加し、この会議の第3セッション「戦時に使われた大量破壊兵器」の最初に「広島と長崎の惨劇」と題して報告してきました。
 この国際会議は、2003年10月まで22年間マレーシア首相として活躍したマハティールさん(_Tun Dr. Mahathir Mohamad)が議長を務めるペルダナ・グローバル・ピース協会(Perdana Global Peace Organization, PGPO)が主催し、世界から科学者、法律家、戦争被害者を集めて、広島・長崎の原爆犯罪、ベトナム戦争、パレスチナ、レバノンやイラクにおける殺戮や拷問などの戦争犯罪を総合的に明らかにして、テロに対する戦争を口実に米英がおこなっているイラク戦争を戦争犯罪として裁き糾弾することを狙ったものです。よく知られているようにマハティールさんは、外交面では、非同盟運動、ASEANプラス・スリー(日・中・韓)の枠組み作り、東南アジア非核地帯の設立などで力量を発揮し、内政面では、グローバル化で発展途上国を多国籍企業の利益に従属させようとするIMF体制に組み込みこまれることを拒否して、マレーシアの経済・産業を東南アジアで最も急速に発展させることに成功した人です。そのマハティールさんが首相を後継者に譲った後どのような活躍をするだろうかと思っていましたが、2005年の12月にペルダナ・グローバル・ピース協会を設立して、平和の問題に取組むことを始めていたのです。
 PGPOの事務局長のマティアス・チャンさんから昨年の12月にマハティールさんの了解も得て、大量破壊兵器である原爆の投下という戦争犯罪について話してほしいという依頼を受けました。1月31日、原爆症認定を求める被爆者集団訴訟の名古屋地裁判決がありました。この判決は、大阪と広島の地裁判決に続いて総論部分では厚労省の機械的認定基準の適用を批判して4人のうち入市被曝を含む2人の原爆症を認定しました。それにもかかわらず、2人の原告については放射線の影響がまだよくわからないとして認定しませんでした。これは大阪と広島地裁判決から後退していて、控訴の問題が気がかりでしたが、思い切って国際会議「戦争の犯罪をあばき、戦争を犯罪とする」に出席することにしました。名古屋地裁判決の翌朝、343ページの判決文を抱えて中部空港からクアラルンプールに向いました。
 到着した翌日からの2日間は会議の報告の打ち合わせ、市内観光、会場の下見をしました。会場はプトラ世界貿易センター(PWTC)の2000人収容の大会議場でした。会議場正面の右側に被爆直後の原爆ドーム周辺の廃墟の大きな写真、左側にはイラクのアブ・グレイブ刑務所で米軍によって頭巾をかぶせられ拷問を受けている人の大きな写真があり、広島・長崎の原爆投下からイラク戦争までの戦争犯罪を象徴させ、正面中央に大きくInternational Conference War Crimes Criminalise War という文字と縛られた両手を広げて紐を切ろうとする絵が力強く描かれていました。同じPWTCの会議場と同じフロアーに国際会議と併行してPGPOが同じタイトル「戦争の犯罪をあばき、戦争を犯罪とする」で開催する展示会も準備されていました。PWTCには他に大小さまざまな設備が充実していて別の展示や会議も併行して開かれていました。
 私の報告は6日の朝トップで30分で行うことになっていましたので、「広島・長崎の惨害」と題して出発前に用意していた (1) 私の被爆体験、(2) 原爆被害の概要と犯罪性、(3) 残留放射能による内部被曝の隠蔽の犯罪性の3つのテーマについてのパワーポイントの報告を英語で30分に圧縮して、2000人規模の聴衆に理解してもらう準備に集中し、4日の午後までかかって準備した報告用のパワーポイントを会議場のパソコンに設定することができました。
 4日の午前はホテルで、世界各国からきた約20人の報告者とPGPOの人たちとの非公開の対話がマハティールさんの司会でおこなわれ、忌憚のない意見交換をしました。この対話には劣化ウラン弾による被害も問題になっており、アフガニスタンやイラクなどで撮影された写真を展示会に提供された報道写真家の広河隆一さんも参加されました。昼からはホテルでマハティールさんの歓迎昼食会、その後マハティールさんの記者会見がありました。30人くらいの記者やカメラマンが取材したのですが、翌日の新聞にはほとんど報道されていませんでした。マレーシアの経済・産業の発展に較べるとテレビなどの報道機関はまだCNNやBBCなど欧米のマスコミが支配的で、日本以上に平和問題やアメリカ・イギリス批判に対するマスコミの報道規制が強いと感じました。

2.国際会議「戦争の犯罪をあばき、戦争を犯罪とする」
 国際会議は、マハティ−ルさんの基調講演の後、最初の2日間で6つのセッションがあり、米国、カナダ、イタリア、英国など世界から科学者や法律家などの専門家が招待されて報告し、アブ・グレイブ収容所の拷問、イラク、パレスチナ、レバノンなど戦争犯罪の被害者も参加して証言がおこなわれるようになっていました。そして最終日の7日の第7セッションではそれまでの報告を基礎にして、マハティールさんを委員長とする戦争犯罪委員会において戦争犯罪被害者からの訴状の提出と専門家による証言が行われ、最後の第8セッションでは元裁判官らを中心にクアラルンプール戦争犯罪法廷が設定されて、戦争犯罪犠牲者の訴状が受理されて国際会議をしめくくるという日程になっていました。

2−1.マハティールさんの基調講演
 初日午前の開会セッションではマハティールさんの子息でPGPO理事長のムクリッツ・マハティ−ルさんが歓迎挨拶をした後マハティールさんが「戦争を犯罪とする」と題して2000人の聴衆を前に基調講演をおこないました。
 マハティールさんの基調講演の要点をまとめると以下の通りです。

 「今回の会議はPGPOの『戦争を犯罪とする』会議の第3回目であるが、PGPOの目標『戦争を犯罪とする』を世界に広げて実現するため、今回の会議の準備を通じてPGPO事務所と専任のスタッフを置いた。
 人類は7000年もの間、問題解決に戦争を用いてきたが、当初は棍棒や尖った棒を使って大量殺戮といってもせいぜい数千人規模だった。今日ではドレスデンのように24時間で全市が破壊され何十万人が殺され、広島や長崎では一発の原爆で全市が瞬時に蒸発した。爆弾を作った者と使用した者は通常の火薬爆弾のように被害が限定された地域だけであり、限られた期間だけであると考えていて本当の威力を知っていない。救援で入市した人もかなり後で入っても残留放射線で殺されている。いまや放射線の影響は限られた領域だけではなく、埃と風で運ばれて何千キロも広がり、半減期が何世紀も何百万年のものがあり、放射能は殺戮者の国にも到達して自身も殺される。劣化ウランも核兵器爆発と同じようなものをつくりだして使った国にも到達する。
 核保有国は、彼らには分別があり、人道に立って核兵器を使わないから核保有を許されるというが、それを信頼できるだろうか。彼らは通常兵器で何十万人も殺戮し、劣化ウラン弾も使っている。核実験禁止条約があっても米国は核兵器をさらに改良するために実験をおこなっている。その上、宇宙空間の兵器を製造して宇宙から地上、海上、空中の目標を攻撃できるようにすることを考えている。ふざけてボタンを押す血迷った人をいつの日か指導者に選ぶかもしれない。この後の報告でわかることは、戦争を始めるために自国と世界の人々に嘘をつき、核兵器と大量破壊兵器を単に確認するために何十万人も殺していることである。
 今日、強国のマインド・コントロールする人たちが『テロに対する戦争』を呼びかけ、その最初の実行が強国の弱い国への侵略と占領で、明らかに弱者への攻撃になり、テロ攻撃を生み出している。戦争は合法化されたテロ行為以外のなにものでもない。戦争を犯罪としない限り全世界は強国と弱小国との戦争がいつまでも続くことになる。
 マレーシアではテロ戦術を用いる人たちと戦って勝利したが、武力だけで勝ったのではなく、まず同調者と支持者、つぎに反逆者たち自身の心と精神を引きつけることを通じてであった。最も有効な行動は原因を取り去ることだった。中東の戦争もその地域の人々の心と精神を獲得しない限り終りはない。
 戦争を犯罪とすることは現実的でないとされてきたが、文明の進化によってこの200~300年、人権が重視されるようになった。特に今日の発展した文明の中では人権が奪われる戦争を犯罪化することが可能になった。殺戮と破壊の戦争は国家間の問題を解決する手段としてもはや受け入れられないようになれば、文明化はさらに有意義なものになる。戦争が犯罪とされるまでわれわれは真に文明化されたとは言えない。事実に即し、国の利害に左右されない国際法の専門家によって構成される法廷をつくらねばならない。征服の罪を正当化しかねない勝者をこの法廷に受け入れることはできない。戦争犯罪を裁く法律は国家によるものではなく、人々とNGOなどによって発効すべきである。
 歴史は、ブレアとブッシュが子どもたちの殺人者であり嘘つきの首相と大統領であったと記憶しなければならない。ブレアが有罪であると法廷が判断しても、彼を吊すのではなく、子どもたちの殺人者で嘘つきだという戦争犯罪のレッテルをつねに貼っておくのである。ブッシュも、オーストラリアの低木林地(ブッシュランド)のポケットブッシュも同様である。
 今この会議には戦争を犯罪化する活動家、兵器と戦争犯罪の専門家だけでなく、拷問を受け、大虐殺で生き残った人、放射線障害に耐えている人が参加している。開催している展示もわれわれに足りなかったものを埋めあわせるであろう。もう一度『戦争は犯罪だ』と言わせて下さい。もっと安全でもっと平和な未来のために力を貸して下さい。千里の道も一歩から始まる。戦争を犯罪とする真の文明に向って進もう」

 マハティールさんの報告から、彼が広い範囲で問題の全体を総合的に捉え、歴史的な展望をもって解決の方向を示そうとして、PGPOを組織し、この国際会議を設定したことがよくわかります。また、基調報告から、あらかじめPGPOの事務局長さんのマティアス・チャンさんに送っておいた私の報告要旨に彼がきちんと目を通し、被爆者集団訴訟に関連して明らかになった残留放射線による内部被曝の深刻な影響が今日まで続いていることをしっかり理解して取り上げていることがよくわかりました。マハティールさんは元々医師で、今でもTun Dr. の称号をつけて呼ばれていて、放射線影響についても医学の専門家として深く理解していました。

2−2.第1セッション:戦争犯罪の概観
 第1セッションは 戦争犯罪の概観をテーマに、まずカナダのオタワ大学グローバリゼイション研究センター長の経済学者ミカエル・チョスドフスキー教授が「戦争犯罪の歴史的レビュー」をおこないました。「 世界は現代史において最も深刻な岐路にある。米国が人類の未来を脅かす軍事的冒険 『長い戦争』に着手している。イランの存在しない核への報復として米軍とイスラエル軍は核戦争の準備段階にあり、この計画が発動されると中東と中央アジア全域が巻き込まれる戦争になる」と警告しました。
 次に米国ジョージア州第4地区選出の元下院議員でイラク戦争に反対投票し、勇気をもって真実を追及すると紹介されたシンシア・マッキニーさんが「戦争犯罪—意見を異にする者のアメリカの未来展望」と題して報告し、最後に彼女は「私たちにとっては、自分の国の指導者にかかわる問題であっても、世界にとっては人類の運命にかかわる。PGPOの努力でクアラルンプールは世界の平和の首都になった。この会議によってクアラルンプールが全ての大陸に戦争の脅威を示して世界の平和の光を照らすでしょう」としめくくりました。
 第1セッションの3人目は地球科学者でリバモア核兵器研究所にいた放射線の専門家で告発者のローレン・モレ博士でした。彼女は「劣化ウランは21世紀の大量破壊兵器」と題して広島からイラクまで61年にわたってウラン戦争がおこなわれ、それは自殺的で、集団殺害的で、かつ全滅的な過程なので大量破壊兵器と言えると述べました。彼女は「1991年の湾岸戦争のときから米英軍と同盟軍によって劣化ウラン弾が大量に使われるようになり、『秘密の核戦争』が始まり、中東、前ユーゴスラビア、アフガニスタン、レバノンで使われて、これらの地域を永久的な放射線汚染地域としている」と指摘しました。モレ博士は劣化ウラン問題に継続して取組み、日本にも何度も訪れてきて、原爆症認定集団訴訟にかかわって私がおこなってきた残留放射能による内部被曝の研究についてもよく理解してくれていて、PGPOの人たちに私を紹介・推薦し、私に参加を求めたのも彼女でした。
 第1セッションが終わった後「戦争の犯罪をあばき、戦争を犯罪とする」展示会の会場のテープカットがマハティールさんと会議の報告者たちによっておこなわれました。昼食は3日間ともPWTCのVIPルームでマハティールさんとPGPOの役員、報告者がテーブルを囲んで歓談しながらおこなわれました。

2−3.第2セッション:「平和時」に用いられた大量破壊兵器
 このテーマは平和時の経済制裁が多くの人を殺している実状を明らかにしようとしたものでした。
 最初は前国連事務総長補佐で国連イラク人道調整員のハンス・フォン・スポネックさんが「経済制裁—大量破壊兵器」と題して報告しました。2番目の報告は国際法律家でカナダにおける国家ミサイル防衛と軍事計画を暴く重要な役割を果したアルフレッド・ウエーブルさんが「国際法と戦争犯罪」という報告をしました。彼は国際法の成立過程の基礎的なところから説明を始め、ニュルンベルグ法廷、東京裁判などを通じて発展してきた人道法について述べ、核兵器や核技術や劣化ウランが問題になっている今日、こうした情勢を踏まえた人道法の充実のためには世論の動員が重要であるとしめくくりました。3人目はイラクの独立ジャーナリストのラナ・アル・アイオウビーさんが「制裁—イラクの経験」と題して報告する予定でしたが来れなくなったので、イラクの元大使でソルボンヌ大学教授のアルムサウイさんが代わって報告をしました。彼は、「イラクの抵抗に国際的な支持が強まっていて、イラクから次々と撤退している。このクアラルンプール法廷が世界に広がることを期待するとともに、国連の安全保障理事会は戦争に反対することを基本にすべきである」と訴えました。

2−4.第3セッション:戦争で使われた大量破壊兵器
 第2日の午前は第3セッション:戦争で使われた大量破壊兵器で、最初は私の 「広島と長崎の懴劇」(" The Tragedy of Hiroshima and Nagasaki" )と題した報告で、30枚の パワーポイントを用いました。まず最初に日本がマレーシアを含むアジア諸国で野蛮な侵略をしたことを謝りました。会場いっぱいの拍手で応じてくれました。司会者が私の被爆体験のはじめの部分を紹介してくれましたので、被爆体験の続きから始めました。次いで原爆の熱線、衝撃波と爆風、放射線の影響と死者数など原爆被害の全体像について話し、大部分の死傷者が一般市民で、しかも子ども女性と年寄りで、明白に人道法に反することを強調しました。次いで放射線の影響について、とくに残留放射能による内部被曝の危険性についてアメリカと日本政府が隠蔽していたことが原爆症認定訴訟の中で明らかになっていることを話し、放射線被害が60年以上を経た今日まで続いている点からも核兵器の使用は犯罪であると訴えました。最後に日本国憲法第9条とそれを守ることがASEAN友好協力条約体制の発展とアジアと世界の平和に寄与すること、現在米政府を中心にした軍事的スーパーパワーと平和を求める世界世論というスーパーパワーが激突しているきわめて大きな岐路にあるが、この会議が世界の世論を強化することに大きく貢献するだろうと期待を表明しました。このスーパーパワーの激突と世界世論のスーパーパワーを発展させて軍事的スーパーパワーを打ち負かそうという私の発言がマハティールさんの構想に合致していたようで、7日の彼のまとめの報告や終了後のパーティーで2度も私の発言を引用してくれました。
 第3セッションの2番目は、国際放射線防護委員会(ICRP)を批判して2003年に内部被曝の深刻さを指摘したヨーロッパ放射線リスク委員会(ECRR)の報告書をつくったクリス・バスビー博士 が 「低線量放射線—静かな殺人者」"Low-level Radiation-The Silent Killer" と題して話をしました。原爆症認定訴訟の弁護団がバスビー博士を訪問したことがあり、私はEメールをやりとりしたことがありましたが初対面でした。彼は報告に続けてギターを弾きながら自作のブッシュを皮肉った「田舎者」の替え歌を唱い喝采を受けました。私はこの会議を通じてバスビー博士とも親しくなり、今後の情報交換を約束しました。
 3人目はイタリアのゼノア大学の遺伝学の教授のパオラ・マンドゥーカさんで、彼女はイタリア反戦連合代表として2004年の原水爆禁止世界大会に参加しています。彼女は「大量殺戮の新たな兵器」と題してレバノンとガザでイスラエルに殺害された人々の中に今まで知られた兵器によるものとは異なった、傷も火傷もない状態の遺体が多数見つかっているという告発でした。

 各セッションの終わりには質疑応答がおこなわれ、質問の半数は大学院生など若い人で報告に関して活発な質問と意見表明があり、放射線被害や憲法第9条を世界各国の憲法に取り入れさせるにはどうしたらよいかなどの質問を受けました。休憩時間には私も学生に取り囲まれて質問を受けたり、写真を撮ったり、サインを求められたりしました。とくに中年の女性が自分の両親たちは日本軍から酷い目に遭い今なお日本を恨んでいる。私が最初に謝罪をしてくれたのは大変よかった。原爆被害の話もよくわかったと言ってくれました。また、PGPOの人たちや報告者たちからもパワーポイントを使って原爆被害がよくわかったと口々に言ってくれました。

2−5.第4セッション:マスメディア—戦争宣伝機関
 このセッションの最初はフリーのジャーナリスト兼コラムニストで、国際問題の放送キャスターと講師を務め、ドキュメンタリー「戦争」でアカデミー賞にノミネートされたグウィン・ダイアー博士が「究極の戦争犯罪といかにメディアを混乱させるか」と題して報告しました。2番目は英国の公衆問題と地球的運動に関するオックスフォード・センターを創設したミカエル・カーミッシェルが「戦争宣伝と戦争犯罪」と題して報告、3番目に作家で「イラクについてのアル・アハーム・ウィークリー」の編集長でブリュッセル戦争犯罪法廷の実行委員であるハナ・バヤティさんが「イラク—抵抗の権利を犯罪としている」と題して話しました。マレーシアが政府レベルだけでなく市民レベルで平和運動を発展させるためには報道を民主化させる必要性があると感じていただけにこのセッションは重要だと思いました。

2−6.第5セッション:被害者の正義への訴え
 2日目の午後の第5セッションは司会者をしたマレーシアのシチ・ハシュマー・モッド・アリ博士が「アブ・グレィブ刑務所の拷問の生き証人」として詳しく紹介したイラク拷問被害者の会組織者のアリ・シャラーさんでした。彼はビデオを用いてアブ・グレイブ刑務所で行われた米軍による拷問について詳しく証言しました。会場の前面左に掲げられた黒いフードの男はこのアリ・シャラーさんだそうです。

2−7.第6セッション:イスラムの若者の戦争犯罪に対する見地
 この第6セッションではPGPO理事長のムクリッツ・マハティールさん、英国ラマダーン(断食)事業団の議長ムハメッド・ウマールさん、英国のラマダーン・トラストの教育担当員のアンジャム・アンワーさんがイスラム世界の若い世代を代表してそれぞれの考えを述べました。ウマールさんはこの会議のために印刷したイスラムの団結をめざす英国ラマダーン事業団の目標を述べた書類をファイルに入れて用意して配布していました。

2−8.第7セッション:戦争犯罪—被害者の証言と専門家の証言
 最終日第3日の午前の第7セッションは午後の第8セッション「クアラルンプール戦争犯罪法廷」につながる「戦争犯罪委員会」の開催でした。最初に戦争犯罪員会の委員が入室、議長はマハティールさんで、委員会開会宣言をした後に、PGPOの事務局長で、マレーシア高等裁判所で法廷弁護士を務めるマティアス・チャンさんが冒頭陳述をおこないました。壇上に居並ぶ戦争犯罪員会の委員席に向っておこなったマティアスさんの冒頭陳述は、彼がこれまで負けたことのないと言われる法廷での涙声溢れる弁論で裁判官の心を動かす様相を彷彿させました。彼はさまざまな場面における分裂主義者の否定的役割に強い批判を浴びせました。
 次いで戦争犯罪の被害者が戦争犯罪員会の委員席に向って訴状の開示をおこない、さらに専門家による証言が続きました。証言の最初はインド法律家協会副会長で、アフガニスタン国際犯罪法廷の判事を務め、劣化ウランについての最終意見をまとめたニロウファー・バグワット教授で、「アフガニスタンの戦争とテロに対する全地球的戦争」について迫力溢れる発言をしました。2番目はイラクにおける戦争犯罪について元イラク国連常任代表のサエッド・アルムサウイ博士が発言、次いで3番目にファルージャの殺戮の生き残りのアッバス・アビッドさんの証言、4番目はイラクS.O.S.の組織者でブリュッセル戦争犯罪法廷の実行委員のディルク・アドリアンセンさんが世界の運動についての報告、5番目はアルインティクワッド・アンド・アルマナーテレビの編集長のイブラハム・マウサウイさんがレバノンでの戦争犯罪について報告、第6番目はパレスチナ当局の医事代表のワヒッド・サラー博士がパレスチナの戦争犯罪についてパレスチナの破壊を写した映像を交えて報告、この報告を裏付けるパレスチナから来た17歳の女子高校生の証言が行われました。

2−9.第8セッション:クアラルンプール戦争犯罪法廷の設立
 最終日の午後はクアラルンプール戦争犯罪法廷の設立で、最初にPGPO事務局長のマティアス・チャンさんが、壇上に並んだマレーシアの元高裁判事らからなる戦争犯罪法廷の裁判官に向って午前中の「戦争犯罪委員会」の結果の報告を行い、戦争犯罪被害者の訴状を提出しました。この訴状の提出が終わると、訴状を提出した戦争犯罪被害者とマハティールさんが壇上に並んで記念写真を撮りました。引き続き戦争犯罪委員会の委員たちによって、①法廷メンバーの指名、②法廷運営の基本方針、③適用される法律、④手続き規則、⑤証拠、⑥顧問の指名、⑦事務局、⑧その他の事項の順序で審議がおこなわれました。次いで閉会式に移り、報告者とマハティールさんが記念撮影をおこなって国際会議が閉幕しました。

3.国際会議を終わって
 国際会議が終わった夜には、主催したマハティールさんをはじめとするPGPOの人たち、報告者や法廷メンバー、ボランティアとして国際会議を支えた学生たちも加わってさよなら晩餐会がおこなわれました。そこでもマハティールさんが挨拶の中で、私が国際会議で報告した「武力で世界を支配しようとするスーパーパワーと世界世論のスーパーパワーの2つのスーパーパワーが激突している」という発言を引用して、世界世論で戦争犯罪を糾弾していこうと述べました。報告者が次々に立って挨拶をしたので私もマイクを握って、今回の国際会議を開いて下さったマハティールさんやPGPOに感謝を述べた後、ASEANプラス・スリーなどの平和の枠組み作り、非同盟運動の中心となって政府レベルで活躍してきたマレーシアがNGOレベルで取組むことはきわめて重要で、PGPOに大いに期待していると述べ、世界大会に代表を送るなど日本の核兵器廃絶運動との連携を強化しましょうと訴えました。
 会議が終わった後9日までクアラルンプールに滞在し、放射線の影響を研究してきたクリス・バスビー博士やローレン・モレ博士と情報交換をしました。

4.展示会「戦争の犯罪をあばき、戦争を犯罪とする」
 国際会議と併行して3月11日までPWTCの4階で開催されていた展示会「戦争の犯罪をあばき、戦争を犯罪とする」には開催の準備段階で見学しました。入口を入るとすぐトンネルがあり、そこを出ると、Aゾーンは核戦争すなわち広島・長崎の原爆被害で全身火傷をしている人形などが廃墟のなかに松葉杖を頼りに立っていましたが、ややリアリティに欠けていました。Bゾーンは劣化ウランによる奇形児の模型が写真とともに飾られていて、放射能被害のおぞましさを実感させるものでした。Cゾーンでは経済制裁によって栄養失調でやせ細った子どもの模型や写真が展示されていました。Dゾーンはパレスチナの子どもがイスラエル軍の狙撃にあって体中に銃弾が貫通したり、火傷をしたりした模型や写真、イスラエル兵に銃を向けられている市民の写真などが展示されていました。Eゾーンはイラク戦争の犠牲者とアブ・グレイブの刑務所での米兵による拷問の写真、Fゾーンはイスラエルによるレバノンの住民虐殺の写真が展示されていました。Gゾーンはかなりのスペースをとってベトナム戦争における米軍によるミライ住民大量虐殺、枯れ葉剤散布による奇形児などがベトナムの茅葺きの民家とともに展示されていました。Iゾーンは殺人機械、Hゾーンは拷問の様子が人形を使って再現されていました。

5.あとがき
 国際会議「戦争の犯罪をあばき、戦争を犯罪とする」は、イスラム諸国の中で初めて開かれた戦争に反対し世界平和をめざす国際会議でした。イスラム社会が、単に「文明の衝突」とか、反米とかの枠を超え、マハティールさんの基調演説に示されたように、「ジハード」や「正義の戦争」ではなく、戦争を全面的に否定するこの会議の意義はきわめて大きいと思います。会議そのものもよく準備されていて、報告者も世界各地から適切な人を招いて充実した内容になり、大きな成果を上げたと思います。特にこの国際会議には2000人のマレーシアの人たちが参加し、その半数は若い人たち、とくに学生が多かったことには将来の発展に大きな期待が持てます。一般参加者だけでなくボランティアとして会議の下支えをしてくれたのも学生で、私の世話役として付いてくれたのも映像などについて研究をしたいという神戸生まれのインド系の女子学生でした。
 実は3月10日にPGPOの事務局長の マティアス・チャンさんから「クアラルンプール戦争犯罪委員会」と「クアラルンプール戦争犯罪法廷」のバックとなる「クアラルンプール国際平和協会」が法的に確立したという知らせが届きました。6人の評議員会のメンバーにはマティアス・チャンさんは入らず、「クアラルンプール戦争犯罪委員会」と「クアラルンプール戦争犯罪法廷」と事務局の3者が「クアラルンプール国際平和協会」の下に置かれ、マティアス・チャンさんは事務局にとどまってこの協会を支えることにするそうです。今後の活動や組織体制についての意見を聞かれたので、原水爆禁止日本協議会の成立と地域に根ざし、各都道府県、全国の中央団体などで構成されていること、全国理事会、常任理事会、都道府県理事会、地域の理事会、組織・財政・教宣・・・などと事務局が組織されていることなどを紹介しておきました。また原水爆禁止世界大会についても紹介し、最近の政府レベル・自治体レベルの運動との連携が強化されていること、青年への働きかけを重視していることなども話して、マレーシアの若者に世界大会と世界青年のつどいに参加してほしいと伝えました。マレーシアの政府レベルの平和の取組みが、東南アジアで最も急速に成長している国で市民レベルの運動と相まって強化されればアジアの平和の運動だけにとどまらず、イスラム圏にも広がって世界の平和にも大きく貢献することになると思います。

2007年03月16日

三重県原水協が衆院憲法調査特別委での強行採決に抗議

衆議院憲法調査特別委員会での自民、公明両党の強行採決に断固として抗議する

 3月15日、自民党、公明党は民主党の着席のない中、「公聴会」の開催をめぐって、2回開催の要望がつよいことを知りながら、国民の知る権利を踏みにじって、「公聴会」1回開催案を採決したとしている。

 もともと、国民投票法案の中身は国民を納得させるだけの内容ではなく、審議が尽くされていない。さらに、改憲派を一方的に利する内容になっていることも問題である。この法案は日本国憲法の根本理念を否定するものである。ましてや、強行採決をおこなってごり押しすることは言語道断である。

 われわれは、強行採決した公聴会の開催日を白紙に戻すことを強く要求するとともに、今回の強行採決の暴挙に断固として抗議する。

 2007年3月16日

                                        三重県津市乙部14-18
                                         原水爆禁止三重県協議会
                                         三重県平和委員会

反核平和大会inソウルへ行こう!

 日本原水協は、5月25日から29日まで、韓国の反核平和大会に参加し、韓国の平和運動と交流するため代表団を派遣します。北朝鮮の核実験は、世界、特にアジアに衝撃を与えました。核実験をめぐって国論が二分した韓国で、韓国のNGOが非核の朝鮮半島を実現するため反核平和大会(5月26、27日)を開催します。これは、韓国の反核運動のスタートとなるものです。また、この問題の解決のためには、日本の役割が重要です。代表団の大会への参加は、非核の朝鮮半島を実現するための日韓の運動の本格的な協同の一歩となるものです。大会では、いかにして非核と平和なアジアをつくるかを議論し、韓国の運動やNGO、被爆者との協同、連帯を発展させます。

 原爆写真展や「すみやかな核兵器廃絶のために」署名などを展開し、韓国の国民に被爆の実相を知らせる行動、ピョンテク米軍基地や韓国の運動、歴史の見聞を広める平和ツアー、韓国被爆者や市民運動との交流を計画しています。みなさんの参加で日本の運動を持ち寄り、韓国の運動を激励しましょう。

★日程:5月25日-29日(4泊5日)
  5月25日(金) お昼出発(成田、中部、関西、福岡空港などから)
            午後、インチョン空港着 (現地集合)
           宿泊先へ、フリータイム 夕刻:団会議
    26日(土) 反核平和大会(原爆展、署名集めは通して行う)
    27日(日) 反核平和大会/夕刻:屋外集会
    28日(月) 平和バスツアー(米軍基地など韓国の運動・歴史を学ぶ)
           2コース検討中:北部コース(DMZ、米軍基地など)
                     南部コース(ピョンテク、メヒャンニ、安山など)
    29日(火) 韓国被爆者団体、市民団体との交流など
           オプション:市内観光、買い物など
    夕刻:インチョン空港発→夜:各空港着

★規模:80名~100名

★参加費:7万5千円~9万円程度(航空運賃、空港使用料・税、燃料費、宿泊費、朝食費補助、現地行動費、会議参加費、通訳費、事務局経費含む)
※出発空港によって参加費が異なります。各県にお問い合わせてください。

★募集締め切り:3月末(第一次)、4月16日(最終)

★大会のみ参加と、上記以外の空港からの出発は個別対応になります。

◆お問い合わせ◆ 
原水爆禁止日本協議会事務局国際部まで
〒113-8464 東京都文京区湯島2-4-4平和と労働センター6F
Tel: 03(5842)6031 / Fax: 03(5842)6033 / Email: antiatom@topaz.plala.or.jp

2007年03月15日

原爆症認定集団訴訟の東京判決にあたっての諸行動のお知らせと参加のお願い

 原爆症認定集団訴訟で3月22日、東京地裁判決が下されます。
 すでにご案内の通り、全国支援ネットなど支援団体が日本被団協とともに宣伝・要請行動を計画しています。さらに日本被団協は、今回の行動を通じて原爆症認定制度改善の突破口をきりひらくため、4月2日~4日まで連続座り込み行動を決めました。
 これらの行動を成功させるために、全国からの参加とご支援を改めてお願いいたします。

【東京地裁判決を迎えての行動予定】

*3月22日(木) 東京地裁判決日行動
   08:30~  東京地裁前での宣伝行動  ビラ配布ほか
   10:00~  判決言い渡し 東京地裁103号法廷
   11:00~12:30 東京地裁・厚生労働省前での宣伝行動
   14:00~16:20 東京地裁判決報告集会 プラザ・エフ(四谷・主婦会館)7階
   16:50~    厚労省交渉団激励・宣伝行動  厚労省前

*3月23日(金) 国会集中行動
   10:00~16:00 国会議員への要請行動  衆院第2議員会館第1会議室に集合
   11:00~12:30 院内集会 衆院第2議員会館第1会議室
   11:30~13:00 厚労省前 宣伝行動

*3月26日(月)~30日(金) 「抜本的改善を求める連日行動」
   08:30~09:30 首相官邸前での宣伝行動
   11:30~13:00 厚労省前での宣伝行動
   ※厚労省前での行動の後、衆院第2議員会館会議室に集まり、国会議員などへの要請にとりくみます。

*4月2日(月)13:00~4日(水)15:00 連続座り込み行動
   12:00~13:00 厚労省包囲デモ  日比谷公園霞門集合 
   13:00~    連続座り込み行動  厚労省前
   (11:30~13:00 並行して厚生労働省前宣伝行動)
※4月2日から4日までの連続座り込みには、全国の被爆者が上京します。2日正午からの厚労省包囲デモと座り込みへ可能な限り各地から参加・激励を要請します。

※上京・参加される方は、事前に事務局03-5842-6031(担当:樋口)までご連絡ください。

2007年03月13日

命輝け!春風と共に~原爆症認定集団訴訟サポートライブ!

★原爆症認定集団訴訟の判決勝利に国と厚生労働相は次々と控訴する中、高齢の被爆者の多くが亡くなっています。3月20日仙台地裁、22日の東京地裁判決前の最後のビッグイベントで被爆者の願いをたくさんの人に知らせ広げましょう!
ライブ収益金を裁判支援へカンパしますので、皆様のご協力をお願いします。

【名 称】「命輝け!春風と共に~原爆症認定集団訴訟サポートライブ!」
【日 時】3月18日(日)  13:30開場、14:00開演、17:10終了予定
【場 所】上野水上音楽堂(屋根付き)Tel 03-3828-9168
【アクセス】JR上野駅5分、千代田線湯島駅2分、大江戸線上野御徒町駅、銀座線上
野広小路駅5分
【出 演】
①被爆者の声を受け継ぐプロジェクト50と岡史明
②形岡七恵
③チャンプラーズ
④歌う9条の会バンド(横浜の原爆裁判弁護団)
⑤横井久美子
⑥寿[kotobuki]
⑦李政美(い・ぢょんみ)
【入場料金】前売 1500円 当日 2000円 高校以下 1000円

※模擬店・物販多数あり!出展・実行委員大募集中!
(ブースの出展を募集中。スペースは一畳分、ブース料は無料です)

実行委員会/お問い合わせ:
日本被団協03-3438-1897
命どぅ宝ネットワーク 琉球センターどうたっち03-5974-1333
オリーブの樹法律事務所03-5807-3101
+++++++
賛同募集中:賛同金:個人2000円(チケット1枚進呈)、団体5000円(チケット2枚
進呈)
振込先:郵便振替00190-8-724901・命どう宝ネットワーク

2007年03月12日

第53回原水爆禁止四国大会in愛媛

【日 程】 2007年5月19日(土)~20日(日)
【会 場】ウェルサンピア伊予(http://www.kjp.or.jp/hp_51/)

【内 容】
<19日>
13:30 オープニング
14:00 開会集会
14:35 記念講演
      「原爆症認定裁判に医師としてかかわって―原爆症 罪なき人の灯を継いで―」
      講師:郷地秀夫さん(歴史的勝利の大阪訴訟での証言医師)
16:00 特別報告
      ①愛媛被爆者訴訟当事者から(井上サチ子)
      ②国連報告(徳島の大学生)
      ③核廃絶めぐる情勢と世界大会(日本原水協事務局)
17:00 1日目終了
18:00 夕食交流会

<20日>
09:00 分科会
      ①被爆者援護・連帯
      ②プルサーマル、高レベル放射性廃棄物処分場問題
      ③「すみやか」署名と原水協の課題
      ④原水爆禁止運動を学ぶ

【費 用】宿泊費5000円、夕食交流会5000円、参加費500円(香川・徳島・高知の方の参加費500円は不要です。3県原水協分担金で負担済みとみなします)

【主 催】原水爆禁止四国ブロック協議会(事務局移転のため3/22まで089‐921-8033、3/26から089-990-8677

2007年03月10日

決意あらたに全面解決めざす 近畿原爆訴訟の勝利をめざすつどい

 ヤマ場にさしかかった原爆訴訟の「いまこそ全面解決を」を大きくかかげて、原爆訴訟近畿弁護団と原爆訴訟支援近畿連絡会は、3月10日午後、大阪市北区のいきいきエイジングセンターで「近畿原爆訴訟の勝利をめざすつどい」を開き、原告、弁護団、支援者ら210人が参加しました。
 つどいの冒頭、1月に亡くなった第2次訴訟原告・小林幸子さん(京都)に全員が黙とうし冥福を祈りました。篠浦大阪原水協理事長が開会あいさつ。藤原精吾近畿弁護団長が報告で、いまや大阪地裁判決の内容が全国的、社会的に支持を受けている、全面解決へ厚労省に圧力をかけよう、闘いの目標は国に責任を認めさせ認定行政を抜本的に改めさせること、被爆者に残された時間は短いと訴えました。つづいて広島から運ばれた被爆ピアノが紹介され、ピアニストの辻本貴子さんがベートーベン「月光」など3曲を演奏しました。青年・学生11人が、被爆体験の聞き取りや絵本の制作、街頭で訴えた経験などを報告。これに応えて原告が思いを述べ、大阪の木村民子さんは、全員勝訴の判決は一生の思い出。つらいなかでも頑張ってこれたのは皆さんのご支援あってこそ」と述べました。最後に大阪支援の会・西晃弁護士が、裁判傍聴や署名、募金活動に加えて地元議員への要請や厚労大臣への要請はがきなどの活動強化を提起。会場で募金が78,515円寄せられました。

【徳島】県民の皆さんとの交流をひろげ、核兵器のない平和な時代を築きましょう

 徳島県原水協は10日、文学書道館で県原水協の総会を開きました。
 山本正美さん(労連)と阿部寿夫さん(生協労組)が議長。服部敏彦代表理事が開会挨拶に立ち「被爆62年、家族全てを失った被爆者、地獄を生き残ってもガンに苦しむ人々。全国・アジア・世界の人々に訴え風化と闘っている被爆者の皆さんがいる」と述べ、「1996年に原爆ドームが文化遺産となり、新たな被爆都市をつくらない運動が広がっています。原爆には勝者はいない」こと、「原爆症認定訴訟で敗訴の厚労省が、やるべきことをやらずに被爆者救済を拒否している。運動を強めて改めさせましょう」と強調しました。
 日本原水協、非核の政府を求める徳島の会、とくしま生協からのメッセージを議長が読み上げて紹介。
 神野美昭事務局長が経過報告と方針案を提案。河野智之常任理事(教職員の会)が決算報告と予算案を提案。伊藤功会計監査(民商)が監査報告。楠藤義朝徳島民医連事務局長が「国民投票法案反対アピール案」を提案しました。
 討論では、新婦人県県本部の祖父江圭子さんから「『平和アンケート』に235名の回答があり、核兵器は『必要』1%、『いらない』96%、憲法9条『知らない』14%、『知っている』85%、核兵器は『なくせる』36%、『いいえ』32%だった」と紹介がありました。そして、「すみやかな核兵器の廃絶のために」署名を成人式や月例「6・9」行動に大学前で実施。「一人ひとりがピースチャレンジャーになろうと励ましあい、憲法60年にタペストリーを完成させることにしています」と発言しました。
 中内輝彦代表理事は、年金者組合の「9の日」署名(憲法・核廃絶)にふれ、「中年のおばさんに“9条って何え”と聞かれた」「吉野川市でも、車の人が“9条って何な”と聞いたとの報告」「運動を広げないといけない」と発言しました。
 生協労組の豊田門郎さんは、「毎年四国の生協が共同で、平和の思いをリレー。今年は7月7日に徳島市東新町などで、賑やかなピースアクションパレードを実施します」と発言しました。

改憲のための「国民投票法案」の徹底審議・廃案を求めるアピール
「戦争する国」を狙う「国民投票法案」に強く抗議し反対します

 日本国憲法のかかげる平和、人権、民主主義の理念は、国民に広く定着しており、とりわけ第9条は現在も将来においても日本にはもちろん、そして世界の宝です。
 政府与党は、この日本国憲法を改定するため「国民投票法案」を国会に提出し、民主党とも修正協議をすすめ、今国会で成立させようとしています。しかし、どのように「修正」しようとも、第9条の改憲を直接の目的とした法案であることは明らかです。
 
 修正案の中身は
 ① 国民の承認を「投票総数」(賛成・反対の合計)の2分の1以上としており、これは「有効投票」の2分の1以上ということで、少ない賛成で改憲が成立することになる。
 ②テレビ・ラジオなどの有料意見広告については、投票前14日間は規制をしているが、それ以前は原則自由とするなど、政党の資金力の多寡によって国民の投票意思を歪める危険性がある。
 ③本来自由であるべき国民の投票運動を公務員や教育者に限って規制する。
                              など多くの問題点が指摘されています。

 「国民投票法案」は、憲法第96条に基づく憲法改正の手続き法であり、その主体は主権者国民にあります。国民の意思を正等に反映しない法案を国民的な議論もないなかで拙速に成立を急ぐことは、国会の歴史に汚点を残す大問題と言わなければなりません。現在審議中の「国民投票法案」は、徹底審議の上、きっぱりと廃案にされるべきです。
 政府は8日に設定されていた衆議院憲法調査特別委員会の開催を断念しました。この結果、少なくとも15日の公聴会は開かれないことが確実となりました。安倍首相の支持率低落傾向を憲法改悪のための「改憲手続き法制定」で反動的、ファッショ的に打開しようとする国会運営は、国民的な反撃の前に一定の痛打を受ける結果となりました。

 しかし、たたかいはこれからです。引き続き徳島県原水協は「日本の平和を脅かす、改憲のための国民投票法案に断固反対」の立場で、徳島県をはじめとする全国のあらゆる個人・団体とも手を結び、平和憲法9条を守るために奮闘していきます。
 そのためにも、政府の狙う「国民投票法案」の本質を広く県民に知らせるとともに『改憲のための「国民投票法案」の廃案を求める請願書』への署名運動をあらゆるつながりを生かし、一気に展開させていきましょう。

 本日の原水爆禁止徳島県協議会総会で以上アピールを決議します。

                                      2007年3月10日
                                      原水爆禁止徳島県協議会 総会

2007年03月09日

【北海道】核兵器廃絶を 札幌で署名

核兵器のない世界、非核と憲法9条の輝く日本をと、原水爆禁止北海道協議会は9日、札幌市中央区パルコ前で6・9宣伝行動を行いました。

岩淵尚原水爆禁止北海道協議会事務局長は、「私たちの国を、被爆国にふさわしく、非核三原則と憲法9条の輝く日本、世界の反核平和のために貢献する国としましょう。すみやかな核兵器の廃絶をの声とともに、被爆の実相、被爆者のねがいをひろげ、国の被爆者行政の抜本的改善を求めましょう」と署名への協力をよびかけました。

宣伝行動には中央区原水協、国民救援会北海道本部、北海道平和委員会、ピースボイスなどが参加しました。

2007年03月07日

【北海道】政府に被爆者への適正な援護推進を求める意見書提出―札幌市議会

被爆者に対して適正な援護の推進を求める意見書

 広島・長崎に投下された原子爆弾は、多くの人の尊い命を奪い、辛うじて生存した人々には重大な放射線後遺症の被害を与えた。現在も、26万人近くの生存被爆者が、原爆放射線の影響により多重がんなどの重篤な疾病を患い、日常生活に不安と苦痛を感じている。しかし、これらの人々が厚生労働大臣に対して原爆症と認定するよう申請を行っても、そのほとんどは却下処分となっている現状にある。これは、政府が、科学的に見て疑問のある審査基準を機械的に運用しているからであり、現在原爆症として認定を受けている被爆者は、被爆者健康手帳を持つ被爆者全体の約1%に過ぎない。
 被爆者は、「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」によって、健康管理手当等の支給を受けているが、多重がんなどの重篤な疾病に罹患した場合は、原爆症として、国がその治療費を払うのが当然である。そのため、原爆症認定申請の却下処分を受けた被爆者は、その取消しを求めて全国で200人以上が提訴を行い、既に大阪地裁では9人、広島地裁では41人の原告全員が勝訴し、裁判所は国に対して、認定却下処分の取消しを言い渡した。
 政府はいずれも直ちに控訴したが、被爆者は高齢化しており、提訴者の中には病没している者もおり、被爆者の援護に当たっては迅速な対応が必要である。
 よって、国会及び政府においては、被爆者の実状を鑑み、原爆症の認定に当たっては、内部被曝のもたらす影響や被爆者の健康状態などを総合的に判断し、迅速かつ適正な対応を推進するよう強く要望する。

以上、地方自治法第99条の規定により、意見書を提出する。

平成19年(2007年)3月7日

札 幌 市 議 会

(提出先)衆議院議長、参議院議長、内閣総理大臣、総務大臣、厚生労働大臣

(提出者)全議員

2007年03月06日

【岡山】3月度6・9行動

ことし3回目となる6・9行動を、3月6日岡山駅前で行いました。昼休みを利用したこの行動には、民医連、人権連、平和委員会、高教組、岡山市原水協などから9人が参加。「核兵器のない世界・非核と憲法9条の輝く日本を」のチラシを配布し、「すみやかな核兵器の廃絶のために」署名を行いました。35分間の行動でチラシ200枚を配布。すみやか署名は25筆集約しました。若い学生が積極的に署名に応じてくれたのが印象的でした。

北海道にも被爆者がいること知らなかった

原水爆禁止北海道協議会は6日、核兵器廃絶と被爆者連帯を訴える6・9宣伝行動を札幌市中央区パルコ前で行いました。

北海道民医連の宮原昌男さんは、「核兵器は一瞬にして大量にそして無差別に殺戮するだけでなく、62年たってなお子ども・孫にまで影響を与え続けています。絶対に平和と共存できないものです。ぜひ核兵器のすみやかな廃絶を求める署名に協力ください」と訴えました。

ピースウインドの田崎遊さんは、「被爆者の体験をききとり、核廃絶・平和の問題を青年で取り組む会を昨年末札幌で作りました。ひとりひとりが声をあげ、一日も早く核兵器のない世界を作りましょう」と呼びかけました。

署名に足を止めた若い女性は、広島で原爆を受けた被爆者が北海道にもいることは全然知らなかったと話していました。

宣伝行動では、「核兵器のない世界、非核と憲法9条の輝く日本を」のビラを配りました。国民救援会北海道本部、北海道平和委員会、中央区原水協など7人が参加しました。

北海道原水協・しまだ

ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸

読書感想
『ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸』
絵ベン・シャーン 構成・文アーサー・ビナード
集英社 ¥1680

 日本語で詩を作っているアメリカ人のアーサー・ビナードは、第五福竜丸の無線長・久保山愛吉さんたちを「英雄」だといいます。
 久保山さんたちは、自分たちがアメリカの軍事機密に遭遇してしまったことを察知します。そして、もし無線で被害を受けたことを母港の焼津に知らせたら、内容をアメリカ軍に傍受され、撃沈されるだろうと判断しました。だから、外部になんの連絡もせず、想像に絶する2週間、被ばくした状態に耐えて焼津港に帰り着きました。
 このように、みずからの知恵と勇気で危機を脱して生還して、生き証人となった。それで世界が変わった。人類の滅亡につながりかねない「軍事機密」が、世界の市民に知れ渡ったんです。
 久保山さんたちは、単なる犠牲者ではなく、英雄なんです。こう考えたビナードは、第五福竜丸事件を忘却させまいと、絵本を出版しました(以上は、07年1月4日付け・しんぶん赤旗の山田洋次映画監督との新春対談の要約)。
 ビナードの見解は、詩人としての鋭い感受性に裏づけられていると思いました。それで「ここが家だ」を書店で立ち読みしました。何せ絵本ですから、15分ぐらいで全部の文章を読み終えました。
 そこで、買うべきか否かを思案しました。というのは、年金生活の私にとって1680円は結構高価な買い物になるあらです。
 ベン・シャーンの絵をよくよく眺めました。ゴツゴツした感じのその絵を見ているうちに、もしここで買わないと、5年ぐらい後になってから後悔することになるだろう、という結論に達しました。絵画については素人ですが、その絵から力強い何かが私に迫ってくるように感じたのです。
 ベン・シャーンが絵のなかで「第五福竜丸」をTHE LUCKY DRAGON(運のよい竜)と書いてあるのを読んで、なるほどと感じたのも、買うことに心が傾いた原因の一つでした。
 「ここが家だ」を買ってから1ヶ月がたちました。その間、4,5回「ここが家だ」を開いています。ベン・シャーンの絵を見ていたら、学生時代に美学専攻の友人が話していた「良い絵というのは、見るたびに新しい何かが発見できるもの」という言葉を思い出しました。
 また、「『久保山さんのことを わすれない』と ひとびとは いった。 けれど わすれるのを じっと まっている ひとたちもいる」(40ページ)という文章の「わすれるのをじっとまっているひとたち」は、具体的には誰を指しているのだろう、などと考えています。
 とにかく、「ここが家だ」は、おとなのための絵本です。書店で実際に手にとってみて、買うかどうかをご自分で判断していただければ、と思います。

栃木県原水協事務局長・福田 台

2007年03月05日

【岡山】2007年国民平和大行進県実行委を結成

 3月5日、岡山県民主会館で2007年国民平和大行進岡山県実行委員会が結成されました。
 2007年平和行進県実行委員会は、岡山県原水協が県内50の各種団体・組織に参加をよびかけたもので、この日までに参加の意思表示のあった27組織・団体から12組織・団体の代表が参加しました。会議では実行委員会の名称を「2007年国民平和大行進岡山県実行委員会」とし、代表委員に県労会議、県母連、県原水協から代表を選出していただくこと、事務局長は県原水協平井事務局長を、同次長に高教組、県人権連、新婦人にお願いすることを確認しました。
 ことしは平和行進50回という記念すべき年でもあります。また戦後の日本の平和と民主主義の原点でもある日本国憲法の改悪のたくらみの進む中、さらに世界の反核の流れに反し米の核の傘のもとに戦争政策に加担する安倍自公政権の危険な動きの中での行進です。同時にこうした危険な流れにストップをかけるチャンスでもある一斉地方選挙、参議院選挙の中での行進です。7月16日~26日の11日間、基幹コース、網の目コースとも多くの皆さんの意見を結集して成功させましょう。

第2回実行委・4月9日(月)、第3回は6月25日(月)
いずれもPm6:30~ 民主会館

2007年03月02日

【大阪】米イージス駆逐艦ステッテム大阪港入港に抗議

 1日朝、大阪南港J岸壁(住之江区)に米第7艦隊所属イージス駆逐艦ステッテム(STETHEM、8800排水トン)が入港し、大阪安保破棄実行委員会、大阪原水協、大阪平和委員会、非核の政府をつくる大阪の会など労働組合と民主団体が、大阪港湾労働組合協議会と共同で抗議集会をおこないました。同艦は5日まで停泊。
 入港に先立ち2月23日、大阪安保破棄実行委員会、大阪原水協などが、大阪市に「大阪港の平和利用に関する決議」にもとづき入港拒否を要求して交渉。同艦は核兵器搭載可能艦だが、市当局は外務省の「事前協議がないので核持ち込みはない」とする見解を繰り返し、入港を認めたもの。1994年の同決議以降、米艦の入港は8回に及びます。
 抗議集会で民青の和田さんが英語で米艦乗組員に大声で呼びかけをし、参加者も日英両語で「ステッテムは大阪港から出て行け!」などシュプレヒコールをしました。