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2007年核兵器廃絶国民平和大行進へのメッセージ
人類史上初めて核兵器が使われた62年前の8月6日、青森から遠く離れて広島にいた私は、18歳の兵士でした。軍国教育のもとで国のために戦死することが名誉だと教えられ、志願して入隊、あかつき部隊に配属されて、モーターボートに爆弾を積み、敵艦に突撃する訓練をおこなっていました。
原爆が落とされてからただちに救援活動に入り、似島で来る日も来る日も人間の形をとどめていないむごい遺体処理に追われ、かわいそうだという気持ちは、心に閉じ込めなければできない作業でした。水をほしがり目の前で息絶えた人たちの姿、夏の暑さで腐っていくにおい、助けようと触ると、ひどいやけどでずるずると皮がむけていく手の感触は、いまだに忘れることができません。
広島・長崎へのたった1発の核兵器で、24万人が無残な姿で殺され、放射能に汚染された生き地獄を、私たちは体験しました。戦争と原爆は、その後のひとりひとりの人生を大きく変えてしまいました。
被爆のために身体のみならず心まで痛手をおった被爆者は現在26万人、青森県内には86人が、60年の歳月を一生懸命生きてきました。
このうち「原爆症」と認定されているのはわずか2千人にすぎません。国家補償を求めて取り組んだ「原爆症認定」訴訟の判決では、国の被爆者行政の誤りを断罪し、各地で勝利しています。しかし国は不当な控訴を続けています。
世界の上京は核兵器を脅しに使い、核保有国が増えている憂慮すべき事態ですが、私たちは世界平和の希望を捨てていません。高齢となった被爆者は命ある限り、原水爆禁止の声を広げるために我が身の被爆体験を語り続けます。平和に生活できることがどんなに幸せなことか、次の時代を生きる子供たちへの伝言です。
毎年、皆様からご支援いただいている「原爆と人間展」と被爆者追悼平和祈念式は、今年度から財政難を理由に、県の補助金が打ち切られましたが、被爆者たちで、8月6日より8日までアウガにて開催します。皆様方のいっそうのご支援賜りますようによろしくお願い申し上げます。
今の日本は戦前の空気が漂い、戦争の足音が聞こえてきています。平和憲法を守り、戦争反対と核兵器廃絶の声を広げて元気に行進してください。
皆様のご健勝をお祈り申し上げます。
青森県原爆被害者の会
会長 白取豊一
2007年6月2日
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