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1999年国連軍縮週間

新アジェンダ連合、東京フォーラムおよび
核の危険を低減する他のイニシアチブ

NGO軍縮委員会(ニューヨーク)主催パネル討論会
(1999年10月22日、国連本部にて)

パネリスト: 
 神山 武(日本国際問題研究所研究調整部長)
 ダラ・マッキンバー(アイルランド政府軍縮局長)
 ピアス・コーデン(米国務省軍備管理局国際安全保障課長)
 アラン・ウェア(中堅国イニシアチブ)
 ジャクリーン・カバソ(西部諸州法律基金理事長/アメリカ)

神山 武:「核不拡散・核軍縮にかんする東京フォーラム」は、1998年5月のインドとパキスタンの核実験のあと、広島平和研究所と日本国際問題研究所によって1998年8月に共同で設立された。フォーラムは、南アジアの核問題に焦点をあてるとともに、核の危険に全体にわたって包括的に対応するため、その地球的影響についても強調した。4回の集中的討論のあと、1999年7月25日、東京フォーラムは、「核の危険に直面して〜21世紀への行動計画」と題する報告〔以下「報告」と略―訳注〕を発表した。この報告はよく「目覚まし」電話と呼ばれているが、残念なことにこの電話は鳴り続けたままである。フォーラムの主な焦点は核兵器にあるが、化学・生物兵器など、そのほかの大量破壊兵器も無視してはいない。

 「報告」にも述べられているとおり、「冷戦の終結後10年がたち、21世紀を目前にして、国際的な安全保障の仕組が崩れつつあり、核の危険はただならない早さで進行している」。核軍縮と核不拡散の土台である核不拡散条約(NPT)にもとづく国際核不拡散体制は二つの戦線から揺さぶられている。地球的レベルでは、現在の核保有国間の関係、とりわけ米ロ、米中関係の悪化が、地球的規模の軍縮と不拡散に好ましくない影響をあたえ、地域レベルでは核兵器拡散の危険が、南アジア、中東、北東アジアなどの地域で増大している。

 核軍縮と不拡散をとりまく状況は、1996年の核兵器廃絶にかんするキャンベラ委員会の報告、さらにはヘンリー・L・スチムソンセンターや米科学アカデミーなどの著名な研究機関が報告を発表し、核兵器の廃絶ないし禁止を求めて以降、この数年で急速に悪化している。「東京フォーラムの報告書および提言は、最近の情勢がきわめて深刻であることを明らかにし、地域および国際安全保障の後退を阻止するため緊急の措置を提示することを目的としている」。必要なことは時代遅れの核ドクトリンでもなければ人為的な軍縮の期限でもなく、現実的で具体的な措置と行動である。

 国際核不拡散体制の重要な論点は、核保有国と非核保有国とのあいだの義務のバランスである。核保有国は核軍縮の追求を義務づけられているのにたいし、非核保有国は不拡散の義務に従わなければならない。核保有国が核軍縮に積極的態度をとらないならば、潜在的核保有国に、自国の核兵器を放棄するようにとか、非核保有国に、核不拡散義務に従うようにといった要求は、全面的な説得力や威信、正当性に欠けることになる。他方、完全核軍縮という究極目標は、いっそうの核兵器拡散が阻止されなければ達成され得ない。「核保有国と非核保有国の両陣営の協調した行動が、核の危険を減じるためのパートナーシップを新たにする唯一の方法である」。

 核兵器を検討するとき、主たる責任は、いまなお、主要国と問題地域の中心諸国の手にあると言えよう。とりわけ核保有国は核の危険を減らす主要な責任を負っている。新アジェンダ連合と非政府諸組織(NGO)が核軍縮や不拡散の分野で果たしてきた役割は評価されるべきである。「報告」が言うように、「中堅国とNGOの創造的連携は、今日どこを見ても欠けているリーダーシップをつくり出す助けとなりうる」。しかし、ここでも、関係諸国がそれぞれの側で犠牲を払い、模範的役割を果たす用意がなければ、いぜんとして民間からの協力を促すことはできないであろう。

 戦略核兵器削減交渉(START)を通じた米ロ間の二カ国核兵器削減プロセスは、この両国がほかの核保有国にくらべていまなお膨大な核軍備を持っているのであるから、ひき続き核軍縮プロセス全体の主眼である。しかしながら、STARTプロセスの進展は、両国関係の悪化によって妨げられてきた。これはまた、核軍縮と不拡散をめざすあらゆる努力に否定的影響をもたらす。かくして、アメリカとロシアは両国の建設的関係を回復し、STARTプロセスを再活性化させるため緊急の行動をとるべきである。

 東京フォーラムがおこなった重要な提言のひとつは、アメリカとロシアに「配備された戦略核弾頭数をさらに1,000発まで削減する」よう呼びかけていることである。この目標はSTARTプロセスのもとで締結される、法的拘束力をもった合意を通じ達成されることが望ましい。公式の交渉の進展があまりに遅いようであれば、両国は、並行的で検証可能な一方的措置を通じて、配備されている核兵器の解体による即時削減を考慮すべきである。核兵器の削減は、非戦略核兵器の分野にもできる限り速やかに広げられるべきである。

 これの意味するところは、これ以外の核保有国である中国、フランス、イギリスは、米ロがそれぞれの核弾頭を1,000発以内に減らさないなら核削減交渉に参加しないであろうということである。これは、なぜ米ロが大幅削減を実行し、これによって核軍縮プロセス全体に寄与すべきなのかのもうひとつの理由である。中国、フランス、イギリスもNPT締約国であるから、NPT第6条のもと軍縮プロセスに加わる義務を負っているのであり、それぞれの核軍備を増強してはならない。

 すべての核保有国の核ドクトリンと核軍備の規模の透明性もまた重要な問題である。中国の核ドクトリンと核戦力の透明度にかんしては、ほかの核保有国とくらべ、現在も見通される限りの将来においても多くのことがなされなければならない。さらに、核保有国の中で、なお何らかの大幅な核軍縮を追求すべき唯一の国である。疑問の余地ない大国として、中国には核の透明性と削減とを強める新たな姿勢をとることが強く求められている。

 東京フォーラムは、提言をさらに「すべての核兵器国による核廃絶の一歩手前までの段階的削減」まで進めている。フォーラムはそうした措置が、「核廃絶論者も核抑止論者もともに認めることができ、すべての国が共通の安全保障上の利益を得ることができる目標である」と結論づけた。この目標を達成するために、核保有国は核軍縮について「報告」の中で勧告されていることを遂行することが呼びかけられている。

 1998年5月におこなわれたインド、パキスタンの核実験と、つづいてインド政府が自国の核兵器政策にかんしておこなった宣言は、インド亜大陸の地域的安全保障の概観を変えただけでなく、国際核不拡散体制をも掘り崩した。南アジアの核問題解決の努力は、この地域で核戦争の危険を減少させるためにも、他地域への核拡散の連鎖反応を避けるためにも緊要である。

 東京フォーラムは、「究極の目標は、インド、パキスタン両国を説得し、核兵器を放棄させ、NPTに非核兵器国として加盟させることにある」と確認した。しかしながら、両国がすでに核兵器を所有していることを考慮し、東京フォーラムは、両国の核兵器のさらなる増強を防ぎ、この地域における核戦争の危険を減少させる目的で、現実的な措置を勧告した。これらの措置の中には、南アジアの緊張を緩和し、安全保障情勢を改善することをねらいとした措置が含まれている。

 われわれは、中国がこの地域の安全保障問題において重要な役割を果たしてきたことを忘れるべきではない。インドの核開発の背後にあるひとつの重要な動機は、中国との核の均衡を達成することにあった。そうしたものとして、インドと中国の双方が、ひんぱんな対話とそれぞれの核兵器および意図についての透明性の強化を含めた追加的な信頼再確認措置をとることは、両国の脅威認識をおおいに減少させ、この地域の核問題の解決を促進するであろう。

 核拡散の脅威が増大している地域は南アジアだけではない。「中東と北東アジアでも同様に核拡散をとどめ、逆転させるための措置が緊急に必要」である。これら三つの地域では、一部の国が、地域的な安全保障情勢やそれらの国の脅威認識、民族対立などのため、核兵器の保有を強く求めている。核拡散の一つひとつのケースは、その地域により、あるいはそれぞれの国家によって異なるので、それぞれの情勢に合わせ「あつらえ」た解決策を熟慮することが必要である。

 言うまでもないが、核不拡散を強化するためには世界的な努力が必要である。東京フォーラムは、とりわけ国際原子力機関(IAEA)が中心的役割を果たす核分裂性物質の検証と保障の拡大、核輸出規制の強化、それらの透明性の改善などを提言している。

 同様に、ロシアの核兵器解体や核関連物質の管理、関連科学者のあつかいなどにかんしては、ロシアやそのほかの独立国家共同体(CIS)諸国の脅威削減プログラムをさらに促進することが重要である。したがって、核物質や技術、科学者、ひいては核兵器そのものが拡散者の疑惑のある者へと流出するのを防ぐために、脅威削減プログラムは継続され、強化されるべきである。
 1996年に結ばれた包括的核実験禁止条約(CTBT)と、提案されている核分裂性物質製造禁止条約(FMCT)とは、多国間核軍縮・不拡散の課題にかんする二つの問題である。それぞれの措置が他方を補完している。つまり、CTBTが核兵器の開発と質的改良の防止を意図している一方、FMCTは核兵器用分裂性物質の量的増強を抑えることをねらいとしている。CTBTは、可能な限り早期に発効させるべきである。条約を批准していない主要国や、ましては調印さえしていない主要国は積極的措置をとるべきである。条約が発効するまで、核保有国やとりわけ潜在保有国は核実験のモラトリアムを続けなければならない。

 軍縮会議(CD)は今年、FMCTについての小委員会を設けることができなかった。FMCTにかんする交渉が停滞しているひとつの理由は、CDの構成国が、現に貯蔵されている分裂性物質をどのようにあつかうかについて合意していないためである。この問題にかんしては、できるだけ早急な締結が必要であることと、現に貯蔵されている分裂性物質の問題をとりあげることの重要性を考慮し、東京フォーラムは分裂性物質の貯蔵問題を、正規のFMCT交渉と並行し、かつその外で議論することを提言している。

 核軍縮と不拡散を再活性化するためには、これらの問題にかかわる多国間フォーラムを強め、改善する必要がある。もっとも議論を呼んでいる東京フォーラムの提言は、国連安全保障理事会常任理事国の拒否権、コンセンサスルールを含め、軍縮会議で交渉されるべき規則の改定、NPTの常設事務局と協議委員会設置などにかんする提言である。

 報告が最初に発表されたあと、いくつかの重大かつ遺憾なできごとが起こった。ここでは、米国上院がCTBTの批准に失敗したことを、とくにあげておかなければならない。アメリカの拒絶は今後、核軍縮と不拡散に有害な影響をつくり出すかもしれない。情勢は深刻なものと受け止められるべきである。

 東京フォーラムは、報告書採択でその使命を完遂した。フォーラムは、「国際社会が、拡散と核の危険の増大が突きつける挑戦に応えることを呼びかけ」ている。東京フォーラムの結論は、完全核廃絶の究極的目標への新たな取り組みの始まりにすぎない。国際社会、とりわけ核保有国やそのほかの大国、地域的な主要国にとって次のステップは、東京フォーラム報告でなされた現実的かつ具体的な提言を実行に移すことである。提案された視野と行動計画は、これらの否定的動向のためにその有効性を失うべきではない。

ダラーク・マクフィオンバー:このフォーラムで新アジェンダにかんする話をするのは2度目なので、「新」という単語は少々くたびれて聞こえるかもしれない。しかし、そうではないことをお約束したい。最近、国連の第一委員会である政府代表が、「われわれに必要なものは新アジェンダではなく、更新されたアジェンダではないか」と言っていた。そういう定義でもかまわないと思う。しかし、これは、新アジェンダの一体なにが新しいのかをめぐり多分に誤解が存在するのであろうことを示している。

 新アジェンダの新味は、核軍縮の前進の道として概略図形式で打ち出された措置にあるのではない。これらの措置の大部分は新しいものではない。新しく、斬新とも言うべきものは、むしろこれらの措置がとられるべきとわれわれが提案する背景となっている状況である。この状況においてこそ「新」という言葉が妥当性を持つのである。実効項目の最初でわれわれが要求しているのは、新しくかつあいまいさのない、迅速かつ完全な核兵器廃絶へのコミットメント(公約)である。新しい点とは、核保有国がそのようなコミットメントをおこなったことはない、という事実である。彼らがおこなった核兵器の究極廃絶についてのNPT第6条のコミットメントは抱負を表わすものであり、他方、新しい、新規の迅速かつ完全な廃絶へのコミットメントは、それが明確になされるなら、現存するアジェンダへの新しいアプローチを求めるものとなる、ということだ。私は、ここに、「われわれには更新されたアジェンダが必要だ」と述べた政府代表の誤解の源があると思う。彼は新アジェンダの意味を理解していなかったのだろう。

 このイニシアチブの源泉は、軍縮プロセスが停滞していることについて1990年代半ばまでに生じていた認識である。核保有国が1980年代から90年代の初頭におこなったように、削減のペースを力で進めることで、意図が必ずしもこれら兵器の早期廃絶ではなくとも、軍縮は進んだわけである。しかし、東京フォーラムの仲間が提案したように、いかにして核軍縮にたどり着けるかについて抜本的な再評価をおこなわないなら、いまやわれわれは、これら兵器がゆうに次の世紀にも持続するところまできている。新アジェンダ連合に参加する国の閣僚たちが、この取り組みの最初から述べているように、核兵器の保有が無期限の将来にわたって正当であるとする見通しのままで次の千年紀に入るなどということは受け入れ得ないことである。

 われわれにとってはこれが問題の中心だ。現にある核兵器自体が合法的に保有されていることに疑問を呈しているのではない。しかしながら、第6条の約束は、これら兵器の禁止、世界的禁止に帰着するプロセスに入ることを要件としている。
 われわれの言葉でいう協定的アプローチと段階的アプローチのあいだには、つねに軍縮議論上の対立があった。新アジェンダ連合は、最終的には多国間の機関が必要であるが、多国間の一機関あるいは複数の機関を直視する地点にたどりつくために取り組む必要のあるプロセスはすでに存在し、しかも受け入れられているプロセスであるかもしれないことを認めることによって、この溝に橋をかけることを試みた。これらは、CTBT、FMCT、消極的安全保障(NSA)などをめざす多国間による取り組みである。これらすべては、1995年のNPT会議自体の「原則と目標」に含まれている。そして二カ国間レベルでは、戦略核削減交渉(START)プロセス、イギリス、フランス、中国の核保有三カ国の同プロセスへの早期参加、インド、パキスタン、イスラエルによる自国の核能力の兵器化プログラム廃棄などが重要である。

 そしてわれわれは、核抑止力に同意することなく戦略的安定を高めるための一連の暫定措置を提案した。それらは、偶発的ないしその他の核兵器使用を防止するうえで建設的なものである。われわれは、長期にわたって保有されれば、核兵器は意図的にであれ偶発的にであれ使われることになる、というキャンベラ委員会の認識を共有している。

 このイニシアチブは、NPTおよびNPTの再検討プロセスを掘り崩していると非難されてきた。しかし、われわれはそれをはっきりと、力をこめて拒否する。われわれの決議案が、NPT再検討プロセスが果たす中心的役割を強調していることはきわめて明確である。

 われわれは、とくに核軍縮のパラダイムが、核保有国の軍縮の活動から離れ、ますます「ならず者国家」への拡散の可能性の問題にむけられていることを憂慮し、核拡散対抗ドクトリンを憂慮しているのである。これは、核保有5カ国が核兵器廃絶の方向に動くよう求める国際社会のエネルギーを消耗させている。インド、パキスタン、イスラエルによる拡散にたいする一貫性を欠いた対応は、国際社会がNPTを通じて核兵器拒否の普遍的な基準を実現してきたことや、その拒否の結果として国際社会が可能な限り短期間に核兵器をすべて廃絶するという共通の目的に乗り出していることの信頼性をさらに掘り崩すものである。

 われわれは、NPTがごく最近まで、むしろ少数の国しか加盟していない条約であったことを忘れるべきでない。ようやく、イスラエル、パキスタン、インドの核兵器能力を持つ3カ国を除く普遍的な条約になったのである。そして、1995年の無制限延長という大きな成果となり、いまや187の加盟国を有する事実となった。これは、責任のバランスについてのわれわれの理解からすれば、義務を果たすよう核保有国に要求する非核保有国の資格を強めるものである。

 しかし、これは、とくに、安保理事会が多かれ少なかれ有効に対処してきた北朝鮮とイラクという二つの国にかかわる深刻な問題など、条約遵守の問題点を否定するものではない。現実には、「遵守」問題を処理する手段が用意されており、遵守問題は条約の規定に含まれているので、実際に対応はなされてきた。問題はあったが、これらの点に対応する方途もあったのである。

 いまや、NPTには新たな普遍性あるいは擬似的普遍性といえるものが存在し、核兵器能力を持つ国を含め、国連に加盟するすべての非核保有国がNPTに加盟している。彼らは核保有国にたいし新たな資格を持っている。われわれがこのイニシアチブでめざしていることは、その重みを核保有国にたいし効果的に発揮することである。

 新アジェンダ連合には、過去に核兵器オプションを検討したが、それを捨て、新アジェンダ連合に加わりNPTを支持する国々も含まれている。不拡散の境界がある世界において、この意義を過小評価すべきではない。だからわれわれは核保有国にたいし、いわゆる水平不拡散の境界へ焦点をあてることを排除はしないが、むしろ自分自身に焦点をあてるよう約束をとりつけなければならないのである。

 最近の討論では、核軍縮の手段がつくられたその目的、すなわち核保有国自身による核兵器のさらなる拡散の停止を第一義的目的としてつくられた手段にかんし、一部の核保有国でその目的の展望が失われていることに焦点があてられている。CTBTがその例である。CTBTは、核保有国による核兵器のいっそうの質的開発を防ぐための国際社会の要求であった。それは、第一義的には、非核保有国にたいする不拡散の措置ではない。それは核保有国にむけられているものである。だから、NPTの正統なとらえ方が、核保有国が主要な標的であり役者でもあるプロセスの効果から、核保有国そのものを保護するものへと逆用さないよう、注意深くならなければならない。核保有国こそが、二国間であれ複数国間であれ、あるいはCTBTやNPTの場合のように多国間であれ、これらの措置を遂行する義務を負わなければならないのである。

 われわれが今夕第一委員会に提案する新決議案のテキストは、昨年のものときわめて類似している。この一年間議論を重ねてきた多くの国々の懸念を考慮に入れてつくったものであり、われわれの目的について誤解を生まないような、そして、どの加盟国の利益であれ国家安全保障上の利益の侵害を防ぐものとなっている。

ピアス・コーデン:ご承知のことと思うが、この間CTBTにかんして、私個人にとっても、ワシントンの同僚の多くにとっても、あわただしく、困難で、がっかりするような時期であった。この数年間、私自身かなりの時間をCTBTに費やしてきた。

 この数十年のあいだ国際安全保障をめぐる情勢がどうであったか降り返ってみることは重要だと思う。この場でわれわれが焦点をあてていることの多くは、この2年間の情勢である。1971年、私が職業的に軍縮にかかり始めた時期を見ると、いまとくらべ世界はより不安定でより不確かな時もあった。冷戦のあいだ、大気圏実験のあいだ、キューバミサイル危機の際などがまさにそうであった。当時私はワシントンの大学生であったが、キューバにおけるミサイルの存在を伝えるジョン・F・ケネディのラジオ演説をいまもありありと覚えている。1960年代後半から70年代にかけて、さらには80年代に至っても、大陸間弾道弾や戦略潜水艦発射弾道弾のMIRV(多弾頭個別誘導弾道弾)化、主要核大国が何千も核兵器を増やしたことなどによって、世界は今日にくらべてはるかに安全を欠いた、不安定な場所となっていた。

 1980年代、当時承認されていた大量破壊兵器である化学兵器が中東紛争で使われたことも指摘したい。私は、二カ国間の軍縮と、多国間の軍縮との両方で達成された進展についても理解することが重要だと思う。NPTが無期限延長され、核兵器を取得することになっていたかもしれないブラジルやアルゼンチンのような重要な国々や、核爆発装置を取得したことを認めた国、すなわち南アフリカのNPT加盟があった。こうした進展は歓迎すべきものであり、安定に資するものであり、重要なことであった。

 私は物理学者として出発したので、われわれがいかに現在の地点に到達したかを絵に描いたように理解できないか、ものごとをときどき図式的に考えることにしている。1945年を基点に、1999年までをグラフに描き、各国が最初にそれぞれの最初の核装置を爆発させた年、1945、1949、1952、1960、1964、1974、そして1998年を点としておく。そして貯蔵の増加具合を見ると、二つの大きな曲線が現われる。米ソ双方が5万発台という膨大な核能力に達したときである。そして、この下の方には、実際には同じグラフには書き入れることができないのだが、イギリス、フランス、中国、インド、パキスタンがある。これらの国の核兵器数は1,000発以下である。核時代の初め、米ソの核弾頭の数は一路上昇したが、いまはきわめて急な角度で下降している。少なくともそれ以外の国々のうちフランスとイギリスでも、数は同じく下降している。だが中国については疑わしく、さらにきわめて当惑させることとして上昇している国が二つある。インドとバキスタンである。

 アメリカは、兵器数をさらに下降させるため二カ国間プロセスに大きな強調点を置いているように見えよう。兵器数は一万発以下まで下がった。戦術核兵器や貯蔵核兵器も含まなければならないわけだから、私の言っていることはごくあいまいである。われわれもこの点を心配している。一発の核兵器が何をもたらすか、日本の友人をはじめ誰もがそのことをよく知っている。そしてこれら兵器数における量的・質的な不均衡は、核軍縮の取り組みを、けた違いに複雑で困難で長期的な課題にしている。われわれはこの問題を単純に割り切っておこなうことはできない。一歩一歩、一つひとつ、問題ごとに取り組まねばならない。

 では、今日、われわれの前にあるものは何か。NPTの延長、化学兵器条約、生物兵器条約など軍備管理における偉大な成功にもかかわらず、情勢は困難だと思う。私の考えでは、経済開発、社会開発、民主主義の前進、民主主義の後退などの点で、根底にある世界的政治体制は、今日、南アジアにおいて最も困難な状況だが、われわれが軍縮プロセスで達成しようとしている具体的諸目標に必ずしも大きくかかわるような影響はない。しかし、こうした問題は、核、通常兵器、化学・生物兵器の軍縮分野で公式、あるいは非公式の努力を続けることを可能にする状況に非常に大きな影響をおよぼしている。

 すでに言及した困難を例に引くとすれば、CTBTの発効がおそらく一番格好の例だろう。私の国も含め、多くの国々の議会にとって、1980年代以前の二国間の平衡状態から多極化世界への移行に対応することは困難になっている。ダラーク氏が引いたように、CTBTの真の目的を整理すると、私の見方からすればその目的には実際上、二つの面があり、縦型のプロセスと水平のプロセスの両方で拡散に影響をあたえることである。

 しかし、よりやっかいなことに、冷戦中も進行していたことであろうが、ミサイル能力や化学・生物兵器の脅威が浮上しつつある。これらの開発の禁止を意図した多国間体制の存在にもかかわらずである。そして、国際社会がすでに合意した、分裂性物質製造禁止条約、生物・毒物兵器協定の議定書などの、次の措置について交渉を進めるうえでもわれわれは困難に直面している。
 
 よって情勢は入り組んでいる。しかしわれわれは、CTBTについてクリントン大統領も言ったように、基本的な目標と、われわれすべてが遂行することに合意した段階的プロセスを推進するうえで立ちふさがる迂回路を放置すべきでないと思う。

 この会議のタイトルとされている二つの具体的問題である新アジェンダ連合と東京フォーラムの報告について若干話したい。私は、国際社会、とりわけこの決議案を出した新アジェンダ連合の外相たちが、現在の到達点と進展の方途とに我慢できず、懸念をもっていることは理解できることだ。ダラーク氏は遠慮して口には出さなかったが、新しいアジェンダに焦点をあてるよりは、われわれがすべて合意したアジェンダにたいする努力を新たにすることで、現情勢に対応すべきであると論じたのは私の上司のジョン・ホラムである。しかし、これが実際アメリカ合衆国がこの決議案にとっている態度である。

 私の政府が、同意の立場をとらなかった、根底にある前提のいくつかについては、ダラーク氏の言うとおりだ。われわれは、現在の決議案がNPTをあつかうやり方に異議を持っている。とくに、不拡散条約の第6条にたいするアメリカのコミットメントを疑問視しているように見えることに危惧を持っている。しかし、アメリカにかんする限り、第6条へのコミットメントは、究極的核軍縮を進めるためわれわれが必要としているものである。

 われわれはまた、この決議案の、1970年のNPT発効までさかのぼる現行の取り決めをあつかう部分でのNPTの描かれ方に懸念を抱いている。それは、NATO同盟国とアメリカの取り決めにかんしてである。われわれにとってこの問題はきわめて深刻であり、よって、われわれはこの決議を支持できない。われわれは反対する。この決議にはまた、われわれの知る限り、NATOがその全体的な抑止戦略の一部として現在核兵器に依存していることにかんして、最近ワシントンの首脳会議で確認された合意を問題にしているようにみえる部分がある。だから、われわれは、それらの取決めに対する変更の追求を支持する立場にはない。もちろん、時とともに全体のプロセスが動き、最後には核兵器がなくなり、そして、究極的には抑止力も持たなくなる方向に向かうことを認めつつも、である。しかし、当面のあいだは、それはわれわれが受け入れることができる問題ではない。

 私は、ロシアのアプローチにおいて穏やかならない変化がおこってることにだれもが気づいていると思う。これはその根底にある、同じく穏やかならず、対応を必要とする社会的変化にもとづいている。ロシア連邦は、自国の防衛戦略において戦術核兵器への依存と、場合によっては核兵器の第一撃使用への依存度を高めることを発表した。

 東京フォーラム報告にかかわる二、三の問題についても述べておきたい。たとえタイミングや順序について不一致があるにせよ、具体的行動をとることの重要性にかんしては、私の前に二人の発言者が提起した点を強調するものである。交渉された合意があり、その実施を追求しているときそれを最後までやりきることが最も重要である。
 CTBTが格好の例である。私はアメリカがこの点でかかえている問題点を認めている。私は、ここにおられるCTBT交渉の中心となった政府代表団や各国から来た何人かの人々とともに交渉に参加した。調印から3年たったいまもなお、条約の発効に必要な44カ国のうち18カ国が批准していない。そこには10年も20年も30年も一貫してCTBTを要求してきた非同盟運動の参加国や非核兵器国、NPTの参加国も含まれている。その中には、たぶん明日にでもとりかかるさ、と言う国々もある。これは正しくない。われわれすべてがひとつになれば、こうした政府は、自分たちがおこなっていることを真剣に受け止めるざるをえなくなる。44カ国中18カ国も批准すべき国があるか、それとも8ないし10カ国なのかのあいだには大きな違いがある。このうちの8、9、10カ国がすぐに批准できないのか私には理解できない。核保有国でさえも、たとえば中国がそうだ。この条約を批准して中国は何を失うことになると言うのだろう。 44カ国が批准するまで条約は発効しないのである。だとすればなぜ中国は批准しないのか。中国代表団に尋ねてみてはどうだろう。

 分裂性物質製造のモラトリアムについても同じことが言える。自分たちがどれだけ貯蔵しているかを認識し、もはや核分裂性物質を製造していないのだから、ここではアメリカは善玉である。ベクトルは正しい方向、すなわち下方に向いているのである。分裂性物質の製造についてモラトリアムを実現できないものかどうか見てみようではないか。これは、他の人々がすでに述べたように、きわめて具体的な措置である。

 同じことがジュネーブ軍縮会議(CD)にも言える。CDに真剣に取り組もうではないか。われわれは最近、軍縮会議の構成国を66カ国に増やす措置をとった。われわれの代表団はマクフィオンバイア氏の代表団を歓迎して軍縮会議に受け入れた。しかし、この機関とその前身の組識に27年間かかわってきた私としては、こう言わなければならない。各国が、コンセンサスがある問題について、テーブルにつき、分裂性物質製造禁止条約の交渉で真剣な取り組み開始できないというのは、きわめてみっともないことである。

 東京フォーラムの報告にかんして言えば、この研究には推奨すべき点がたくさんある。たいへん包括的な報告だ。キャンベラ委員会の更新ということでは、この報告にはこの2年間に事態がいかに急速に変化したかが反映されている。このフォーラムの勧告にかんしては、他の地域で、各国が具体的になにをすべきかを言う立場に私はない。しかしひとつの具体的勧告について私は関心をもって注目した。それは、インドと中国が、500 kmから3,500 kmの射程をもつミサイルにかんして、中距離核戦力条約(INF条約)に存在している自制を採用すべきだというものである。

 少なくとも現時点では、私の政府にはまだ支持できない勧告が多数ある。NPTに常設事務局をつくるという勧告には疑問がある。われわれは、旧ソ連に数十億ドルの資金を提供している脅威削減プロセスにたいするG7諸国による大幅な支援強化を歓迎する。二カ国間プロセスにかんしては、量的な削減幅についてわれわれが議論したい一連の勧告もある。たとえば、いま、どちらの側も1,000発まで弾頭数を減らし得るのかとか、警戒態勢にかんする勧告のいくつか、また、新アジェンダ連合とのあいだにある別の問題などである。

 軍縮会議(CD)にかんしては、問題はあるが、私はCDのコンセンサスのルールを捨てることについては若干異議がある。しかし、東京フォーラム報告の作成者たちがおこなった努力には敬意を表する。まだ報告を読んでいないなら一読をお勧めする。それが更新されたものであれ新しいものと説明されているものであれ、さまざまなコメンテーターがそれらの問題でかんして述べた意見を考慮すれば、われわれのアジェンダを進めるために、それは重要な出発点である。 

アラン・ウェア: まず、ウェールズの炭坑で使用されるこのカンテラの紹介から始めたい。これは、昨夜ニューヨークに届けられたもので、闇に光明を見出すための国際的取り組みの一端として、戦争から平和へ、軍備から軍縮への転換を呼びかけながら、平和の火をともして何千マイルも世界中をめぐってきた。中堅国イニシアチブは、各国政府、とくにわれわれが「中堅」国の影響力を持つ政府とともに、核保有国が核軍縮の方向に動くようはたらきかけをおこっているが、この火は、そうした中堅国イニシアチブの活動をよく表わしたシンボルである。

 核兵器の廃絶にむけた「新しいアジェンダ(課題)」を採用した諸国政府の活動の一部を概説されたダラーク・マクフィオンバイア氏につづいて発言できることをうれしく思う。私たちは、この「新しい課題」を呼びかけた諸政府と緊密に共同できること、また、世界中のたくさんの市民団体や非政府組織の協力を得ていることを光栄に思う。また、これら、軍縮の課題が意味するものにかんして、ピアス・コーデン氏につづいて発言できる機会をえられたことをうれしく思う。

 ピアス・コーデン氏が概括した図式を見れば、事は妥当な方向に動いているとして、安心した気持ちになるかもしれない。核兵器の数は減少しており、軍縮のための新しいあるいは改訂された課題など必要ない。われわれは、現在進行中の、核保有国が先導する軌道をただ従っていけばよいのだ、と。

 私もそれが真実であって欲しいと思う。アメリカが包括的核実験禁止条約の批准に失敗したのも、ちょっとした不都合ないし軍縮に向かう途中の回り道にすぎないものであればよいと思う。しかし、残念ながら、マクフィオンバイア氏が述べられたとおり、中心的な核保有国が推進しているのは、本当に軍縮の課題ではなくて、むしろ不拡散の課題でしかないという点に同意せざるを得ない。数的削減は実際上限られたものである。主要核保有国は、核兵器ゼロをめざして努力する約束などいっさいしておらず、数百発程度への核兵器の削減さえも約束していない。同時に、これらの国は核兵器の先制攻撃政策を維持している。依然として、核兵器の研究、設計、実験を続けている。国連総会での交渉の呼びかけにせよ、不拡散条約再検討過程にせよ、ジュネーブ軍縮会議での核軍縮交渉を始めるための小委員会設置の呼びかけにせよ、核軍縮交渉には反対している。

 昨年の討論会で、私は、まるで核保有国は、故障したポンコツ車に乗って、ハンドルもなく、最終目的地にどうたどりつくかの計画もないまま旅しているようなものだ、と述べた。昨年は、少々寛容すぎたのかもしれない。宇宙の軍事化にかんする討論を聞いてから私は、主要核保有国は、新兵器システムを構築するまでの時間稼ぎをしているのではないか、と考えるようになった。私はこれに非常な危惧を抱いている。新しい、あるいは新たにされた核軍縮の課題が絶対的に必要だと感じるのである。なぜ私たちはこれを問題にすべきなのだろうか。

 国際司法裁判所の公聴会において、エジプト代表が、古いアラブの予言かことわざを引用したことを思い出す。二頭の象があらそうとき、ふみつぶされるのは草のなかのアリだ、というものだった。核兵器が使用されれば、犠牲になるのは罪のない人々だ。核兵器は無差別兵器である。核兵器の殺傷力は民間人、生き物、環境を破壊する。したがって、みんながこの問題にかかわる責任がある。国際司法裁判所の判決のまとめで、ベジャウィ裁判長は、核軍縮の努力は、核を持つものだけでなくすべての者の責任である、と述べた。

 では、今なぜ中堅国なのか? 私が若いころ好きだった映画のひとつに、ピーター・セラーズの映画があった。それは、狂気の核戦略を煽ることを描いたストレンジラブ博士の映画ではなく、それにたいする解毒剤としてつくられた「吠えたネズミ」という題の映画であった。小国が、核保有国を交渉の場に集め、核軍縮交渉をおこなわせる、という夢のような作品である。すばらしく楽観的で、おそらくまったく非現実的なテーマである。だが、ものごとを非現実的とする考え方は、実際には誤った見方である。月に行くのは非現実的だと思われていたが実現した。だから私は、この映画を将来起こることの予言のようなものとしてとらえていた。実際、いまひと握りの中堅国が、核保有国に、不拡散の役割だけを追求するのでなく核軍縮を達成するための誓約をさせようと、力をこめて働きかけている。

 中堅国イニシアチブというのは、中堅諸国が核保有国と関わりをもち、核保有国の努力を支援するよう呼びかけるために集まった非政府組織(NGO)の集団である。私たちは、軍縮をめざす良い提案が多く出されているが、これらの提案は、核保有国を聞く気にさせるメッセンジャーを必要としていると考えた。NGOにとって、核保有国の政策決定者に聞く耳を持たせるのは至難の業である。不可能ではないが難しい。もし私たちと同じようなことを呼びかけている政府と共同できれば、私たちの活動はより効果的になる。そのような国家は、核保有国にたいして影響力を持つ国家である必要があるが、核保有国に計画を操られないためには、ある程度の独立性を有する必要がある。また、核保有国の圧力に屈しないだけの力を持つ必要もある。

 これは困難な仕事だが、私たちは、結束したある一群の国家、つまりブラジル、エジプト、アイルランド、メキシコ、ニュージーランド、スウェーデン、南アフリカが、この種の国家にたいへん近い集団だと考えている。これらの国は、核保有国からは独立した計画を維持しながら、核保有国と関わりを持つのに必要な緊密さも有している。だからこそ、中堅国イニシアチブは、新アジェンダ連合に大きな支援を送っているのである。

 中堅国イニシアチブは何に取り組んでいるのだろうか?もちろん中堅国イニシアチブのみでなく他の団体や個人も取り組んでいるのだが。中堅国イニシアチブは、この一団となった諸国家による声明「新アジェンダ」のアプローチを含め、核軍縮のために、なぜこのような新しい課題、あるいは刷新された課題が必要なのかを説いた本を発行した。私たちは、多くの国、とりわけ、まだ新アジェンダを支持していないが、支持を得るのが重要な国の首都に代表を送ってきた。これには、核保有国の同盟国であるオーストラリア、日本、NATO諸国が含まれる。マクフィオンバー氏がふれたとおり、同決議案で得た成功のひとつは、多くの核保有国の同盟諸国に関心を示させ、また彼らが反対しなかったことである。今年私たちが期待しているのは、これらの諸国がこの決議案を支持することである。

 加えて、中堅国イニシアチブは、国連決議を支持する草の根の組織を活性化させ、国会議員を、個人、あるいは「核軍縮のための国会議員ネットワーク」という「地球規模の行動のための国会議員連合(PGA)」との関係でつくられつつある新しいグループの一員として活発化させた。

 われわれ、中堅国イニシアチブの軍縮プログラムは、新アジェンダのものと近いが、同じではない。その違いはわずかである。相違点のひとつは、中堅国イニシアチブは、核軍縮の最終目標について、核兵器の完全廃絶に必要な点についてためらわずに議論することである。そして中堅国イニシアチブは、核兵器禁止条約を支持してきた。この条約にかんしては別の国連決議案が出されている。すべての面において核軍縮につながる交渉を誠実に追求し、完結させる責任があるとした国際司法裁判所の決定を後追いしている国連決議がそれである。核軍縮にすべての面で取り組むのであれば、それをすべて結びつける合意された何らかの形の条約が必要となる。新アジェンダは、それにたいへん近いものだ。同決議案は合意について述べており、私たちは、新アジェンダ連合のアプローチに反対はしないが、われわれには、非政府組織として、最終目標とは何か。それが核兵器禁止条約であることについて、もう少し公然と率直に話題にする自由があると思う。

 先ほど私は、核保有国は、故障したポンコツ車に乗って、ハンドルもなく最終目的地に行くまでの計画もなしに旅しているようだとの比喩を用いた。新アジェンダ計画はハンドルを提供するものだ。核兵器禁止条約は、目的地までの地図であり、政府と市民社会の共同は、目的地に到着するためのエンジンと燃料になるだろう。私たちはみな、この目標達成のために共同する必要があると思う。現在、コスタリカの提案で国連で配布されている核兵器禁止条約のモデル案は、この目標がたんなる理想でなく、実際的で到達可能なものだということを示している。核兵器禁止条約モデル案は、国連文書として、あるいは「安全保障と生存」と題された私たちが作成した本で誰でも入手できる。いまや核保有国にとって、核軍縮の道から外れ、不拡散という途方もないリスクをつくり出すわき道に逸れていることに言い訳の余地はない。キャンベラ委員会が述べたように、核保有国がそのような道をたどり、核兵器を無期限に保有する限り、核兵器使用の可能性を防止する方法は何もない。

 私は、私たちが核軍縮を達成できると確信している。そのための道理と理由的根拠が私たちにはあると信じている。国際司法裁判所は、核兵器の威嚇もしくは使用は違法であり、核軍縮の過程を完結させる責務があると述べているのだから、法は私たちに味方している。実質的措置も提示されている。必要なのは政治的意思だけだ。だからこそ、私たちは諸国政府の支援を受けて共同し、核保有国がその責務を誠意を持って果たすよう、そしてどこかの時点で考慮するといった誓約ではなく、核軍縮を達成するという誓約をもって21世紀を迎えられるよう、核保有国に働きかけるべきなのである。  

ジャクリーン・カバソ: 私の発言の主題は東京フォーラムであり、その枠で話すつもりだが、話を進めるにしたがって、コーデン氏の発言にいくらか反論せざるを得ない。ご紹介いただいたとおり、私は、1998年8月、東京フォーラムの第一部の前日に東京で開かれた「いまこそ核兵器廃絶を、緊急行動市民会議」の発言者をつとめた。同フォーラムにむけた準備の中で、いくつか興味深いNGOの活動や、準備に参加しなかったNGOからの貢献もあった。私の東京フォーラム報告にたいする批評をする上で役立つので、まずはその紹介から始めたい。

 8月25日、市民会議の数日前に、東京フォーラムを歓迎しながらもかなり鋭い問題提起をいくつかおこなった手紙が、国際NGOから日本の外務大臣あてに送られた。この手紙には、ほとんどが廃絶2000ネットワークと協力関係にある、日本を含む世界の約68の非政府組織が署名していた。その特徴的な点を読み上げたい。
 「世界中でNGOとして核軍縮に取り組む私たちは、この重要なイニシアチブを心から歓迎し、感謝する。…日本政府は、人類は核兵器のない世界へのはっきりした方向づけをおこなわないまま次世紀に突入しようという時勢やたいへん危険な見地に挑戦し、変化をもたらすため、決定的な指導力を発揮するべきである。

 そのような核兵器のない世界を望むうえで、われわれは、率直に、日本の過去における核軍縮政策の弱さを指摘せざるを得ない。われわれは、日本の市民の強い反核の意識と日本の官僚が見せる核軍縮交渉と議論における消極的な政策とのあまりに鋭い断絶に衝撃を受けている。最も衝撃的な例は、日本政府が国際司法裁判所における核兵器の使用または使用の威嚇の適法性にかんする広島・長崎市長の証言に賛同しなかったことである。これらの証言は、1996年7月8日に出された歴史的な勧告的意見に重大な貢献を果たすものだった。

 アメリカの核の傘に庇護を求めるという日本の政策は、核軍縮支持の日本の立場を脆弱にする以上に、偽善へと変えるものである。日本が、自国の安全保障のために核の傘が必要との考えをとり入れるなら、確かにインドのような他の諸国も同じ目的で核軍備を保有することになろう。

 この歴史的に重大なときを迎えるにあたり、日本は、戦争で唯一核爆撃によって犠牲を強いられ破壊を被った国として、人類にたいする特別な責任を負っている。ゆえに、私たちは、日本がこの問題において大胆な指導力を発揮し、以下の措置を来たる会議でとられるよう要請する。

 1)日本は、核兵器が安全保障をもたらすという誤った考え方から完全に脱するべきである。日本は、核の傘から抜け出し、日本と朝鮮半島を含む北東アジア非核地帯の設置を開始しなければならない。そうすることで、日本は消極的安全保障を周辺の核保有諸国から得られるであろう。
 2)日本は、1998年6月9日に核廃絶に向けた共同の決意を表明した「新アジェンダ連合」8カ国への支持を表明するべきである。また日本は、核軍縮のための地球規模での取り組みを率いるため、同じような考えを持つ諸国やNGOと、これより強力な連合を創立することもできるだろう。
 3)日本は、核兵器の早期の廃絶にむけて無条件の誓約を核保有国に求め、核兵器を地球規模で禁止する条約につながる交渉をただちに開始するよう求めることを決める緊急行動についての会議を推進するために指導力を発揮するべきである。」

 これが、日本のNGOと国際NGOによる当初の提案であった。会議そのもので私は、日本人でない唯一の参加者という興味深い体験をした。私は、地球規模の核廃絶にNGOと市民が果たす役割と日本とアメリカが核廃絶に果たす役割にかんするパネルディスカッションの特別報告者だった。日本のNGO会議としてはじめて、日本の外務省からの代表参加を得た。森野泰成氏が、個人的見解としながら、日本の核政策についていくつかコメントしたが、とくに、すべて日本人である参加者にあたえた影響という意味で、最も興味深いものだった。核政策を説明する中で彼はこう述べた。「NPTの維持が前提だ。インドとパキスタンの実験は、NPTを大きく脅かすものだ。核保有国は5つしかないが、これが世界平和に大きく貢献している。核兵器を持とうとする国がさらに増えれば、この状況はさらに不安定になる。日本は、自国の国家安全保障をアメリカの核抑止力に頼っている。核の傘から抜けることが、このNGOフォーラムのみなさんの意見のようだが、日本の安全保障は真にそれで守られるのだろうか。私たちはそれに確信が持てない。私たちは、日本国民の安寧に責任がある。抑止力は重要な要素だ。」

 パネリストの間でもいくつかやりとりがあった。森野氏は、「カバソさんは、たいへん率直なメッセージをあたえてくれた。それにもとづいて、私たちは日本の安全保障について話をしている。日本は、基本的にアメリカの安全保障政策を支持している。アメリカの核軍備は、きわめて多量の核兵器を抱えている。アメリカの立場は、アメリカが数を減らすには、ロシアが減らさなければならないというものだ。私たちは、両者に進展が見られることを希望している。アメリカとロシアが減らせば、他の核保有国も同調するだろう」と述べた。

 そして、参加者からの質問に答え、森野氏はこう述べた。「核兵器が倫理的に正しいかそうでないかを言うことは難しい」。日本の参加者にとって、これがたいへん衝撃的な発言であったことは想像に固くないだろう。日本のNGOの多くは、明らかに政府の核政策を知らなかったのだ。とくに被爆者はショックを受けていた。そして森野氏はこう言った。「私は、日本政府が現状において核兵器の製造中止と不使用を支持できるかどうか確信が持てない。先制攻撃は核抑止戦略の一部であり得るし、私たちは先制攻撃政策を支持する必要がある」。

 その場には、広範な日本のNGO団体が出席していた。私は、今日の発言を準備するにあたり、日本の主要な反核団体である日本YMCAの会長が歓迎のあいさつを述べたことを思い起こした。こういうことが他のところでも起こって欲しいと思う。

 私は、NGOには、政府から分離し、距離を置いたはっきりした主体性を維持することが非常に重要だと確信する。NGOと関係を持つことには、多くの利点があると思う。NGOとしての私たちは、いかなる国の政府とも提携していない。私たちは、官僚的な縄張りに制約されない。私たちの視点は、当面の「現実」に制限されない。私たちは、他の国や政党と妥協する必要もない。実際、いくらかの団体はこのことを時折忘れるようだが、私たちは、そういう立場にはない。私たちには、自分たちが本当に信じることを発言し、本当に欲することを要求する自由がある。私は、マハトマガンジーが述べたように、「権力に真実を語る」ことがNGOの役割であり責任だと確信している。政府に彼らの行動の責任をとらせるのは私たちの責務である。

 日本のNGOに話す中で、私はこう述べた。「野球の比喩を使えば、いまこそ日本が『本塁に向かって進む』ときだ。日本は、核兵器が地域的安全保障を提供するという考えを放棄し、日本と朝鮮半島を含む北東アジア非核地帯の創設に着手すべきだ。日本は、先の8カ国によるイニシアチブを支持するべきであり、むしろ同じような考えを持つ国家やNGOと協力して、核軍縮のための地球規模の取り組みの先頭に立つ、より強力な連合に取り組むよう求められている。そして日本は、来たる『緊急行動にかんする会議』を、核保有国に早期に核兵器を廃絶すると明白に誓約させ、核兵器禁止条約に即時につながる交渉を開始させるための圧力をかける場として利用するべきだ。

 これらの目標を実現するために、日本のNGOが果たすべき役割は重要だ。NGOは、政府官僚との対話の機会を最大限に増やし、その声を『緊急行動にかんする会議』の一連の計画に反映させなければならない」。そして、私は、彼らに呼びかけた。「あなたがたはどれだけ大声で叫ぶことができるか」。彼らが叫び返した声はきわめて大きいものだった。 

 午後の部で私はこう述べた。アメリカ人として、「私は自分の政府に次のように話している。私たちは、国際社会とみずからの子どもたちにたいし、8カ国イニシアチブから投げかけた挑戦を受けなければならない責務を負っている。アメリカには、将来の核兵器政策について正直な議論をこれ以上回避する余裕はない。議員たちも、徹底的に審議され正当とされたものでもない政治的なとり引きを額面通りに受け入れることで、みずからの責任を逃れることはできない」。われわれは、最近のCTBTの採決でも、これが現実のものとして起こったことを目のあたりにした。

 「南アジアの危機における最も重要で効果的な対応は、世界で最初かつ最大の核保有国であるアメリカが、これ以上遅滞することなく、NPTにもとづく法的責務である地球規模での核廃絶交渉を開始することだ。これには、まさに意図的あるいは偶発的な核発射のきわめて現実的な危険を減らすための緊急措置が伴わなければならない。核兵器を「一触即発」の警戒態勢から解除し、配備から外すべきだ。核弾頭は運搬手段から分離されるべきだ。そして上院議会によるCTBTの批准は、核兵器備蓄管理計画の条件にあわせてでなく、核軍縮と結びつけておこなうべきだ。そもそも備蓄管理計画は、地下核実験禁止によって核軍縮が起こらないようにすることを意図したものなのだ。そうしてはじめて、アメリカは、インドとパキスタンにたいして核兵器を警戒態勢においたり配備したりしないよう説得することができるのである。アメリカ政府は、「核兵器はアメリカの国家安全保障政策のかなめ石」と言いながら、他国には、核兵器は国の安全を低下させるなどと決めつけることはできない。

 東京フォーラムの第一部の翌日、私は奇妙な体験をした。日本外務省の森野氏から、政策説明を受ける機会をあたえられ、何人かの日本の仲間とともに外務省を訪れた。彼らは、私とともに入ることを許されなかった。一名のみ通訳のために入れただけだったので、私が記録係となり、日本のNGOたちに報告しなければならなくなったが、これはこれで面白いとも思った。ほんの二つの点だけ述べると、森野氏はたいへん一般的な言い方で、何が起こったのかを簡潔に説明してくれた。彼は、会議の名称が「核不拡散・核軍縮のための緊急行動会議」から「核不拡散・核軍縮にかんする東京フォーラム」に変更されたと教えてくれることから始めたが、それは、どういう結論になるかを知るうえでたいへん重要な手がかりをあたえてくれるものであった。それから、彼は、出席者が誰かを教えてくれた。18人の著名な外交官と日本政府が選んだ16カ国からの学者、それにNGOからの会議組織者2名である。

 私は、会議の名前が変更された理由を尋ねた。彼は、「核不拡散と軍縮のための緊急行動会議」は外国人には理解し難しく、「それで変更されたのだ」と言った。私は、次の会議が市民やNGOに公開されているのかを尋ねた。それは、日本のNGOの要求のひとつでもあった。彼は「いや、出席者に自由な討論を促すことが重要だ」と言った。出席者は、NGOであっても公職についた経歴をもつ者だ、とのことだった。彼らは、政府に近い元外交官であり、元軍将校だった。私は、「最終報告には何が盛りこまれるのか」と聞いた。彼は、最終報告には、いくつかのできるだけ具体的な提言がもりこまれるだろう、と言った。私は、最初の会議で提出される文書はあるか、と聞いた。彼はイエスと言った。「コピーをもらえるか」、「ダメ」。「最終報告を受けとるのは誰か」、「世界に提供される」。

 出席者リストを見ると、公認核保有5カ国すべてに加え、インド人とパキスタン人がいたが、イスラエル人はいなかった。それでも、エジプト人の出席者はいた。それで、私は、イスラエルからの参加者がないのはなぜかと尋ねた。森野氏は、「地域的に焦点をあてたくない」と言った。次に私は尋ねた。「なぜエジプトの参加者がいるのか」。彼は「世界各地からの参加が欲しかったからだ」と言った。

 NGO会議の主催者と参加者は、会議の後でいくつかの提言をおこなった。主要な部分を読み上げたい。「日本政府が提案した『核不拡散と軍縮のための緊急行動会議』は、出席者が不拡散体制の維持に主要な関心をむけるフォーラムでなく、核兵器廃絶への明確な道を示すことに関心の大部分を向けるフォーラムとされるべきである」。

 残念ながら、最終報告書は、日本のNGOが提起したどの問題も顧みないものであった。おそらく、東京フォーラム報告で一番がっかりする点は、独特の立場、歴史、地理的条件にもとづいた日本の核兵器廃絶を進める役割もしくは潜在的な役割についてもまったくふれられていないことだ。フォーラム報告は、多くの問題にふれた長い報告である。二、三分で批評できるようなものではないので主な欠点のみとりあげてみよう。

 まず、同報告は日本のNGOの意見を無視した。不拡散を誇張する一方、不拡散の目的を達成するうえでの軍縮の第一義的な重要性を過小評価した。インド、パキスタン、イスラエル、中国、ロシアは名指しで強く批判しながら、アメリカ、イギリス、フランスはあまりに軽く見逃している。日本がアメリカの核の傘から抜け出して指導力を発揮する潜在的可能性にさえ言及していない。東京フォーラムは、冷戦以降、世界の核保有国の国家安全保障政策において核兵器が中心的役割を果たすとの再確認がなされており、それに付随して核兵器の基盤づくりに投資がおこなわれていることさえ見逃している。こうした動きを、他の核兵器保有国は真似をし、非核国は詳細に研究している。

 数的な問題だけではない。今日、核武装したアメリカのトライデント原潜は、冷戦時と変わらぬ頻度で世界の海を巡察し、世界中の目標を瞬時に攻撃できる構えをとっている。現在、8〜11隻のオハイオ級潜水艦が巡航しており、それぞれが、発射台1台につき24基のミサイル、合計192基の核弾頭搭載ミサイルを積載している。24基のミサイルは、すべて1分以内に発射可能だ。どの瞬間をとっても1500〜2100発のアメリカのトライデント核弾頭が配備されているのだ。そして、トライデント核弾頭の性能向上または交換のため、われわれが把握しているだけでも4つの計画が存在している。
 冷戦の終結以来、アメリカは、リビア、北朝鮮、イラクにたいし核兵器を使用すると秘密裏に威嚇してきた。今年、アメリカは冷戦時の平均以上に、核兵器の開発、実験、生産に支出する予定だ。そして1997年12月、クリントン大統領は、大統領決定指令60号に署名し、核兵器が、予見し得る将来にわたってアメリカの国家安全保障政策のかなめ石であることを確認し、大量報復の脅迫を再確認し、また伝えられるところでは生物・化学兵器の使用を抑止するための核兵器使用を企図している。これが、ダラーク氏がふれた拡散対抗計画である。

 この1997年の大統領決定指令は、1995年に核不拡散条約が無期限延長されたさいの基礎にたいする拒絶を意味している。なぜならそれは、第6条の両方の規定、つまり軍備競争停止の要件と核兵器廃絶を誠実に交渉するという要件の両方を侵害しているからである。そして、詳細にふれている時間はないが、アメリカの兵器体系を向上させる計画については、CTBT批准をめぐる上院議会の討論の中で、とりわけ研究所の所長などの証言によって、この2週間のあいだにすっかり世界に明らかにされた。

 東京フォーラムは、NPT体制が崩れつつあることに懸念を表明し、核戦力の撤去もしくは削減を含む同条約の中心的な取り引きの再確認を呼びかけている。また、包括的核実験禁止条約の主要国による早期の批准を呼びかけているが、核兵器貯蔵備蓄計画を通してアメリカや他の諸国で現在進行中の核兵器の能力向上についてはふれられてもいない。これらの計画は、人々に知ってもらうことがたいへん重要なので強調したいのだが、地下核実験をハイテク研究所内実験とスーパーコンピューターで置き換え、CTBTの結果として核軍縮が進むことのないよう、また強固かつ迅速な再生産計画により、いかなる核戦力の削減も全面的に回復できるようにするものである。  

 結論として、東京フォーラムは、核抑止ドクトリンに根本的に挑戦することができなかった。私が個人的に困惑したのは、1996年のキャンベラ委員会の報告について、古くなったと数度にわたってふれていることである。しかし、私はキャンベラ委員会報告を正しいものと確信している。同報告は、「いかなる国によるものであれ、核保有は他の諸国たいする核兵器取得への不断の刺激剤になる」と記し、抑止についても述べている。そこにはこうある。「核兵器について唯一残された明白な軍事利用の方法とは、他国による核使用を抑止することである。この用途は、核兵器が存在しつづけることを意味している。しかし、この用途は核兵器が廃絶されれば完全に消え去るものである」。 

〔質疑応答―略〕



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