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被爆者との連帯【カザフスタン】

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セミパラチンスク核実験被害者同盟「アイリス」
グルスム・カキムジャノバ(1999年国際会議)

カザフスタン

原水爆禁止1999年世界大会・国際会議

セミパラチンスク核実験被害者同盟「アイリス」
グルスム・カキムジャノバ




セミパラチンスク地方における核実験開始50周年の年に

  今年8月29日は、セミパラチンスクで、核実験開始50周年という悲しい記念日です。

  初めて核実験が行われたのは、1949年8月29日、午前7時でした。爆弾の威力は20キロトン。それから40年にわたり、かつては人々が野菜やウリ類を育て、ライ麦や小麦を栽培し、家畜を放牧した土地で、核兵器の実験が続けられたのです。アブラリンスキー地区は立入禁止とされ、住民はほかの土地に強制的に移されました。家族のつながりはとぎれ、人々は友人と別れ、生まれた土地から永遠に離されたのです。

  実験は1949年から63年までは大気中と地表で、1963年から89年までは地下で行われ、自然と住民に被害がもたらされました。デゲレン山地があった場所には細かく砕かれた岩のかけらが残りました。そして住民の健康状態は急激に悪化したのです。

  私たちの組織「アイリス」は、1996年から98年にかけて、「女性の健康は民族の健康」と名付けたプログラムを実行しました。プログラムを行った結果、私たちは次のような結論に達しました。

      

  • 子どもを産む年齢層を含む全女性の健康の疾病率は高く、このことが現在妊娠・出産を困難にしている主要な原因の一つである。   

  • 新生児の健康指数の値が低く、死亡率が高いことが判明した。アバイスキー地区で行われた調査の結果、1995年の死亡率は新生児1000人あたり27.4人、96年には31人。アブラリンスキー地区では1995年には1000人あたり30.6人、96年には63.9人にまでのぼった。   

  • 腫瘍の罹患率が高い:アブラリンスキー地区とアバイスキー地区の腫瘍例は、合計1730であった。(アバイ村の人口は、1996年の統計によれば20084人)   

  • 甲状腺の良性新生物、甲状腺機能低下(慢性)、自己免疫性の甲状腺炎、甲状腺ガンが多数みられる。

  「アイリス」は1998年の4月に、セミパラチンスク市と、以前は秘密都市であったクルチャトフ市で、「健康状態と、核実験が自然環境に与えた被害について」というセミナーを行いました。このセミナーの席でドイツのミュンヘン市から参加した精神医学の教授ゲルド・ビルマン氏は、食道ガンと甲状腺ガンの症例があまりに多いので大変驚いたと述べられました。氏はまた、当時子どもだった人たちに核実験のときどのような体験をしたかについて話しました。家から出るように言われ、時にはかなり長い時間が過ぎたあと爆発が起こり、地面が地震のときのように震えました。家も揺れ、壁には所々ヒビが入り、食器は落ち、家によっては壊れるものもありました。何回かの実験の爆心地から38キロの距離にあったサルジャル村では、住民は地平線に赤い光を見、羊飼いたちもキノコ雲を目撃しました。子どもたちが学校で何が起こったのか質問すると、教師は決まって演習だと答えるのでした。

  1998年12月に開かれた国連の第53回総会で、カザフスタンが引き継ぎ91年に閉鎖したセミパラチンスク核実験場は、カザフスタン政府と国民の深刻な不安の対象となっていることを認めました。核実験が国民、特に子どもやその他の抵抗力の低い人たちの命と健康、また地域の自然環境にもたらした被害はそれほどひどいものだったのです。

  国連総会は国際社会に向けて、もっとセミパラチンスク地域とその住民の生活に心を配るよう呼びかけました。

  日本政府は今年9月東京で、セミパラチンスク地域の回復プログラムに関する会議を開きます。1945年の原爆を体験している日本国民は、核実験が私たちカザフ人に残した苦しみをよくわかってくれています。私たちは、日本の皆さんの援助と支えに感謝の意を表明します。私たちの組織は1992年からこの世界大会に参加しています。日本のいくつかの県からの代表団の皆さんがセミパラチンスクを訪問して下さり、実験場の与えた被害についての情報を広めて下さっています。

  世界の反核運動は、核兵器が過去のものになるようもっと力をつくさなければいけません。核技術が新たにいくつかの国に拡散していることに不安を覚えます。どんな国も、核兵器をもつ権利があってはならないのです。私たちはずっと、人類は核兵器なしで次の世紀を迎えなければならないと訴えています。残された時間はわずかです。

  国際社会はバルカン半島の状況に不安を持っています。NATOの空爆で、子どもや女性など、非武装の市民が殺されるのです。何千人もの人が家を出て、難民になりました。私たちは、ユーゴスラビアで記者である娘を亡くした父親の悲しみを見ました。NATOの作戦は何といおうと正当化できるものではありません。人間は言葉を話すことができ、ありとあらゆる紛争は話し合いで解決しなければならないのです。

  平和というのは、単に戦争が起こっていない状態のことではありません。平和というのは、優しさと愛であり、慈悲と思いやりであり、忍耐とお互いを尊敬する気持ちなのです。




 
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