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被爆者との連帯【ポリネシア】

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太平洋の核実験被害
仏領ポリネシアで1966年から1974年まで実施された
大気圏核実験の影響調査委員会について(国際情報資料24より)


ポリネシアにおける核実験の影響調査報告書(概要)

編集者注:仏領ポリネシア議会は2005年7月15日、「1966年から1974年までの大気圏核実験の仏領ポリネシア住民にたいする影響に関するあらゆる情報の収集のための調査委員会」を設置した。以下はこの調査委員会が2006年1月26日に発表した調査報告書の概要を述べたプレスリリースの翻訳である。プレスリリースは、8つの資料と4つの参考資料からなっており、このうち資料の1~8と、付属資料の1を訳出した。冒頭の文書は、調査委員長ウヌテア・ヒルションによる前書き(カバーレター)。

調査委員長 ウヌテア・ヒルション

2006年1月26日

 

1966年7月2日、5時34分、ムルロア。

周囲500キロメートル以内から目撃できたほど巨大な火の玉が炸裂し、太平洋のこの地域と、歴史によってフランス市民となった住民の平穏な生活は永遠に破壊されました。

のちに特に汚染がひどかったことが判明した最初の原子爆弾実験「アルデバラン」は、46回の大気圏実験と147回の地下実験のスタートを切る核爆発実験でした。

原子雲の大音響がおさまると、今度は鉛のベールのように重い沈黙が一帯を覆い、これまでの40年間、人々の健康、環境、経済、社会に重大な被害を与え続けてきました。これらの影響は今日まで知られなかったというより、むしろ意図的に隠蔽されてきました。

仏領ポリネシア議会は、1966年から1974年までにおこなわれた大気圏核実験が仏領ポリネシアの住民におよぼした影響についてのあらゆる情報を収集するため、はじめて調査委員会を設置しました。

こうして2005年7月から真相の究明が開始されています。

仏領ポリネシア議会がフランス本国との連絡役になることを依頼したCDRPCは、みなさんにあらゆる補足的な情報を提供することができます。

私たちの真相解明の意志にみなさんが注目されることを期待しています。

敬具  ウヌテア・ヒルション

ポリネシアにおける核実験の影響調査報告書(概要)

編集者注:仏領ポリネシア議会は2005年7月15日、「1966年から1974年までの大気圏核実験の仏領ポリネシア住民にたいする影響に関するあらゆる情報の収集のための調査委員会」を設置した。以下はこの調査委員会が2006年1月26日に発表した調査報告書の概要を述べたプレスリリースの翻訳である。プレスリリースは、8つの資料と4つの参考資料からなっており、このうち資料の1~8と、付属資料の1を訳出した。冒頭の文書は、調査委員長ウヌテア・ヒルションによる前書き(カバーレター)。

調査委員長 ウヌテア・ヒルション

2006年1月26日

 

1966年7月2日、5時34分、ムルロア。

周囲500キロメートル以内から目撃できたほど巨大な火の玉が炸裂し、太平洋のこの地域と、歴史によってフランス市民となった住民の平穏な生活は永遠に破壊されました。

のちに特に汚染がひどかったことが判明した最初の原子爆弾実験「アルデバラン」は、46回の大気圏実験と147回の地下実験のスタートを切る核爆発実験でした。

原子雲の大音響がおさまると、今度は鉛のベールのように重い沈黙が一帯を覆い、これまでの40年間、人々の健康、環境、経済、社会に重大な被害を与え続けてきました。これらの影響は今日まで知られなかったというより、むしろ意図的に隠蔽されてきました。

仏領ポリネシア議会は、1966年から1974年までにおこなわれた大気圏核実験が仏領ポリネシアの住民におよぼした影響についてのあらゆる情報を収集するため、はじめて調査委員会を設置しました。

こうして2005年7月から真相の究明が開始されています。

仏領ポリネシア議会がフランス本国との連絡役になることを依頼したCDRPCは、みなさんにあらゆる補足的な情報を提供することができます。

私たちの真相解明の意志にみなさんが注目されることを期待しています。

敬具  ウヌテア・ヒルション



 
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