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米国防総省文書

拡散:脅威と対応

(抄訳)

    (1997年11月25日発表)   

国防長官のメッセージ
第一部:地域拡散の挑戦
     地域拡散の挑戦       
     北東アジア       
     南アジア       
     中東と北アフリカ       
     ロシア・ウクライナ・カザフスタン・ベラルーシ      
     <一国の利害を超えた脅威(略)>    
<第二部:国防総省の対応(略)>   
<専門用語解説、課題図書紹介、用語解説、グラフと表(略)>


国防長官のメッセージ
 
 古代、ギリシャの都市国家は、ヤニや硫黄の毒煙で敵を攻撃した。同様に、中国の武人たちは、敵にたいして砒素の混じった煙幕を流した。中世には、包囲した都市にたいする戦争の武器として病気が使われた。第一次世界戦争で、アメリカの歩兵は、焦がすようなマスタードガスの悪臭を浴びた。この10年、イラクは、イランと自国の国民にたいして化学兵器を使用した。技術が進歩し、国境が透過的で世界が狭くなったもとで、大量の疾病と死、破壊などを引き起こす能力は、今日はるかに大規模なものとなっている。ビン一本の化学物質、伝染病を引き起こす一群のバクテリア、あるいは原始的な核爆弾を手にした狂人がたった一人で、あるいは狂信者の一団がたった一度悪意ある行動に出るだけで何万もの人々を脅し、あるいは殺すことができるのである。
 
 これらは、遠い未来の、あるいは無理にこじつけたシナリオではない。それらは現実のシナリオであり、この場でいま起こりうるものである。大量破壊兵器はすでに、新たな所有者たちの手に広がっている。次の千年が近づくにつれ、アメリカ合衆国が次のような状況、すなわち、地域的な侵略者や三流の軍隊、テロリストグループ、はては宗派集団などが、配備されているわれわれの部隊やわが国の国民にたいして核兵器、生物兵器あるいは化学兵器を使用し、あるいは使用脅迫をおこなうことによってさえ、不釣り合いに大きな力を行使するような状況に直面する見通しはいっそう高まっている。
 
 アメリカの軍事的優位は、この脅威からわれわれを完全に守るものではない。実際、新たな戦略的環境のもと、逆説的だが、アメリカの軍事的優位が、われわれにたいして非対称的挑戦をおこなう動機を敵に与え、核・生物・化学兵器による攻撃の脅威を現実に増大させている。これらの兵器はアメリカ国民にたいするテロの道具として使われるかもしれない。交戦のなかで、これらの兵器は空軍基地や港など、アメリカと同盟諸国の脆弱な部分にたいして使われるかもしれない。それらはまた、戦場でアメリカの優位に対抗し、圧倒的に優位なアメリカの通常戦力と戦力投入能力とを無力化するために、あるいは、紛争へのアメリカの介入を抑止するために使われるかもしれない。
 
 これらの兵器は国際安全保障にたいして重大かつ緊急な脅威をあたえる。1997年5月の「四年毎国防計画見直し報告 (Report of the Quadrennial Defense Review)」は、アメリカの立案者が、化学・生物兵器の使用が「将来の交戦の有力な条件となる」こと、さらに、これらの兵器や核兵器が、「アメリカの作戦や兵たんを撹乱するために紛争の早い段階で」使われる可能性が高いことなどを想定しなければならない、と結論づけている。

 この脅威にたいして、ひとつだけで間に合う防衛手段はない。それは、慢性疾患にたいするのと同じように扱われなければならない。われわれは最初の合図や兆候に常時、油断なく注意し、無数の対応方法を用いる用意と能力を備えていなければならない。
拡散対抗構想によって、国防総省は、これらの兵器の入手、製造、保持を防止する政府をあげての努力に貢献している。この構想は、これらの兵器やそれと結びついた運搬手段で脅迫し、あるいは使用する敵に打ち勝つよう、友好・同盟諸国と連合して、米軍の装備を整え、訓練し、準備させるものである。

 この、新版「拡散:脅威と対応」は、地球的な拡散の本質に関する情報を最新のものとし、アメリカ国民と軍、同盟国にたいするこの増大する脅威に対抗するために国防総省が遂行している政策と計画を説明するものである。

ウイリアム・S・コーエン
 
 

第一部:地域拡散の挑戦

地域拡散の挑戦

 1997年5月の「4年毎国防見直し報告(QDR)」は、核・生物・化学(NBC)兵器の脅威あるいは使用は、将来の戦争で起こりうる条件であり、アメリカの作戦兵站活動を破壊するために戦争の早期段階で起こる可能性があると結論づけた。これらの兵器は、弾道ミサイル、巡航ミサイル、航空機、特殊作戦部隊その他の方法で運搬できる。アメリカが戦力を配備する可能性のある世界各地の多くの地域(北東アジアや中東を含む)は、潜在的敵国が化学兵器・生物兵器、そしてそれらを運搬するためのミサイルシステムを保有しており、積極的に核兵器を手に入れようとしている。潜在的敵国は、NBC兵器を含む、より安価で手に入れやすい、不釣り合いな手段を使って、アメリカの通常戦力優位に対抗しようとするかもしれない。この挑戦と、NBC兵器がより小規模の緊急事態のなかで使用されるかもしれない可能性とに立ち向かうために、米軍戦力は、NBC兵器攻撃に直面した際に効果的かつ決定的に機能できるよう、適切に訓練され装備を整えなければならない。この報告の最初の部分は、NBC兵器の拡散状況と、それがアメリカの利益と戦力にたいしてもたらしている脅威について詳述するものである。

北東アジア

目的と関心
 北東アジアの戦略的重要性は増大しつづけている。アメリカがアジア同盟諸国と友好国とむすぶ関係は、安全保障から経済、文化、政治分野にまでおよぶ。アメリカが、北東アジアにおいて長期間にわたり交わしている同盟と安全保障関係の重要性は、この地域が過去十年間経験した他に例を見ない経済成長によりさらに裏付けられている。経済関係のひきつづく繁栄のためには、北東アジアの安全と安定は不可欠である。
 
 政治の自由化と市場優先経済への改革など、最近積極的な流れが見られる一方で、冷戦の遺産や、朝鮮半島の分断、中国‐台湾紛争といった数多くの領土紛争がいまだこの地域の重荷となっている。南シナ海の領土をめぐっては、複数の国が自国領土の権利を主張し、ひきつづき多くの北東アジア諸国を巻き込みかねない紛争の火種となっている。これに加え、北東アジアの多くの政権が直面している政権交代により、今後、地域的な安定にとって予測し得ない事態がおこると考えられる。
 
 アメリカは、今後もこの地域の安定と経済的繁栄を追求する。とりわけ日本と韓国といった友好国、同盟国との強固な2カ国関係は、地域の安定性の促進にむけてアメリカがおこなう努力の土台である。この目標の中心を成すのは、アメリカの同盟国の安全を保障し、侵略を抑止し、安定性を向上させる、北東アジア地域に駐留する約10万人の陸軍兵士、海軍兵士、海兵隊員、空軍兵士である。アメリカの北東アジアにおける長期目標は引き続き、朝鮮・韓国の人々の願いにそった朝鮮半島の平和的統一である。アメリカは、韓国との密接な協力のもと、予見しうる将来にわたり相互安全保障の利益を守るため、朝鮮半島に軍隊を維持する。
 
 北朝鮮の核施設にかんする1994年10月の合意が達成されたことにより、さしせまった核の脅威は軽減されたものの、北朝鮮政府は、いまだ不当に大規模な通常戦力を保持し、軍事的重要性をもつ化学兵器とその発射手段も有している。とりわけ北朝鮮が遂行してきた広範囲に作戦基地をおく核・生物・化学兵器(以下NBC兵器)とミサイル計画は、アメリカとその同盟国・友好国の安全保障上の利益にたいする重大な挑戦である。北朝鮮のNBC兵器とミサイル計画は、不安定な軍拡競争をひきおこし、北東アジア一帯の緊張を高めかねない。
 
 朝鮮半島で再度戦争となれば、NBC兵器は、米軍と同盟国の安全にとって重大な脅威となる。紛争がおこった場合、北朝鮮は、アメリカが十分な増援をおこなう前に、急襲作戦と同盟国軍防衛の突破によって、韓国の戦略的地域への地歩を固め、支配をめざすであろう。この作戦の遂行にあたり、北朝鮮政府は、大規模通常戦力と化学兵器、弾道ミサイルを使用するとの見込みがもっとも高い。
 
 アメリカが中国との関わりをもつことは非常に重要であり、この関係により中国は、地域の安定に貢献し、国際社会の責任ある一員として振る舞うのである。1964年以来核保有国である中国は、現在も懸念を抱かせる国であるが、これは、中国企業が核拡散のおそれがあるいくつかの国にたいし、その国独自のミサイルと化学兵器開発プログラムに寄与するようなさまざまな軍事・非軍事両用物質、装置、技術を供給する役割を継続して果たしているからである。中国は、北東アジアにおいて非常に大きな影響力をもつ国である。アメリカは、人権や核不拡散、国際貿易における国際基準の遵守を促進するために、今後も中国との対話をつづけるものである。またアメリカは、計画と調達過程をふくむ中国の防衛計画のよりいっそうの透明化を追求するとともに、協力と信頼醸成の促進を目的とする対話に中国を引き込んでゆくものである。中国政府は、核不拡散条約(NPT)といった国際的な核不拡散の流れを遵守し、化学兵器禁止条約(CWC)を批准し、弾道ミサイル売却にかんするミサイル関連技術輸出規制レジーム(MTCR)の基本条件の遵守誓約をアメリカに再確認することにより、よりいっそう責任ある供給政策を採用するとの意図をある程度示している。しかし、パキスタンやイランなどの核拡散にかんし甚大な懸念を抱える国々にたいし、中国企業がひき続き核、化学、ミサイル協力に関与する意図を示していることは、アメリカが国家利益をもつ多数の地域における安全保障上の懸念材料となっている。
 
 NBC兵器とミサイルの拡散によりアメリカの防衛への関与と米軍戦力が脅かされるかぎり、核拡散対抗戦略は、北東アジアにおけるアメリカ地域戦略の強固な構成要素でありつづける。拡散をもくろむものが歯止めなく活動し、アメリカの能力や関与に疑問を生じさせるならば、各国は自国の安全を確保するために一方的な選択肢を求め、拡散を刺激することになるかもしれない。

能力、意図、動向
序論
 北東アジアでは、北朝鮮と中国が相当数のNBC兵器とミサイル能力を保有している。朝鮮半島で紛争がおこった場合、アメリカと同盟軍は、北朝鮮による化学兵器と弾道ミサイルの使用にたいする防衛の準備体制をとる必要がある。中国がかかわる地域紛争が起こった場合、中国が弾道ミサイルを使う可能性もまた、特別の懸念事項である。
 
 北朝鮮は、ミサイルおよびミサイル関連技術を中東に供給しており、中国の方は、多様なNBC・ミサイル関連装置を中東と南アジア諸国に供給している。このような取引は、両国の経済と政治に利益をもたらしており、とりわけ北朝鮮政府にとっては重要な収入源となっている。こうした供給政策、とくにミサイル輸出が存在することにより、来る将来、中国と北朝鮮が自国のNBC兵器やミサイル能力をどのようなかたちであれ改良をおこなえば、それは北東アジアをはるかにこえた地域にも影響を及ぼしかねないのである。

北朝鮮
目的、戦略、資源
 1950年以来、北朝鮮政府の防衛計画は、体制堅持を目的とする強力な軍隊の育成、政治的影響力の増大、朝鮮半島の統一を目的としてすすめられてきた。北朝鮮政府は、NBC兵器と弾道ミサイルの開発を、朝鮮半島紛争の際に自国の大規模な陸上通常戦力を増強するための、重要な手段とみなしている。
 
 北朝鮮はまた、装置や技術の輸出を、窮乏する自国経済に国際通貨による歳入をもたらすため、またNBC兵器とミサイル計画の研究開発を継続させるための手段として使っている。取引は主にミサイルとミサイル関連技術で、そのほとんどが中東諸国に向けられている。今後北朝鮮は、外交上の行き詰まり打破を阻止しながら、主に中東と南アジアとこうした取引をつづけ、自国の装置と技術を売り込むであろう。
 
 北朝鮮が寧辺(ヨンビョン)でおこなっている核兵器用物質製造プログラムの活動は、1994年10月の合意にしたがい一時停止された。北朝鮮は、現在この合意の規定を守っているが、決定がありしだい核兵器用物質製造を再開できる重要技術と専門知識は維持している。北朝鮮はまた、化学戦争および弾道ミサイル能力を維持しており、朝鮮半島で戦争が勃発した際には、軍と民間のどちらの標的にも使用することが可能である。
 
 北朝鮮の経済状況は下降線をたどっており、この5年間に国民総生産(GDP)は毎年5パーセント下がったと推定されている。こうした状況のもと、北朝鮮経済の軍事、民間の両部門をささえる能力は著しく制限されている。とりわけ食糧不足は、近年においては日常的とさえなっている。北朝鮮は、何度か国際社会に食糧の緊急援助を要請し、救済を受けている。しかし、北朝鮮政府は、わずかな資源を化学・生物戦争とミサイル計画などの自国軍隊の増強と維持に費やしつづけている。

核兵器計画
 1994年10月合意の結果、北朝鮮寧辺の核コンビナートの重要施設は、閉鎖されるか建設が中止された。北朝鮮は以前、すくなくとも核兵器を一発製造できるだけのプルトニウムを製造していたとみられているが、合意条件にしたがい、寧辺でのプルトニウム生産能力の凍結に合意している。最近は、5メガワット(電気)プルトニウム製造原子炉の操業を中止しており、ここではアメリカの技術者が、将来北朝鮮国外に使用済み燃料を撤去させる準備を援助している。また、北朝鮮は、大量のプルトニウム生産が可能となるはずであった大規模な原子炉2基の建設をとりやめ、再処理施設の操業を一時停止し、合意枠組みの対象となった核施設を将来解体することにも合意している。これらは、核兵器製造への利用がより難しい軽水炉2基の建設を交換条件としておこなわれた。しかし、北朝鮮は、主要な核技術と専門知識を現在も有しており、合意により確認された諸施設の解体をむこう数年間は義務づけられていない。
 
 これまでのところ、北朝鮮は、合意の規定を守っている。しかし、分野によっては進展が遅い状況にある。たとえば1996年には、5メガワット(電気)原子炉での燃料貯蔵作業が一時的に中止されたし、軽水炉建設計画の話し合いも同様である。国際原子力機関(IAEA)管轄下の燃料貯蔵作業は再開され、現在ゆっくりながらも進行しており、1997年末までには終了すると見られている。また、軽水炉建設に関する予備的活動は、1997年8月に開始された。

<表:北朝鮮のNBC兵器とミサイルプログラム(略)>
<表:1994年合意枠組みの主要規定(略)>

化学兵器計画
 1980年代後期までに、北朝鮮政府は、大量の化学剤と弾薬を独自に製造することができた。北朝鮮は、化学戦争準備を1990年から1995年のあいだにさらに強化・拡大している。現在、北朝鮮は相当数の化学兵器を貯蔵していると考えられている。主体(チュチェ)思想を維持しながら、北朝鮮政府は、大量の神経性、びらん性、窒息性、血液性化学剤を製造する能力を獲得している。こうした努力の結果、化学兵器は、北朝鮮の戦争戦略の重要な一部となっている可能性がある。
 
 韓国攻撃の際、北朝鮮は、非武装地帯沿いに配備された米軍または同盟軍への攻撃と、韓国の相当南部に位置する港湾・空港を攻撃することで朝鮮半島への戦略的増援を断絶させようとするなかで、化学兵器を使用する可能性がある。北朝鮮は、多岐にわたる化学兵器発射手段を使う可能性があるが、このなかには、国内で生産された大砲、多目標ロケット弾発射装置、迫撃砲、投下爆弾、弾道ミサイルなどがある。
 
 北朝鮮政府の巨大な軍隊と一般国民は、化学剤に汚染された環境のなかで作戦活動をおこなう準備を整えている。多数の部隊が、マスク、防護服、探知器、汚染除去装置といった化学剤防護装置を備えている。北朝鮮軍は、化学剤に汚染された環境での作戦にそなえ定期的訓練をおこなっている。さらには、北朝鮮の一般国民も、化学戦争にそなえ定期的訓練をおこなっている。国民は、化学戦用防護装備を自宅に常備するよう義務づけられている。北朝鮮は、アメリカと韓国による化学兵器使用の脅威を宣伝で強調しているが、北朝鮮がこのように化学兵器使用事態に備えていることは、化学兵器の北朝鮮による攻撃的使用も支えるものとなるだろう。
北朝鮮は、化学兵器禁止条約に調印しておらず、条約の義務として強制査察と検証規定受け入れが決められているため、近い将来調印する見込みも薄いであろう。

生物兵器計画
 北朝鮮は、過去30年にわたり生物兵器戦争の遂行能力に関連する研究開発をおこなってきた。北朝鮮は、限られた量の感染性の生物戦争用薬剤、毒素、そしておそらく初歩的な生物兵器などを製造するのに十分な生物工学技術の基幹施設などの資源を保有している。北朝鮮は、生物戦争用兵器発射に必要な運搬手段を多種多様にそなえている。北朝鮮は、生物毒素禁止条約を批准している。

<地図:現行および将来可能な北朝鮮の弾道ミサイル射程の推定(略)>

弾道ミサイル
 経済と政治上の問題をかかえながらも、北朝鮮政府は、弾道ミサイル、装置、関連技術の開発と取引を最優先課題とする政策をとりつづけている。北朝鮮は1980年代初頭以来積極的な計画を進めており、スカッド短距離弾道ミサイル(SRBM)の製造・輸出から、着実に中・長距離ミサイルの開発へと前進してきている。
 
 北朝鮮は、旧ソ連のスカッド短距離弾道ミサイルから、スカッドBとスカッドCという別型を2種製造している。ひと月あたり4発から8発のスカッドミサイルが製造可能で、これらは輸出用と自国軍用である。北朝鮮政府は、ミサイル装着用のスカッドを数百個貯蔵している。また、スカッド技術に基づいてノドン中距離弾道ミサイルを開発しており、これはも自国軍と輸出の両用と考えられる。
 
 北朝鮮は、これに加え、開発初期にある弾道ミサイルシステム、テポドン1およびテポドン2の二種を準備している。これらのミサイルは、二段階システムとなっており、それぞれに別個の弾頭が装着されると考えられる。両システムとも、スカッドとノドンシステムから得た経験からの論理的発展の上に生まれたものと思われる。
 
 テポドン1の発射実験はいつ開始されてもおかしくない状況である。しかし、このテポドンミサイルはどちらも、試され済みのスカッド設計から比べると技術的には相当の飛躍をしたものである。北朝鮮は、発射実験にかんしては経験が浅く、多段階弾道ミサイルやそのほかの関連技術にかんしてはまったく経験がない。実験経験が欠如しているため、北朝鮮が自国のミサイル設計を評価し、改良し、欠陥を改善する能力は低下する可能性がある。

巡航ミサイルとそのほかの運搬手段
 北朝鮮は、数種類の短距離地上発射および海上発射の対艦船巡航ミサイルを保有している。過去には、ソ連と中国の設計にもとづいて巡航ミサイル二種類を製造したことがあり、これらの射程は約100キロメートルであった。また、北朝鮮は、NBC兵器の運搬手段となりうる、さまざまな戦闘機、爆撃機、ヘリコプター、大砲、ロケット砲、迫撃砲、噴霧器などを保有している。

供給者としての役割
 北朝鮮は、NBC兵器と弾道ミサイル関連の貿易を促進するための、貿易会社、ブローカー、運送業者、銀行からなる複合的・総合的なネットワークを運営している。この貿易では、兵器システム全体、部品、製造・実験装置、技術などが取引されている。1980年代後半以来、北朝鮮は、このネットワークを活用して、技術の発見と獲得や、イランやシリアといった国にミサイルを売却する輸出プログラムの追求をおこなってきた。北朝鮮は、イラン、シリア両国に、国内ミサイル製造プログラムのための物資とノウハウを提供してきた。この両国やその他の国が、現在開発中の北朝鮮製長距離ミサイルを入手することになれば、これらの国々は、近隣諸国にとってだけにとどまらぬ大きな脅威となる可能性がある。北朝鮮は、ミサイル関連技術輸出規制レジーム(MTCR)に加盟しておらず、また近い将来において加盟は考えられないが、アメリカとのミサイル交渉はおこなっている。

中国
目的、戦略、資源
 中国は国の包括的な近代化を国家目標のひとつに掲げている。この近代化には、中国の技術的基礎、経済、軍事体制の大幅な向上とともに、急速な経済成長と国内情勢の安定化、中国が権利を主張する領土の最終的回復、そして最も重要な点として、現共産党政治体制の維持などがある。
 
 中国の戦略を構成するのは、北東アジアで影響力を行使し、敵を抑止し、外交問題における行動の独立性を維持し、自国の経済的資源および領海を防衛し、自国領土の主権を守るのに十分な近代軍隊をつくりあげることである。この戦略達成の手段として、中国は、多様な弾道ミサイルをはじめとする運搬機能をともなう核兵器および化学兵器能力を保有している。中国は今後、これらの戦力の近代化を続けるものと見られる。
 
 中国における防衛全体および核、化学、ミサイル戦力近代化への国家予算割り当ては大幅に増加することはないだろう。現在の防衛費は、中国の国内総生産(GDP)の約5パーセントを占めている。実質上の軍事費は、中国の経済成長と同様の伸びをみせると推測されている。考え得る経済の変動をふくめた現実的で穏当な成長パターンを予測すると、軍事費全体のレベルは、1997年から2006年までの間には、(1994年のドル相場にして)年平均400億ドル以上となる。
 
 中国は、さまざまな国との間に緊密な政治的、経済的関係を築く戦略を追求している。この戦略のもとで、中国は、軍事、技術援助の供給者としての役割を果たしつづけている。このような取引は、防衛予算のための主要な追加収入源である。こうした売り上げから得た利益は、軍備近代化の財源と、軍事作戦費用をまかなうために使われている。さらに、中国は、弾道ミサイルおよび関連技術、核・化学技術を中東、南アジア諸国に提供している。
 
 また、中国のNBC兵器とミサイル計画は、外国から得たノウハウの恩恵にあずかっている。多くの中国人科学者と技術者が、過去と現在にわたり西側諸国で教育を受けてきた。中国とロシアは、両国間の軍事協力を更新、拡大しているが、これは、中国の軍事的近代化の努力をてこ入れするものとなりうる。中国は、旧ソ連諸国の劣悪な経済状態を利用して、旧ソ連の科学者、技術者との協力を促進しようとしている。中国政府はまた、自国の軍事産業に採用できる多様な西側技術の獲得をめざしている。

<表:中国のNBC兵器とミサイル計画(略)>

核兵器計画
 中国は、主に核兵器を、アメリカとロシアにたいする抑止の維持という大きな文脈と、世界大国として自国の地位を高めるという枠組みのなかでとらえている。中国は最初の核実験を1964年におこなった。1996年には、おそらく兵器設計を確定する目的でおこなった一連の核兵器実験を終了させている。1996年7月30日以来、中国は、核実験のモラトリアムを自国に課しており、包括的実験禁止条約(CTBT)にも調印している。中国は、1983年に国際原子力機関(IAEA)に、1992年にはNPTに加盟している。中国は、1997年に核輸出管理規制の詳細を発表し、ザンガーNPT輸出者委員会のメンバーとなった。中国は、他の核保有国にたいする核兵器先制不使用と、非核保有国にたいする核兵器の絶対不使用を繰り返し明言している。
 
 中国は、100を超える核弾頭を弾道ミサイルに装着し実戦配備している。追加弾頭も貯蔵している。中国は現在、核兵器用分裂性物質を製造しているとは考えられていないが、自国の貯蔵兵器の増加または改良に十分な分裂性物質を備蓄している。このような弾頭改良がおこなわれるなら、中国のミサイル近代化を補完することになるだろう。

化学兵器計画
 中国は、研究開発、製造、兵器化能力といった先端化学戦争計画を有している。中国軍は、旧ソ連の戦術・方針の研究のうえにたち、化学戦争方針について深く理解している。中国軍は、防衛目的の化学戦闘訓練を実施しており、汚染環境のもとでの作戦準備を整えている。近い将来において、中国は、化学兵器を首尾よく軍全体の作戦に統合させるために必要な専門知識と兵器運搬能力を獲得すると見られる。
 
 中国は現在、従来型のあらゆる種類の化学剤を貯蔵しており、さらに進んだ化学剤の研究を推進している。化学剤の運搬手段は多様であり、チューブ砲、ロケット砲、迫撃砲、地雷、投下爆弾、噴霧器、短距離弾道ミサイル(SRBM)などがある。中国は、1993年1月化学兵器禁止条約に調印し、アメリカが批准した1997年4月の直後、同条約を批准している。

生物兵器計画
 中国は、1984年に生物毒素禁止条約の加盟国となった。しかし、同条約の信頼醸成措置のもとで中国がおこなってきた宣言は、不正確かつ不完全であったと考えられている。中国は、生物兵器の研究、製造、保有をした事はなく、また今後も決しておこなわない旨を一貫して主張している。しかし、中国には、先端バイオ技術の基幹施設と、致死的病原体の研究開発用のバイオ封じ込め施設がある。さらに、中国は、生物毒素禁止条約加盟以前に保有していたと考えられている攻撃的生物戦争計画を維持しているようである。

弾道ミサイル
 中国の弾道ミサイル産業基幹施設は、大規模でかつ十分確立しており、多様な地上・海洋配備弾道ミサイルの開発と製造がおこなわれてきた。弾道ミサイルのより大規模な製造能力をもつのは、旧ソ連とアメリカのみである。中国のミサイル体制は、ロシアとアメリカにたいする戦略抑止として機能するよう構成されている。アメリカを攻撃できる地上戦略ミサイルをもつ国はロシア以外では、中国だけである。中国は、弾道ミサイルを地域紛争の際の重要な兵器とみなし、また心理的兵器としても利用している。たとえば、1995年と1996年に、台湾の独立への動向と中国がみなした動きを抑止するために、中国は台湾付近水域に多数のCSS-6型短距離弾道ミサイルを打ち込んでいる。
 
 中国は、弾道ミサイル近代化計画を開始している。ミサイルと発射装置の在庫量を増やす一方で、液体燃料推進ミサイルを機動性固形燃料推進ミサイルに取り替える作業に集中している。これは、生存能力、整備、信頼性にたいする関心を反映したものである。

巡航ミサイルとそのほかの運搬手段
 中国は、地上、海洋、空中発射の巡航ミサイルを何種類か製造している。これらのほとんどは短距離ミサイルで、対艦船作戦用に配備されている。中国は、こうしたミサイルのいくつかの型を中東、南アジア諸国に輸出している。また、可能なNBC兵器発射手段として、戦闘機、爆撃機、ヘリコプター、大砲、迫撃砲、噴霧器を保有している。

供給者としての役割
 近年、中国は、軍備管理と核不拡散体制への積極的な参加を強めており、NPT延長、化学兵器禁止条約、CTBT調印といった問題における西側のイニシアチブを受け入れている。中国は、1997年5月のザンガーNPT輸出者委員会にオブザーバーとして参加し、1997年10月には正規に加盟している。ザンガー委員会は、NPT加盟国からなるグループで、加盟国が非核保有国の施設(その施設が国際原子力機関の安全保護条件のもとにある場合にかぎり)に輸出できる安全保障警告品目リストを作成している。
 
 中国はまた、アメリカと2カ国間合意を結び、これにより、MTCR級の対地対ミサイルの輸出をすべて禁止し、1987年当初のミサイル関連技術輸出規制レジーム(MTCR)指針と規制に従うことに合意している。しかし、中国が、拡散懸念がもたれる国々のミサイル計画を引き続き援助していることに、アメリカが依然憂慮していることには変わりない。ほとんどの場合、中国政府は、NBC兵器とミサイルの拡散が危険であり勧められるものではないことについて、公式に認めている。しかしその一方で、中国がひき続き長期にわたり結んでいる経済、安全保障関係は、いくつかの不拡散の流れとは相容れないような活動に動機をあたえている。こうした利害関係により、中国は今後数年は供給活動を続けるであろう。こうした中国の供給活動、とくにミサイル関連輸出がおこなわれているため、中国の軍需生産能力の向上は、とくに中東、南アジア諸国におけるNBC兵器とミサイル技術の拡散に多大な影響を与えかねない。
 
 南アジアにおける中国の政策は、一部にはインドとの長期の敵対関係が動機となっている。中国は、パキスタンの核およびミサイル計画を、インドのより強力な通常戦力と核兵器・ミサイル計画との均衡を保つ重要な存在であると見ている。1992年のNPT加盟以前、中国は、パキスタンの核兵器計画に援助をおこなっていた。NPT加盟後も、こうした援助が継続される懸念は残っている。
 
 1996年5月、中国は、保障措置がとられていない核施設への援助はしない旨を発表することで、自国の核不拡散政策をさらに明確にした。それ以来アメリカは中国政府にたいし、パキスタンとの間にある一定の活動にかんする問題をとりあげてきたが、だからといって中国が自国の誓約を遵守していないと結論づける根拠はない。中国の企業は、パキスタン独自のミサイル開発にたいし、いまも援助をおこなっている。
 
 中国はおそらく、イランにたいする自国の支援を、湾岸地域での自国の存在を強化し、主要な資源である石油(拡大する中国経済に必須の資源)へのアクセス確保に役立つと見ているであろう。アメリカは中国にたいし、イラン支援は湾岸地域の不安定化につながり、よって石油の入手を危うくする、との説得をおこなってきた。中国政府は、国際原子力機関の保障措置制度のもとにあるイラクの核計画に技術援助と設備供給をおこなっている。また、イランとのさらなる核協力関係は結ばないことも保証している。中国は、イランの化学戦争と弾道ミサイル計画に必要な設備、物資、技術の重要な供給者でもある。中国は、オーストラリア・グループ(化学兵器転用物質規制会議)のメンバーではなく、化学兵器禁止条約の禁止リストに掲載されていない化学物質の売却制限を拒否している。中国はイランにたいし、ミサイル関連技術輸出規制レジーム(MTCR)が禁止する弾道ミサイルを売ってはいないが、中国の企業は、イランのミサイル産業に援助をおこなっている。

結論
 北朝鮮は大規模な陸軍を維持し、韓国と在韓米軍にとっての脅威となっている。北朝鮮の攻撃戦略の基本目的は、アメリカが十分な増援をおこなうまえに、韓国の戦略的地域に地歩を固め迅速に支配し、同盟国による防衛を破壊することにある。北朝鮮は、この戦略を支えるために化学兵器と弾道ミサイル、おそらくは生物兵器を使用する可能性がある。北朝鮮のNBC兵器とミサイルは日本にたいする威嚇ともなっており、北朝鮮政府は、韓国への補給を阻止するために在日米軍施設を標的とする意図を公言している。ならず者国家に弾道ミサイルと関連技術を提供するという北朝鮮政府の政策はいまも、一部の中東諸国がミサイル製造計画を進める一要因となっている。北朝鮮が、さらに長距離のミサイルを開発し、自国の化学戦争遂行能力を向上させるにつれ、北朝鮮の兵器・技術輸出は増加する可能性がある。
 
 中国は、世界大国としての自国の地位を向上させる行動をとりつづけるであろう。中国の現在の動きは、自国のNBC兵器とミサイル能力を徐々に向上させるであろうことを示唆している。公式には核不拡散体制の支援を表明しているが、中国は、自国にとってより大きな利益につながるときにのみ、そうした軍備管理体制を支える具体的な行動をとる見込みが大きい。
 
 中国は、不安定地域にたいしては一定の技術を売らない選択をするかもしれないが、それ以外の取引は、自国の利益優先の考えに駆られ今後も続けるであろう。最後に、中国とインドとの関係は改善されているが、両国間の敵対意識は存続している。この釣り合いをとるため、中国がパキスタンと特別の関係を維持する可能性は高い。
 
 中国、北朝鮮両国のNBC兵器およびミサイル計画は、この地域とアメリカにとって今後も深刻な懸念材料となる。これらの計画は、北東アジアにおける紛争での使用可能性、そしてアメリカが重要な利害をもつ地域にこうした兵器とそれを支える技術が拡散される可能性により、脅威をもたらしているのである。

南アジア

目標と関心 
 アメリカは、印パ戦争の再発を防ぎ、地域の安定を拡大し、大量殺戮兵器の拡散を防ぐなど、南アジアに重要な安全保障上の利益を持っている。わが国はインド、パキスタンにたいし、核・ミサイル計画を自制し、国際基準に合致するものにするよう求めている。インド、パキスタンの間で核戦争が起これば、その結果は人命の損失の点からも、また、世界の他の地域、とくに隣接する中東、北アフリカ地域における核使用の最低要件を引き下げるという点からも、壊滅的なものになるだろう。南アジアにおいて主要な人口密集地域間の距離が比較的短いこと、ミサイルがそうした距離を飛来するのに要する時間の短さを考えると、弾道ミサイルの配備はとくにやっかいな安全保障上のリスクを生じさせることになろう。この要因は、国家の指導者や戦場の指揮官が決定をくだすサイクルを圧縮し、危機の際の安定度を低めることになる。
 
 地域的安全保障にたいする直接の危険に加え、南アジアにおける核・生物・化学(NBC)兵器の開発は、アメリカと世界の広義の不拡散目標をだいなしにする危険がある。インド、パキスタンの両国は、それぞれの理由により核不拡散条約(NPT)の調印を拒否している。彼らの核計画は、この広く受け入れられている国際規準の外にとどまることで、他の地域の国々にとって危険な手本となっている。
 
 南アジアのNBC兵器とミサイルの基幹施設はまた、可能な供給源として拡散の潜在的脅威となっている。インドとパキスタンにおいて、既存の国際的管理体制に合致した輸出管理を採用する上での遅れも、懸念を招く理由となっている。両国ともNBC兵器や弾道ミサイルの技術や専門知識を今日まで域外諸国に輸出していないが、こうした移転はひきつづき起こりうる危険として存在している。

能力、意図、動向
インドとパキスタン
 インド、パキスタンの長年にわたる対立は、ひきつづきアジア亜大陸におけるNBC兵器、とくに弾道ミサイルを追求する起動力となっている。独立から50年、三回の戦争をへて、領土紛争と根深い不信感は、ひきつづきこの二つの国を分断させている。どちらの国も、国境を接する地域にかなりの部隊を配備している。これらの部隊は、しばしば、紛争地のカシミールをはしる管理境界線にそって、小火器や大砲の発砲などで交戦行為をくり返している。中国は、1962年の国境戦争でインド軍を思う存分打ち負かしたが、インド政府と中国政府との関係はこの数年のあいだ改善されている。インドの戦略家たちは、自国の防衛計画を正当化するときに、中国の核、通常戦力の問題を引き合いに出す。
 
 インド政府とパキスタン政府は、核兵器についてひき続きあいまいな立場をとっている。核兵器の保有を否定する一方で、両国政府は核兵器計画の追求が重要であると感じている。インドとパキスタンの政府関係者は時折、必要があれば核兵器は早急に製造することができると認めている。両国、とくにパキスタンの戦略家たちは、通常戦力が劣勢なため、核戦力を紛争の重要な抑止力と見ている。
 
 インドとパキスタンは、弾道ミサイルを開発している。他の兵器開発の場合と同様、パキスタンとインドが弾道ミサイルを保有しようとするのは、このミサイルがお互いの戦力に対抗するために必要であるとの考え方に基づいている。インドが中距離弾道ミサイル(MRBM)を開発するのはまた、大国として、中国の戦略的競争相手として認められたいという動機からである。
 
 他方で、両国、とくにインドは、不拡散体制のほとんどについて、そうした能力を保有する国による非保有国への差別のたくらみであると感じているこの体制に懐疑的であり、反対している。インドとパキスタンは化学兵器条約(CWC)を批准している。NPTについてはどちらの国も、調印しておらず、する見通しもない。また、ミサイル関連技術輸出規制レジーム(MTCR)についても参加ないし加盟していない。
 
 また、1996年の交渉においてどちらの国も、包括的核実験禁止条約(CTBT)に調印しなかった。実際、インドは軍縮会議において、また国連総会でも、核保有国が完全軍縮をおこなうとの約束をすることと、インドの参加がなければその条約は発効しないという条文をもりこむことを要求し、条約案を阻止しようとした。パキスタンはCTBTを阻止しようとはしなかったが、インドが調印しない限り、調印を拒否する立場をとった。

核兵器計画
 1974年の実験を含め、インドによる核兵器開発の開始は、中国の核兵器開発と1964年の核実験にたいする直接的な回答であった。インドは依然として、中国とパキスタンの核戦力に対抗するために、自国の核戦力を保持し増強しようとしている。インド政府はまた、核兵器が国際的な力と威信の象徴であるとみなしている。
 
 インドの核エネルギー開発計画はひきつづき活発で、これによりインドは、核兵器製造に必要な基本的原料と施設の獲得を可能にした。この基幹施設の中には、稼働中の原発が7、ボンベイに近いバーバー原子力研究センターの研究炉二基があり、そこでインドは兵器級プルトニウム、プルトニウム製造と再処理およびウラン濃縮のための諸物資を製造している。そのうえ、同国によって建設された原子炉が稼動するようになれば、インドの兵器級プルトニウムを製造する能力は高まるだろう。インドは、国際原子力機関(IAEA)の加盟国であるが、ほんのわずかの原子炉しかIAEAの保障措置制度の管轄下におかれていない。

<表:インドとパキスタン-NBC兵器とミサイルプログラム(略)>

 インドは、核基幹施設により、核兵器を数個つくるのに十分な分裂性物質と構成部品の製造を可能にしたため、核兵器をごく短期間で組み立てられうるであろう。インドは、核弾頭を搭載しての運搬が可能な戦闘機を有している。また、インドは弾道ミサイルを保有しているが、それは多分、将来核弾頭を運搬することができるものとなろう。

 1995年と1996年の包括的核実験禁止条約(CTBT)をめぐる活発な公然の論議にもかかわらず、インド政府はひきつづき、あいまいな核政策をとっている。インドは1974年の核実験以来、実験をいちどもおこなっていない。しかし、さらに核実験をおこなうよう求める国内の政治圧力は、これからもつづく可能性が高い。

 パキスタンの核兵器計画は、インドの通常兵器の優位性に対抗するために進められている。その計画は、ウランの転換や濃縮をおこなう施設や核兵器製造のための基幹施設を含む高度なものである。1996年3月、同国は保障措置がとられていない原子炉の稼動を開始した。それは1990年代の終わりまでにはフル稼動することが見込まれており、これによってパキスタンは、兵器級プルトニウムを製造する能力をもつようになる。
 
 パキスタンはおそらく、数個の核兵器をつくるに十分な分裂性物質と構成部品をもっている。インドと同様、パキスタンはおそらく、かなり迅速に兵器を組み立てることができ、おそらく運搬能力を有すると思われる航空機と弾道ミサイルを保有している。
 
 1996年にインドの核実験準備が報道された後、パキスタンの政府関係者は、自国は核実験を行う能力があり、インドがおこなえばパキスタンもおこなう旨を示唆したが、インドと異なり、パキスタンはこれまで核実験をおこなったことはない。パキスタンは、インドがNPTに調印すれば、自国も調印するとの立場を公にしている。インドと同様、パキスタンの核施設のすべてがIAEAの保障措置の下にあるわけではない。

化学生物兵器計画
 インドには、広範囲にわたる商業用化学産業が存在し、国内消費用に膨大な数の化学薬品を生産している。インドは、中東の拡散が懸念される国々にたいし、オーストラリアグループ(化学兵器転用物質規制会議)の規制品目を含む、多様な化学製品を輸出している。この規制品目には特定の化学剤前駆物質、生物兵器に応用できる微生物、化学・生物兵器計画に使用できる両用装置などが含まれる。同国は1996年9月にCWCを批准した。1997年6月、同国はハーグのCWC管理機関に化学兵器宣言を提出した。インドが化学兵器計画を公に認めたのはこれが初めてである。インドの国防省は、すべての関連施設は査察を受け入れると宣言した。

 パキスタンは、化学兵器製造に使用することができる多くの化学薬品を輸入しており、化学兵器の備蓄に必要なあらゆる前駆物質を製造することが可能な商業的化学産業の確立に向けて徐々に進んでいる。パキスタンもまたCWCを批准した。両国とも、大砲、投下爆弾、ミサイルなど化学兵器を運搬できる多様な手段を持っている。
 
 両国の生物学技術は、全体的によく発展している。インドは多くの優れた科学者と、無数の生物学あるいは薬品生産施設を有しているほか、危険病原体の研究開発用のバイオ封じ込め施設も持っている。少なくともこのうちいくつかの施設は、生物戦争防衛の研究開発支援に使うことができる。パキスタンのバイオテクノロジーの基幹施設は(兵器開発)能力は持っているが、それほど発達しておらず、いくつかのバイオテクノロジー施設のハードウェアを新しくしたいと考えているようだ。しかしながら、パキスタンは一定の生物兵器研究開発努力を支援できる資源と能力を有していると考えられている。インドもパキスタンも生物兵器禁止条約を批准している。

弾道ミサイル
 インドは固体・液体燃料推進ミサイルの開発と製造基幹施設を含む、おもに自国で開発した弾道ミサイル計画をもっている。外国の供給者から自立することをめざすことによって、インドはMTCR(ミサイル関連技術輸出規制レジーム)によって生じる問題を軽減したいと望んでいる。同国はまた、何年も潜水艦発射ミサイルの開発を試みている。

<図:インドの現在および潜在的弾頭ミサイルの推定射程(略)>

 インドのSRBMプリトゥビと、それをより発展させたMRBMアグニは、インド政府に二基の移動型弾道ミサイルの基盤をもたらした。陸軍用のプリトゥビが現在製造されており、それは1,000キログラムの弾頭と150キロメートルの射程を持つ。同国はまた、250キロメートルの射程と500キログラムの弾頭を持つ空軍用のプリトゥビの飛行実験を二度おこなった。

<図:パキスタンの現在の弾頭ミサイルの推定射程(略)>

 実験はミサイル技術の発展を示すためのもであるとしながら、インドはアグニミサイルの飛行実験を三度おこなった。そのミサイルの予定射程は2,000キロメートルで、1,000キログラムの弾頭を有している。最後の発射は1994年の初期におこなわれた。インド国防省は最近、アグニ計画は「すこぶる順調」だと発言した。インドは飛行実験を続けるとみられており、おそらく、アグニに続くミサイルの開発を計画している。
 
 インドは150から3,000キログラムの弾頭を運ぶことができる3つの宇宙発射ロケット(SLV)を保有するなど、進んだ宇宙計画をもっている。インドはSLVを中距離弾道ミサイル(IRBM)か、大陸間弾道ミサイル(ICBM)に転換する能力をもっているようだが、必要な改造をおこなっている兆候はない。しかし、この宇宙計画は、共通の研究・開発・製造施設を使用することにより、インドのミサイル開発の努力を支援している。これらの施設は、旧ソ連や西側から得たSLV技術にたやすくつなげる事ができる。インドは1979年以来ほぼ隔年でSLVを打ち上げている。
 
 パキスタンは二つの弾道ミサイルシステムを有している。パキスタン製の射程80キロのハトフ1と300キロ射程の移動性SRBMである。第三のミサイル、ハトフ2は、ハトフ1の二つの段階に基づいたものであるが、その開発は中止されたようだ。同国は、1990年代の初期に中国からSRBMとその関連設備を導入した。1991年と1993年に、アメリカは、国内法に基づきM11ミサイル関連設備の中国の供与を理由に、中国、パキスタン両国に経済制裁を課した。中国にたいする制裁は、中国がMTCRを遵守するとの1992年の約束を再確認したため、1992年と1994年に中止された。パキスタンにたいする制裁は、期限切れの1995年まで続けられた。しかし、中国は、ミサイル関連の技術、援助の点では、依然としてパキスタンの第一の供給者である。
 
 パキスタンは現在、ハトフ1のみを製造している。同国は将来、インドのように、外国の供給者から自立して、長距離ミサイルを生産したいと考えている。パキスタンは、自前のミサイル生産技術を得ようと大きな努力をしてきた。たとえば、射程300キロの弾道ミサイルの生産施設を建設していると考えられている。しかし、数年間は主要技術を外国からの援助に頼らねばならないだろう。

巡航ミサイルとその他の運搬手段
 インドは海上発射および航空機搭載短距離対艦船巡航ミサイルを保有している。一方パキスタンは海上および潜水艦発射短距離対艦船巡航ミサイルを保有している。両国とも各種の短距離空中発射戦術ミサイルを保有している。これらすべては、ロシア、中国、イギリス、フランス、アメリカなど外国から購入したものである。インド、パキスタン両国はまた、NBC兵器を運搬することができる手段として、戦闘機、大砲、ロケット砲を保持している。

結論
 両国が明らかに核兵器を使用する能力があるという事実は、第4次インド・パキスタン戦争が勃発すれば、その犠牲は非常に大きいものになることを意味している。核兵器使用に訴えるということは、特に人口が密集したインド亜大陸が壊滅的に破壊されるだけではなく、その他の地域での核兵器使用に道を開くという危険な事態をもたらすことになる。これらの危険を認める一方で、インドとパキスタンの核戦力は平和維持に役立っていると見る者もある。核抑止が効力を発揮していることを主張するなかで、これらの戦略家たちは、1987年と1990年に緊張が高まった際、両国に決定的危機を避けようとする意志があったことと、それ以降、自制がみられることを指摘している。しかしながら、未解決の意見の違い、深い憎悪と不信、紛争中のカシミール地方の両勢力間に続く対立によって、インド亜大陸は、核対立の重大な危険が存在する地域となっている。
 
 両国が弾道ミサイルを保有しているということも、懸念要因となっている。これらの兵器の配備は、計算ミスのリスクを高めるだろう。部隊にミサイルを配備すれば、両者はおそらく、相手国のミサイルは核弾頭を運搬できると想定するだろう。その結果として、両国の指導者は、相手国の移動性短距離弾道ミサイル(SRBM)が要塞から移動されたという事実を不安に感じるだろう。これによって、紛争が差し迫ったものであり、あるいは、紛争のなかで、ミサイル攻撃、おそらくは核攻撃が計画されるかもしれないとの恐怖が高まるだろう。意志決定サイクルが圧縮され、また最悪の事態を想定しがちな動向によって、危険な過剰反応が生じかねない。両国が長距離ミサイルの保有をめざしていることは、この問題をいっそう悪化させるだけである。
 
 インド国民の核実験への支持とともに、CTBTをめぐる議論や1995年と1996年のインドが核実験を準備しているとの報道は、どちらかの国、あるいは両国が、自国の核体制を発展させるための有形の手段をとるという危険性を高めた。両政府とも核実験計画はないとしているが、インドが核実験をおこなえば、パキスタンは、同様に実験をおこなえとの計り知れない圧力にさらされることになるだろう。
 
 不拡散体制へのインドとパキスタンのアプローチも、懸念のひとつである。両国はともに拡散の意図は示していないが、自前の生産計画が進むにつれて、拡散の懸念のある国々にたいする関連設備、技術、専門知識の供給者になるかもしれない。さらに、広範な国際的支持によりすでに事実上の実験禁止は確立してはいるが、両国がひき続きCTBT調印を拒否すれば、同条約の発効は妨げられるだろう。CTBTへの支持拒否はまた、来る分裂性物質カットオフ条約交渉における問題を予兆している。
 

中東と北アフリカ

目標と関心
 アメリカの中東と北アフリカにたいする目標には、正当的、持続的かつ包括的なイスラエルと全アラブ諸国との間の平和、イスラエルの安全保障と安寧のための断固たる責務の維持、湾岸地域の安定と湾岸地域埋蔵原油への安全な商業アクセスを保証するための安全保障協定の構築と維持、テロリズムとのたたかい、湾岸地域におけるアメリカ経済界の商業的機会を公平に確保すること、より開かれた政治・経済制度および人権と法の支配への尊重を促進することにある。一触即発状態にあるこの地域で、核・生物・化学兵器(NBC兵器)とそれらの運搬手段が拡散すれば、こうした目標を達成するアメリカの能力に難題を投げかけることとなる。攻勢的にNBC兵器とミサイル技術の開発に取りくむイラン、イラク、リビア、シリアは、地域的安定を脅かす最も危険な存在である。
  
 イランは、あらゆる種類のNBC兵器とミサイルの取得、あるいは生産をめざしている。アメリカは、イランが独自開発により、または核の生産に必要なだけの核分裂性物質を秘密裏に取得することにより、核兵器の生産・保有を目指していると考える。イラン政府は、イラクとの八年間におよぶ戦争の間に、生物・化学戦争計画を開始しており、化学戦争計画は、イラクの化学兵器使用に直接対応したものである。さらに、イランは、弾道ミサイルの開発計画を拡大している。
 
 イラクは、長期にわたり、NBC兵器とミサイルの開発に力をいれている。湾岸戦争の際、アメリカと多国籍軍が、イラクのNBC兵器貯蔵という現実的、あるいは起こりうる事態に直面したとき、これらの兵器がもたらす危険は明確となった。イラクが湾岸戦争に突入したとき、化学戦争遂行能力をもっていたことは知られており、実戦使用の意志も示されており(イラクは、1980年代にイラン軍とクルド人にたいし化学兵器を使用した)、生物戦争遂行能力があったことも知られており、アメリカと(国際原子力機関などの)国際社会による多大な不拡散と輸出制限の努力にもかかわらず、複合的核生産計画もすすめていた。湾岸戦争のあいだ、イラクはアメリカ率いる多国籍軍の攻撃力を弱め崩壊させる目的で、サウジアラビアとイスラエルにたいし、脅しの兵器として弾道ミサイルを使用した。スカッドミサイルは、化学・生物弾頭を搭載しての攻撃は可能であったが、使用されなかった。
 
 イランとイラクはそれぞれ、湾岸地域の統治と決定的な原油供給地の支配を得る意思を明示している。地域覇権を目指すなか、イランとイラクは、おそらく、NBC兵器とミサイルを政治・軍事目標を支えるために必要であるとみている。核兵器が保有されることになれば、湾岸近隣諸国への威圧は増大し、アメリカへの対抗意識を助長するであろう。

 リビアは、依然として、かなり拡散が懸念される国である。リビアの指導者ムアマル・カダフィは、敵に化学兵器とミサイルを使用する能力の存在と意思を示してきた。リビアは、アメリカを主要な外的脅威とみなしているが、この主な原因は、リビア政府がパンナム103便の爆弾テロの容疑者引き渡しを拒否したことにたいする、国連の経済制裁をアメリカが主張してきたことにある。リビアの化学兵器とミサイル使用能力には限界があるが、カダフィは、彼への支持を見返りとして、これらの兵器を彼が支持する国家組織、あるいはテログループに提供することができる。
 
 シリアは、イスラエル全土の標的に到達できる相当の弾道ミサイル戦力を有しており、積極的な化学兵器計画を推進している。シリアは、イスラエルを主要な外的脅威と見ており、自国の化学兵器と弾道ミサイルを、通常兵器においては優位なイスラエルに対抗する手段とみなしている。
 
 アメリカがこの地域における目標を達成するために不可欠なのは、(中東・北アフリカ地域諸国の)国家防衛に関与し、米軍を駐留させ、これらの脅威に対抗してアメリカ本土および同盟国の利益を防衛する、試され済みの能力を保持していくことである。

能力、意図、動向

 中東と北アフリカは、台頭するNBC兵器とミサイル開発計画の密度が、世界で最も高い地域である。この地域には、領土紛争と、民族的・文化的・宗教的敵対関係にもとづく長い紛争の歴史がある。過去20年間の多大な交渉の努力により、アラブ・イスラエル論争における、包括的な和平にむけた多くの積極的な前進面はあったものの、現在、この地域の事実上すべての主要国が、危険なNBC兵器開発計画を、少なくとも一つは進めている。NBC兵器やミサイルは、直接取り引き、国内開発、あるいはこれらの組み合わせによって取得されてきた。

 中東と北アフリカには、NBC兵器とミサイルにかんする危険な動向がいくつか見られる。イラン、イラク、リビアなどの数カ国は、過去10年のあいだに化学兵器、弾道あるいは対艦船巡航ミサイルを取得している。数カ国が、ミサイル搭載用のNBC弾頭を開発したか、あるいは開発しようとしている。イラクがこの例であり、湾岸戦争後に認めたところでは、実用段階のミサイル装着用の化学・生物ミサイル弾頭を保有していた。
 
 さらに、多くの国家が一種類以上のNBC兵器とそれらの運搬方法を自給する道を探っている。この動向は危険である。なぜなら、この国々が自給能力をもてば、外圧の影響を受けにくくなるからである。加えて、これらの国は、みずからが潜在的供給者となって、拡散の可能性のある国家への兵器供給をおこなう可能性がある。

イラン
目標、戦略、資源
 イランの国家目標と戦略は、地域における政治的野望、脅威観、イスラム政権維持の必要性から形成されている。イラン政府は、イスラム世界における指導者をめざしており、湾岸における支配的勢力となる道を探っている。後者の目標が、イランをアメリカとの衝突に招き入れている。イラン政府は、この地域におけるアメリカ政府の政治的、軍事的影響を弱めたいと望んでいる。また、イランは、現在進行中の中東和平交渉にたいする敵対的立場を維持し、政策の一環としてテロリズムを支持している。イランは、国家目標の一環として、NBC兵器・ミサイル開発計画の拡大をひきつづき最優先課題としている。これに加え、NBC兵器とミサイルの独自生産能力を求めるイランの熱心さは、1980年から1988年の対イラク戦争の経験、つまり、イラクの化学兵器とミサイル攻撃に適切な対抗手段を講ずることに失敗し、国際武器輸出禁止に苦しんだ経験から導き出されたものである。
 
 イランは、潜在的軍事脅威や不安定な隣国に事実上とりかこまれた、一触即発の危険な地域に自国が位置しているとの認識をもっている。こうした認識の対象として、イラクのフセイン政権、イスラエル、アメリカと湾岸協力会議(GCC)諸国家が結んでいる安全保障協定とそれに伴うペルシャ湾への米軍駐留、アフガニスタンと旧ソ連の中央アジア諸国の不安定性などがある。
 
 イランは、湾岸戦争中にイラクがかなりの打撃を受けたにもかかわらず、依然イラク政府をイラン=イスラム共和国への主要な脅威とみなしている。さらに、続行中の国連経済制裁や監視活動で、イラクのNBC兵器計画が適切に規制あるいは廃棄されるとは確信していない。それどころか、イランは、彼らの歴史的なライバル国イラクからの新たな挑戦にいずれ直面することを信じている。

 イラン政府は、アメリカとGCC諸国との強いむすびつきも懸念している。それは、これらの諸国が、イラン政府が望んでも得られない、近代的な西欧式通常兵器をかなり取得しているためであり、アメリカが約束する安全保障により、イランが圧力をかけにくい状態となっているからである。GCC諸国がイランに攻撃的な陰謀をもっているとまではおそらく考えていないにしても、アメリカがイラン-アラブ諸国間の不信を助長させようとしているとの懸念は抱いているかもしれない。また、この地域における相当規模の米軍の駐留が、イラン攻撃にまで発展するとの懸念をもっている可能性もある。また、イスラエルの戦略部隊の投入能力とイスラエルによる多様な対イラン攻撃の可能性を懸念しているかもしれない。これら全ての理由から、イラン政府はおそらく、NBC兵器とミサイルなどの使用を、戦闘使用、抑止、自国より弱小な隣国に政治的威嚇を与える有効手段となる、決定的兵器とみなしているだろう。
 
 近年、1996年の原油価格の高騰が少なくとも一時的な安心感を与えている可能性はあるが、経済力の低下により、イランのNBC兵器とミサイルの開発計画は制限されている。イラン政府の対外債務は、債務返済義務を果たしてはいるものの、300億ドルを超過している。また、イランは、限られた経済資源に将来より多くの支出を迫ることになろう急速な人口増加問題を抱えている。こうした国内問題にもかかわらず、イランは独自のNBC兵器とミサイル生産の達成を優先課題としている。ゆえに、これらの計画への投資は、今後数年のあいだは優先されるであろう。  
 
 イラン政府は、ヨーロッパやアジアの供給者が主要技術の輸出制限を緩和するように、アメリカの封じ込め政策を不正なものであると描こうと努めてきた。同時に、海外の供給者は、アメリカ主導の封じ込め政策があることから、経済制裁の危険や政治的困難を考慮しなければならない。

核兵器計画
 電力発電に焦点を当てたイランの核開発計画は、1970年代にイラン国王の下で始められた。イラン革命とイラン・イラク戦争のあいだは中止されたが、核分裂性物質生産の研究開発がすすめられた。この計画は、おそらくイラクの核兵器開発計画が浮上する中で、再開されている。
<表:イラン−NBC兵器とミサイル計画(略)>
<図:核燃料サイクル(略)>

 イランは、核兵器開発をめざし核分裂性物質の獲得をねらっており、それを支える入念な軍事・民間組織をつくりあげてきた。海外からの直接入手が禁止されているため、イランは、兵器開発をめざしその他の方法を追求する可能性がある。兵器の構造にもよるが、最短手段は、核分裂性物質の購入もしくは盗用である。また、核燃料サイクルの最初の段階となる適当な施設ができれば、高度濃縮ウランの製造を試みることもできる。最後に、北朝鮮がたどった道と同様に、イランは、プルトニウムの長期製造を可能にする全般的燃料サイクル開発を追求できるだろう。
 
 イランは、上記すべての戦略を支える、技術と全施設の購入にむけて、積極的に交渉をおこなっているものの、核兵器計画に必要な基幹施設はまだ得ていない。イランの主張は、民間のエネルギー計画を支える、全面的核燃料サイクルの設立をめざすというものだが、この燃料サイクルこそ、核兵器開発計画に応用できるのである。イランは、核燃料サイクルに必要な、多くの部品と要素を海外の供給源に求めている。イランが、兵器用の分裂性物質と使用可能な装置形成能力を製造するために必要な技術、専門知識、基幹施設を無事手に入れ得るか否かは、中国とロシアの供給政策がカギとなる。NPTで認められた、ロシアまたは中国による原子炉の供給は、イランの限定された核生産基幹施設を拡張させ、核兵器開発計画を前進させうるものである。
 

化学兵器計画
 イランは、イラン・イラク戦争の初段階から化学兵器生産計画をすすめており、戦時中の諸局面では、イラクの化学兵器攻撃の対抗手段として、化学剤を使っている。1990年代初頭以来、イランは、化学兵器生産計画を最優先課題としてきた。これは、イラクの化学兵器攻撃にたいし本質的に無力であったこと、非常に分解しにくい神経ガス剤などのVX剤にみられる、先端化学兵器へのイラク側の相当の力の入れようを認識したことによる。イランは化学兵器禁止条約を批准しており、この条約により数年間で化学兵器計画を破棄する義務を負っている。にもかかわらず、化学戦争を遂行するための基幹施設と、弾薬の質的改善と拡張をつづけている。
 
 イランは、びらん性、血液性、窒息性化学剤による兵器を製造している。また、神経性ガス剤の研究もすすめていると考えられる。イランは、地域紛争が再発した場合使用できる砲弾および爆弾などを含むこれらの兵器を貯蔵している。
 
 イランは、化学兵器製造計画のあらゆる分野において、独自生産能力を身につけるために一致した努力をおこなっているが、化学戦争関連技術にかんしては、依然として海外供給源に頼っている。中国は、イランの化学戦争計画にとって重要な技術と装置の供給国である。ゆえに、中国の供給政策は、イランが化学兵器の独自生産という長期的目標を達成するかどうかのカギとなる。

生物兵器計画
 イランの生物戦争計画は、イラン・イラク戦争中に始められた。計画進展のペースは、おそらく1995年に、湾岸戦争に先だつイラクの生物兵器計画の規模が明らかになったことで速められている。また、生物兵器開発が比較的低コストであったことも主要な動機であろう。この計画はまだ研究開発の段階にあるが、イランは、基本的な生物兵器の生産に必要な薬学的専門知識とともに、商業的・軍事的基幹施設も備えている。イランはまた、生物兵器生産に必要な機械設備の一部も製造できる。ゆえに、既存の使用可能な薬剤は少量であったとしても、10年のうちにイランの軍事力は、効果的に生物兵器を運搬できる能力を得るかもしれない。イランは、生物毒素兵器禁止条約を批准している。
 

弾道ミサイル
 イランは、スカッドB、スカッドC、CSS−8(地対空ミサイルから派生した中国製地対地ミサイル)ミサイルを在庫に置きながら、野心的なミサイル計画を開発中である。イラン・イラク戦争のあいだにリビアと北朝鮮から最初のスカッドミサイルを手に入れ、イランは、今やミサイルの独自生産能力を有している。これは、北朝鮮から相当の設備・技術援助を受けて達成されたものである。イランは、ここ数年のあいだ、自給自足の弾道ミサイル生産という目標に向けて大きく前進している。
 
 イランは、固形燃料推進型で150キロメートルの射程をもつナジート10号、射程200キロメートルの非誘導型ロケット、ゼルザルを生産している。また、比較的短距離の固形燃料推進ミサイルの製造もねらっている。長期的には、イランの目標は、地域への影響力を強めるために、中距離弾道ミサイルの生産能力を構築することである。イランは、ミサイルの独自生産の実現にむけ、基幹施設の設立を企図している。このほかのイランの努力と同様、将来のミサイル能力は、中国、北朝鮮、ロシアから得られる重要な設備・技術に左右されることになるだろう。
 
 イランは、ミサイルを使って、トルコ、サウジアラビアなどの湾岸諸国をはじめとする、近隣諸国の多様な主要経済・軍事目標を攻撃できる。標的となりうるのは、石油施設、飛行場、港、地域内の米軍配置地域である。イランのミサイルはすべて、こうしたミサイルの生存能力を高める、機動性発射装置に装備されている。イランが、より射程の長い、北朝鮮のノドン号のようなミサイルを開発、または取得することになると、イスラエルの大部分を含む、さらに広い範囲を威嚇することができる。

<図:現行および将来可能なイランの弾道ミサイル射程の推定(略)>

巡航ミサイルおよびその他の運搬手段
 イランは、陸・海・空から発射できる、短距離巡航ミサイルを中国から購入している。また、外国製の空中発射型短距離戦術ミサイルも多種そろえている。こうしたシステムの多くは、ペルシャ湾内あるいは湾岸近海の対艦船兵器として配備されている。イランはまた、NBC兵器の運搬手段ともなり得る、ヨーロッパ製およびソ連製の戦闘機、大砲、ロケットを多種保有している。

<囲み解説:巡航ミサイル−NBC兵器運搬のもう一つの選択肢(略)>

供給者となる可能性
 将来、イランが化学兵器、生物兵器、弾道ミサイルの独自生産能力をさらに高めるにつれ、供給者となる可能性が出てくる。たとえば、リビアやシリアのような、生産能力の開発をねらう国に、関連設備と技術を供給する可能性がでてくる。こうした動きの前例が、1987年のリビアへの化学剤供給である。

イラク
目標、戦略、資源
 サダム・フセインは、湾岸戦争に敗北する前と変わらぬ国家目標を掲げているようである。こうした国家目標には、イラクをアラブの中心的な政治・軍事大国とすること、湾岸地域の支配勢力となることなどがある。また、イラクの指導者らは、クウェートとシャトルアラブ川への領土拡張の野望を維持し、依然として中東和平交渉に反対の立場をとっている。しかし、こうした目的を達成するためのイラクの力は、脆弱な経済と引き続く国連の経済制裁のため制限されている。
 
 国連安全保障理事会決議(UNSCR)687号は、1991年から発効しているが、イラクにたいし、NBC兵器とミサイルの廃絶と、射程150キロメートル以上のあらゆるNBC兵器の開発、生産、保有の禁止を要求している。しかし、フセイン政権は、これらの兵器と関連設備、技術もしくは文書を、国連大量破壊兵器廃棄特別委員会(UNSCOM)の調査と監視活動の目から隠し、防護しようと努めている。1997年秋のUNSCOMにたいする行動により、この政策はまたも裏づけられた。
 
 1995年8月におこったサダム・フセインの女婿フセイン・カメルの亡命は、イラクの支配者が、それまで存在しないと主張していた大量の文書を公表させるもととなった。これら文書の発覚により、それまでイラクが認めていたよりも、さらに多くの広範なNBC兵器製造計画が明らかにされた。これらの計画には、国際原子力機関(IAEA)の保障措置制度のもとにある、核燃料を使用した核爆発装置、先端化学剤(VXのこと)、相当量の生物剤の生産と兵器化計画、高性能ミサイル生産と実験計画の開発といった、1990年の重大な突貫生産計画が含まれている。
 
 国連安保理決議687号への不服従に加え、イラクがここ数年間みせているそのほかの行動は、それまで化学・生物兵器もしくはミサイル計画に使っていた施設の再建と、いくつかの場合は拡張に、相当量の資源が割り振られていることを物語っている。加えて、イラクは、再開された計画の基盤準備のために、文書、多少の設備、主要な専門知識を保持していると考えられている。イラクはまた、密かに調達活動をつづけ、国連決議が禁止するさまざまな技術の獲得をこころみている。これらの行動はすべて、イラクが、国連の経済封鎖と監視活動が終了するか、ある程度緩和されしだい、NBC兵器とミサイル計画を再建する意図を明確に持つことを示している。

<表:イラク−NBC兵器とミサイル計画(略)>

 イラクは、対アラブ諸国への債務を含め、1,000億ドルにのぼる国際債務と、少なくとも1,000億ドルの賠償金支払を抱えている。1996年度の国内総生産(GDP)は、輸入が湾岸戦争前の10〜15%に落ち込む中で、1989年の三分の一である180億ドル程度と推定される。国連は、6カ月毎20億ドルまでの範囲で、イラクに原油の輸出を認めている。これらの取引から得られる利益の一部は、人道的援助物資の輸入財源に充てることができる。このプログラムが継続されるためには、新しい決議が6カ月毎に採択されなければならない。(1996年12月実施のUNSCR986号決議と、1997年7月実施のUNSCR1111号決議は、このプログラムの最初の2決議である。このプログラムの継続には、1997年末に3回目の決議が必要となる。)
 
 現行の経済状況、関連する物資不足、国連の査察と監視にもかかわらず、イラク政府は、わずかな資源を、施設全体も含めて化学兵器やミサイル産業の主要部分の再建に費やしつづけており、ここに、将来にむけたイラクの意図がさらに示されている。

核兵器計画
 イラクの核兵器計画は、湾岸戦争中になされた核関連施設への爆撃と、国際原子力機関(IAEA)による監視活動の両方により、かなりの後退をせまられた。IAEAはイラクからすべての核分裂性物質を没収したが、相当の専門技術(科学者および技術者)とおそらく多少の文書と基幹施設は残った。1991年には、実際イラクがあらゆる実行可能なウラン濃縮技術を探求していたことが発覚し、1995年には、戦争で縮小した兵器生産の突貫生産計画が明らかとなった。
 
 国連安保理決議687号がこの種の研究を禁じたにもかかわらず、湾岸戦争の終了後も、イラクが核兵器研究をすすめている可能性がある。1996年の終わりに、IAEAのハンス・ブリックス元所長は、実際の兵器生産と研究設備が破壊されたといっても、「イラクの科学者と技術者が有するノウハウと専門技術により、核兵器に基礎をおく生産計画の復興に十分な基盤を準備できるだろう」との懸念を表明している。ブリックス氏はまた、「よって、高レベルの警戒体制を継続する必要がある」と付け加えている。ブリックス氏は、大学と研究施設といった核関連施設が申告されていないため、現在IAEAの管轄下にない分野にも監視体制を広げるよう要請をおこなった。
 
 イラク政府は、条件が整ったとき核兵器計画を再建するために、必要な科学者を確保している。しかし、現時点では、核兵器用の分裂性物質の生産に必要な基幹施設はなく、国連の制裁がおこなわれた後では、どのような核兵器開発も、海外の援助と供給に大きく頼らざるをえないであろう。海外の援助・供給があったとしても、核兵器用の分裂性物質の独自生産にこぎつけるには5年以上かかるであろう。これが、イラクが分裂性物質や、核開発技術を購入する機会をつかみかねないと、アメリカが懸念する理由である。

化学兵器計画
 イラクは湾岸戦争以前に、びらん性(マスタード)、神経性(タブンとサリン)など、多種にわたる化学剤と、大砲、ロケット、迫撃砲、噴霧用戦車、投下爆弾、スカッド型ミサイルなど、数種の運搬手段を準備していた。イラクの化学戦争遂行計画は、湾岸戦争時の多国籍軍による爆撃と、戦争後におこなわれた国連大量破壊兵器廃棄特別委員会(UNSCOM)による破壊・監視活動によってかなりの打撃を受けたとはいえ、化学戦争計画をもちなおすだけの限定能力は保持している。同等に重要なのは、湾岸戦争前の化学戦争遂行能力を回復・向上させるだけの技術を、イラクが維持していることである。フセイン・カメルの逃亡により明らかとなった情報によると、イラクが、UNSCOMの強制査察にもかかわらず、以前検討されなかった、より精巧な化学戦争能力を隠していたことが発覚した。そこには、次の物があげられる。
 ・神経性ガスVXの開発計画は、1985年5月に着手され、1990年12月まで間断なく進められた。
 ・年間400トンのVX生産に足る大量の前駆物質(訳注:毒性化学物質の生産のいずれかの段階で関与する化学反応体をいうもので、00二成分または多成分の化学系の必須成分を含む)の生産。
 ・サリン充填のバイナリー(2成分型)砲弾と、見本品の水準をはるかに超える量のロケット弾および投下爆弾の開発。
 ・化学弾頭搭載能力および600〜650キロメートルの射程をもつアル・フセイン改良型スカッドミサイルの実験。

 以前イラクがおこなっていた化学戦争にむけた努力の深さと規模の大きさ、1991年以降の主要施設の再建、これまでの計画と残存能力の規模においてUNSCOMを欺こうという一貫した態度は、明らかに、設備さえあればこうした能力の建て直しをねらおうという、イラクの意思を示している。
 
 イラクは、工業・商業用に化学生産基幹施設の主要部分を再建している。これらの施設は現在、国連の監視対象であるが、かなり敏速な転換がなされる可能性があるため、イラクが限られた化学剤の生産を再開する余地は残されている。設備と原料については、最低限の努力に加えて海外援助が必要とされるものの、使用可能な化学兵器の貯蔵にむけた生産をおこなうには数カ月、湾岸戦争前の貯蔵レベルを回復するには数年を要するであろう。

生物兵器計画

<表:イラクの生物剤がもたらす影響(略)>

 1980年代、イラクは中東において最大かつ最新鋭の生物戦争遂行計画をすすめた。微生物剤、病原体剤、菌類毒素など様々な生物剤が研究された。炭そ菌、ボツリヌス菌、アフラトキシンを兵器化するとの宣言がなされた。イラクは、ウイルス性剤を使う兵器製造計画は不成功におわったとの態度を一貫してとってきたが、フセイン・カメルの亡命により、事実はその反対だったことが明らかとなった。
 
 多国籍軍の空爆により、アル・キンディとサルマン・パクをはじめとする、イラクの生物兵器施設が破壊あるいは損傷を受けた。しかし、多国籍軍の作戦が開始される前に、イラクは実質上、すべての生物剤生産設備をアル・ハカムなどの施設に移動し、爆撃を免れると予想された地帯に、すべての生物剤充填弾と貯蔵生物剤を埋めていた。1996年6月、アル・ハカム施設の生物剤生産設備すべてと、ダウラ施設のいくつかの設備が破壊され、アル・ハカム施設は完全に破壊された。

 イラクは、生物剤と弾薬は、湾岸戦争のあと一方的に破壊されたと主張している。しかし、イラクの虚偽の記録と裏付文書の欠落により、生物兵器貯蔵の量には疑問が残されている。イラクはいまだに、多少の生物剤と生物兵器を保持しているかもしれない。また、イラクには、生物工学の研究開発を可能にする相当数の医学、獣医学、大学施設がある。このうちいくつかの施設には、生物戦争計画に携わった人員が配置されていてもおかしくはない。こうした研究設備の多くは、二様の使用ができ、生物剤開発に使用することもできるだろう。
 
 そのほかの計画と同様、イラクは明らかに生物戦争遂行計画の再開を意図している。国連の制裁と監視活動が終れば、イラクは、確保している資産があることから計画を実行しやすい有利な立場にあり、かなり敏速に限られた生物剤の生産を再開できるであろう。

弾道ミサイル
 イラクのほかの計画と同様、イラクの弾道ミサイル開発は、湾岸戦争中の多国籍軍爆撃と、戦後の国連査察団による破壊活動により、深刻な打撃をうけた。しかし、イラクは相当部分のミサイル生産基幹施設を再建している。1995年に、より広範でより精巧なミサイル開発が明らかとなり、イラクが破壊したと主張しながら隠してきた、ミサイルとミサイル発射装置の数に深刻な疑問が投げかけられた。明らかとなった活動は次のものである。

・1990年の、サリン神経性ガス剤充填弾頭を搭載させた、スカッドミサイル実験。
・より強力な液体燃料の研究と実験。
・延長距離ミサイル用の、高度ロケットエンジンの重要な設計研究。
・核兵器運搬用ミサイル設計の研究。

<表:1995年フセイン・カメルの亡命後イラクが明らかにした、イラク生物戦争計画の主要部分(略)>

 1996年、ロルフ・エケウスUNSCOM前執行議長は、イラクは多数のスカッドミサイルを隠しつづけていると公の場で何度か発言している。エケウス氏はまた、イラクがスカッドミサイル用の化学、生物弾頭を隠している可能性に懸念を表明した。
 
 制裁にもかかわらず、イラクはミサイル計画を前進させるためのあらゆる機会をつかもうとしている。1995年の終わり、ヨルダン政府は、イラクにむかっていた、精巧なロシア製ミサイル誘導装置の輸送をだ捕した。イラクの湾岸戦争後のミサイル活動の多くは、アバビル計画の下ですすめられている。この計画は、国連安保理決議687号が認める活動で、150キロメートルの射程をもつ、固形および液体燃料ミサイルを開発するものである。しかし、UNSCOMは、将来的な長距離ミサイルの開発を支える知識基盤を維持するためにイラクがこの計画を利用している、との裏付けが強まっていることに懸念を表明している。
 
 国連の制裁と監視活動が終了、あるいはかなり軽減された段階で、弾道ミサイル計画を再建し、拡張させようというイラクの意図は明白である。イラクは、初期段階の生産活動を、一年以内に再開できるだろう。湾岸戦争前の状態をとりもどすには、かなり長い時間を要すると思われる。

巡航ミサイルとその他の運搬手段
 イラクは、湾岸戦争前に中国とフランスから購入した、地上発射短距離対艦船巡航ミサイルと、空中発射短距離戦術ミサイルを、ごく限られた数保有しているかもしれない。また、国連による武器輸出禁止の結果、使用できるものは限られているとはいえ、多様な戦闘機、ヘリコプター、大砲、ロケット砲もNBC兵器の運搬手段として保有している。

リビア
目標、意図、資源
 リビアの指導者カダフィは、全アラブ主義の中心的な提唱者であり、自身を西側帝国主義とシオニズムの影響から開発途上国を守る、革命的代弁者と見ている。彼のイデオロギーは、ほかのアラブ諸国との連合体形成という不成功に終わっている数多くの試み、開発途上国における反乱と抵抗運動の支援、長期にわたるアメリカと最近では国連との対峙、などを引き起こしてきた。カダフィは、国連の対リビア経済制裁の撤回を期待して、破壊活動や動揺策動、テロリズムの援護から身をひいたが、リビアは、西側の利益にたいするテロ活動を支えるに充分な基盤を維持している。
 
 カダフィにとって最大の阻害要因は、リビアにNBC兵器とミサイルの国内開発を支えるだけの技術がないことにある。リビアの開発計画はすべて、海外からの設備、技術、専門知識を相当注入しなければならない。大規模国内開発計画を可能にするような施設の開発にかんしては、化学戦争計画のみがいくぶんか明らかな進展を見せている。
現行の国連による武器輸出禁止と不安定な国内情勢にもかかわらず、カダフィは、NBC兵器とミサイルの攻撃能力開発を持続させている。彼は、明らかに、これらの兵器がリビアの国際的立場を向上させ、西側先端兵器にたいする抑止作用をはたし、隣国を威嚇し、より高価な通常兵器システムに代わる安価な手段となると見ている。
 
 不十分な基盤に加え、リビアは、政権を脅かし国内生産能力の構築という長期目標を複雑化させる、深刻な経済問題を抱えている。リビアの経済問題は、原油産業以外の経済分野の未発達、経済・財政管理の誤り、民間企業の欠如、汚職に起因している。

<表:リビア-NBC兵器とミサイル計画(略)>
 
 リビア経済は、長期にわたる社会主義優先政策と、不必要にも大量の通常兵器をはじめとする大規模事業に財源を費やしてきたことによっても低迷している。

核兵器計画
 何年にもわたりリビアの核計画は、管理ミス、予備部品の不足、1992年の国連輸出禁止令発動以降顕著にあらわれている、海外供給者の援助出し渋りにより進展していない。しかし、カダフィは、核兵器獲得という目標をまだ捨てていない。カダフィが可能なかぎりの手段を使って、核兵器生産の基幹施設開発を追求しつづけることは間違いない。
 25年にわたり核兵器の獲得が追求されているものの、リビアの核兵器計画は、未発達段階にとどまっている。現段階では、多数の学生・技術者を多少訓練し、国際原子力機関(IAEA)の保障措置制度のもとで、小型研究原子炉をふくむ核研究センターを設立したぐらいである。トリポリの東南に位置するこのタジュラの施設は、旧ソ連からの供給を受けてつくられた。しかし、報道記録によると、最近のリビア・ロシア間の話し合いでは、核開発にかんしてロシアが対リビア援助を更新する可能性が示唆されており、援助内容には施設の一新と長期的なメンテナンスも含まれている。リビア政府が、重要かつ持続的な海外技術援助なしで核兵器の開発をすすめることは考えにくく、伝えられるところによると、カダフィは、核兵器開発を援助できる核科学者の雇用を追求している。

化学兵器計画
 リビアが最大の成功をおさめているのは、化学兵器計画の分野である。1980年代には、海外の援助を得て建設されたラブタ施設にて、最大100トンにのぼるびらん性剤と神経性ガスの生産に成功した。この施設に報道機関の注目が集まると、1990年に閉鎖したが、1995年9月には製薬工場として再稼動されている。ラブタ施設では、依然として化学剤生産が可能である。
 
 ラブタ施設に報道陣の注目が向けられると、リビアは、トリポリ南東に位置するタフナの地下化学兵器工場の建設に重点を移した。国際的な関心への対応として、カダフィは、タフナは全国規模の灌漑施設をつくる「大人工河川計画」の一部であると主張した。
 
 カダフィは、攻撃用化学兵器能力をつくりあげるという目標を放棄しておらず、リビアは、独自の兵器生産能力獲得を追求しつづけている。カダフィの化学兵器禁止条約批准はありそうにない。しかしながら、リビアは依然として、前駆物質とその他の主要設備を、海外供給に大きく頼っている。国連制裁は、この供給に大きく制限を加えている。最後に、既存の化学剤の運搬能力はどれも優れたものではないとはいえ、エジプトや地域内に駐留する米軍部隊、あるいはNATOへの脅威は、簡単には否定できない。

<囲み解説:リビアの化学兵器施設に関するペリー国防長官の声明(1996年4月 26日、マックスウェル空軍基地)(略)>
<図:現行および将来可能なリビアの弾道ミサイル射程の推定(略)>

生物兵器計画
 リビアは、長年にわたり生物戦争計画を立ててはいるが、主に適切な科学的・技術的な基盤を欠くことから、研究開発はまだ未発達段階にある。また、この計画は、部分的には現行の国連制裁により、リビアが必要とする海外からの設備と専門技術の取得が困難となっているため苦しい状況にある。しかし、リビアは独自開発能力をめざしており、実験室規模の量の生物剤を生産する可能性はある。この計画がかかえる全体的な制約を考えると、リビアは、来世紀に入ってからしばらくの間は、実験室規模の生産段階から軍事的使用量を満たす生物兵器剤の生産段階には移れないであろう。リビアは、1982年に生物兵器禁止条約を批准している。

弾道ミサイル
 リビアは、老朽化、メンテナンスの問題に悩みながらも、スカッドミサイルを維持している。国連輸出禁止令にもかかわらず、リビアは、ヨーロッパ、旧ソ連、アジアの様々な供給源から、弾道ミサイル関連施設、原料、技術の獲得にいまも熱心である。リビアの戦略は、長距離ミサイル(1,000キロメートル以上)の取得あるいは開発にあるが、近年ではわずかな進展しかみせていない。たとえば、北朝鮮からのノドンミサイル獲得は、不成功に終った。こうしたミサイルを手に入れれば、リビアは、エジプト、イスラエル、南欧NATO諸国、地中海駐留の米軍にたいする脅威となる。同様に、自国のミサイル開発は、限られた成功しか見せていない。リビアのアルファタ・ミサイル計画は、いまなお実験段階にある。発展段階にあるこの計画では、かなり小さい有効搭載量のロケットを使用している。リビアのミサイル計画が進展していないのは、直接は十分な海外援助を受けられないことに関連しており、一部はここでも国連の制裁のためである。

巡航ミサイルとその他の運搬手段
 リビアは、地上発射、海洋発射の短距離対艦船巡航ミサイルを有し、これは、ソ連とヨーロッパの供給源から購入したものである。システムの多くは老朽化しており、メンテナンスの問題も抱えている。リビアはまた、戦闘機、古い爆撃機を数機、ヘリコプター、大砲、ロケットなどを多様にそろえており、これらは、NBC兵器の潜在的な運搬手段となりうるものである。リビアは1987年に、チャド軍部隊にたいする化学剤使用を図ったときに、運送用航空機を使っている。

シリア
国家目標、戦略、資源
 シリアの主たる国家目標は、ハフェズ・アル・アサド大統領の政権存続にある。さらに、シリアは、ゴラン高原全土の奪還、レバノンにたいする覇権維持、イスラエルの反シリアもしくは反レバノン活動の威嚇、当地域からの孤立の阻止、アラブ世界における指導的立場の強奪を探っている。アサド大統領は、こうした国家目標を支えるために、自身の政権擁護をささえる、有力な軍事力維持の方向で行動し、ゴラン高原返還を求めてイスラエルと交渉し、レバノンのシリア軍駐留を継続し、イランと戦略的同盟を結んでいる。
 
 シリアはまた、イスラエルの通常戦力における優位性と、推定される核兵器の保有という認識にもとづき、対抗手段として化学兵器と弾道ミサイルの開発を精力的に追求し、化学兵器ほどではないが、生物兵器開発も進めている。シリアは、化学兵器とミサイル戦力が、イスラエルの攻撃に対する抑止として作用すると考えている。アサドは明らかに、こうした兵器の使用によりイスラエルに耐え難い打撃を負わせる能力(そして極限状況下でアサド大統領にはその意思があることをイスラエルが認識すること)を最も重要な防衛手段とみている。
 
 シリアは、通常戦力においてイスラエルとの均衡を達成するという1980年代の政策を放棄してから、イスラエルにたいする戦略的抑止力の達成にむけた戦力開発に、大部分の力を注いできた。シリアは、短距離弾道ミサイルと化学剤の生産を満たす技術基盤をもっており、おそらく、将来は生物兵器の生産もできるであろう。兵器の開発はおこなっていないようである。この先10年以上は、厳しい財政的制約に直面するものの、この間も弾道ミサイルと化学兵器開発計画の、戦略上の重要性が優先されることは確実だろう。

<表:シリアのNBC兵器・ミサイル計画(略)>

 シリアの指導者らは、道理をわきまえた振る舞いをみせており、一般的には、重大な政治的または軍事的リスクを避けている。将来、政権の存続が危ぶまれない限り、イスラエルや別の敵にたいし化学兵器や弾道ミサイル(または開発に成功すれば生物兵器)を使用する見込みはない。

核兵器計画 
 シリアは、系統的な財政、技術制約のため、核兵器開発はおこなっておらず、将来においてもその可能性は考えられない。しかし、シリアは、原子力技術には関心を示しつづけている。国際原子力機関(IAEA)との長期にわたる関係を通じ、農業および医学分野での基本研究に適した、基礎的核研究能力を確立している。IAEAの技術援助計画の一環として、シリアは、IAEAの保障措置制度のもとにある、小型の研究用原子炉を中国から入手した。これは縮小型中性子原子炉で、中性子放射化の分析、放射性同位元素の生産、教育、訓練といった目的に使用できる。しかし、少量の燃料荷重と低動力のため、直接的な拡散の心配はない。シリアは、1963年にIAEAに加盟し、1969年にNPTを批准、1992年にNPTが義務付けるIAEA保障措置を受諾している。

化学兵器計画
 シリアは、1970年代の開始以来、長年にわたる化学戦争計画を有している。シリアは、イランやイラクやリビアと違い、紛争において化学剤を使用したことはない。神経性ガスのサリンを貯蔵しており、神経性ガスの先端開発をすすめているかもしれない。将来的には、化学剤の生産・貯蔵基幹施設の改善をおこなう可能性がある。現時点で、シリアはおそらくサリンを投下爆弾やスカッドミサイル弾頭に兵器化し、イスラエルの標的にむけた化学兵器使用能力を獲得している。シリアは、まだ化学兵器禁止条約に調印していない。
 
 シリアは、前駆化学物質と主要生産設備といった、化学戦争計画の主な構成要素については、依然として海外の供給源に依存している。近年、多くの国が厳しい輸出規制をおこなっているため、こうした物質の入手は、以前より難しくなっている。この輸出規制は、オーストラリア・グループ(化学兵器転用物質規制会議)が調整をおこなっている。

<図:現在のシリアの弾道ミサイル射程の推定(略)>

生物兵器計画
 シリアは、生物兵器の開発を追求している。生物戦争に関連する、主要な兵器化事業や実験はおこなわれていないと考えられているが、おそらく小規模生物戦争計画の維持に見合う、生物工学基幹施設を備えている。海外からかなりの援助を受けなければ、数年のうちに相当量の生物兵器が製造できる段階まで到達することはないであろう。シリアは、生物兵器禁止条約に調印している。

弾道ミサイル
 シリアは、旧ソ連から、1970年代半ばにスカッドB弾道ミサイルを、1980年代には短距離のSS-21を入手した。これらのミサイルは、将来における対イスラエル紛争での使用を念頭に、維持されているようである。SS‐21は当初、イスラエル北部の軍事基地や部隊を標的に配備されたのであろうが、スカッドは、そのより長い射程とより大きい弾頭から見て、テル・アビブと他の都市や、他の近隣諸国に使用される可能性がある。シリアは、スカッドミサイル戦力の一部に利用できる化学弾頭を保有している可能性があり、これにより、戦略的抑止、または実戦兵器としてのスカッドミサイル戦力の有用性が高められる。
 
 シリアは、北朝鮮とイランから、スカッド関連の装置や資材といった重要な供給を受けている。スカッドの液体燃料生産計画と平行して、シリアは、海外援助を受けながら、固体燃料ロケット動力開発と、生産能力の確立に相当の資源をつぎ込んでいる。そのほかの技術分野における海外援助と合わせて、シリアは、将来の選択肢として、近代的固形燃料短距離弾道ミサイル(SRBM)生産の基盤を整えている。

巡航ミサイルとその他の運搬手段
 シリアは、さまざまなソ連製地上発射型および海洋発射型短距離対艦船巡航ミサイルと、空中発射型短距離戦術ミサイルを保有している。また、潜在的なNBC兵器運搬手段として数多くの戦闘機、ヘリコプター、大砲、ロケット砲を保有している。

結論
 中東と北アフリカ諸国がNBC兵器とミサイルの独自生産能力を促進させつづけるなかで、これらの諸国は、拡散の歯止がかけにくい存在となってゆくであろう。さらに、とりわけ化学兵器と弾道ミサイル使用能力が向上するにつれ、とくに近年は化学兵器と弾道ミサイルが実際に使用されていることからも、中にはこうした兵器をすすんで紛争時に使用する国がでてくる可能性がある。この地域で、とくに湾岸地域で再び紛争となれば、何らかのNBC兵器やミサイルが実戦使用される可能性がある。
 

ロシア・ウクライナ・カザフスタン・ベラルーシ

目標と関心
 アメリカは、ロシア、ウクライナその他の新たな独立諸国(NIS)の民主化と改革、そしてNIS政府、軍などの諸機関とアメリカの関係の更なる正常化に大きな関心を抱いている。ソ連の核兵器遺産が存在する現状において、これらの国々は、安全保障環境を良好で安定したものとしておくためのかなめである。アメリカは、この国々との関係を強化することを通じて、旧ソ連の核兵器・その他大量破壊兵器の継続的な削減と、ロシアによるその効果的な管理に貢献している。
 
 NISとのさまざまな計画や活動を通じて、アメリカはロシア、ウクライナその他この地域の国々が確実に、安定した市場経済型民主国家となり、ヨーロッパその他の地域の安定と軍備管理促進において、協力的なパートナーとなることを目指している。この目標と切り離せないのが、新たな独立諸国内に存在する旧ソ連の核兵器および関連する運搬システムを廃絶あるいはロシアに返還する努力を、アメリカが支援することである。アメリカはまた、アメリカ国民と領土にたいする戦略核の脅威を抑止することを目指す。アメリカは、ロシアがヨーロッパの諸問題において、NATOとの協力のもと建設的な役割を果たし、独立国となったウクライナと強力な関係を維持することを望む。最終的にアメリカは、NISがあらゆる民族間および地域的緊張を、平和的手段を通じて解決することを希望する。
 
 すべてのNIS諸国との間の二国間関係において、国防総省は、文民によるリーダーシップ、国防問題の透明性、軍の改革と再編の諸原則を伝授することを目指す。国防総省は、軍・民による国防面での交流を広げ、現在おこなわれている旧ソ連の大量破壊兵器および関連基幹施設の削減を支援する。

可能性、意図および動向

 ソ連の解体後、ロシアは世界最大の大量破壊兵器と運搬手段の蓄積を相続することになった。公式には、これら大量の兵器の安全性、警備、解体に関して積極的な声明や行動が示されているが、ロシア政府がいまだに不拡散体制に全面的に参加していないことを示す行動も見受けられる。しかしながら、1996年11月の時点で、ソ連解体後ロシア以外に残されていたすべての戦略核兵器の、ウクライナ、カザフスタン、ベラルーシからロシアへの移送が完了した。全体では、ロシア、ウクライナ、カザフスタン、ベラルーシは、およそ4,100発の弾頭を搭載した約1,300発の配備済み戦略核発射装置を解体あるいは無力化しており、これは戦略核削減条約(START I )の第一段階の削減期限スケジュールよりも、一年以上前倒しして進んでいる。
 
 ロシアの化学・生物戦争計画の状況、ロシアの公式声明に含まれる情報の正確さ、そしてロシアの防衛エスタブリッシュメントにこれらの兵器の保有・開発能力を完全に除去する意志があるかどうかについては、深刻な懸念が残されている。さらに、深刻な経済的・政治的危機があり、また多数の兵器が関わっているため、NBC(核・生物・化学兵器)システムと技術が旧ソ連諸国から拡散する脅威は引き続き存在している。

目標・戦略・資源
 ロシアの国家としての政治的アイデンティティ、そしてそれに見合った外交・安全保障政策は、現在も発展途上にある。ヨーロッパで、ロシア政府は、新たな最高合同会議(Paramount Joint Council)を通じ、NATOと共同することによって、そしてヨーロッパの中心的機関として欧州安保協力機構(OSCE)を促進することによって、安全保障問題において発言力を維持しようとつとめている。同時に、ロシア政府は、バルト諸国や旧ソ連諸国のNATO加盟に強硬に反対している。

<表:ロシア、ウクライナ、カザフ、ベラルーシのNBC(核・生物学・化学兵器)とミサイル計画(略)>
 
 ロシアは、NBC兵器の拡散反対を公式に言明している。ロシアの軍備管理の優先課題には、欧州通常兵器条約をヨーロッパの変化した状況に合わせて新しくすることや、弾道ミサイル禁止条約の厳守などが含まれている。現在の経済状況と深刻な財政不足のため、ロシアは重要な軍備管理条約の実施に必要な費用の負担に懸念を示しつづけている。大量に蓄積された化学兵器の廃棄に関して特にこれは深刻な問題であり、ロシアは西側諸国の援助が不可欠であるとしている。
 
 START II の最終的な決着、あるいはそれに続く軍備削減交渉(START III )がおこなわれるかどうかにかかわらず、ロシアの戦略核兵器の総数はそのうち減少していくと思われる。ヘルシンキで提案されたSTARTIII の上限は、配備弾頭に2,000から2,500の範囲という新たな上限を設け、戦略核弾頭の残存数と戦略核弾頭解体の透明性確保に関する措置を含むものとなる。
 
 ウクライナとロシアの間で先ごろ結ばれた黒海艦隊に関する友好協力条約と合意は、両国間の建設的でより安定した関係に寄与するものとなるだろう。ウクライナ政府は経済的に頼っているロシアやその他の近隣諸国との良好な関係を望み、自国の欧州・大西洋地域の安全保障体制への統合をめざしている。
 
 ウクライナは、ロシアにすべての核兵器を移送するという誓約を守ってきた。1996年6月までに、戦略核兵器およそ1,900発を自国領土から完全に撤去し、176の大陸間弾道ミサイル(ICBM)サイロを閉鎖した。ウクライナ政府は、アメリカと協力してMTCR(ミサイル関連技術輸出規制レジーム)への加盟を促進している。1996年12月には、この輸出規制制度をさらに強化するための大統領令を発令した。
 
 カザフスタンの政策は、カザフスタン国内に残留している多数のロシア民族人口に配慮するロシア政府の影響を大きく受けている。ロシアはまた、バイコヌールにある宇宙船発射基地の管理にあたっている相当数の軍隊をカザフ内に配備している。カザフスタンはいくつかの重要な措置によって、自国の非核化と拡散防止への努力を示してきた。1995年5月までにはすべての核弾頭を自国領土からロシアに返還した。また、1996年秋までに、カザフスタンは配備済みのSS-18用サイロ104基をすべて解体し、すべてのSS-18の機体をロシアに返還して、残りのサイロについてもアメリカと協力しながら解体を進めている。
 
 ベラルーシは、ロシアとの関係を強化することによって、自国の政治経済改革の遅れと財政不足を埋め合わせようとしている。しかし、国際的人権基準を遵守し、市場改革を追求せよというロシアの主張に、ベラルーシは驚いている。しかしながら、ベラルーシは、非核兵器国になるという誓約を守ってきた。1996年12月までに、すべての戦略攻撃兵器とその付随弾頭はベラルーシからロシアへと撤去された。さらに、不拡散体制の遵守を示す証拠として、ベラルーシ政府は、輸出規制システムの強化のためアメリカと協力してきた。

核兵器計画
 1997年1月現在、ロシアの戦略・戦術核兵器保有数は、25,000発と推定され、1992年に大規模な廃絶計画が開始されていらい5,000発以上減少している。この暫減は、戦術核弾頭削減のイニシアチブや戦略核弾頭に関する二国間合意の結果起こったものである。
 
 1991年に発表されたロシアの戦術核弾頭削減イニシアチブが実施されると、総数でおよそ15,000発の戦術核弾頭が廃絶されることになる。また、戦略核合意により、7,000を超える戦略核兵器が退役、そしてやがて解体される予定である。戦略核兵器廃絶のプロセスは、1994年に本格的に開始された。ロシアは弾頭を解体しているとされているが、ロシア政府は弾頭削減についての詳細な情報をいまだ公表していない。国内の経済事情により、この削減作業はおそらく遅延しているだろう。廃絶予定の退役弾頭の多くが、解体作業待ちの状態にある。しかし、アメリカ政府は、これまでに廃絶された弾頭の大部分が戦略核兵器であると評価している。

 START II 条約は、2007年12月31日までに、弾頭数で3,000から3,500発の削減を求めるものとなる。START II がロシア下院と上院で批准されないとしても、次の10年間のなかばごろには経済的ひっ迫とシステムが時代遅れになるなどにより、ロシアの戦略核戦力は、実戦用弾頭数にして3,000発以下に減少する見込みである。ロシア政府にとって、戦略核兵器はひき続き重要な優先課題である。戦略核兵器には、予算面で通常兵器より高い優先順位がつけられ、実戦使用態勢を維持することが許されているが、これもまた財政不足の犠牲となっており、今後の近代化作業は遅れるだろう。しかし同時に、新たな戦略ミサイルシステムが配備され、古くなった弾頭が取り替えられる21世紀にも、新たな弾頭の生産は続けられる。現有の核兵器を支える兵站体制は、1991年以来大幅に変化した。戦術核兵器の統合と戦略核兵器の移送により、弾頭の存在する貯蔵施設の数は、500個所以上から100以下に減少している。この統合によって、核弾頭の安全性は向上した。しかし、現在のロシアにおける資源不足は、核兵器の安全体制にあらたな緊張と危険をもたらしている。

化学兵器計画
 ロシアは世界最大の化学兵器保有国を公言している。砲弾、投下爆弾、ロケット弾、ミサイル弾頭など、ほとんどが兵器化された形で40,000トン分が貯蔵されている。アメリカは、ロシアの貯蔵量は全体的にもっと多いと見ている。在庫兵器にはさまざまな神経性ガス、びらん剤などがあり、大量に貯蔵されている。中には混合剤を使用するものや、目標地域の汚染期間を長くするための濃縮剤を加えたものなどもある。
 
 ロシア政府の公式発表によると、旧ソ連の化学兵器はすべてロシア国内、主にボルガ・ウラル地域にある7つの場所に貯蔵されている。1980年代終わりと1990年代初頭に、ロシア国内およびロシア以外の諸国の貯蔵場所から広範囲にわたって化学戦争用物質が集結された。
 
 ロシア政府は、研究が継続されていることを否定していないが、それは化学兵器禁止条約(CWC)で禁じられていない、化学兵器にたいする防衛目的であるとしている。旧ソ連が開発した二成分型剤の構成物質は、化学兵器禁止条約の化学物質一覧表に掲載されておらず、正当な民間用目的があることになっているため、兵器転用の可能性は覆い隠されている。しかし化学兵器禁止条約のもとでは、一覧表に載っているいないに関わらず、すべての化学兵器が禁止されている。

<表:弾頭廃絶の根拠(略)>

 1997年5月にエリツィン大統領が化学兵器廃棄に関する連邦法に署名したにもかかわらず、ロシアの化学兵器廃絶の展望ははっきりしない。廃棄の努力も技術的・環境的・経済的・政治的理由により遅れている。それに加えて、ある種の兵器については、特別な性質のため、廃棄処理が複雑になっている。たとえば、濃縮剤や砒素含有のルイサイト(びらん性毒ガス)の大量廃棄処理には、安全で信頼できる技術が確立されていない。ロシア自前の専用廃棄施設もいまだ建設されていない。ロシア側の当初見積もりでは、ロシアに大量に貯蔵されている化学兵器の廃棄処理には50億ドルかかるとされている。現在の経済状況からして、ロシアは、迅速かつ実効性のある廃棄計画実施のために、アメリカやヨーロッパに大幅な財政的・技術的援助をひき続き期待してくるだろう。
 
 全体として諸国は、ロシアが自国の資金を使って廃棄計画を確立しようとしていない状況のもとで、ロシアの化学兵器廃棄のために多額の援助資金をつぎ込むことには抵抗がある。アメリカの「協力脅威削減」化学兵器廃棄援助計画は、この文書の第二章で詳述する。
 
 ロシアは、1997年11月5日に化学兵器禁止条約を批准した。同条約加盟国としてロシアは、ハーグの化学兵器禁止機構に5年間の延長を申請し、認められない限りは、10年以内に自国に残存する化学兵器を廃棄する義務を負っている。
 
 ウクライナは、旧ソ連の化学兵器基幹施設の遺産を自国内に残しつつも、化学兵器禁止条約に調印し、化学兵器計画も持っていない。カザフスタンも、国内に残っていた化学兵器関連施設を平和目的に転換しつつあり、CWCにも調印した。ベラルーシは化学兵器計画を有しておらず、すでに化学兵器禁止条約も批准済みである。ウズベキスタンにあった旧ソ連化学兵器実験場は廃棄され、ウズベキスタンも同条約を批准した。

生物兵器計画 
 旧ソ連の攻撃用生物兵器計画は、世界最大の規模を持ち、軍の施設と非軍事研究開発研究所の両方で構成されていた。数千人の科学者、エンジニア、技術者がこの計画に雇用され、1950年代にはすでに兵器化された生物物質もある。ロシア政府は旧ソ連の生物兵器計画終了を誓約している。ロシア連邦の外にある工場は、閉鎖あるいは廃棄された。しかし、ロシアが生物兵器戦争遂行能力を維持していることについては深刻な懸念が残されている。
 
 旧ソ連の計画のかなめの部分はほとんど無傷で残っており、将来生物兵器と運搬システムの生産再開を支える事になるかもしれない。そのうえ、正当な防衛目的以外の活動がロシア国内のいくつかの施設で現在おこなわれている。このような活動が攻撃目的のものだとすれば、これは旧ソ連も調印した1972年の生物毒素兵器禁止条約(BWC)に反しており、「攻撃目的の活動は終結した」というロシア政府首脳の公式声明とも矛盾する。
 
 アメリカは、ロシアからの専門技術・関連設備拡散の脅威を懸念している。失業中あるいは給料を長期間受け取っていないロシア人科学者は、生物兵器開発をもくろむ諸国からの勧誘を受けており、インターネットや電子メールでの情報交流がこのプロセスに拍車をかけている。
 
 旧ソ連の生物兵器施設は、ウクライナ、カザフスタン、ウズベキスタンに置かれていたが、現在稼動しているものはなく、これらの国々は生物兵器開発計画を有していない。ベラルーシもそのような計画を持たず、作る意図もない。ウクライナとベラルーシは生物毒素兵器条約を批准している一方、カザフスタンは未調印である。

弾道ミサイル
 ロシアは、戦略ミサイル戦力として実戦配備のICBM(大陸間弾道弾)とSLBM(海上発射弾道弾)発射装置1,200基を保持している。1996年末までには、ウクライナ、カザフスタン、ベラルーシには、実戦用のICBMは存在しなくなった。1990年以来、旧ソ連の総戦力から約1,200発のICBMとSLBMが撤去されたことになる。一方ロシアは、既存の軍備管理協定の枠内で新型のICBMとSLBMを開発中であり、またICBMとSLBMを、宇宙ロケット発射ブースター(補助推進ロケット)として使用する計画も進行中である。ロシア、ウクライナ、カザフスタンとベラルーシが引き続き保有するミサイルの総計は、発射装置が数百と、スカッドミサイルやSS-21型SRBM(短射程弾道弾)が数千にのぼる。ロシアはこれらの兵器システムの面、およびNBC(核・化学・生物)兵器を運搬できる航空機と海軍用発射装置の面で、非常な優勢を維持している。ロシアはまた、スカッドに代わる新型戦場用ミサイルを開発中である。ロシアのもつ基幹施設は、固体・液体燃料推進の弾道ミサイルの全面的生産とすべての関連技術を支えることができる。
 
 ウクライナは、アメリカの「脅威削減協力援助(Cooperative Threat Reduction assistance)」計画により建設された兵器解体施設で、自国内にある130すべてのSS-19ミサイルの機体を解体する計画である。また、ウクライナは、未配備のSS-19ミサイル43基をロシアに売却する合意に調印している。1997年5月、クチマ大統領は、ウクライナがすべてのSS-24のサイロとミサイルも廃絶すると発表した。ウクライナは、固体燃料推進SS-24型ICBM 55基とSS-24用サイロ46基の解体のために、アメリカからの技術援助を受け入れている。
 
 ウクライナでは、現在ロシアの保有するICBMとSLBMに使われている誘導および管制装置が製造されている。ウクライナはまた、液体・固体燃料推進のICBM、宇宙ロケット発射装置および関連部品を設計、開発、生産する基幹施設を有している。
 
 カザフスタンは、ロシアの援助のもと、弾道ミサイルと発射装置を製造する能力を維持しているが、その実施計画はない。ベラルーシでは、もともと配備されていた81基のSS-25型ICBMすべてが、1996年12月までにロシアに返還された。ベラルーシにはミサイルの生産能力はないが、陸上移動用ミサイル発射装置の砲台(シャーシー)を製造できる。

巡航ミサイルとその他の運搬手段
 ロシアとウクライナは、さまざまな陸上・海上・空中発射の巡航ミサイルを保有している。多くは短射程の対艦船兵器であるが、他の戦術巡航ミサイルシステムには、射程が500キロに及ぶものもある。これらすべてのシステムは、旧ソ連が製造したもので、多くが世界各国に輸出された。この4カ国すべてが、NBC兵器の運搬手段として使える各種の戦闘機、ヘリコプター、高射砲、ロケット砲を有している。

供給者としての役割
 ロシア、ウクライナ、カザフスタン、ベラルーシ各国の政府は、公式の声明ではNBC兵器やミサイルの拡散に反対しているが、実際には兵器の売却がこれまでも現在もおこなわれている。それが政府公認のものなのか、規制を無視あるいは避けて地方団体がおこなっているものなのかは明らかでない。さらに、現在の規制はまだ不十分であり、あるいは構成部分や専門技術の拡散を防止できる程度まで厳密に実施されていない。歳入を確保することの切迫さから、このような活動に目をつぶる役人たちもいるかもしれない。
 
 ロシアと中国の間の核開発協力には、核兵器関連技術の売却も含まれている。ロシアと中国は、NPTで定義されているように核保有国であるため、両国がおこなう核兵器関連貿易にはNPT関連の規制はまったくかからない。しかし、このロシアから中国への核輸出が、イランやパキスタンなど核拡散の懸念のある国々との間に中国が現在結んでいるあるいはこれから結ぶかもしれない新たな契約を取り付けるにあたって、中国側の力を高めることになるのではないか、との懸念がある。
 
 ロシアはまた、イランとインドに原子炉を輸出する契約を結んでいる。NPTは、イランへの売却を禁じてはいないが、それは、現在は限られたものであるイランの核開発基幹施設を向上させ、イランの核兵器計画を前進させることになるだろう。インドはNPTを調印しておらず、インド国内の原子炉の多くはIAEA(国際原子力機関)の保障措置制度のもとにはない。よって、ロシア製原子炉のインドへの売却は、原子力供給国グループ(NSG)の合意した条件の下では許されるべきではない。ロシア側は、この契約はNSGの採択した輸出規制ができる以前に結ばれたものであり、それには拘束されないと主張している。
 
 ロシア政府が化学兵器に関係した個人や機関を全体的に統制することは不可能だという説がある。この状況が続けば、ロシアの諸機関が、先端の化学兵器関連物質あるいは技術の主要な源泉となるかもしれない。ロシアの生物兵器関連技術や専門知識が、拡散の恐れのある諸国に漏れていることを示唆する同様の証拠もある。
 
 ロシアは1995年以来、MTCR(ミサイル関連技術輸出規制レジーム)の参加国である。しかし、ロシア企業の活動は、依然として拡散の懸念を多いに抱かせるものである。たとえば、ロシアの機関が中国、中東、南アジアのミサイル計画を援助したとの報道がなされている。ロシアには進んだミサイル生産能力があることからしても、ロシアの技術支援あるいは指導が、ロシア政府の許可を必ずしも得ずに、このような国々に向かって流出する事はありうるだろう。
 
 ウクライナと、より規模は小さいがカザフスタンはミサイル生産の基盤を持っているので、この二国あるいは両国内の機関が、ミサイル保有能力を持とうとする国々にミサイル関連機器、部品あるいは技術を供給する可能性はある。同様にベラルーシも、市場に出せるミサイル発射装置関連の機器を生産している。

結論
 この5年間の即戦力となる核弾頭や運搬システムの数の漸減は、ロシア、ウクライナ、カザフスタン、ベラルーシが軍備管理体制を遵守してきたことをはっきりと示している。戦略兵器と運搬システムについては4カ国すべてが自らの誓約を果たしている。しかし同時に、時には無力化したばかりの兵器そのものからでさえ、核物質の転用の恐れがあることは、依然深刻な安全保障上の問題である。化学・生物兵器計画がひき続き存在する可能性も、重大な懸念である。
  
 膨大な量の大量破壊兵器関連物質が貯蔵されている旧ソ連が劣悪な経済状態にあることは、諸国が危険物質の管理と保管の技術に欠けていることとあいまって、この地域が依然として拡散の懸念を抱えている原因となっている。同じことが、これらの兵器あるいはミサイル運搬システム関連の優れた科学者や技術者がもつ生産技術と専門知識についても当てはまる。



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