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ノーモア・ヒバクシャ訴訟

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ノーモア・ヒバクシャ訴訟の東京地裁判決をうけて
ノーモア・ヒバクシャ訴訟全国原告団長  山本英典

2015年10月、東京地裁が「ノーモア・ヒバクシャ訴訟」第1次訴訟17人の原告全員に勝訴判決、2016年6月にも第2次訴訟6人の原告全員に勝訴判決。素晴らしい判決が続きました。みんなで喜び合いました。

ところが国側は判決を不満とし、第1次について6人、第2次について1人、私山本だけを控訴しました。

私の原爆症認定申請疾病は「慢性心不全」です。裁判長は、「山本の被爆距離、入市には積極認定の範囲から相当乖離があるけれども、山本は頑健な体質でないことや、胃がん、大腸がんに罹患していることに照らすと放射線の影響を受けやすい素地がある」うえに、慢性心不全が「原爆放射線以外の原因によって発症した」という事情がないから、「放射線の影響に起因する蓋然性が高い」と述べ、厚生労働省の却下処分を取り消したのです。

これに対し国の控訴理由は「慢性心不全を起こすほどの被曝線量をうけていない」と、却下処分の時に使ったと同じ理由でした。

第1次の6人についての控訴審は始まっていますが、私はこの中には入れず1人訴訟になりますが、がんばります。

集団訴訟が始まった当時、原爆症認定被爆者は2000人足らずの0.8%でした。個人訴訟では原爆症に苦しむ被爆者は数人しか救えない、集団訴訟をやるしかないという声が出て、日本被団協が全国に提訴希望者を募集しました。1000人を超す人が名乗り出ました。しかし、「お国を相手に裁判すると非国民といわれる」「地域の人に被爆者だと知れて差別を受ける」などと辞退が相次ぎ、提訴に踏み切ったのは306人でした。全国17地裁でたたかい、被爆者側の連勝となりました。

この間に認定基準が変更され、敗訴原告も「自庁取り消し」で認定になる例が相次ぎました。私は胃がんでたたかい1審敗訴でしたが基準改定で控訴審中に認定となりました。

集団訴訟は2009年8月、麻生総理と日本被団協との確認書でひとまず終結しました。

しかし病気に苦しむ被爆者は相つぎ、「ノーモア・ヒバクシャ訴訟」が起きました。119人が7地裁でたたかいました。私も「慢性心不全」で訴訟に参加しました。そして冒頭に述べたような判決をえたのです。

私は、厚生労働省ってなんて冷たく頑迷なのだろうと思います。被爆者が被爆後、脱毛や下痢で苦しんだことについて「脱毛は神経のせい。下痢は衛生状態が悪かったから」という主張を30年も言い続けています。

残留放射線による被害は「微量」といって軽視する姿勢もちっとも変わりません。被爆者が苦しんでいる疾病に「放射線の影響はない」と学者に言わせる手口も変わりません。

厚生労働省は一日も早く、被爆の実態に沿った行政措置をするよう要求します。(やまもと・ひでのり)

出典:『原水協通信』2016年8月号



 
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