原水協通信のウェブ版です。本紙に乗せきれない情報を掲載します

全国各地のとりくみ

熊本6・9行動動画


原水爆禁止北海道協議会は6月6日、札幌市中央区パルコ前で核兵器廃絶と被爆者連帯を訴える6・9宣伝行動を行いました。

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岡山県原水協は2010年NPT再検討会議にむけ、核兵器廃絶の声と運動を地域から巻き起こし、「非核自治体宣言が根付く地域づくり」をめざして5月27日から29日まで、県内27のすべての自治体を訪問し、「非核・平和行政について懇談」するキャラバン行動をおこないました。


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倉敷市役所での懇談(08.5.27)

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原水爆禁止須磨区協議会は5月25日、アメリカ生れの日本語詩人が語る「日本国憲法と核兵器廃絶」と題してアーサー・ビナードさんの講演会を開き、220人が参加しました。


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原爆症訴訟近畿弁護団と原爆訴訟支援近畿連絡会は6月1日午前10時~午後3時まで、「被爆者なんでも電話相談」を行います。


「自分の病気は原爆症ではないか?」などの健康相談、認定申請や原爆手帳取得の手続きについてなど、弁護士や医師、医療相談員らが相談に応じます。


相談電話は、TEL06・6364・7312。


問い合わせなどは、京都原爆訴訟支援ネットTEL075・811・3203、FAX811・3213(京都原水爆被災者懇談会気付)。

札幌市豊平区で活動する羊ヶ丘原水協は18日、核兵器廃絶、被爆者救援を求めて、スーパー前で「すみやかな核兵器の廃絶のために」署名をよびかけました。

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 もう待てない!判決延期に抗議しよう!と、9日札幌市中央区大通り公園で北海道原爆訴訟支援連絡会と北海道原水協は宣伝行動を行いました。

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高知県原水協からの連絡によると、高知海上保安部交通課から県港湾課にたいし、下記の日程で米国軍艦船宿毛湾港入港の計画があることが明らかになりました。

【船   名】 O'KANE(DDG77)
【入港予定日】 平成20年5月21日
【出港予定日】 同    5月26日
【目   的】 親善・友好
【艦船の要目】 長さ 154,2㍍ 幅20,4㍍
【喫   水】 9,9㍍ 排水トン8,700トン
【最大搭載人員】 218人

原爆症で苦しむ原告を分断し、判決を引き延ばすことは許されない―「平和・民主・革新の日本をめざす札幌西区・手稲区の会」(西区手稲区革新懇)は6日、地下鉄琴似駅前の琴似商店街で、一刻も早い被爆者全員救済を求めて署名を訴えました。

5月4、5日に千葉県・幕張で開催される9条世界会議で日本原水協が自主企画「原爆と9条」を行います。

9条世界会議・日本原水協自主企画「原爆と9条」
被爆証言を通して9条の普遍性をアピール

憲法9条がもつ戦力の不保持と交戦権の否定という徹底した平和主義の基礎には、ヒロシマ・ナガサキの体験がある。核時代における憲法9条の普遍性と価値を被爆者の証言などを通じてアピール。

〔日 時〕 5月5日(月・祝) 13:00~15:30

〔会 場〕 幕張メッセ国際会議場 中会議室301A
            JR京葉線「海浜幕張」駅下車

チラシ(PDF)のダウンロードは以下をクリックしてください↓
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岡山県原水協は5月27日~29日、県内27の全自治体を訪問する「非核・平和キャラバン」を計画し、準備をすすめています。

被爆者支援ネットワーク・しずおかは16日、舛添要一厚生労働大臣に対し、4月12日(土)、13日(日)におこなった被爆者110番の結果の概要を受けた要求書を送付したと発表しました。

米海軍の攻撃型原潜・核認証艦「ラホヤ」が4月14日横須賀港に入港した問題で、神奈川県原水協は翌15日に横須賀基地前で抗議行動を行い、第7艦隊司令官、在日米海軍司令官、米軍横須賀基地司令官に対して抗議文を手渡しました。

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秋田県の青年たちは、8月の原水爆禁止世界大会-広島にたくさんの人の想いを持って行こうと千羽づるを集めています。

昨年原水爆禁止世界大会に参加したことをきっかけに民青同盟に加盟した高校生のめぐさんは、「長崎で被爆者のお話を聞いたり、ここで一瞬のうちにたくさんの人が亡くなったんだなと考えたら怖くなりました。傷の手当をしてもらっている人や、皮膚が焼けただれてしまっている人の写真はリアルで忘れられません」と語ります。

帰りの飛行機のなかで被爆地にあった折り鶴のことを思い出し、秋田からも届けたいと思ったものの、どうしたらいいのかわからずにいためぐさん。「せば、民青に入ってやるべ!」というわけで加盟し、青年たちとともに折り鶴計画をスタート。

以来、4千羽を目標に、ビラを作り、駅前で折り紙と一緒に配布するなど大奮闘。「集まった鶴を数えてみたら3千羽もあり『すげー』と感動した」と語るめぐさんは、これからもっともっと増やしていきたいと張りきっています。

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日本原水協と東京原水協は4月9日、爽やかな春風の吹く中、「6・9」行動を上野公園で行いました。毎月6と9のつく日に核兵器廃絶を願って署名や募金をよびかけているもの。この日も「原爆と人間」展パネルを並べ、「すみやかな核兵器の廃絶のために」署名と原爆症認定制度の抜本改正を求める署名・募金をよびかけました。

日本原水協の赤松宏一代表理事をはじめ、全労連の柴田真佐子副議長、東京原水協の石村和弘事務局長、日本平和委員会の佐藤光雄代表理事などが次々とマイクを握り、「7月に北海道・洞爺湖でひらかれるG8サミットで日本政府は唯一の被爆国として核兵器廃絶を議題に盛り込み、原爆展や被爆者の代表の話を聞いてほしい」、「原爆症認定制度の抜本改正を求める署名にご協力を」と訴えました。

山口県岩国市から高校の入学式のために来たという親子連れは、署名しながら「山口にも被爆者が多いですから」と話していました。原爆パネルの皮膚が垂れ下がった人形の写真を見て「これは本当に人間ですか」と聞いてきた韓国人男性に「これがヒロシマです」と話すと、ハングルでサインしました。

この日の行動には20人が参加し、「すみやか」署名137筆、原爆症認定署名69筆、3250円の募金が寄せられました。

北の被爆者も勝つ!全員で勝つ!と5月19日に判決を迎える北海道原爆訴訟支援連絡会は、4月6日札幌市中央区パルコ前で、勝利をめざす宣伝行動を行いました。5月の判決は、厚生労働省が司法の判断を無視し、新たな線引きを持ちこむ原爆症新基準を持ちこんでから、全国ではじめての判決となります。マスコミの関心も高く、民放3局が取材しました。

米ミサイル駆逐艦チャフィー(9157排水トン)が4月12日から16日まで大阪港に入港する計画が明らかになったことで、大阪原水協は3月26日、平松邦夫・大阪市長にあて入港拒否を求めた文書を送りました。同艦は核兵器搭載可能な巡航ミサイル・トマホークのほか劣化ウラン弾も搭載しています。

4月3日には大阪原水協、安保破棄大阪実行委員会、非核の政府を求める大阪の会、大阪平和委員会など18人が大阪港湾局と交渉しました。経営管理部・玉井海務担当課長らが対応し、米領事館と外務省は核兵器に関し事前協議はないと回答、歓迎はしないが「大阪港の平和利用決議」は軍艦を入れないというものではない、港湾法上断れない、などの回答に終始しました。

交渉団は、沖縄と横須賀の米兵による凶悪事件のなか、何が「友好訪問」なんだと、市民の立場から断固入港拒否を求めました。入港強行の場合は現場で抗議行動を行います。

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米ミサイル駆逐艦チャフィー

3月の定例議会で、羽昨市、内灘町の両議会は「非核日本宣言のよびかけ」に賛同、政府に対して「非核日本宣言」を発表し、国内外で核兵器廃絶のイニシアチブを取ることを求める意見書を内閣総理大臣、外務大臣、衆議院・参議院の両議長等に送付しました。

昨年12月の定例議会における白山市、中能登町、津幡町各議会の採択に続くもので、県内20自治体中、2市3町議会の採択となりました。

七尾市、宝達志水町の両議会は継続審議となっています。(非核の政府を求める石川の会・森 昭)

昨年4月に日本原水協が非核の政府を求める会と共同でよびかけた「非核日本宣言」運動は、各自治体で3月議会が終わり、賛同署名や議会決議があがっています。首長・議会議長の賛同署名は、360人の首長、250人の議長に広がっています。

宮崎県では、「非核日本宣言」のよびかけに谷口義幸・日南市長、内野宮正英・川南町長が署名し、30自治体中28名となりました。また、「非核日本宣言」意見書がえびの市議会、北郷町議会で採択され、1市4町となりました。今年2月に賛同した谷口市長からは、「非核日本宣言のよびかけ」賛同書と一緒に2005年8月に「核兵器をなくそう」という市長の思いを掲載した市広報紙の「清流」という随想が送られてきました。(宮崎県原水協事務局長・毛利泰之)

福島市平和委員会青年の会“ピースぴゅぱ”は3月20日、市内において『原爆と人間展』を開催しました。

雨が降り寒い中、またゲリラ的に開催したにも関わらず、青年など20名が来場しました。

ビキニデーに参加した青年の「原爆展を開きたい」という一言がきっかけになり、参加した青年たちを中心に準備、当日案内が進められました。

日本被団協作製の原爆パネルと、イラク戦争開戦5年の日ということで森住卓氏の『イラク、戦争と子どもたち』を展示し、若いカップルからお年寄りまで幅広い世代の方々が来場してパネルに見入りました。
68才の女性からは「懐かしいもの見せてもらってありがとうね。いいもの見せてもらった。あんたらまだ若いんだから、若いうちにいろんなこと経験しなよ。頑張りな!」と励ましの言葉をいただきました。

当日参加したぴゅぱの会員は、「今後も継続して平和の取り組みをしていきたい」と話しています。

3月13日、土庫病院にて院内共闘(=病院、労組、平和委員会等)主催、3・1ビキニデー集会健生会代表の報告集会が開催されました。

健生会からは今年のビキニデーに看護師3名事務1名の4名の代表を送りました。

松下事務長のあいさつのあと、東京の第五福竜丸展示館学芸員の市田真理氏より特別報告。ビキニ事件の衝撃と、最近の米軍事件をみて、当時と何も体質が変わっていない日米両政府の対応ぶりについて、元乗組員の大石又七さんの証言を紹介しながらお話していただきました。

続いて、代表の報告。看護師の奥村真代さんから「私は、正直ビキニ事件について何も知りませんでした。今回集会にはじめて参加し、核の恐ろしさをあらためて感じました。私たちが戦争のことを風化させないよう次の世代へ伝えていくことが私たちの役目だと思います」。

看護師の御手洗尚美さんから「私もはじめてビキニデーに参加させていただきました。高校生や海外の参加者もいて、日本人だけが思っていることではないこと、平和について、いろいろな人が理解しあうことが重要だと感じました」。

最後に、事務の高崎大史さんより「2010年には、NPT再検討会議が開かれます。また国民投票法で憲法改悪の発議ができるようになるのも2010年です。社会保障の改悪や環境破壊もこの2、3年がヤマ場です。核兵器廃絶平和も、社会保障改悪も、環境破壊も根っこは同じ。金儲けのためなら何をしてもいいという市場原理主義をわたしたちがどうやって乗り越えていくか。この2年間の運動は歴史を左右するかもしれません。がんばりましょう」と、行動提起も含め、報告がありました。報告集会には30名の職員が参加しました。

同日、夕刻、平和委員会主催で「ビキニ事件が今に問うもの」市民平和学習会を開催しました。

講師は市田真理氏。ビキニ事件で広がった原水爆禁止運動、そしてお茶の間で国民が本当に被災者を心配し、こどもたちから3000通もの励ましの手紙が久保山家に送られた感動秘話を実際の手紙を紹介しながら報告していただきました。

「ビキニ実験の当時の衝撃は今のギョーザ事件の比ではない。半年間にわたってメディアも報道し、翌年の原水禁世界大会へと運動も発展していった」、「政府は、未だにビキニ事件被災者の保険適用を拒むなど、核戦略に固執する姿勢をかえていない」、「大半の乗組員が周囲の無理解もあり、口を閉ざし続ける中、大石又七さんは、1984年から2007年まで550回も被ばく体験を語り続けています」。

学習会参加者からは「今、マーシャル諸島はどうなっていますか」、「戦争の目的はいつでも利益」など意見交流がされました。地域の市民も含め25名が参加しました。

また、土庫病院で2週間にわたって展示されていた「第五福竜丸パネル展」には多くの市民、患者が見学に来られ、120筆を超える平和署名(核兵器廃絶、憲法改悪反対)が寄せられました。

土庫病院平和委員会 高崎大史

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学習会で講演する市田真理氏

日本原水協は、来る6月10日、シンポジウム「原爆症認定集団訴訟の早期解決のために――訴訟の到達点と課題を考える」を緊急に開催します。

原爆症認定集団訴訟は、昨年の大阪、広島、そして今年の名古屋、仙台、東京と5つの地裁判決で勝利判決を勝ち取ってきました。これらの判決を通じて、原爆症認定行政、認定基準の違法性がきびしく指摘されました。判決は、原告の被爆者が実際に体験し、現に発症している事実を全体的・総合的に考慮して原爆症認定を行うべきだという判断を示しました。

裁判で証言や意見書を提出された専門家とともに、国・厚労省が強調する「科学的知見・合理性」を論破し、被爆者が求めている被害の実態に即した原爆症認定制度への抜本的改善をめざし、集団訴訟のたたかいの成果と到達点、課題についてご一緒に学びましょう。

シンポジウム 原爆症認定集団訴訟の到達点と課題を考える 
認定制度改善、早期解決のために――

日 時: 6月10日(日)午後1時半~5時

場 所: 日大歯学部2号館 B1 第一講堂
      (JR御茶ノ水駅、千代田線新御茶ノ水駅下車徒歩約3分)
地 図: http://www.dent.nihon-u.ac.jp/org/j-org01.html

講師  斉藤 紀(広島・福島生協病院院長)
     沢田昭二(名古屋大学名誉教授、被爆者)
     被爆者・原告、弁護士ほか   報告、質疑・討論

資料代:  1000円 学生500円

連絡先: 原水爆禁止日本協議会   電話 03-5842-6031
      東京都文京区湯島2-4-4 平和と労働センター 6階

広範な草の根に、核兵器廃絶と非核の地域づくりのための大きな世論と運動、その共同を築くことを目指して、2007年5月12日、「非核・博多港シンポジウム」がひらかれました(非核の政府を求める福岡県の会と原水爆禁止福岡県協議会主催)。以下、決議全文を紹介します。

決議
 昨年秋の第61回国連総会第1委員会(軍縮、安全保障問題)は、すべての決議を採択し、その決議のなかで核兵器廃絶に関する決議はすべて圧倒的多数で採択されました。いまや「核兵器廃絶」は国際社会の確固とした合意になっております。

 このようななか、北朝鮮が核実験を行いました。

 北朝鮮の核実験強行は、世界に広がる核実験禁止・核兵器廃絶の世論に逆行するものであり、北朝鮮も合意した2000年5月のNPT再検討会議における、核兵器廃絶の「明確な約束」をまっこうから踏みにじるだけでなく、新たな核軍拡競争の危険さえもたらすものであります。

 広島・長崎への原爆投下は国際法違反であり、その惨禍と被爆者の苦しみが示しているのは、「人類は核兵器と共存できない」ということであり、いかなる理由も核実験強行を正当化できません。

 北朝鮮の核実験は、アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国の5カ国に核保有の特権を与える核不拡散(NPT)体制の矛盾と、核兵器全面廃絶以外に核兵器問題の危険を打開する道はないことを示しています。

 唯一の被爆国である日本政府は、いまこそ核兵器全面禁止に向けてイニシアチブをとるべきです。しかし、安倍内閣の麻生外務大臣と与党の中川政調会長は、相次いで“核武装”発言を繰り返し、安倍首相もこれを咎めるどころか「日本は言論が自由だ」と庇い立てするしまつです。

 北朝鮮の核実験強行に対して、どう対応するかという岐路にあって、「核武装」論議を容認する政府に厳しく抗議するものです。

3年間で2倍に
 5月11日、県原水協理事の小牧さんから、医療生協のAさんが原水協通信の購読を了承した、という連絡をいただきました。これで、栃木県原水協が取り扱う日本原水協の機関紙『原水協通信』の読者数が丁度100名になりました。
 私(福田)が事務局長になったのは、02年12月の定期総会からです。事務局長になりたての頃は、目先の雑事に追われて、原水協通信を拡大することまで手がまわりませんでした。しばらくの間は、毎月の発送の仕事をこなすだけでした。
 手元の資料によると、04年の4月には、48部でした。それから3年たって、100部になりました。

 伊藤一長元長崎市長が選挙運動中に襲撃された翌日、愛知県平和委員会は、政治的な立場は違えども、平和運動の大切さを世界に呼びかけた代え難いリーダーを悼み、その意志をしっかりと受け継ぐ誓いを込めた宣伝を行いました。

 当日は、雨が降りしきり、身に沁みる寒さの中、澤田昭二県原水協理事長をはじめ、長崎の被爆者ら15名が参加し、県平和委員会の声明文が掲載されたチラシを道行く人に配布し、伊藤市長も先頭になって呼びかけた「すみやか」署名を集めました。また、地元の報道社数社も取材に来るなど、通行人の注目を集め、大きなインパクトを与えた宣伝となりました。

 マイクを持ち訴えた澤田氏は、「伊藤市長は2005年のNPT再検討会議のとき、NYで先頭にて横断幕を持ち、全米・全世界に核兵器の廃絶を訴えた。また、原水爆禁止世界大会のときには、毎回メッセージを寄せてくれ、海外代表と交流を楽しみにされるなど、私たちの運動にはかけがえのない代表だった。このような人を亡くしたことは、とても悲しいことだ」と述べました。

 また、長崎で被爆をした愛知県原水爆被災者の会の被爆者もマイクを持ち、伊藤一長市長が生前に果たした役割の大きさを訴えられました。

 この他にも、愛知県内で反核・平和運動に取り組む労働者、青年、高校生が、それぞれの言葉で訴え、チラシ配布に取り組みながら、伊藤市長の意志を受け継ぐ決意を現しました。

 自由と民主主義を真っ向から否定する今回の狙撃は、どんな理由があっても決して許されるものではなく、また、意見の異なる人を、対話ではなく、武力で弾圧をしようとするものは、日本国憲法の「言論の自由」を真っ向から否定しており、事件後会見をした安倍首相は、この点に触れなかったことを告発。自由と民主主義を守る為にも、新憲法の成立を許さない闘いを広めていく必要性を市民に示しました。

 チラシを受け取った年配の女性は、「言葉が話せるのに、暴力を使う行為は許せない。」と怒りを表しながらチラシを受け取っていきました。

 今回の事件ではあらためて「人間と武力・暴力は共存できない」ことが明らかになったのではないでしょうか。
 
 私は、伊藤一長市長のご冥福を祈りつつ、生前の意志を最大限受け継ぎ、今後も多くの市民と共同の輪を広げながら「核兵器廃絶」「被爆者援護・連帯」「憲法を守る」運動を進めることを心に誓いました。

<愛知県平和委員会 高木秀一>

 ローマでの原爆写真展開催をめざしているイタリア在住の横田早苗さんを支援しようと、出身地の三重県で募金活動がひろがりました。半年間の取り組みで、個人や団体、それに高校同級生から寄せられた善意は、60万7260円に達しています。一部は、すでに組写真の購入などに当てられていますが、4月8日、帰国中の横田さんに、募金を呼びかけた原爆被災者の会と原水協から51万円を直接手渡すことができました。
 横田さんの報告によると、展覧会は、ローマ市第11区と消防局が主催し、本年10月25日から11月7日まで開かれることが決まりました。さらに、イタリア内務省、環境省、州都ローマ市のラツィオ州、ローマ県、ローマ市の後援となります。
 なお、この写真展にあわせ、ミラノ県主催による講演会も予定され、立命館大学国際平和ミュージアム館長・安斎育郎先生、日本被団協原爆被爆者中央相談所理事長・肥田舜太郎先生が日本側の講演者としてご出席いただける見通しも出てきました。
 この運動を通して、三重では、イタリアの反核平和運動との国際的な連帯がいっそう身近なものとなっています。
三重県原水協・落合郁夫

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衆議院憲法調査特別委員会での自民、公明両党の強行採決に断固として抗議する

 3月15日、自民党、公明党は民主党の着席のない中、「公聴会」の開催をめぐって、2回開催の要望がつよいことを知りながら、国民の知る権利を踏みにじって、「公聴会」1回開催案を採決したとしている。

 もともと、国民投票法案の中身は国民を納得させるだけの内容ではなく、審議が尽くされていない。さらに、改憲派を一方的に利する内容になっていることも問題である。この法案は日本国憲法の根本理念を否定するものである。ましてや、強行採決をおこなってごり押しすることは言語道断である。

 われわれは、強行採決した公聴会の開催日を白紙に戻すことを強く要求するとともに、今回の強行採決の暴挙に断固として抗議する。

 2007年3月16日

                                        三重県津市乙部14-18
                                         原水爆禁止三重県協議会
                                         三重県平和委員会

 1日朝、大阪南港J岸壁(住之江区)に米第7艦隊所属イージス駆逐艦ステッテム(STETHEM、8800排水トン)が入港し、大阪安保破棄実行委員会、大阪原水協、大阪平和委員会、非核の政府をつくる大阪の会など労働組合と民主団体が、大阪港湾労働組合協議会と共同で抗議集会をおこないました。同艦は5日まで停泊。
 入港に先立ち2月23日、大阪安保破棄実行委員会、大阪原水協などが、大阪市に「大阪港の平和利用に関する決議」にもとづき入港拒否を要求して交渉。同艦は核兵器搭載可能艦だが、市当局は外務省の「事前協議がないので核持ち込みはない」とする見解を繰り返し、入港を認めたもの。1994年の同決議以降、米艦の入港は8回に及びます。
 抗議集会で民青の和田さんが英語で米艦乗組員に大声で呼びかけをし、参加者も日英両語で「ステッテムは大阪港から出て行け!」などシュプレヒコールをしました。

 泉佐野・泉南原水協の参加団体と生協などの実行委員会が2月11日、イズミヤ泉佐野店の1階広場で「第26回反核・平和のつどい」を開催しました。同店の好意で店内開催は3回目。中央に設けたステージでは琴と尺八演奏やギター弾き語りの演奏が次々に。のこぎりを楽器にしての演奏も。観客もお囃子に参加して“南京玉すだれ”グループの賑やかな演技に最高に盛り上がりました。
 会場に展示された「原爆と人間展」はとくに目を引き、地元の戦争遺跡・佐野飛行場に関する展示や地域の出征戦没兵士の調査をした展示など、買い物の市民が熱心に見ていきました。
 催しには泉佐野市と同市教育委員会が後援、市長と教育長からメッセージが寄せられました。

「私たちも被爆者と認めてほしい」と訴えて上京した被爆「体験」者ら長崎被爆地域拡大連絡会による厚生労働省への申し入れが6日、衆議院第1議員会館第2会議室で行われました。

冒頭、長崎被爆地域拡大連絡会代表世話人の峰松巳氏から厚生労働省健康局課長補佐の野上耕二郎氏に対し申し入れ書が読み上げられたのに続き、各地域から参加した「被爆体験者」が生々しい証言を行いました。

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その後、野上課長補佐から「直接の体験がある人が対象」、「『被爆体験者精神医療受給者証』から『精神』という文言を外せというのは、事業を表すものとして適切ではない」、「放射線は2kmしか出ていないと思っている」、「県外に出た人は『こころの問題』が生じにくい」などの申し入れ書への回答がありました。

これに対し、長崎被爆地域拡大連絡会の8人から「『被爆体験の記憶がない人は制度から除外する』という記載が2005年から突如記載され、合理的な説明はないし根拠も示さないことが(長崎では)大問題になっている」、「“被爆体験者”と“被爆者”を分ける科学的な根拠は何か」「二重構造を作って除外するのは受け入れられない」「すべての被爆体験者も被爆者と認めてほしい」と切実な訴えが出されました。

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原水協四国ブロック会議は、歴史的意義のある第50回国民平和大行進を成功させるために、星野村の平和の火を灯したランプを持って回ることや、原水爆禁止四国大会(ウェルシティ伊予)では、核兵器廃絶運動の前進とともに、被爆者認定訴訟問題や、高レベル放射性廃棄物処分場の問題点などを含め、多面的に討議することを決めました。

抗 議 文

米原潜ヒューストン入港に抗議する!
米原潜衝突事故の原因究明がされないままの入港は許せない!
原子力空母ジョージ・ワシントン横須賀配備を撤回せよ!
原潜入港非公表措置をただちに撤回せよ!
原潜への核トマホーク配備を中止し作戦計画を撤回せよ!
核兵器使用計画を撤回せよ!

 米海軍は25日、ロサンゼルス級攻撃型原潜ヒューストン横須賀入港を強行した。原潜の入港は今年初めて、原子力艦船の入港は通算755回目となるものである。しかも原潜の入出港公表を中止させて以降、65回目の入港である。断じて許せない。

 しかも、1月9日ペルシャ湾で米原潜は衝突事故を起こし、その原因が究明・公表されないままの入港である。我々は10日、原因究明がないままの原潜入港を控えるよう要請したばかりである。何という暴挙か。許せない!

 そしてヒューストンは、核トマホーク積載を米軍が認めた「核認証原潜」である。

 非核三原則が蹂躙され、核兵器が持ち込まれている危険が濃厚なのと、放射能汚染の危険を思うと決して認められないものである。

 米軍は攻撃型原子力潜水艦への核巡航ミサイルトマホーク配備を強行し、その作戦を強化しており、核持ち込みの危険が増大している中でのヒューストン入港である。しかも米軍は原潜の6割を太平洋に集中配備する計画をすすめている。さらに米軍は原子力空母配備のための関連施設建設を強行しており、それは原子力空母と原潜を一体のものとして扱う工事の強行である。断じて許せない!

 ヒューストンは非核証明を提出せよ!ただちに出ていけ!

 一昨年12月2日、米政府は2008年原子力空母ジョージワシントン横須賀配備・母港化を正式表明し、市議会、市民あげての反対の声が渦巻く最中の原潜入港である。

 また、空母艦載機のスーパーホーネットの配備を強行し、池子基地への米軍住宅700戸追加建設計画、そして今度は米海軍だけではなく、米陸軍第一軍団司令部を新司令部に改変し座間に持ってくる計画まで決め、これも県知事、市長、市議会、市民あげて反対運動が広がっている最中の原潜入港である。

 米軍の基地再編強化計画に強く反対する。基地の縮小・早期返還をこそ実行せよ。

 我々は横須賀基地を米軍が他国侵略の出撃基地として使用することを断じて許せない。

 最近、米解禁文書による米軍有事核持ち込み密約の存在が明らかになっている。

 1953年空母オリスカニが米空母として初めて横須賀に入港した時、核兵器を積んで入港していた事実、そして1973年空母ミッドウェーが横須賀を母港とした時も核兵器を積載していた事実が判明した。

 米日両政府は50年間も日本国民をだましたまま横須賀に核兵器を持ち込みつづけてきたのである。断じて許せることではない。また、横須賀を「母港」とする11隻の艦船に「劣化ウラン」弾の搭載と基地内貯蔵が判明している。「劣化ウラン」弾が常時艦船に積まれ、イラク攻撃で使用され、浦郷弾薬庫に貯蔵されているなど言語道断である。

 米軍はイラクから撤退せよ。

 県民の多数の世論、そして国連をはじめ多数の国際世論は、イラク占領に反対し、横須賀の核基地化、出撃基地化に反対している。我々は、この世論にそむく原潜の入港を断じて許せない。

 一、原潜ヒューストン入港に強く抗議する!ただちに出ていけ!核兵器を持ち込むな!
 一、原潜の入出港公表中止措置を撤回せよ!
 一、原子力空母ジョージワシントンの横須賀配備計画を撤回せよ!
 一、空母の母港を撤回せよ!最新鋭艦載機スーパーホーネットの配備強行に抗議する。
 一、米軍の新司令部の座間キャンプ移転計画を撤回せよ!
 一、艦載機の日中訓練、NLP、超低空飛行訓練を中止せよ!
 一、池子米軍基地への700戸住宅追加建設を中止せよ!遊休基地を即時無条件返還せよ!
 一、核兵器の存在を否定も肯定もしない政策をやめ、非核三原則を厳守し、核兵器の廃絶を実現せよ!
 一、米軍はイラクから撤退せよ!

2007年1月26日

原水爆禁止神奈川県協議会
安保廃棄・諸要求実現神奈川県統一促進会議
神奈川県平和委員会
神奈川県原爆被災者の会
神奈川県労働組合総連合
米原子力空母の横須賀配備を阻止する三浦半島連絡会

第七艦隊司令官殿
在日米海軍司令官殿
米軍横須賀基地司令官殿

 1945年8月6日に広島、同年8月9日に長崎に投下された比類なき2発の原子爆弾は、多くの尊い生命を奪った。奇跡的に一命をとりとめた被爆者も、被爆から61年経った現在でも後遺症や悪性新生物などの肉体的苦痛、周囲からの偏見や差別による精神的苦痛など、被爆に起因する不安な生活が依然として続いている。

 1994年に制定された『原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(通称:被爆者援護法)』は、原子爆弾の放射能に起因する健康被害に苦しむ被爆者の健康の保持及び増進並びに医療・福祉などについての保障を想定したものだが、その認定審査に用いられる『DS86』(1986年に日米の専門家が共同作成した原爆線量評価検討委員会の報告書の略称)に基づく基準は、直接被爆以外の残留放射線に夜外部被爆・内部被爆の影響を不当に低く見積もるものであり、その結果、投下直後の入市被爆者や遠距離被爆者などを保障の対象から除外するものとなっている。

 こうした原爆症認定基準の不備については、先頃大阪地裁及び広島地裁の原爆症認定訴訟の判決において厳しく指摘されている。特に、広島地裁判決においては、判決理由の中で、原爆症についてはなお未解明の部分が多いことを前提として、国の認定基準に「残留放射線による外部被爆及び内部被爆を十分には検討していないといった様々な限界や弱点がある」ことを指摘し、「審査の方針を機械的に運用すべきではなく、あくまでこれを放射線起因性の一つの傾向を示す、過去の一時点における一応の参考資料として評価するにとどめて、全体的、総合的に検討することが必要である」とし、原告全員を原爆症と認定した。さらに被爆者援護の立場に立ち、入市被爆者、遠距離被爆者についても広く認定の対象とすることなど、現在の原爆症認定制度を根底から批判し、被爆の実態を見据えた新しい認定のあり方を示した。

 また、この被爆者援護法は日本国内に在住する被爆者のみに適用され、在外被爆者に対しては法が適用されない現実がある。戦前の日本軍国主義による強制連行などによって広島・長崎で被爆した当時の在日外国人の多くが、戦後に母国に帰国するなどして今なお何らの手当てを受けることができず被爆の苦しみに耐え続けている現状を見ると、日本政府により在外被爆者に対して国内と同等の実効的な救済施策が講じられる必要があると考える。

 また、直接被爆ではないにしても、被爆2世・3世などは被爆に起因する遺伝的な疾病や障害を起こす可能性があるという報告や実際に原爆小頭症や悪性新生物などに苦しむ人々が存在するという事実がある。被爆2世・3世などは常にそのような不安に駆られ、被爆を理由に周囲から差別を受けるという事象も後を絶たない。

 厚生労働省は被爆者救済の視点に立ち、現行審査基準や現行法制によって救済の対象から外れている高齢化する被爆者、在外被爆者、被爆2世・3世などに対する国の責任を明確にした上で、以下に挙げるような適切な施策を講じることを強く求める。

(1)在外被爆者や被爆2世・3世など現行制度で救済の対象から外れている人たちを含めた包括的な救済を可能とする被爆者援護法の改正を求める。

(2)現行の所謂「DS86」に基づく原爆症認定基準を改め、間接被爆(黒い雨、黒い塵などもふくめた残留放射能の影響を受けている入市被爆者、遠距離被爆者など)も考慮に入れた認定基準の確立を求める。

(3)被爆者の高齢化を鑑み、原爆症患者の救済を最優先する観点から、原爆症認定集団訴訟に対する控訴の取り下げを求める。

以上、地方自治法第99条の規定により意見書を提出する。

平成18年12月21日

鳥取県八頭郡八頭町議会

内閣総理大臣 安 倍 晋 三 様
厚生労働大臣 柳 澤 伯 夫 様
衆議院議長  河 野 洋 平 様
参議院議長  扇    千 景 様

鳥取県原水協は、1990年の原水爆禁止日本協議会国際遊説団ニュージーランド班に伊谷周一事務局長(当時、広島原爆被爆者)を派遣、同国首都ウェリントン市議会による「原爆の火」(東京・上野東照宮に保存)の保存決議に応えた「火」の運搬と、同国平和運動との交流に協力した。「火」は同市植物公園内の日本庭園の石灯籠型トーチに「永久保存」されている。

京都では、今年の世界大会に若者を1000人派遣するとりくみがはじまりました。

京都青学連を中心にした京都のピースジャム実行委員会は、7月30日(日)にピースジャムIN京都の開催を決め、例年よりバージョンアップした企画をすすめています。

青年ツアーも独自の派遣要綱を作成し、ここ2,3年の間につくられた10以上の地域の青年平和サークルなどに働きかけるとりくみを強めています。

洛南地域では青年だけのバスを出し、40人派遣のとりくみがはじまっています。青年部まかせにせず、後継者づくりとしての位置づけを明確にして青年の派遣に力をそそぐ労働組合、民主団体も現れています。

学生の間では、平和問題での関心が高く、府学連以外の学生へのはたらきかけも強めようと動きはじめています。

5月12日、大阪地裁で「私たちの病気を原爆によるものと認めてほしい」と訴えていた被爆者9人が全面勝訴の判決を勝ち取りました。

去る5月12日、大阪地裁において、原告9人全員に原爆症の認定をすべきだという判決が下されました。これは全国13の地裁で170人の被爆者がおこなっている第1次集団訴訟の最初の判決として、きわめて重要な意味を持っています。

私の町には、会員50人近い老人会があります。このたび総会が開かれ、23人が出席しました。席上、「すみやか署名」への賛同を訴えたところ、全員が快く応じていただきました。

会長さんが、「私たちの生きている間には戦争はないと思うけど、さいきんの日本はなにやらおかしなってきましたな」と発言されたら、戦争を体験してきた世代の人たち、みんな、シーンとしてしまいました。現在の日本を「戦前」にしてはならないと思います。

私は、4月には医療生協の患者会と班会で、その前には親戚の法事でと、人が集まるところでお願いしてきましたが、署名はどこでもこぞって賛同いただいてきました。

それに、核兵器や戦争が話題になって大いに励まされるのはうれしい限りです。この力をひろげ、原水爆禁止世界大会へとつなげたいと願っています。

三重県原水協 落合郁夫

5月12日午後2時、大阪地裁で判決が出された原爆症認定近畿集団訴訟で9名全員の勝利判決を勝ち取りました。

日本原水協が発表した声明全文は以下の通り。

声明 原爆症認定集団訴訟大阪地裁判決にあたって
2006年5月12日 原水爆禁止日本協議会

 全国13の裁判所で争われている原爆症認定集団訴訟で、12日、大阪地裁は、同法廷で争われてきた9件の提訴のすべてで原告被爆者を勝訴とし、国に却下処分の取り消しを求める判決を下した。

 原告被爆者は、いずれも多くの困難と健康被害に苦しみながら裁判に耐えてきた人たちである。判決に当たって、原告被爆者の労苦を称えるとともに、判決文に目を通しながら、これほどの被害にたいしてなお救済が却下されていたことに怒りを禁じえない。

 いまたたかわれている170件の訴訟の最大の焦点は、国が恣意的な基準を設けて、事実上原爆の残留放射能が引き起こした被害への救済をほとんど機械的に切り捨ててきたことにある。これまでも長崎原爆松谷訴訟、京都の小西裁判、東京地裁と高裁での東訴訟など、この間の判決はすべて原告を勝訴として国の認定基準に強い批判のみを向けてきた。にもかかわらず、国はなお、「原因確率」などあらたな算定方式などを持ち出し、事実上、遠距離被爆者や救援などで後から市内に入った被爆者などをひき続き原爆症認定から締め出す態度を変えないできた。

 今回の判決はこの点にも踏み込んで、遠距離被爆や入市被爆者への影響を認め、厚労省が却下の根拠としている「原因確率」についても、一定の距離以遠では「値が過小評価になっている」可能性を指摘し、機械的適用を強く戒めている。

 もともと原爆被害は国がはじめた侵略戦争に起因する被害として、国家補償の見地に立った救援が強く求められてきた。被爆者の多くは、原爆により心身の被害を受け、頼るべき身よりも財産も失い、これまでの60年余、苦難の歳月を過ごしてきた人々である。政府は、これ以上、被爆者を苦しめるのでなく、被爆者の現状を直視して被爆者援護行政を抜本的に改めるよう重ねて強く要求する。

兵庫県原水協(筆頭代表理事・多上尚之)は9日、神戸市中央区の元町商店街で核兵器廃絶などを訴える「6・9行動」を行いました。


兵庫県原水協の梶本修史事務局長などはマイクで、「高知県の港に核兵器を積むことのできるアメリカの軍艦が寄港する計画が明らかになった。非核『神戸方式』を31年間も維持してきた神戸市民として中止を要求しましょう」と呼びかけました。そして、「核兵器廃絶を求める世論こそ非核の日本と世界を実現する力です」と、核兵器廃絶署名への協力を訴えました。


参加した兵商連の武貞直人事務局次長やAALA連帯委員会の上田恵事務局長など8人が、小雨の中、退勤時の人々などに、「国連に提出する署名にあなたもご協力を」と呼びかけました。東京都から観光に来たという高齢の夫妻は、「広島・長崎の悲劇をもっと世界の人に知ってもらうことが大切」と話しながら署名に応じました。


署名賛同者の女優の上戸彩さんなどの写真を印刷した巨大ポスターに目をとめた数人の高校生たちは、「広島の原爆資料館で受けたショックを今も覚えている。早く核兵器を無くしてほしい」と口々に語りながら署名しました。


雨が降り出す悪天候の中でしたが、「すみやかな核兵器の廃絶のために」署名が83人分集められました。

兵庫・梶本修史

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 大阪自治労連は、4月27日(木)午後、大阪自治労連会議室で、大阪自治労連核兵器のない平和で公正な世界へ「すみやかな核兵器の廃絶のために」署名推進スタート集会を15人の参加で開催しました。

 原爆症の認定申請が却下された故中野久司さんの恵美子夫人が、故人の遺志を継いで、国を相手に認定却下の取り消しを求める訴訟を起こしました。「訴状」は4月28日さいたま地裁に提出しました。これにより中野さんは原爆症認定集団訴訟運動に参加されました。


 この日は、さいたま地裁前に埼玉県原爆被爆者協議会(しらさぎ会)のみなさんをはじめ県原水協、労働団体、婦人団体、反核平和の諸団体から多くの方々がかけつけ中野さんのたたかいを励ましました。


「支援する埼玉の会」への加入・支援をよびかけ しらさぎ会
 しらさぎ会(肥田舜太郎会長)は今回の集団訴訟の提訴にあたって「原爆症認定集団訴訟を支援する会」(仮称)の結成と参加を広く個人・団体に呼びかけました。これに対し、賛同の声と加入申し込みが早くも寄せられています。


 県原水協でも加盟団体と地域原水協を通じて、多くの組織と個人が加入し支援を強めることを訴えています。


「支援する埼玉の会」結成総会
<日 時> 5月15日(月)午後1時半
<会 場>埼玉会館・7A会議室