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【岡山】原爆症認定訴訟をたたかう川中優子さんを励ます平和の夕べ開く

 6月30日、岡山国際センターで原爆症認定訴訟をたたかう川中優子さんを励ます平和の夕べが行われました。集会には支援する仲間24人が参加しました。

 フリーダムの3人は「いとし子よ」「青い空は」など9曲を披露。その中の一人神谷さんはお父さんが被爆者です。「この1票が私の生きている証し、平和につながる」と「生きる」を歌い川中さんを励ましました。

 15歳で被爆した豊田富士子さんの証言は、15歳の少女らしい感受性の強い体験が胸をうちました。

 近藤弁護士は原爆症集団訴訟の経過と、国の「認定基準」の問題点にふれ、「厚労大臣の認定はこれを根本的に批判する司法判断が定着している。高齢化していく被爆者が一日も早く救済されるようみんなで頑張ろう」と訴えられました。

 このあと原告の川中さんのあいさつと集団訴訟をみんなの力で勝利させましょう、という内容のアピールを採択しました。

“腐ったおにぎりのなんとおいしかったこと”
豊田富士子さん 被爆証言

 豊田富士子さんは被爆当時、15歳の女学生でした。爆心地から4Km離れた広島電鉄の寮で被爆。押しつぶされた建物の下敷きになりましたが、無傷で救出されました。それから9月1日にふるさとに帰省するまでの25日間の救護活動のなかで体験した模様を話してくださいました。

 焼け爛れた広島の街の中を同僚を探し歩いた模様、救出した同僚が「お母ちゃん、お母ちゃん苦しいよー」といって胸をかきむしりながら目の前で死んでいく様子を涙を流しながら話されました。

 「とにかく何もないんです。糸を引く腐った白いおにぎりを友達と分け合って食べ、そのなんとおいしかったことか」。生きることは食べること、食べ物にまつわる記憶が鮮明なのは、いかに何も食べ物がなかったかということです。

 「もう二度とこんな悲しい目にだれもがあわないよう願っています。」と話されました。

健康に留意しがんばります
川中さん核兵器廃絶の決意も

 被爆者は人類最初の核兵器による犠牲者です。そして62年間苦しみ続けています。私のたたかいが戦争を知らない世代に広がっていることを大変心強くおもいます。

 岡山県内の被爆者の平均年齢は73歳です。そしてこの1年間に101人が亡くなっています。被爆者には残された時間がありません。私も子宮体ガン,すい臓,脾臓摘出手術を受けました。健康に留意し、最後までがんばります。

 みなさん一緒に核兵器のなくなるまで闘いましょう。よろしくお願いいたします。