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国際情報資料6

(1996年11月発行)より



核兵器の使用と威嚇の適法性に関する国際司法裁判所の
勧告的意見より

ウィーラマントリー判事の反対意見(上)



索 引
 

法廷意見についての序文的所見
I 序
  1.本法廷に提訴された問題の根本的重要性
  2.法廷への提出文書
  3.国連憲章に関するいくつかの予備的所見
  4.核兵器にかかわる法
  5.人道法についての序論的考察
  6.人道法と戦争の現実との結びつき
  7.核兵器によってつくられる極限の状況
  8.保有と使用
  9.合法を支持する国々の態度の違い
  10.法の解明の重要性
U 自然と核兵器の影響
  1.核兵器の本質
  2.核戦争の現実を覆い隠す婉曲表現
  3.核兵器の影響
  4.核兵器の特殊性
  5.現在と1945年の科学知識の相違点
  6.広島と長崎は核戦争が生き残り可能であ
    ることを示しているか?
  7.過去からの見通し
                            (以上本号)

V 人道法
  1.「人道の基本的考慮」
  2.戦争に関する人道法の多文化的背景
  3.人道法の概要
  4.諸国家によるマルテンス条項の承認
  5.「公的良心の命ずるところ」
  6.国連憲章および人権が人道の考慮と公的
  良心の命令にあたえる影響
  7.「付随的損害」は意図されたものではな
  いという主張
  8.違法性は特定の諸禁止規定とは独立して
    存在する
  9.「ロチュス号」事件の判決
  10.戦争に関する人道法の特定法規
  (a) 不必要な苦痛をあたえることの禁止
  (b) 区別の原則
  (c) 非紛争国の尊重
  (d) ジェノサイドの禁止
  (e) 環境に被害を与えることの禁止
  (f) 人権法
  11.法理学上の見解
  12.1925年ジュネーブ毒ガス禁止議定書
  13.ハーグ陸戦法規第23条(イ)
                         (以上第7号)

W 自衛
 1.不必要な苦痛
 2.均衡性/過ち
 3.区別
 4.非交戦国
 5.ジェノサイド
 6.環境への被害
 7.人権
X いくつかの全体的考察
 1.二つの哲学的見解
 2.戦争の目的
 3.国連憲章のもとでの「武力による威嚇」
  の概念
 4.戦争法規の基本構造における平等
 5.戦争法規における二重性の論理矛盾
 6.核兵器使用の意思決定
Y 核兵器にたいする国際社会の態度
 1.完全廃絶という最終目標の普遍性
 2.全面廃絶を圧倒的多数が支持
 3.世界の世論
 4.現在の禁止措置
 5.部分的禁止
 6.最大の当事国はだれか?
 7.地域的条約に参加している諸国は核兵器
  を合法とみなしているのだろうか?
Z いくつかの特殊な要因
 1.核不拡散条約
 2.抑止
 3.報復
 4.国内の戦争 
 5.必要性のドクトリン
 6.限定あるいは戦術あるいは戦域核兵器
[ 勧告的意見を出すことに反対するいくつかの議論
 1.「勧告的意見には実際の効力が全くない」
 2.核兵器は平和を維持してきた
\ 結論
 1.当法廷に課せられた任務
 2.人類にとっての選択肢
付録(中立国への危険を示す図表−略)
                         (以上第8号)


法廷意見についての序文的所見

(a)  反対理由
 私の検討結果では、核兵器の使用ないし使用の威嚇はいかなる状況のもとでも違法である。それは国際法の根本的諸原則を侵害するとともに、人道法の構成の基礎をなす人道的重要問題の否定そのものである。それは、通常の法、とくに1925年のジュネーブ毒ガス議定書、1907年のハーグ規則を侵害する。それは、すべての法がよってたつ人間の尊厳と価値の根本法則に反するものである。
 
 私は、当法廷が核兵器の使用あるいは使用の威嚇を、どのような状況のもとであれ、いかなる例外もなく違法であると、直接かつ明確に主張しなかったことを遺憾とする。法廷は、力強くかつ直裁的なやり方でそう言明すべきであった。そうすれば現在においても将来においてもこの問題を永遠に解決することになっていたであろう。
 
 ところが法廷は、一方でこの方向を強力に示唆する先見性のある見解を示すことによって違法の方向に動きながら、他方で、あいまいかつ明らかに誤った別の判断もおこなったのである。
 
 したがって、私はここに述べる見解に「反対意見」という表題を付けざるをえなかった。法廷「意見」のいくつかの部分には私が同意する部分があり、それがなお、違法と結論するために重要な基礎となりうるにもかかわらず、である。それらの諸側面は、以下に論ずるとおりである。それらは、法を全面禁止への過程に大きく位置づけている。この意味で、法廷意見は重要な意義を持つ積極的見解を含んでいる。
 
 法廷意見第二部の6項目の実効部分のうち2項目には、私は根底から不同意である。私は、それら二つのパラグラフが法を誤って、かつ不完全に詳述していると信じるものであり、それらに反対票を投じることは余儀ないものと感じた。
 
 しかしながら、私は主文の第一パラグラフおよび、第二パラグラフ6項目中4項目に賛成票を投じた。

(b)  法廷意見の積極的側面
 この「法廷意見」は、本法廷にとっても、そして実際、どの国際法廷にとっても国連憲章とのかかわりで核兵器に関する制限を明確に定式化した最初の決定である。それは、核兵器と武力紛争に関する法や国際人道法との矛盾を特定して扱った最初の決定でもある。また、核兵器の使用がさまざまな条約上の義務によって縛られ、制約を受けているという見方を表明した最初のそのような決定でもある。
 
 環境の分野では、広範で長期かつ深刻な環境被害を「引き起こすことが意図され、それのみならず、それが予期されている戦争行為の方法の禁止」の原則や、「報復として自然環境を攻撃することの禁止」(パラグラフ31)を、核兵器との関連で明確に示している最初の「意見」である。
 
 核軍縮の分野では、この法廷意見はまた、すべての国家にたいし、これらの交渉をすべての側面において完結させ、そうすることによって国際法の一貫性にたいするこの脅威の継続を終わらせる義務があることを想起させている。
 
 ひとたびこれらの諸命題が確立されれば、これらの諸原則を侵害しない核兵器の使用や使用脅迫の余地はどのようなものであれ存在し得ないと結論づけるためには、核兵器の使用の影響を検討するだけで十分である。この意見は、国連憲章や国際法、国際人道法などの基礎にある基本的な諸価値へのあからさまな矛盾をなす数多くの核兵器の固有の性質について一定の長さをさいて検討している。その情報に照らしてみると、核兵器が、法廷のうちだす基本原理をみたすことははっきりと不可能となっており、法廷の全員一致の見解として、核兵器を違法となすものである。
 
 とくに、私は、国連憲章第二条第4項に述べられた国連の「目的」の順守義務について述べておきたい。それらの諸目的には人権の尊重、人間の尊厳と価値などが含まれている。それらの目的には、また、国家間の友好関係や善隣関係(前文とともに読むべきものとして第一条「目的と原則」を参照)が含まれる。適法性の問題とこれらの諸原則の順守とが結びついていることは、いまや法的にも確立されている。百万、あるいは十億の人間(法廷に提出された推定による)を殺すことができるような兵器は、人間の尊厳や価値、あるいは善隣の原則にいささかの尊重も示すものではない。それらの兵器は本法廷の規定する諸原則により非難されるべきものである。
 
 私は、法廷の「意見」全体に賛成するものではないが、その「意見」の全員一致の部分からは、強い違法の意味合いが必然的にあふれてこざるをえない。本法廷が規定する諸原則にたいする核兵器の完全な非両立性についての詳細は、この「意見」の本文に表れている。
 
 将来は、いっそうの明確化が可能となるであろう。
 
 以下、本文第二部の個々のパラグラフについていくつかコメントをおこなう。最初に、私が不同意を表明した二つのパラグラフについて取り上げる。

(c)  最後のパラグラフについての具体的コメント
 (i) パラグラフ2(B) ―(11対3)
 パラグラフ2(B)にかんして、核兵器の使用に関する条約により課された包括的かつ普遍的な制限が存在するというのが私の見解である。環境についての諸条約、とりわけジュネーブの毒ガス議定書およびハーグ規則の第23条a項などがそれに含まれる。これらは、私の「反対意見」の中で取り扱われている。核兵器の使用に関して通常の法が存在しないというのは正しいと思わない。
 
 (ii) パラグラフ2(E) ―(7対7、裁判所長の決定票による賛成)
 私は、このパラグラフに含まれる両方の文にたいして根本的に不同意である。
私は、最初の文に「一般的に(generally)」という語があることに強く反対する。この言葉は勧告的意見に使うには内容の点であまりに不確かであり、かすかな意味合いであるにせよ、核兵器の使用がどのような状況のもとであれ法に反しないとする可能性を残している命題に、私は賛成することができない。私は、本来法を正しく述べることができたはずの文に、この言葉が存在していることを遺憾とする。この「一般的に」という言葉は法廷「意見」のなかに内的矛盾の要素を持ち込むものであるようにも見える。というのは法廷「意見」のパラグラフ2(C)と2(D)では、法廷は、核兵器が国連憲章や国際法の諸原則、人道法の諸原則などに即したものでなければならず、そうした整合が不可能であれば、その兵器は違法となる、と結論づけているからである。
 
 この「一般的に」という言葉は、「一般的規則として、普通は」から「普遍的に、すべてあるいはほぼすべてにわたって」まで、さまざまな度合にわたり多くの意味を許容する(256)。たとえ後者の意味であれ、この言葉は、どのように狭いものであるにしても、真に法を反映するものでない許容の余地を開くものである。法的原則とは、一国がよりどころとして求める可能性をもつものであり、盲点があってはならず、かくも重要な問題にかんしてそれ自体の主張の中にはただひとつの判断が含まれるべきである。
 
 この「意見」の主目的は、核兵器の威嚇ないし使用が一般的にではなく常に国際法の諸規則、とりわけ人道法の諸原則と規則に反することを示すことである。パラグラフ2(E)はそうした言葉で綴られるべきだったのであり、「意見」は、それ以上に述べる必要はなかった。
 
 2(E)の第二パラグラフは、国際法の現状からして、法廷は、核兵器の威嚇ないし使用が、自衛の極限状態において適法であるかないか、明快に結論を下すことができないと述べている。私には、ひとたび核兵器が使われれば、戦争法 (jus in bello) がとって代わること、そしてこの「意見」でも詳述されているように、そうした兵器の使用を完全に禁止している戦争法の原則が数多く存在することは自明のことと思える。この問題では、現存する法は、あたかもそれを決定づけるだけの十分な原則がまだ存在していないかのような余地をこの死活的な問題にたいして残すことなく十分に明らかであり、法廷にたいして明確な判断を可能にしていたのである。まして、法廷がすでに述べたとおりの明確な認定をもっていたのであるから、こうした不確実さはなおさら除去されるべきであった。
 
 (iii) パラグラフ2(A) ―(全員一致)
 自分の見解をいえば、私ならこの議論の余地ない命題は、主文の一部というより序分の一部とみなしたであろう。
 
 (iv) パラグラフ2(C) ―(全員一致)
 このパラグラフの積極的特徴についてはすでに言及した。法廷は、このパラグラフで、核兵器の適法性にたいする国連憲章上の前提条件を全員一致で承認しているが、それらの前提条件は、核兵器使用の結果に正面から対立している。よって、私は主文のパラグラフ1(C)は、その兵器が使われる状況のいかんにかかわらず、すなわち、侵略の中でであれ自衛のためであれ、あるいは国際的にであれ国内的にであれ、あるいは一国の個別的決定であれ他の諸国家と歩調をあわせてであれ、核兵器の使用を違法としているものと理解している。本法廷の判事全員がこの原則を一致して認めたことは、核兵器使用の違法性の原則を、以前の、いかなる国際法廷による核兵器の適法性についての司法上の検討も存在しない段階から、大幅に前に進めるものである。
 
 核兵器の使用は法の枠内にあると論じた者たちは、国家にたいして明文的に禁止されていないことは許されているのであると強く論じた。これに基づいて、核兵器の使用は、国家の自由が制約をうけることのない問題であると主張された。私は、パラグラフ1(C)に規定された制限がこの議論を葬るものと見ている。
 
 (v) パラグラフ2(D) ―(全員一致)
 このパラグラフも、法廷により、全員一致で支持されたものであり、武力紛争に適用されうる国際法の要件、とくに国際人道法の諸規則と具体的な条約義務との両立性にさらに制限を設けたものである。
 
 ここには、幾重にもわたる禁止項目がある。
 私の「意見」は、これらの規則や原則とはなにか、核兵器の本質と影響に照らして、これらを満たすことがいかに不可能であるかを示すものである。
 
 核兵器がこれらの諸原則と明確に矛盾するのであれば、法廷意見のこのパラグラフに即して、それは違法である。
 
 (vi)  パラグラフ2(F) ―(全員一致)
 このパラグラフは、厳密には質問された事項の範囲外である。だが、核兵器問題全体の文脈では、それは国家責任を喚起するのに役立ち、したがって私はそれに賛成票を投じたのである。
 
 以下の「意見」は、質問についての私の見解を法廷にたいし明らかにするものである。法廷に提起された質問は、使用と使用の威嚇にのみ関っており、この「意見」は、保有、垂直・水平拡散、製造、実験など核兵器の他の重要な側面の適法性については扱っていない。
 
 私は、また、法廷意見の本文にある理由付けの一部には保留意見を持っていることを付け加えなければならない。それらの保留点はこの「意見」を展開する中で表れてくる。とくに、この質問を受け付けるかどうかと、法廷の司法権限をめぐって出されたさまざまな反対意見にたいし、それらを拒絶した裁判所の理由付けには賛成であるが、世界保健機関(WHO)にたいし要請された勧告的意見を出すのを拒否することは、裁判所がその問題での司法権限を欠いているので正当化されるとした、法廷意見のパラグラフ14(23〜25行)の言明には、私は不同意を記録しておくものである。その命題にたいする私の不同意は、その問題での私の「反対意見」の主題となっている。
 
 報復の問題(パラグラフ46)を扱うなかでの、交戦行為での(核兵器による)報復の違法性の問題についても、私は、法廷がそれを違法とする判断を下すべきであったとの見解を持っている。また、ジェノサイドとの関連で起こったように集団に対する意図の問題でも、また核抑止の問題でも、私はその扱いに同意しない。これらの面についてはこの「意見」の中で検討する。
 
 (vii) パラグラフ1−(13対1)
 私がこの「反対意見」の内容に入る前に、もう一つ別の事項についても述べておく必要がある。私は、本文の第一項に記録されている、法廷の最初の裁定に賛成票を投じた。それは核兵器合法論を論じた諸国が質問の受容と司法権限についておこなったさまざまな反対論にたいし本法廷がそれらを拒否したことからの、当然の裁定である。私は、これらの諸問題を根拠づける過程で本法廷が表明した見解を強く支持するものであるが、これらの反対論についてさらにいくつかの考えを持っており、同じような反対論が見られたWHOの要請にかんする私の「反対意見」のなかでそれらを述べておいた。法廷の結論からして、それらの所見をこの「意見」の中でくり返す必要はない。しかし、その「反対意見」の中でこれらの問題にかんして私が述べたことは、この「意見」の補強として読まれるべきものである。
* * *
 

I  序

1. 本法廷に提訴された問題の根本的重要性
 これから、この「意見」の本論に入る。
 
 本件は、当初から当裁判所の歴史の中でも比類ない高い関心を集めてきた。35カ国が書面で法廷に陳述を提出し、24カ国が口頭で陳述を行なった。いくつかの非政府団体(NGO)を含め、多数の団体が法廷に連絡をよせ、資料を提出した。そして、およそ25カ国のさまざまな団体・個人から200万近い署名が実際に法廷に提出された。さらに、他にも署名が送られ、その数があまりに多いため法廷として物理的に受理することができず、他のさまざまな保管者のもとに預けられた。これらも考慮に入れれば、署名の総数は、法廷の文書保管係の推定でも300万をうわまわる。法廷に預けることができなかったものも含めれば、署名の全体の数は、この数字をも大幅に超える。最大数の署名は、核攻撃の唯一の被害国である日本から提出された(258)。これらの団体・個人は、法廷にたいし正規の陳述を提出したわけではないが、それらは世界の世論の巨大なうねりの証拠であり、この「意見」の中で後ほど述べるように、法的にも無関係なわけではない。
 
 核兵器が本質的に違法であり、そうした違法性について知ることが非核の世界を実現する上で大きな実践的価値を持つという考え方は、新しいものではない。アルバート・シュバイツァーは、すでに1958年にパブロ・カザルスに宛てた手紙のなかで次のように言及している。
 
 「もっとも基本的でもっとも明白な議論、それは、制限し得ない効果を持ち、戦闘地帯の外にいる人々にも無制限の損害を与える兵器を国際法が禁止しているということである。原子兵器、核兵器がそれである。……これらの兵器が国際法に反するとする議論には、われわれがそれらの兵器について非難し得るすべてのことが含まれる。法的議論にはそれとしての利点がある。……これらの兵器が国際法を侵害することを否定できる政府は存在せず、……しかも国際法を脇に追いやることはできない!」(259)
 
 こうして、法的諸側面に注意を払う必要について、一般の人たちの世論は長いあいだ表明されてきたが、この問題はこれまで、国際的裁判によるいかなる権威ある司法判断の対象ともならなかった。日本の法廷では、下田訴訟で審理された(260)が、国際司法裁に勧告的意見を求める今回の二つの要請がだされるまで、この問題での国際的な法的審理は存在しなかった。本法廷にかかる責任は、したがって格段に重い性質のものであり、その判決は特別な意義をもつに違いない。
 
 この問題は、本法廷で、対立しあう見地から粘り強く論議された。本法廷は、国際法の分野のもっとも著名な多くの法律家の意見を聴取することができた。法廷への提出文書のなかで彼らは、国連総会の要請と、それに並行して聴取された世界保健機関の要請の歴史的性格に言及した。そのうちの一人はこれらの要請を次の言葉で述べている。
「(これらの要請は)国際司法裁判所の歴史それ自体とまではいわずとも、歴史の里程標をなすものである。これらの要請は、おそらくこれまで本裁判所に提訴されたもっとも重要な法的係争問題にかかわるものである。」(サルマン、ソロモン諸島、CR95/32, p.38.)
 
 別の者は、「かくも権威ある裁判所に人類生存のための弁論の機会が与えられることは、そうしばしばあることではない」(デービッド、ソロモン諸島、CR95/32, p.49)と述べている。
 
 よって、本法廷がこの勧告的意見の中で直面している問題は、考え得るもっとも重大な問題である。それは法廷に対し、手にしうる国際法のすべての源を精査し、必要なら根本原理にさかのぼって深く掘り下げることを求めるものである。そこにこそ、言い表せないほどの強力で豊かな鉱脈があり、採掘されるのを待っているのである。これらの資源は、これまで発明されたもっとも強力な破壊兵器をも制御できるほどの、たんなる力よりもはるかに強力な原則を含んでいるのであろうか?
 
 本裁判所の機能が、法を現在あるがままに述べることであって、将来の見通しを言うことでないことは、なんら強調する必要もない。核兵器の使用ないし使用の威嚇は、法がどうあるべきかという願望的期待のもとでではなく、現存する法的諸原則のもとで違法なのであろうか? 勧告的意見の要請に回答する上での本法廷の関心事は、現在ある法 (lex lata)によるのであって、あるべき法 (lex ferenda)によるものではない。
 
 対立する議論が衝突しあうなかで、決定にいたるさい、本法廷にはもっとも基本的なレベルで三つの異なる可能性が存在していた。もし、実際に国際法の諸原則が、核兵器の使用は適法であると定めているならば、法廷はそう判決を下さなければならない。世界の反核勢力は巨大な影響力を持っているが、そうした状況も、もしそれが実際に法であるなら、核兵器の使用は合法であると判決する義務から法廷を逸脱させるものではない。第二の選択肢は、法はあれこれの明解な示唆を与えていないと結論することであった。もしそうであれば、その中立的な事実が宣言される必要がある。そうすれば、法の発展を新たに刺激するものが現れるかも知れない。第三に、もし法律上の規則ないし原則が、核兵器は違法であると定めているなら、法廷もまた、核兵器を適法とする側に属する巨大な勢力に制止されることなく、そう判決することになるだろう。冒頭に述べたように、この第三の選択肢が、私の検討結果を反映するものである。違法との見解に反対する側に立つ勢力は、実に強大である。しかしながら、強大な勢力との衝突も、法の支配という概念へと向かう法そのものの進路を押し止めるものではなかった。それは、法的原則がそれを求めるとき、物理的力にたいし制約を課する課題からひるむことはなかった。強大で抵抗しがたいと見える勢力にたいして決然とした立場をとることによってこそ、法の支配は勝ちとられてきたのである。ひとたび法廷が、何が法であるかを決定し、その方向に道筋を開くならば、どちらの議論の側につく強大な勢力にたいしてであれ、その顔色を見るために立ち止まるものではない。
 

2.法廷への提出文書
 この勧告意見を要請する国連総会の権能に関して提出された文書を別としても、法廷に出席し、あるいは書面を提出した多くの国家により、両方の側から、実体法に関して多数の文書提出がおこなわれた。
 
 これらの提出文書の一部には、必然的に重複する要素も存在するが、それらは全体として戦争法を概念的基礎にまで掘り下げて探求する膨大な材料を構成している。大量破壊兵器のなかでさえも、人類と環境にたいし今後幾世代にもわたって被害を与えるその固有の力のゆえに、核兵器が際だっている多くの点に関して、事実関係にわたる広範な資料が法廷に提出された。
 
 他方、違法とする陳述に反対する側は、核兵器を扱う条約は多数あるにもかかわらず、どの条約にも、具体的表現で核兵器を違法と宣言している節は一節たりともない、と論じてきた。それとは反対に彼らは、とりわけ核不拡散条約(NPT)をはじめとして、国際社会によって発効された核兵器についてのさまざまな条約は、核保有国にかんする限り、現行での核兵器の合法性をはっきりと意味している、と主張する。彼らの立場は、核兵器の使用ないし使用の威嚇を違法とする原則が、その結論にむかって大幅な進歩をとげたものの、それはなお将来の問題であるというものである。彼らの陳述では、それはあるべき法であり、まだ現在ある法の状態にはないとされている。多くのことが望まれるが、なお達成されておらず、生まれることが待たれている原則である、というわけである。
 
 この「反対意見」は、おそらく、法廷に提出された公式の陳述のすべてを公平に評することができないであろうが、それらのなかでもより高い重要性を持つものを扱おうとするものである。
 

3.国連憲章に関するいくつかの予備的所見
 国連憲章が調印されたのは、世界が原子の時代に突入するわずか数週間前のことであった。調印国は、この文書を1945年6月26日、サンフランシスコで採択した。原爆は1945年8月6日に広島に投下された。人類の将来に極めて大きな意味を持つこの二つのできごとの間には、わずか40日しかなかった。国連憲章は、新たな希望に展望を開き、原爆は、新たな破壊に道を開いた。
 
 従来の戦争の破壊力に慣れきっていた世界は、現在の基準から見れば小さな、この核爆弾の威力に震撼し、恐怖にとらわれた。国連憲章を起草した人々などが知っていた戦争の恐怖は、彼らがそれまで体験していたように、第二次世界大戦の比較的強度の低い恐怖のみであった。にもかかわらず、それまでの人間の歴史のなかでもっとも破壊的な紛争によって人類の良心のなかに焼きつけられたこれらの恐怖は、世界を行動に駆り立てるのに十分なものであった。というのは、それらは、国連憲章の言葉で言えば、「言語に絶する悲哀を人類に与え」るものだったからである。この、言語を絶する悲哀を人類にもたらす潜在的力は、その後数週間のうちに、原爆によって何倍にもふくれあがることになった。この戦争兵器のエスカレーションについてまったく知らないで起草された文書は、間近に迫っていた核時代に関係のあることを何事か言っているであろうか?
 
 憲章の冒頭の言葉には、本法廷の事柄に密接に関わる6つの基調的概念が含まれている。
 
 憲章の最初の文言は、「われら連合国の人民」であり、それによって、その後に続くすべてのことが世界諸国民の意思であることを示している。彼らの集団的意思と願望こそ、国連憲章のまさに源泉であり、その真理を後景に退けることは許されない。本法廷の問題には、世界諸国民の死活的利益がかかっており、世界の世論は公的国際法の諸原則の発展に重要な影響を持っている。この「意見」で後ほど検討されるように、適用しうる法は、許容しうる交戦行為の手段と方法に関して「人道的諸原則」と「公的良心の命ずるところ」とに強く依存している。
 
 これに続く憲章の文言は、戦争の惨害から次の世代を救うというそれら人民の決意に言及している。彼らが知っていた唯一の戦争は、核兵器を伴わない戦争であった。その決意は、もし核戦争の破壊の度合と幾世代にもわたる影響とが知られていたならいっそう強固に固められたものとなったことが推定される。
 
 憲章は、それら二つの中心的概念のすぐその後に、人間の尊厳と価値という第三の概念を示している。これは将来の地球社会における価値の主要単位として認められている。まさにその時、一発の核兵器によって100万の単位で人類を滅ぼす手段が姿を現わそうとしていたのであった。
 
 憲章における第四の所見は、大小を問わず各国が同権であることであり、最初の三点のすぐあとに続いている。この理想は、核保有国の概念により著しく侵食されている。
 
 次の所見は、条約とその他の国際法の源泉(強調は筆者)から生じる義務の維持にかかわっている。核兵器を合法とする意見に反対する議論は、基本的には条約によっているのでなく、そのような「その他の国際法の源泉」(主として人道法)に依拠しており、その諸原則は普遍的に受け入れられている。
 
 国連憲章前文における第六の関連所見は、いっそう大きな自由のなかで社会的進歩と生活水準の向上を促進するというその目的についてである。この憲章の理念に近づくどころか、われわれが検討している兵器は、人類を、もし生き残ることができたとしても石器時代に逆戻りさせる潜在力を持ったものである。
 
 それは実際、国連の創始者たちがあたかも並外れた先見性を持って、わずか六週間後には戦争の輪郭を永遠に変える兵器の登場によって打ち砕かれかねないことになる人間の進歩と幸福にかかわる基本的領域を識別したかのようである。その兵器こそ、その創造主の一人によって、古代東洋の古典の表現をかりて、「いくつもの世界の破壊者」(261)として描写されることになった兵器であった。
 
 本法廷はいま、この兵器の適法性について勧告的意見を与える義務に直面している。国連憲章の冒頭に打ち出されている六つの主要な所見は、一貫して前面にかかげられる必要がある。なぜなら、そのひとつひとつが、軽々しく無視できない指針を与えるものだからである。
 

4.核兵器にかかわる法
 オスカー・シャヒターが観察したように、核兵器にかかわる法は、「核戦略家や政治家学者たちの討論から一般に推論されるよりもはるかに包括的」(262)であり、適用しうる法の範囲も次の五つのカテゴリーで検討することができる。
 1. 一般に武力紛争に適用しうる国際法 - jus in bello、ときには、「戦争の人道法」とも言われる。
  2. jus ad bellum - 国家の交戦権を律する法。この法は、国連憲章と関連慣習法に表されている。
  3. lex specialis - 具体的に核兵器と大量殺戮兵器にかかわる国際的な法的義務。
  4. 国家の義務と権利を一般的に律する国際法の全般。それは特定の状況では核兵器政策に影響を与える可能性を持つ。
  5. 国家当局による核兵器についての決定に適用されうる、憲法および制定法を含む国内法。
 
 以下の「意見」は、これらすべてにふれるものであるが、しかし、主たる注意の焦点は、さきに述べた最初のカテゴリーに当てられることになる。
 
 この検討はまた、国際司法裁判所規程の38条1項で述べられているように、国際法の源泉の一つひとつが、核兵器の使用はどのような状況のもとでも違法であるという結論を支持していることを示すものである。
 

5.人道法についての序論的考察
 この問題にかんするもっとも具体的かつ関わりのある規則が見出されるのは、人道法の分野である。
 
 人道法と慣習は極めて古い血統を持っている。それらは、数千年の昔にさかのぼる。それらは、中国、インド、ギリシャ、ローマ、日本、イスラムから現代ヨーロッパにいたるまで多くの文明のなかに現れている。これらの時代を通じて多くの宗教的哲学的考えが鋳型に注ぎ込まれ、現代の人道法が形成された。それらは、戦争の残虐性と恐るべき犠牲とを幾分でも軽くしたいという人間の良心の努力をあらわすものであった。この点での著名な宣言(1868年のセント・ピータースブルグ宣言)の言葉では、国際人道法とは「戦争の必要性を人道法と和解」させるよう企図されたものとされている。最近では、現代の兵器によって可能となった殺戮と破壊の増加とともに、良心の命ずるところも、これまで以上の包括的な定式を促すようになった。
 
 今日、実体的な法体系となったそれは、兵器の前例のない発展に対応するのに十分な柔軟性と、諸民族の社会のすべての構成員の忠誠をあつめるのに十分な堅固さをもつ全般的な諸原則から構成されている。この一般諸原則の体系には、化学・細菌兵器など特別な問題にかんするその他数多くの協定を別としても、さらにジュネーブ諸協定とそれぞれの議定書に含まれる600以上の特別な条項が加わっている。こうして(国際人道法は)それ自体、重要な体系となっており、ある意味では、本件がそれに試験を課すものとなっている。
 
 人道法は、常に発展し続けている。それは、それ自体、生命力を備えている。未定義の「人道に対する犯罪」やその他の罪を扱った1945年のニュルンベルク裁判に見られるように、「(戦争法は)静止したものではなく、絶え間ない適応により、変化する世界の必要を追い続ける」ものである(263)。人道法は、戦争の被害が拡大し続けるとともに、成長する。核兵器によって、それらの被害は、それを超えればあとはすべて空論的という、極限の状況に達する。人道法は、生きた規律として敏感に、適切に、かつ深い意義をもって応えなければならない。
 
 人道法の諸問題は、その本質からして、その素材や実体である悲しむべき現実から離れ、象牙の塔のなかで追求されうる抽象的知的な探求ではない。それは、単なる論理や古典法(black letter law)の演習ではない。それらは論理的にも知的にも、その恐るべき文脈から切り放されることはありえない。これらの法的問題をとりまく残虐な諸行為を検討することが忌まわしいことであれ、それらの残虐行為に生き生きと焦点があてられてこそ、法的諸問題もはじめて正面から取り上げることができるのである。
 
 残虐行為はしばしば、戦争とはすべてが残虐なものであるとか、核兵器はこれまで考案されたもののなかでもっとも破壊的な大量殺戮兵器である、といった一般性と陳腐な言葉のベールの背後に隠されがちである。これが意味するものは、その冷厳な事実のなかですべての面にわたり、より綿密に検討することが必要である。引き起こされた現実の人的被害やこれらの兵器によって人的条件に突き付けられたさまざまな面での威嚇についての、詳細で飾り気のない描写こそ求められるものである。そうしてこそ、人道法は適切に対応することができるのである。実際、戦場での苦痛にスポットライトを移すことによって、現代の人道法が始まったのである。したがってこの「意見」は、対応する人道法の諸原則を現在の考察に引き寄せるうえで最低限必要な範囲で、核兵器の影響についての諸事実をこまかく検討するものである。
 

6.人道法と戦争の現実との結びつき
 19世紀は、戦争を、栄光に輝く事業として情緒的に、あるいは実際的には外交の自然な延長として見る傾向にあった。一部の哲学者によって正当化され、ほとんどすべての政治家によって敬意を払われ、多くの詩人や芸術家によって賛美され、その残虐行為は、正当性、体面、栄誉といった覆いの背後に隠されがちであった。
 
 1859年、ソルフェリノの戦場を訪れたのちに書かれたアンリ・デュナンの「ソルフェリノの想い出」は、その時代の文明を自己満足のなかから揺り起こし、近代人道法の発展を引き起こすようなやり方で、戦争の残虐さを公衆の目前に引き出した。法がその主題からあまりに遠くにそれ、不毛なものにならないためには、そのリアリズムの精神に、たえず、繰り返し火を灯し続けなければならない。
 
 デュナンの歴史的叙述は、法的な対応が不可欠と思われるところまで深く当時の良心の琴線にふれた。以下は、当時おこなわれていた戦争の生きた現実についての彼の描写である。
 「ここに、肉薄戦の恐ろしさと醜さの全容がある。オーストリアと同盟軍は、互いに相手を踏みつけ、流血の死体の山を築いて殺しあい、ライフルの床尾で敵を打ち倒し、頭蓋骨をつぶし、サーベルと銃剣で腹を切り裂く。情けも容赦もない。文字どおりの屠殺である……
 
 しばらく後、その状況は、騎兵の一団が近付いたことでさらに恐ろしいものとなった。騎兵隊は、死人も死にかけているものも馬の蹄で踏みつぶし、駆け抜けた。ひとりの気の毒な男は、顎をもぎ取られ、別のものは頭を砕かれ、三番目のものは、本来なら命が助かったであろうに、胸を踏みつぶされた。
 
 騎兵隊につづき、全速力で砲兵隊がくる。大砲は地面に乱雑に散らばった死体や負傷者をつぶした。車の下で脳がはみだし、肋骨が折れて破れ、体は見分けがつかないまでにずたずたにされた。地面は文字どおり血でぬかるみとなり、人の体の残骸があたり一面に散らばっていた。」
 
 その結果についての彼の描写も、これに劣らず強烈である。
 「夜の静けさは、うなり声や、苦痛と被害のおし殺したようなうめきによって破られた。胸を引き裂くような声が助けを呼び続けていた。あの恐ろしい夜の苦痛を、いったい誰が描き出せるであろうか?
 
 25日、太陽がのぼったとき、想像を絶するもっとも恐ろしい光景が現出した。戦場は人と馬の死体でおおい尽くされていた。死体は、道、溝、谷、しげみ、野原など一面に散らばっていた。ソルフェリノに通じる道は、文字どおり死体が折り重なっていた。」
 
 戦争の現実とはこうしたものであり、人道法とは、それにたいする当時の法的良心の回答であった。デュナンがこの有名な言葉を書き残して以後、核兵器は残忍さを一千倍にも大きいものにした。現代の良心も、したがって、世界的な抗議や国連総会の諸決議、いっさいの核兵器を廃絶するという普遍的願望などに見られるように、それに応じて回答してきた。それは、学問的に超然とした精神で構え、法的論理の洗練された実践から結論を引き出してはいないのである。
 
 大砲と騎馬兵団による戦争の生々しい事実と密接にふれることによって近代人道法が登場したように、核戦争の生きた諸事実の検討を通して、適切な法的回答も生まれることができるのである。
 
 時代は、騎兵隊と砲兵隊の残虐さから桁違いに大きな原子の残虐性へと移行してきたが、われわれにはいま、デュナンの時代にはなかった二重の有利な点がある。つまり確立された人道法の規則と関連する人的被害にかんする豊富な資料とである。デュナンの時代の単純な戦争の現実と比べ無限大に恐ろしいものとなった現実は、現代の法的良心を揺り動かさずにはおられない。
 
 以下は核時代における最初の核兵器使用を目撃した証人の描写である。それは、疑いなく、同時に起こった何百ものそうした光景のひとつであり、その多くが、現代の資料に集録されている。これらの犠牲者はソルフェリノの場合のように戦闘員ではない。
 
 「昨日は裏の川へ引きも切らさずたくさんの怪我人が逃げだしてきましたよ。顔や手が見る影もないほど焼け落ちた者や、腫れ上がった者や、皮がむけ、それがぼろつぎのようにだらっとさがってとても気持ちの悪いのや、見るにしのびぬような者ばかりで、そんなのが蟻の行列のように下の道をぞろぞろつづくのです。一夜中つづきましたよ。今朝二重堤を通ってきたのですが道の両脇に同じような怪我人がおって、ところどころ道がふさがって歩けぬところもあります。」
 「耳が溶け顔の道具が焼け落ちてしまって、前後が判からぬようになった者でも,頭の髪だけはお椀の恰好に残っているんです。あれは戦闘帽をかぶっていたからでしょうね。顔の道具が溶けてしまい、白い歯だけだして『水』と一口いった兵隊がありましたが、水が一滴もないので私は掌を合わせて拝みましたよ。あれきりいわぬようになったから、あれが最後の一口だったのでしょうて。」(264) (原文、『ヒロシマ日記』、 引用は、原著p. 13とp. 15。英文訳との食い違いは、原著によった。)
 
 これを一千倍、いや百万倍に拡大してみればよい。そうすれば、起こりうる核戦争の多くの影響のほんのひとこまがわかる。
 
 爆発地点から何マイルにもひろがる直接のやけどや手足の切断から、人間の健康を危険に陥れるガンや白血病などの長引く後遺、人間の完全性を脅かす遺伝的変異、人間の生存環境を危険にさらす環境破壊、人間社会を掘り崩すあらゆる組織の破壊などにいたるまで、膨大な資料が、核兵器の引き起こす被害を細かく描き出している。
 
 広島と長崎の経験は、三日の間隔でおこった二つの別々の出来事であった。それらは、今日、核戦争が起こった場合ほとんど不可避的に続けざまに起こる多数の爆発の影響については、ほとんど何も語るものではない(このあとに続くU.6を参照)。その上、50年にわたる開発により、現在使われている核兵器は広島・長崎型原爆の70倍から700倍にものぼる爆発力をもっている。広島・長崎の破壊は、今日、たった一発の爆弾によってでも何倍も大きなものとなったであろう。ましてや、何発もの爆弾が立て続けに使われた場合は、言うまでもない。
 

7.核兵器によってつくられる極限の状況
 人的被害を別としても、核兵器はさきに見たように、われわれを極限の状況に追い詰める。核兵器は、あらゆる文化が何千年にもわたる努力で創り出してきたすべての文明を破壊する潜在的力を持っている。「石器時代の過酷さへと投げ込まれ、病み衰えた生存者の恐ろしい物語は、まともな感覚を持ったものであれば誰であれ、喜んで選択する役どころではない」(265)というのは事実である。だが、「人類の現在の進路がもたらしかねない帰結をはっきりと正視する」(同)ことは必要である。核兵器はこの地上のすべての生命を破壊しうるのであるから、それは、人類がこれまで戦ってきたもののすべてと、人類そのものとを危険に陥れるものである。
 
 ここで、環境にかかわる法と戦争にかかわる法との類似点をあげることができよう。
 
 かつては、この地球の大気圏と海と地表とは、その広大さのゆえに、いかなる汚染でも吸収し、なおかつ自己回復するものと考えられていた。その結果、汚染に対する態度という点で、法はきわめてゆるやかなものであった。しかし、それがまもなく限界に達し、それを越えると環境はもはや崩壊の危険なしに汚染を吸収できないことが理解されると、法も、環境に対する態度で方向転換を余儀なくされていることが明らかになった。
 
 戦争法においてもなんら違いはない。核戦争が登場するまで、戦争の規模がどれほど大きなものであろうと人類は生存でき、社会は再建しうると考えられていた。核兵器の出現とともに限界が現れ、次の核戦争では、人類は間違いなく生き残れず、あるいは、すべての文明が破壊されるかもしれないという厳しい見通しがあらわれた。その極限状況が、戦争法をして、態度を変え、この新しい現実に直面するよう余儀なくさせてきたのである。
 

8.保有と使用
 附託された主題は、核兵器の使用であって保有ではないが、保有について扱い、したがって法廷に提訴されている問題と直接関連していない多くの議論が本法廷で展開された。
 
 たとえば、核兵器はそれぞれの国家の主権の範囲内の問題であるという立場を支持して、『ニカラグア国内およびニカラグアに対する軍事、準軍事活動』の以下のくだりが、法廷で紹介された。
 
 「国際法には、関係国国家が条約その他により受諾しているような規則を除いては、それによって主権国家の軍備水準を制限しうるいかなる規則も存在しない。」(フランス、CR 95/23, p. 79; I.C.J. Reports 1986, p. 135; 強調は筆者)
 
 このくだりは明らかに、使用でなく保有にかかわっている。
 
 核不拡散条約(NPT)にかんしても、核保有国に核兵器を許すものとして多くのことがいわれた。ここでもまた、この条約から推論することのできる許諾は、もしそういうものがあるとしても、保有であって使用にかかわるものではない。というのは、NPTは核兵器の使用ないし使用の威嚇についてどこでも検討したり扱ったりしていないからである。使用ないし使用の威嚇の問題については、NPTは無関係である。
 

9.合法を支持する国々の態度の違い
 核兵器の使用の適法性を支持する諸国がとっている立場のなかにはいくつか重要な違いがある。実際、いくつかの極めて基本的な事柄にかんして、核保有諸国自体のなかに食い違ったアプローチが存在している。
 
 たとえば、フランスの立場は次のようなものである。
 
 「もし、そうした使用が攻撃に耐えることを意図し、かつ、そうするためのもっとも適切な手段と思えるならば、この、均衡
(proportionality)という基準はそれ自体、応答としてであれあるいは先制使用の問題としてであれ、核兵器も含めていかなる具体的兵器の使用をも原則として除外するものではない。」(フランスの陳述書、訳文15ページ、強調は筆者)
 
 この見解によれば、ふれられている諸要素は、この場合、均衡の原則にたいしてさえ優先されうることになる。この兵器が許されるか否かを決定付ける支配的基準は、攻撃に耐えるもっとも適切な手段か否かである、というのがその主張である。アメリカの主張は以下の通りである。
 
 「核兵器による攻撃が均衡を欠いているかどうかは、敵の脅威の性質、目標破壊の重要性、装置の性格、大きさ、生じうる影響、さらに民間人に対する危険の大きさなどを含めた状況に全面的にかかっている。」(アメリカ合衆国の陳述書、23ページ)
 
 こうしてアメリカの立場は、装置の性格、大きさ、影響および民間人に対する危険の大きさなどの状況を注意深く考慮に入れている。
 
 ロシア連邦の立場は、「マルテンス条項」(V.4参照)はまったく機能しておらず、今日マルテンス条項は、公式に適用不能と考えて差し支えない、というものである(陳述書、13ページ)。
 
 他方、イギリスは、マルテンス条項の適用性については受け入れつつも、同条項はそれ自体として核兵器の違法性を確立するものではない、と具申している(イギリスの陳述書、48ページ、パラグラフ3.58)。イギリスは、マルテンス条項の文言では、核兵器使用を違法としている慣習法の規則を示すことが必要である、と論じている。
 
 合法性の主張の範囲や、それどころか、その主張の基礎そのものについての核保有国側自体のこうした認識の違いは、本法廷に提起された問題の背景についての注意深い検討を要求するものである。
 

10.法の解明の重要性
 核兵器の適法性に関する法を解明することの重要性はいくら強調してもしすぎることはない。1899年6月6日、マルテンス氏(ハーグ会議第二委員会第二小委員会の議長をつとめていた)――マルテンス条項は彼の名をとって命名された――は、戦争についての法はあいまいな状態に残しておく方が望ましいとする申し立てに応えて次のような見解を述べた。
 
 「しかし、この意見は、本当に正しいだろうか? この不確実さは弱者に有利になるであろうか? 強者の義務が定義されていないからといってそのために弱者の立場が強まるであろうか? かれらの権利が具体的に定義され、その結果、制限されるからといって強者の立場が弱まるだろうか? 私にはそうは思えない。私は、これらの権利と義務を定義することが、とくに弱者の利益になるものと全面的に確信している。……
 
 1874年と1899年の二度にわたり、二つの重要な国際会議が、文明世界においてこの問題でもっとも有能にして著名な人々を集めておこなわれた。彼らは、戦争の法と慣習を決定することに成功しなかった。彼らはばらばらで、これらすべての問題をまったくあいまいなままに残した。……
 
 これらの諸問題をめぐって不確かな状態にしておくことは、必然的に人道の利益に対する力の利益の勝利を許すことである。……」(266)
 
 この明瞭さを追求するなかで、国連総会は国際司法裁判所に対し、核兵器の使用についての「意見」を下すよう求めたのである。これらの兵器を支配する諸国はこの申請に反対し、他のいくつかの国々もまた同様の態度をとった。あれこれの理由でこの50年間、具体的に取り組まれなかったこの問題を解明することは、すべての国々にとっての利益である。それは解決されないまま残され、巨大な疑問符のように人類の未来に立ちふさがり、この地球の人類の未来にかかわるほどの深刻な問題を引き起こしてきた。
 
 国連憲章は、人類史上初めて諸民族の共同社会のコンセンサスにより戦争を違法としたが、法は、国連憲章が生み出した新しい世界の秩序のもとでの国家の権利と義務に照らして明確に述べられる必要がある。その画期的文書は、マルテンスの発言からみれば遠い将来にできたものであるが、それ以後さらに50年が過ぎた。この50年は、地球社会が直面したもっとも重要な法的問題の解明という点では、怠惰な歳月であった。
 

U 自然と核兵器の影響

1.核兵器の本質
 本法廷に提起されている問題は、事実問題への人道法の適用であって、抽象的な知識の集合としての人道法の構築ではない。
 
 本法廷は、核兵器の使用が、人道法の基本的諸原則と衝突するほどの非人道的性質をもつ実際上の影響を生み出すかどうかという問題を調査している。この「勧告的意見」と世界保健機関が求めた意見のどちらに関しても、核兵器の影響がかかわる人道法のさまざまな原則の適用の方法を評価するための助けとして、法廷には膨大な事実関係資料が提出された。これらの具体的事実を、たとえ概略的にであっても検討することが必要である。というのはそれらは、いかなる一般論よりも、核兵器の固有の特徴を描き出すからである。
 
 その上、核戦争はやり方によって抑制可能であるとする主張は、核兵器の影響に特有の、回復不可能な性質を詳細に検討することを不可欠としている。
 

2.核戦争の現実を覆い隠す婉曲表現
 世界平和と秩序を促進するための制度である国際法が、その中に、世界体制とその体制を生み出した数千年の文明、そして人類そのものの完全な破壊を引き起こすもののための場所をもっているとすれば、これは背理である。その矛盾を、人道法を寄せ付けないほど強力に覆い隠す要素とは、実態から離れた軍事作戦用語や洗練された外交用語など、婉曲的な言葉の使用である。それらは核戦争の恐ろしさを隠し、全体的破壊の状況とはほとんど縁のない自衛、報復、均衡のとれた損害といった知的概念へと注意をそらす。
 
 民間人や中立国に対する恐るべき打撃は、それが直接意図されたものでないからということで付随的被害として描かれ、都市の焼失は、「熱による相当規模の被害」とされる。たとえそれが百万にのぼる死者であっても、「受容できるレベルの死傷者」とされる。恐怖の均衡の維持は「核準備態勢」、確実な破壊は「抑止」、環境の全面破壊は「環境への打撃」と描かれる。人間的文脈から冷たく切り離されたそうした表現は、人道法が生まれでた人間の苦しみの世界を素通りする。
 
 この「意見」の冒頭で見たように、人道法は、それが十分に応えるためには、戦争の生きた現実と対置される必要がある。そうした表現は、このプロセスを妨害するものである(267)。
 
 古代の哲学も現代の言語学も、中心的内容を隠すような言語を通じて重要な問題をあいまいにするという問題の存在をはっきりとつきとめていた。国家における秩序と道徳はどのように創造することができるかをたずねられて、孔子は、「呼び名を正すことによってである」と答えた。つまり、彼は、事物の一つひとつを正しい名前で呼ぶべきだと言いたかったのである(268)。
 
 現代の意味論もまた、概念の真の意味を隠す婉曲語法の用語が引き起こす混乱について明らかにしている(269)。核戦争についての言語も婉曲語法に事欠かず、百万単位での殺戮や都市住民を焼き殺すこと、遺伝的障害、ガンの誘発、食糧連鎖の破壊、文明の危機などの現実的諸問題から目をそらさせる。大規模な人命の絶滅が、うまくつじつまを合わせることのできる元帳のごとく無関心に扱われている。もし人道法がその課題に明快に対応すべきものであれば、これらの言葉の覆いを取り去り、その真の実体とまともに取り組むことが必要である。口当たりのよい、実体から遊離した言葉が、核兵器と国際法の根本原理との基本的矛盾を隠すのを許すべきではない。
 

3.核兵器の影響
 1945年以前は、「爆弾の最大の爆発力は、およそ20トンのTNT火薬の爆弾によって産み出され」た(270)。広島と長崎で炸裂した核兵器はそれぞれ15および12キロトンの爆発力、すなわちTNT(トリニトロトルエン)火薬にして1万5千トンと1万2千トンにあたる爆発力であった。今日存在し、また、実験段階にある多くの兵器は、これらの兵器の何倍もの爆発力を持っている。メガトン(100万トンのTNTに該当)級や数メガトンの爆弾も世界の核軍備のなかに存在しており、その一部は、20メガトン(TNT火薬にして二千万トン)さえ超えている。1メガトンの爆弾は、100万トンのTNT火薬の爆発力にあたるが、それは日本で使われた原爆の約70倍の爆発力であり、20メガトン爆弾は、その一千倍をはるかにこえる爆発力をもつ。
 
 こうした抽象的な数字では頭が麻痺し、理解できないので、さまざまな方法で具体的に表現されてきた。そのひとつは、1メガトン爆弾一個にあたるTNT火薬の量を鉄道輸送した場合の絵を描くことである。このためには、200マイル(約320キロメートル)の長さの列車が必要であると見積もられている(271)。戦争の中で、一個の1メガトン爆弾を使うことで敵に対して死と破壊をもたらす場合、敵地で爆発させるために、そこへ向かうTNT火薬を積んだ200マイルの長さの列車を頭に浮かべれば、この現象を理解する助けとなる。これを国際法が合法的行為とするとは言い得ないことである。もし列車が200マイルの長さでなく100マイルであれ、50マイルであれ、10マイル、あるいはたったの1マイルであっても何ら違いはない。また、爆弾が5メガトンの場合で、列車が1000マイルの長さであろうと、あるいは20メガトンの場合のように4000マイルの長さであろうと、同じようになんら問題ではない。
 
 本法廷が審議している兵器の威力とはこういうものであり、歴史的にこれまで存在したすべてのものを、たとえそれらをすべてまとめて考えたにせよ、はるかに上まわるものである。5メガトンの兵器は、第二次世界大戦で使われた爆弾すべての爆発力を上まわり、20メガトンの爆弾は、「人類史上すべての戦争で使われた爆発物の全体をも上まわる」(引用同じ)。
 
 広島と長崎で使われた兵器は、今日の兵器と比べれば「小さな」兵器であり、すでに見たように、1メガトンの爆弾は、広島型原爆70発分、15メガトンの爆弾は、広島型原爆のおよそ一千発分にあたる。それでも、この先例のない規模の破壊力は、この爆弾独特の特徴のひとつにすぎないのである。それは、空間的にも時間的にも抑えることができない点で比類なきものである。それは、人類の未来にたいする危険の源として独特である。それは、実際に使われたはるか後でさえ、なお人間の健康を継続的に危険にさらす根源として唯一のものである。その、人道法のじゅうりんは、それが大量破壊兵器であるということを超えたもの(272)であり、人道法の核心を深く貫く理性にまで至っている。
 
 原子兵器は、通常兵器と区別される一定の特別な特徴をもっており、それはアメリカ合衆国原子力委員会によって、次のように要約されている。
  「それは、3つの重要な点で他の爆弾と異なる。第一に、原爆が発するエネルギーの量は、もっとも強力なTNT火薬の爆弾で生じるエネルギーの一千倍ないしそれ以上に達する。第二に、爆弾の爆発には、強烈な熱と光に加えて極めて浸透力が強く有毒な不可視光線が伴う。第三に、爆発の後に残される物質は、放射性を帯びており、生命ある有機体に有害な影響を引き起こす放射線を発する」(273)。
 
 以下のさらに詳細な分析は、この法廷に提出された資料に基づくものであり、それらには、審理の中で、核兵器の使用は違法でないと主張する国々からさえも異論がだされていないものである。それらの資料は、法的議論が依拠する基本的事実関係での基礎を成すものであり、それなしには法的議論は、たんなる学問的な議論に還元される危険を持つものである。

(a) 環境と生態系にたいする危険 (274)
 他の兵器では引き起こすことのできない環境に及ぼす危険の範囲は、1987年、世界環境開発委員会によって次のように要約されている。

  「起こりうる核戦争の影響は、環境領域への他の脅威を取るに足りないもとにするほどである。核兵器は交戦行為の発展のなかに質的に新しい段階がおとずれたことを象徴している。一個の水爆は火薬の発明以来あまたの戦争で使われた爆発物の総量よりもさらに大きな爆発力をもつことができる。爆発と熱の破壊的影響を巨大なものに拡大させたことに加え、核兵器は、新たな致死性のある作用である電離放射線をもたらした。それは、空間と時間の両方をこえて、致死的影響を拡大するものである」(275)。
 
 核兵器は、地球の生態系全体を破壊する潜在的力を持っている。すでに世界各国が保有している核兵器は、地上の生命を幾度にもわたって破壊する潜在力をもっている。
 
 核兵器のもう一つの特徴は、審理の中でも述べられたように、針葉樹林、穀物、食物連鎖、家畜、海洋生態系などにたいして電離放射線が引き起こす被害である。

(b) 未来の世代への被害
 生態系への影響は、実際的には見通しうる限りの歴史的将来にわたって広がる。核爆発の副産物の一つ、プルトニウム239の半減期は2万年をこえる。本格的な核兵器の応酬がおこなわれれば、残留放射能が最小値にいたるまでには、いくつもの「半減期」が必要となろう。半減期とは、「純粋なサンプルによる放射の割合が半分に減るまでの期間である。知られている放射性同位体の半減期は、およそ10-7秒から1016年にわたっている(276)。
 
 次の表は、核実験から生じる基本的な放射性物質の半減期を示している。

  核種           半減期
  セシウム137      30.2 年
  ストロンチウム90    28.6 年
  プルトニウム239    24,100 年
  プルトニウム240    6,570 年
  プルトニウム241     14.4 年 
  アメリシウム241     432 年(277)

 理論的には、これは数万年も続くことになる。どのような目的があるとしても、次に続く世代にこのような被害を及ぼす権利は、どの世代も持っていない。どんなレベルの話であれ、こう断言しても問題はないであろう。
 
 本法廷は、どの裁判所にもない権威をもって国際法を語り、それを適用する権限を持った国連の基本的司法機関として、その法体系の中で、将来の世代の権利にたいし当然の承認を与えなければならない。もし、法の下において彼らの利益を承認し、保護できる法廷が存在するとすれば、それは、この国際司法裁判所にほかならない。
 
 この点で、将来の世代の諸権利は、まだ承認を求めてたたかっていたほんの萌芽的な権利であった段階をすでに過ぎ去っていることに留意しなければならない。それらの権利は、主要な条約や法理学上の見解、文明的諸国によって認められた法の一般諸原則などにより、国際法の中に織り込まれている。
 
 条約の中では、1979年のロンドン海洋投棄条約、1973年の絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約、1972年の世界の文化・天然遺産の保護に関する協定などをあげることができよう。これらすべてが、将来の世代のために自然環境を保護する原則を明確に取り入れ、その概念を拘束力ある国家的義務のレベルにまで高めている。
 
 法理学的見解もいまや豊富であり、世代間の平等と学問的に十分に確立された人類の共通の遺産についてを主題とし、概念とする主要な条約もいくつも表れている(278)。その上、全世界の多数の伝統的法体系が今後の世代のために環境を保護する方途についても、自覚が成長している。これらのことに、さらに、1972年の人間環境に関するストックホルム宣言をはじめ、一連の主要な国際的宣言を加えなければならない。
 
 議論の余地ない科学的証拠が幾百もの世代にわたる規模の環境汚染について語っているとき、当法廷が、現在の法によって遠い将来を守る方途について真剣に受け止めることができなければ、法廷は信頼を失うであろう。国連憲章の諸理念は、自らを現在に限定するものではない。それらの理念は、社会進歩と促進の生活の向上を期待しており、そのビジョンは、現在のみならず、「将来の世代」にもわたっている。一見して無限の時間的範囲にわたる環境破壊はそれだけで、国際法の予防的諸原則を実施に移す十分な要因であり、それは諸原則を定める卓抜した権限を与えられた本法廷として、当然適用すべきものである。

(c) 一般市民への被害
 これは、説明を要しない。なぜなら、核兵器はこの点で他のすべての大量破壊兵器を上回るものだからである。国際法の発展についての著名な研究の言葉では次のように言われている。
 
 「大量殺戮兵器、いわゆるABC兵器(原子兵器、生物学兵器、化学兵器)の特徴は、それらの破壊力を空間的にも時間的にも軍事目標に限定することができないところにある。その結果、これらの兵器の使用は、見通しがつかずあらかじめ決定することもできない大量の一般市民の消滅を意味することになる。これはまた、それらの兵器の実使用が、たとえ明示的な条約の条項が存在しなくとも国際法に反することを意味するものであり、さらに、大量破壊兵器の問題が狭い意味での国際法の領域をこえて発展し、異なる社会体制をもつ国家間の平和共存の重要問題のひとつとなった、というのもまた事実であることを意味している。」(279)

(d) 核の冬
 核兵器による交戦でおこりうる事後の影響のひとつは、核の冬である。それは、核兵器が引き起こす都市や森林、地方などの火災により、何億トンにものぼる煤煙が大気圏に溜まることで引き起こされる状態である。煙の雲や多数の爆発から生じる粉じんは太陽光をさえぎり、世界中で農作物の凶作と地球的規模の飢餓をつくりだす。「核の冬について:多数の核爆発の地球的影響」(280)と題するトゥルコ、トゥーン、アッカーマン、ポラック、セーガン(Turco, Toon, Ackerman, Pollack, Sagan。これらの著者の頭文字を取り、TTAPS研究として知られている)の報告からはじまって、核戦争がつくりだす灰塵や煙の雲の影響についての細部にいたる膨大な科学研究がおこなわれた。TTAPSの研究は、地球のひとつの半球の煙雲が数週間のうちに別の半球へと移りうることを示している。TTAPSやその他の研究は、実りの時期に核の冬によってほんの少し気温が下がるだけで、半球全体に広大な大凶作を引き起こしかねないことを示している。このような結果は、したがって、非交戦諸国にとっても不吉なものである。

  「核の冬の気候上の影響と、そこから生じる社会的生産基盤の破壊によってさらに悪化する食糧不足が、核の爆発によってただちに起こる影響以上に深刻な全般的影響を地球全体の住民に与えることは、いまや意見の一致するところとなっている。核戦争後の世界で、人類が逃げ込むことのできる環境上の余地を失うであろうことは、ますます明らかになっている」(282)。

(e) 生命の喪失
 一発の爆弾の使用、限定戦争のとき、そして全面戦争の場合におけるWHOの推定した死者数は、100万から10億までの差があり、さらに、それぞれの場合で、ほぼ同数の負傷者がうまれるとしている。
 
 戦時における、広島と長崎でのたった2発の核兵器使用で生じた死者は、日本の代表によれば、35万と24万の全人口にたいしてそれぞれ14万人と7万4千人にのぼった。もしこれらの爆弾が東京、ニューヨーク、パリ、ロンドン、モスクワなど、数百万規模の、より人口の密集した都市で爆発していたなら、死者数は、数えきれないほどさらに多くなっていたであろう。
 
 長崎市長が法廷に与えた興味深い統計では、773の英軍機によるドレスデンの爆撃とそれに続いておこなわれた450の米軍機の投下した65万発の焼夷弾の雨が引き起こした死者数は13万5千人であった。これは、今日の基準で見れば「小さな」爆弾であった一発の広島の核爆弾とほぼ同じ結果である。

(f) 放射線の医学的影響
 核兵器は、放射性降下物の存在に加えて瞬間的な放射線をつくり出す。
 「核融合爆弾あるいは水素爆弾として知られる熱核兵器と同様、残留核放射線が、核分裂爆弾、あるいは原子爆弾の特徴であることは、十分に確立されている」(283)。
 
 以上の直接的影響に加えて、人間と環境に作用する電離放射線が引き起こす、より長期の影響がある。そのようなイオン化は、細胞を傷つけ、そこで生じる変化は細胞を破壊し、あるいはその機能を衰えさせる(284)。
 
 核攻撃のあと、被害者は熱、爆風、放射線に襲われ、放射線の影響の個々の研究は爆風と熱による負傷のため複雑なものとなる。しかしながらチェルノブイリ事故は放射線のみの影響についての研究の機会となった。それは以下のことからである。
 
 「チェルノブイリは、爆風や火傷、あるいはその両方によって複雑化されていない、人間に対する全身被爆の影響についての有史以来の最大の経験となった」(285)
 
 ケロイドやガンなどの長期的影響とは別に、これらの影響には短期の食欲不振、下痢、新たな血液細胞生成の停止、出血、骨髄損傷、中枢神経損傷、けいれん、血管障害、心臓血管障害などが含まれている(286)。
 
 放射線被害のみが引き起こされたチェルノブイリは、比較的人口密度の希薄な地域であったが、強力な国家の医療資源にとって過大な負担となり、ソ連全土から医療要員と医薬品、その他の装備――5000台のトラック、800台のバス、240台の救急車、ヘリコプターと特別列車など――をつぎ込むことが必要であった。それでもチェルノブイリの爆発は、およそ半キロトンの爆発(同、p. 127)にあたるもので、比較的「小さな」広島型原爆のおよそ25分の1であり、しかも、その広島型原爆は、1メガトン爆弾の70分の1である。すでに見てきたように、今日の核兵器には何メガトンもの爆弾が含まれている。
 
 放射線の影響はたんに人々を苦しめるものであるだけでなく、生涯にわたって続くものである。広島、長崎では、長く苦痛に満ちた人生のあと、核爆弾がこれらの都市を襲ってから数十年の後に死が訪れている。広島市長は、本法廷で被爆者たちのいつまでも続く苦痛の一部を説明したが、これらの苦痛のすべては、この問題をめぐって発展してきた膨大な文献の中に十分に収録されている。インドネシアは、アントニオ・カッセスの『現代の暴力と法』(1988年)について言及したが、それは、「人間の苦難の質は数字と統計からのみ表れてくるものではなく……、生存者の話からもまた現われるのである。これらの恐るべき苦難の記録は数多くあり、広く知られてもいる」(288)という事実に注意を喚起している。
 
 この点で、「広島・長崎被爆50年国際シンポジウム」に収録された諸資料など、裁判所書記局が受理した多くの文書にも言及しておくべきである。これらの苦難の詳細についてはごく短く要約することは、この「意見」においても、それを試みることすら不可能である。
 
 放射線により長く続く死者の数は、いまなお増えつづけている。日本の代表が本法廷に提出した統計によれば、生き延びることはできたが放射線を浴びた32万を越える人々は、白血病、甲状腺ガン、乳ガン、肺ガン、胃ガンなど放射線が引き起こす各種の悪性腫瘍や白内障、そのほかさまざまな後遺に、半世紀余りが過ぎた現在でも悩まされている。現在、世界に蓄積された、それらの何倍もの爆発力をもつ核兵器をもってすれば、被害の規模は指数関数的に拡大することになる。
 
 WHOが述べているように(CR 95/22, p. 23-24)、放射線の過剰な被曝は、体の免疫体系を抑制し、感染症や各種のガンなどに被害者をかかりやすくする。
 
 すでに述べられた遺伝的影響や醜いケロイド腫瘍の増大を別としても、放射線障害は心理的な傷を生じさせる。このことは、広島、長崎の被爆者の間でいまも認められることである。放射線障害は、直接被爆、地上から放出される放射線、放射能に汚染された建物からのもの、そして、爆発の力で成層圏まで巻き上げられた煤煙やちりから何カ月も後になって地上に降ってくる放射性降下物などによって引き起こされる(289)。
 
 これらの要因に加えて、核戦争の医学的影響にかんする膨大な個別資料が存在する。この医学的資料のより全面的な検討は、WHOの要請に関する私の「反対意見」でおこなわれている。その医学的資料もまた、核兵器の独特の影響についてのこの検討の一部として扱われるべきものである。

(g) 熱と爆風
 核兵器は、熱、爆風、放射線の三とおりの被害を引きおこす。WHOの代表も述べたように、最初の二つのものは、通常爆弾の爆発から生じるものと量的に異なるものであるが、三番目のものは、核兵器に特有のものである。瞬間的な放射線に加えて、放射性降下物も生まれる。
 
 核兵器の特徴は、それが生みだす熱と爆風の大きさにかんする統計にも見ることができる。日本の代表は、広島と長崎の爆発が、摂氏数百万度の熱と数十万気圧の爆風を作り出したとの推定に注意を喚起した。核爆発のこうこうたる火球のなかの温度と風圧は、実際、太陽の中心部のそれと同じであると言えよう(290)。爆発からおよそ30分後、竜巻と大火災がおこった。これらが原因で広島では70,147戸、長崎では18,400戸の家屋が破壊された。広島市長が本法廷に提出した数字によれば、最初の衝撃波による爆風は、風速一千マイルに近いものであった。
 
 爆風は、
「人々と残骸とを吹き飛ばし、それらは静物にぶつかり、また互いに衝突しあった。複雑骨折、裂傷、頭蓋骨や手足、内臓の破壊など、生じたと見られる負傷のリストは果てしないものであった」(291)。

(h) 先天性奇形
 世代間にまたがる核兵器の影響も、他の種類の兵器と核兵器とを区別するものである。ソロモン諸島の代表団が述べたように、爆弾の悪影響は、「人類の遠い将来にまでいたる事実上、永久的なものである。しかも、それはもし人類に未来があるならばということであり、核による紛争は、それさえも疑問にする」(CR 95/32, p. 36)。それぞれの世代が遠い将来まで引き継がなければならない環境に対する被害を別にしても、放射線は、遺伝的損傷を引き起こし、広島、長崎、マーシャル諸島、太平洋の他の島々もで示されたように奇形や欠陥をもつ子孫をつくりだす(広島、長崎では、爆心付近にいた被爆者と呼ばれる人々は、このために、彼らに対して長年の社会的差別があったことを訴えている)。長崎市長は次のように述べている。
 
 「遺伝的要因については未知の部分が多く、今後、数世代にわたって観察する必要があるといわれており、被害者の子孫は、これから何代にもわたって、不安をかかえながら生きていかねばならないのであります。」(CR 95/27, p. 43)
 
 広島の市長は、法廷に対して、「母親の胎内で放射線を浴び、その後に生まれた子どもたちのなかには、知能の遅れと身体の欠陥を伴った小頭症に代表される症状もあらわれました」(同上、p. 29)と述べ、次のように言っている。
 
 「これらの子どもたちには、今や健常者になる道はなく、医学的にも何ら施す術は残されていません。何の罪もない当時の胎児たちの生涯に、原爆は、消え去ることのない烙印を焼き付けたのです」(同上、p. 30)。
 
 日本での被爆者の社会問題に含まれるものは、ひどいケロイドの生成だけでなく、子供の奇形や、被爆し、子供たちに奇形の因子を伝える欠陥のある遺伝子をもっていると考えられている者などがある。これは、被爆のはるか後に現われ、何世代にもまたがる重大な人権問題である。
 
 マーシャル諸島のリジョン・エクニラング夫人は、法廷に対し、核兵器の大気圏実験が行なわれるまではその島では一度も見られなかった遺伝的異常について語った。彼女は、島の住民が放射線で被爆したのちにあらわれた様々な出生時の異常について、法廷で心をゆさぶるような描写をおこなった。彼女によれば、マーシャルの女性は、
 
 「私たちがそうあってほしいと思っている子どもを産むのでなく、『もの』を、それも『タコ』とか『リンゴ』とか『カメ』、あるいは私たちが知っている他の『もの』としか言い様のないものを産むのです。この種の赤ん坊たちを表すマーシャル語の言葉はありません。なぜなら、放射線がやって来る前は、このような子どもたちが生まれたことはなかったからです。
 
 ロンゲラップ、リキエプ、アイルクやその他のマーシャル諸島の環礁に住む女性たちは、これらの『怪物のような子ども』を産みました。……リキエプの一人の婦人の産んだ子には頭が二つありました。……アイルクには幼い女の子がいますが、彼女にはひざが無く、それぞれの足に指が三つづつあり、片腕がありません。……
 
 ロンゲラップと周辺の島々でもっとも良く見られた出生異常は、『クラゲ状の赤ん坊』でした。これらの子どもは生まれたとき、体に骨がなく、皮膚は透きとおっています。脳や心臓が鼓動しているのが見えるのです。…多くの女性が異常妊娠で死に、死ななかったものも、紫色のぶどうの房のようなものを産みます。私たちはそれをすばやく隠し、埋めます。……
 
 こんなに遠くまで旅行し、今日、この法廷に立った私の目的は、私たちマーシャル人が体験した被害を、世界のどの社会にも繰り返させないよう、みなさんにできることをしていただきたいとお願いするためです。」(CR 95/32 p. 30-31)
 
 奇形児の出産の経験を持つ別の国であるバヌアツからも、本件をこの法廷に照会する件で議論した世界保健機関の総会で、同様の感動的な報告がなされた。バヌアツの代表は、妊娠9カ月で、「呼吸はしているが顔も足も腕もないもの」が産まれたことについて発言した。(292)

(i) 国境を超えた被害
 ひとたび核爆発が起これば、たったひとつの局地的な爆発であってもその降下物は国境の範囲にとどまらない(293)。WHOによれば、それは、何百キロも風下に広がり、降下物からのガンマ線は、国境を超え、地上に堆積する放射能や大気からの呼吸、汚染された食物の摂取、空中に浮遊する放射能の吸入などをつうじて人体に達する。この「意見」に添えられている図表(訳注――略)は、通常爆弾と核兵器のそれぞれから被害を受ける地域を比較したWHOの研究の抜粋であるが、このことを疑問の余地なく示している。中立国の住民もさらされる危険とはこういうものである。
 
 地下実験をおこなっている国も含め、すべての国は、地下核爆発をおこなう場合、環境汚染を防ぐために極度に入念な保護措置が必要であることで一致している。戦時における核兵器使用の場合、核兵器は必然的に大気圏あるいは地表で爆発するわけであり、このような事前の注意は明らかに、まったく不可能である。大気圏での核兵器の爆発は、そうした恐るべき被害をもたらすことが認められているため、部分的核実験禁止条約によってすでに禁止されており、全面実験禁止条約に向けて大きな前進がなされている。もし、核保有国がいま、注意深く管理された実験の条件のもとでも、地下爆発が健康や環境にたいしてそれほど恐ろしいものであり、禁止すべきものであると認めるのであれば、このことは、制御し得ない条件のもとでの地上爆発を受け入れうるものとする立場とは、まったく矛盾するものである。
 
 放射線の国境を超える影響は、核反応の副産物を封じることができなかったため広大な地域に深刻な被害をもたらしたチェルノブイリの炉心溶融事故によっても示されている。住民の健康、農作物や酪農製品、そして数千平方マイル内の人口動態が、かつてなかったようなやりかたで影響を受けた。1995年11月30日、国連の人道問題担当事務次長は、ベラルーシでは、甲状腺ガンの罹患率が事故前の285倍にのぼっており、その多くは子供たちであること、ベラルーシ、ロシア、ウクライナでは今なおおよそ37万5千人の人々が避難先におり、しばしば住む家もないこと――この数は、ルワンダで紛争によって生まれた難民の数に等しい――、そして、あれこれの形で被害を受けた人の数は、約9百万人にのぼること、などを発表した(294)。チェルノブイリ事故から10年たったいまも、悲劇はロシアだけでなく、スウェーデンなど他の国にも影響を残している。核兵器によって被害を引き起こす意図的試みではなく、たんなる事故であり、核兵器に付随する熱や爆風による負傷を伴わなくても、こういう結果をもたらしたのである。それらは、核兵器の三つの致命的分野のひとつにすぎない放射線の被害のみをあらわしている。それらは、広島、長崎の被爆に比べてもかなり規模の小さい出来事から生じたのである。

(j) すべての文明を破壊する潜在的能力
 核戦争はすべての文明を破壊する潜在的能力をもっている。こうした結果は、核保有国の兵器庫にすでに存在している兵器のほんの一部の使用によってでも引き起こされる。
 元国務長官のヘンリー・キッシンジャー博士は、ヨーロッパへの戦略的保証に関連してかつてこう述べた。
 
 「ヨーロッパの同盟国は、われわれが実際には本気になれないような、あるいはもし本気であったとしても実行に移したいなどと望むべきでない戦略的保証の強化をわれわれにせがみ続けるべきではない。なぜならば、もしわれわれがそれを執行すれば、それは文明そのものを破壊する危険をおかすことだからである」(294)。
 
 そこで、1961年から1968年までアメリカ合衆国の国防長官であったロバート・マクナマラは、次のように書いた。
 「それぞれの側が何万発もの兵器をなお使える状態でもっているのに、核戦争を、何十発あるいは何百発の核兵器の爆発の範囲に抑えることができるなどと期待することは、現実的であろうか? 答えは明らかにノーである」(296)。
 
 兵器の貯蔵は、多分減っているのだろうが、何千とかあるいは何百とかという兵器を考える必要はない。この「意見」の冒頭で概略したような破壊のすべてを引き起こすには、数十発の兵器で十分である。
 
 核兵器の使用に伴う危険とはこういうものであり、いかなる国と言えども、その国自体への危険がどのようなものであれ、これを冒す資格は持っていない。自分の利益を守る個人の権利は、その個人の敵に対して有する権利である。その権利の行使にあたって、彼が自分の住む村をも破壊する資格を持っているとみなすことはできない。

<i> 社会の諸制度
 司法、立法、警察、医療サービス、教育、輸送、通信、郵便や電話、新聞など、秩序ある社会のすべての制度は、核攻撃があれば、その直後からすべて消え去る。国の指揮機関や高いレベルの行政機関も麻痺する。「人間の歴史のなかでこれまでに例のない規模の社会的混乱」が生まれる(297)。

<ii> 経済構造
 経済的には、社会は、中世を越えて人間のもっとも原始的な過去のレベルにまで後退せねばならなくなるだろう。このシナリオを検討した、もっともよく知られている研究のひとつは、その状況を以下のように要約している。
 
 「課題は、……もとの経済を回復することではなく、もっとはるかに原始的なレベルの新しい経済を発明することである。…… 例えば中世の経済は、現代よりははるかに生産性が低いが、それでも過度に複雑であり、20世紀経済の廃墟のなかで中世の経済の仕組みを突然つくりだすことは人々の手にあまることになろう。……宇宙時代の残骸のなかに座って、彼らは、まわりを囲んでいる粉々にされた現代の経済のかけら――ここには自動車があり、あちらには洗濯機があるといった――が彼らの基本的な必要になんら見合うものでないことに気付くだろう。……彼らは、自動車産業やエレクトロニクス産業の再建を心配することにはならない。彼らが心配するのは、森の中で放射能に汚染されていない草の実をどう見つけるかであり、食用の樹皮はどの木から取れるかといったこととなろう」(298)。

<iii> 文化遺産
 この点でさらに述べておくべきことは、いくつもの時代にわたる文明の進歩をあらわす文化的遺産の破壊のことである。この面での文明保護の重要性は、1954年5月14日、ハーグ条約で、武力紛争の際の文化遺産の保護として認められ、文化遺産は特別に保護されるべきことが宣言された。人々の文化的精神的遺産を構成している歴史的建造物、芸術作品、礼拝の場などは、いかなる敵対行為の目標とされてもならない。
 
 同条約の追加議定書Uは、人々の文化的精神的遺産を構成する文化的財産や礼拝の場を攻撃してはならない、と規定している。これらの攻撃は、条約および議定書に定められた人道法の重大な侵害である。戦時の文化保護は、国際社会によってきわめて重要であると考えられたため、国連教育科学文化機関(UNESCO)は、「戦時における文化保護特別計画」を作成した。これまで文化的建造物が破壊された時はいつも、世論の怒号と、戦時法の侵害に対する非難がおこった。
 
 だが、核爆弾がこうした文化遺産をしんしゃくしないものであることは明らかである(299)。それは、文化的建造物であろうとなかろうと、破壊の及ぶすべての範囲であらゆるものを焼き尽くし、破壊し尽くす。
 
 第二次世界大戦中の多くの大都市への爆撃にもかかわらず、これらの都市の多くの文化的建造物は、戦争の破壊をまぬがれた。核戦争の場合にはそうはいかない。
 
 すべての国で、これが極めて重要な特色であることは、この問題についての統計からも見て取ることができる。ドイツ連邦共和国だけを見ても、リストにあげられた文化的建造物の数は1986年にはおよそ100万で、そのうちケルンだけでもおよそ9000の建造物が登録されている(300)。ケルンのような都市への核攻撃は、この場合はドイツから、そして国際社会全体から、文化的継承物の相当部分を奪うものである。というのは、一発の爆弾で、9000の建造物は跡形もなく、ごく簡単に破壊されるからである。これは、第二次世界大戦中の戦時爆撃のいずれもなしえなかったような結果である。
 
 他のすべての構造物とともに、それらはすべて、核爆弾のあとに残される放射能を帯びた瓦礫の砂漠の一部となる。もし人類の文化的継承物の保存が文明にとって何らかの価値を持つものならば、それが核兵器によって犠牲とされることが不可避であることに留意することは重要である。

(k)  電磁波
 核兵器に特有のもうひとつの特徴は、電磁波である。文献によれば、これは大気圏上空の空気の粒子から電子を引き離す効果を持ち、これらの電子が地球の磁場によって引き剥がされる。それらが磁力の線に沿って舞いおりてくるとき、まったく突然に、強力なエネルギー爆発、つまり電磁波を発生させ、あらゆる電子機器を破壊する。これらのシステムはめちゃくちゃに狂うため、すべての通信網はとだえ、(重要な社会サービスのうちとりわけ)保健活動はとだえ、組織的近代生活は破綻する。核攻撃に対応するためにつくられたはずの指揮・管制システムさえ狂いかねず、こうして意図せずに核兵器が発射される新しい危険さえもつくりだす。
 
 標準的な科学辞典、「電子百科事典」は、電磁波の影響を以下のように説明している。
 「電磁波、核のパルス;大気圏での核爆発によって放射される強力な電磁エネルギーのパルス。爆発の最初の数ナノ秒のあいだに放射されるガンマ線同士の衝突によって起こされる。高度およそ400キロメートルでの平均的爆発力の核爆発によってうみ出される電磁波は、アメリカ合衆国のような広い国でも半導体電子装置やそのエネルギー伝送網の大部分を瞬時に、しかも、地上で感知できる他のなんの影響も伴わず、破壊する能力を持つ。その軍事的影響がどういうものか推測することはたやすいことである(301) 」。(書記局による翻訳)
 
 電磁波の重要な側面は、それが猛烈な速さで伝わることであり、放射能汚染によって引き起こされる通信システムの破壊が瞬時に国境を超えて広がり、中立諸国の通信網や各種の基本的サービスを妨げることである。現代社会におけるすべてのレベルでの電子通信網の役割の大きさを考えれば、このことはそれら中立諸国に対する不当な干渉である。
 
 電磁波のもうひとつの重要な側面は、電力と核兵器からの制御システムへの打撃である。実際、電磁波は、その影響範囲内に原子力施設があった場合、炉心溶融事故にもつながりかねない(302)。

(l) 原子炉の損傷
 広大な破壊範囲と放出される膨大な熱は、爆弾そのものからの放射能に加え、その範囲にあるすべての原子力発電所から危険なまでのレベルの放射能を放出させる危険をつくりだす。ヨーロッパだけでも大陸全体を通じて200以上の原子力発電所が点在しており、その一部は人口密集地帯の近くにある。さらに、150のウラン濃縮施設がある(303)。損害を受けた原子炉は、

  「150マイルも風下の被害者たちに致死量の放射線を浴びせ、600マイル以上離れたところまで重大なレベルの放射能による環境汚染をつくりだす」(304)。
 
 どの国であれ、世界の現在の原子炉の総数450基の一部が設置されている国に核兵器が使われれば、その後には、一連のチェルノブイリが生まれることになる。
 
 そのような放射線の影響には、食欲減退、新たな血球の製造停止、下痢、出血、骨髄の損傷、発作、血管障害、心臓血管障害などが含まれる(305)。

(m) 食糧生産への打撃
 直接の影響がその兵器が引き起こす被害のもっとも破壊的な部分をなす他の兵器と違って、核兵器は、後から襲う後遺のほうが、その直接の影響に比べてはるかに重大な被害を引き起こしうる。詳細な専門的研究である「核戦争の環境におよぼす影響」は、核戦争の間接的影響についてはなお一部に不確かなことがあるとしながら、こう述べている。
 
 「しかしながら、確かに言えることは、地球の人類は、核戦争そのものの直接的影響よりも、とりわけ食糧生産、食糧の確保などへの影響に介在される核戦争の間接的影響にたいしてのほうが、はるかに脆弱だということである」(306)。
 
 核の冬は、もし多数の核兵器の打ち合いによって引き起こされれば、地球のすべての食糧供給を破綻させる。
 
 1954年、太平洋でのアメリカ合衆国の実験の後、実験後8カ月もの長さにわたって太平洋各地で捕獲された魚は汚染され、人間の消費に適さなかった。日本各地では穀物が放射能を帯びた雨に影響された。これらは、原水爆禁止日本医師の会(ママ)によって任命された医療専門家国際委員会の研究結果に含まれている(307)。さらに、
 
 「核兵器の使用は、水や食糧、さらには大地やその上で育つ植物まで汚染する。これは、直接の核の放射線にさらされた地域だけではなく、放射性降下物の影響を受ける、事前に予想のつかないはるかに広大な地域である」(308)。

(n) 自衛から生じる複数の核爆発
 もし兵器が、最初の核攻撃の後に自衛のために使われたなら、すでに最初の核攻撃の影響にもちこたえた生態系は、その上さらに報復攻撃の影響も吸収しなければならず、しかもその報復攻撃は、攻撃を受けた国が著しく荒廃し、求められる正確な量の報復力の正しい計算ができないため、一発の兵器なのかそれ以上なのかもわからなくなるのである。そのような状況では、あるかぎりの報復用兵器をすべて発射するという傾向が、いかなる現実的な情勢評価にも入り込むにちがいない。そうした状況下では、生態系は、永遠に回復不能な被害を受けることが不可避であるような、多数の同時的核爆発の圧力のもとにおかれることになる。人口が密集した主要都市が目標とされることになり、文明社会の基本構造は破壊されるだろう。
 
 過去のもっとも残酷な征服者の何人かについては、彼らが反抗的な町を征伐した後は、そこに生命の存在を示す音もきざしも、犬の遠吠えや子猫がのどを鳴らす音さえも残さないよう町を破壊し尽くした、といわれている。もし誰であれ、国際法を学ぶものが、こうした後遺が戦争法規に反するかどうかと尋ねられれば、答えはまちがいなく、「もちろんそうだ」ということになろう。こういう質問が必要とされること自体、いささか驚くほどである。この高度発展の時代においては、核兵器はさらに進化し、気味悪い静けさにつつまれた完全な荒廃以外には後に何も残さないのである。

(o)「きのこ雲の影」
 オーストラリア政府の提出文書(CR 95/22, p. 49)に指摘されているように、戦後世代のすべての者は、ときとして「きのこ雲の影」と呼ばれる恐怖の雲の下におかれ、それは人間の未来についてのあらゆる思想の中に浸透している。とくに子どもたちの考え方に運命の覆いのようにかぶさってきたこの恐怖は、それ自体が悪であり、しかも核兵器が存在する限り続くものである。若い世代は希望の風土に育つことが必要なのであって、人生のある時点で、彼らが愛したものすべてとともに、自国が加わってさえいない戦争で生命が瞬時にして吹き消されたり、健康を破壊されたりするかも知れないという絶望の中で育てられるべきではない。
* * *
 この情報の主要部分は、多くがすでに国際法のもとで禁止されている大量殺戮兵器のなかでも核兵器は突出したものであり、人類が何世紀にもわたって築いてきたものや、生存維持のために依存しているすべてのものを破壊する能力において比類ないものであることを示している。
 
 私は、ロスアラモスのマンハッタン計画に加わったイギリスチームの一員であり、1983年、WHOがおこなった核戦争の健康と保健サービスへの影響調査の報告者となり、そしてノーベル賞受賞者であるジョゼフ・ロートブラットの法廷陳述を引いてこの章を結びたい。ロートブラット教授はある国の代表団のメンバーであったが、健康を害して法廷に出席することができなくなった。以下が、彼の法廷陳述のくだりである。
 
 「私は、イギリスとアメリカが準備した陳述書を読んだ。核兵器使用を合法とする彼らの見解は次の三つの前提に基づいている。 a) それらが必ず不必要な被害を引き起こすわけではない、 b) それらが一般市民に必ず無差別に影響を及ぼすわけではない、c) それらが必ず第三者の国家の領土に影響をあたえるわけではない。すでに述べ、また言及したWHO報告でも述べたように、いかなる道理ある想定の組み合わせに基づいても、彼らの議論はその三つのすべての点において成り立たない、というのが専門家としての私の意見である」(CR 95/32, 付属文書p. 2)。
 

4.核兵器の特殊性
 このように事実関係を検討してきたあとでは、法理的議論はほとんど余計なものとなる。というのは、いかなる法制度も、その制度が仕える社会全体と、太古の昔からそれを支えてきた自然環境との壊滅と破壊を許す原則をその内部に包含することができないことは、ほとんど議論の余地がないからである(309)。その危険が圧倒的であるため、それに対応する法的諸原則の範囲も次々と広がってくる。
 
 この「意見」の現在の段階では、大量破壊兵器のなかでさえも核兵器が独特のものであると考える理由を概略しておけば十分である。核兵器は、
 1. 死と破壊を引き起こし、
 2. ガン、白血病、ケロイドやそれらにともなう苦痛を誘発させ、
 3. 胃腸、心臓血管、その他の障害を起こし、
 4. 核使用のあと何十年にわたって、すでに述べたような健康問題を誘発させ、
 5. 将来の世代の環境上の権利を侵害し、
 6. 先天的奇形、精神遅滞、遺伝的障害を引き起こし、
 7. 核の冬を起こす可能性をつくりだし、
 8. 食物連鎖を汚染・破壊し、
 9. 生態系を危険にさらし、
 10. 致死量の熱と爆風を生み出し、
 11. 放射線と放射性降下物を生み出し、
 12. 破壊的な電磁波を起こし、
 13. 社会の崩壊を引き起こし、
 14. すべての文明を危険に陥れ、
 15. 人類の生存を脅かし、
 16. 文化的荒廃をもたらし、
 17. 影響は何千年もの期間にわたり、
 18. 地球の生きとし生けるものすべてを脅かし、
 19. 将来の世代の権利を回復不能なまでに破壊し、
 20. 一般市民を全滅させ、
 21. 隣接諸国に被害を与え、
 22. 心理的ストレスと恐怖の症候群をつくり出す。
    
 これらは、他のどの兵器もなし得ないことである。
 
 これらのどの一つをとっても、引き起こされる懸念はあまりに重大であり、人道法の諸原則をとりわけ強く引き付ける、独自の範疇に核兵器を置くに足るものである。組み合わせてみれば、それらは、諸原則の適用の主張を反論しがたいものとする。このリストは、完全とは程遠いものである。にもかかわらず、最近の研究の一節をひけば、

  「20世紀の人間にとっての希望のすべては、もし核戦争が始まれば失われてしまうということがひとたび明らかになれば、核兵器の影響についてこれ以上学んでも、意味のある知識はもはやほとんど得られない」(310)のである。
 
 国連総会が採択した「核破局の防止に関する宣言」(1981年)の言葉は、以上の事実全体をうまく要約している。
 
 「過去の戦争と、人々にふりかかったその他の災害のすべての恐怖も、地球上の文明を破壊する力をもった、核兵器の使用に特有な恐怖に比べれば色あせるであろう」(311)。
 
 本法廷が直面している法的問題の検討の背景は、ここにこそ存在している。この背景にある厳しくおぞましい事実から離れれば、法的問題にたいして有効に対応することはできない。人道のすべての原則にたいしてここまで破壊的なこれらの帰結に、受け入れられている国際法の諸原則を対置してみれば、その結果はほとんど疑う余地はあるまい。このあとの議論が指摘するように、人道の諸原則は核兵器の影響によって乱暴に侵害される。この討論は、これら核兵器の影響と戦争法規の人道的諸原則とが自己矛盾をはらんでいることを示すであろう。
 

5.現在と1945年の科学知識の相違点
 1945年7月17日、スチムソン米陸軍長官は、「子どもは無事生まれた」という暗号によってイギリスのチャーチル首相に、ニューメキシコの砂漠で実験用核爆弾の爆発が成功したことを伝えた(312)。この未知の兵器の登場が暗号であったにせよ、そのように表現された運命の日から、爆弾の影響に関して知識の世界は発展を遂げた。
 
 確かに爆弾の威力についての知識の多くは当時も入手可能であった。しかし、核兵器の影響に関して現在使うことのできる知識の量は、指数的に大きなものである。多くの軍事研究に加え、WHOや核戦争防止国際医師の会(IPPNW)、核の冬についてのTTAPSの研究、環境問題科学委員会(SCOPE)の研究、国際科学連合評議会(ICSU)、国連軍縮研究所(UNIDIR)など、文字どおり何百もの関係諸組織によって詳細な研究がなされている。その資料の多くは、WHOやこの問題で法廷に出廷したさまざまな国によって法廷に提出され、あるいは図書館に付託されている。
 
 1995年という背景で検討された核兵器の使用における知識と道義と適法性の問題は、こうして、1945年を背景として検討されたそれらの問題とは大きく異なるものであり、この膨大な量となった情報に照らして全面的に新しいアプローチを必要としている。この付け加わった情報は、本法廷にいま提訴されている適法性の問題に深い影響をもつものである。
 
 その行動の結果について全面的な知識を持っておこなわれる行動は、その結果について何も知らずにおこなわれる同じ行動とは、法律上では完全に異なるものである。今日核兵器を使う国家はどの国家であれ、その結果を知らなかったなどと言っても、誰も耳を貸すものではない。核兵器使用の適法性の問題は、1996年には、この膨大な知識を背景としてのみ検討することができるのである。
 

6.広島と長崎は、核戦争が生き残り可能なことを示しているか?
 人道法の諸規則のこれらすべての具体的諸問題のなおその上にあり、ある意味ではそれらすべてを一つの全体的な考えに融合したのが、標的となる人々、実際には人類そのものの生存可能性の問題である。生存可能性とは、一つひとつの個別の人道法の原則の基礎にある、それぞれ個々の危険の極限状況である。われわれは核戦争によってその状況に達する。核戦争は人類とすべての文明の終わりを招きかねないものであり、かくしてこれらすべての原則が合体する。
 
 核戦争が生き残り得ないものとなる危険についての認識をあいまいにしているのは、広島と長崎の経験である。核兵器が日本で使われ、その国が回復力、復元力を発揮して戦争から立ち直った事実は、核戦争は実際、生き残り可能ではないかという誤った感覚に観察者を誘い込むかもしれない。国際法自体も、この自己満足を示してきた。なぜなら、核戦争は生き残り可能であることが証明されている、という潜在意識上の想定ともいうべきものがあるからである。
 
 したがって、半世紀前の核攻撃の基本的なシナリオと今日の核戦争のありうべき特徴との明確な違いについて、その一部を簡潔に検討する必要がある。
 
 以下に、相違点として留意できよう。
 1. 広島と長崎で使われた爆弾は、15キロトン以上の爆発力のものではなかった。将来の核戦争に使うことのできる爆弾は、この爆発力の何倍にものぼるものである。
 2. 広島と長崎は、戦争を終わらせた。その核戦争の限度は、二発の「小型の」核兵器の使用であった。次の核戦争では、もしそれが起これば、同じように制約されると想定することはできない。何発もの打ち合いが、目に見えているからである。
 3. 広島と長崎では、標的となった国は核保有国ではなかった。また、その支援に駆けつけるような核保有国も存在しなかった。将来の核戦争は、もしそれが起これば、核兵器で全身武装した世界で起こることになる。それらの核兵器は陳列用ではなく、ある目的のために存在するのである。これらの兵器のごく一部であれ、実使用に移される可能性は、したがって、将来おこりうる核戦争においてはかつてなく現実的な危険であることを考えに入れるべきである。
 4. 広島と長崎は、重要都市であったにせよ、日本の政治と行政の中心地ではなかった。これからの核戦争では、交戦諸国家の主要都市と首都とが目標とされる可能性が強い。
 5. 複数の核兵器の打ち合いから起こる核の冬のような深刻な環境上の影響は、広島、長崎で使われた「小型」の爆弾からは生じ得なかった。
 
 したがって、広島、長崎は核戦争の生き残りの可能性を証明するものではない。
 
 それらは、むしろ、将来の核戦争で予期される危険を「ごく小さい規模」で示した事前警告である。核兵器の適法性の問題が、もし科学的データのみに基づき住民への影響を実際的に示すことなしに論じられたなら存在していたかもしれない疑いを、広島と長崎は一掃する。
 
 人道法の諸規則が防止すべくつくられた一つひとつの悪は、こうして、将来の核兵器戦時使用にともなう生き残りの問題と一体のものとなるのである。
 

7.過去からの見通し
 この「意見」の第U章では、その実使用の周知の結果に照らし、また、今日手にし得る科学情報に照らして、核兵器の影響をきわめて概略的に調べてきた。人道法の基準と、実際、国際法の基本的諸原則にこの爆弾がなじまないことは、この「意見」の後半でさらに全面的に議論するにせよ、この証拠に照らして自明のことと思える。
 
 次のことに留意しておくことは、この討論に将来の見通しについての視点を加えることになろう。それは、実使用の証拠が出される以前、そして、現在なら入手しうる豊かな科学的資料が存在する前でさえ、先見性ある観察者は、核爆弾の発明はまだずっと先のことであった当時でもすでに、核爆弾と、国際法をもちろん含めたあらゆる形態の社会秩序が対立することを突き止めていたということである。H・G・ウェルズは、『解放された世界』の中で、物質とエネルギーの相関関係についてのアインシュタインらの研究の結果、1913年には既に知られていた情報を基礎に、この爆弾の創造を見通した。傑出した先見性を持って彼の心を未来に馳せ、彼は1913年に次のように書いた。
 
 「原子爆弾は、国際的な諸問題をまったくとるに足らないものと変えてしまった。……われわれは世界が破壊し尽くされる前に、これらの恐るべき爆発物の使用を止めさせる可能性を考えた。というのは、われわれにとって、これらの爆弾や、それらが先駆的に示しているより大きな破壊力が、ごく簡単に人類のあらゆる関わりと制度とを粉々にしてしまうかも知れないことは、まったく明らかなように思われたからである」(313)。
 
 原子によって解き放たれるであろう力は、理論的には1913年には知られていた。実践での確認がなくとも、爆弾がすべての人間の関わりと制度を粉々にできることを見とおすためには、その理論的知識で十分であった。国際法は、これらの関わりと制度の中でもっともデリケートなものの一つである。
 
 爆弾の威力は、その結果がこうして「まったく明らか」なこととみなされてから40年後に恐ろしい形で誇示され、それからさらに世界がこの問題を検討するのに50年の歳月を費やしていることを考えると、国際法のもとでの核兵器の許容性が、いまだに真剣な討論の対象となっていることは、驚くべきことのように思える。



<上> 引用注
(法廷意見全体のうちの一部分のため、注釈番号は256から始まっている)

256.  The Shorter Oxford English Dictionary, 第三版、1987, Vol.I, p. 840
257.  提出された署名の数にかんする質問にたいし、公文書係は、「署名の数を確実に数えるのは、星の数を数えるようなものだ」と答えている。
258. 「公的良心の宣言」を支持する日本の団体が裁判所書記に連絡してきたところによると、裁判所に保管する場所がないため、1,757,757筆の署名が、ハーグ市内の倉庫に保管されている。これは、本裁判所に寄託された1,564,954筆にさらに追加された署名である。ヨーロッパを本拠地とする別の筋によれば、今回のケースとの関連で受け取った宣言への署名数は、3,691,899筆であり、うち、日本から寄せられた署名数は3,338,408であった。
259.  Albert Schweitzer, Letters 1905-1965, H.W. Baher編集、J. Neugroschel訳、1992, p. 280, 1958年10月3日付けパブロ・カザルスあての手紙。(強調は筆者)
260.  下田 対 日本政府 (1963) Japanese Annual of International Law, pp. 212-252.
261.  ロバート・オッペンハイマーが『バガヴァッドギーター』から引用したもの。ピーター・グッドチャイルド著Robert Oppenheimer: Shatterer of Worlds, 1980参照。
262.  核兵器と法にかんするカナダ会議議事録。発行書名はLawyers and the Nuclear Debate. Maxwell Cohen and Margaret Gouin編、 1988, p. 29.
263.  22 Trial of the Major War Criminals before the International Military Tribunal, 1948, p. 464.
264.  Hiroshima Diary: The Journal of a Japanese Physician August 6-September 30, 1945, 蜂谷道彦著、Warner Wells, M.D.訳・編、University of North Carolina Press, 1955, pp.14-15.
265.  "The Medical and Ecological Effect of Nuclear War" Don G. Bates, Professor of the History of Medicine, McGill University, in (1983) 28 McGill Law Journal, p. 717.
266.  J.B. Scott, "The Conference of 1899", The Proceedings of the Hague Peace Conferences, 1920, pp. 506-507.(強調は筆者)
267.  この側面について戦争問題を現代哲学的に探求した文書として、The Critique of War, Robert Ginsberg編1969がある。 特に、Thomas Mertonによる "War and the Crisis of Language"第6章参照。
268.  Robert S. Hartmanによる"The Revolution Against War", p. 324に引用されている。
269. 「それらの役割は、これら地獄の虚構を力の政治のシステムに組み込むことである。そして、核の世界の市民の頭を鈍らせるのである。」(同書p. 324)
270.  N. Singh and E. McWhinney, Nuclear Weapons and Contemporary International Law, 1989, p.29.
271.  Bates、前掲書p. 719。
272.  第一回国連軍縮特別総会(1978年)の最終文書は、核兵器は大量破壊兵器であると全会一致で類別し、この文書はコンセンサスで採択された。(CR 95/25, p. 17)
273.  Effect of Atomic Weapons, 1950年にアメリカ合衆国原子力委員会が、国防総省との共同で作成。Singh & McWhinneyの前掲書p. 30で引用されている。
274.  環境法にかんしては、V10 (e)以下を参照。
275.  世界環境開発委員会(Brundtland Commission)によるOur Common Future (1987), p. 295, CR 95/22, p. 55.
276.  Encyclopedia Britannica Micropaedia, 1992年版, Vol. 9, p. 893.
277.  出典Radioecology, Holm編、1995, World Scientific Publishing Co.
278.  詳しくは、Edith Brown Weissによる In Fairness to Future Generations: International Law, Common Patrimony and Intergenerational Equity, 1989参照。
279.  Geza Herczegh, Development of International Humanitarian Law, 1984, p. 93. 「ABC兵器」とは、原子 (atomic)、生物学 (biological)、化学 (chemical) 兵器をさす。
280.  Science, December 23, 1983, Vol.222, p. 1283.
281.  ちりをふくんだ雲が一方の半球からもう一方へ移動するという、核の冬の結果によく似た筋書きは、過去におこったケースと何の関連もない未来の物語ではない。1815年、インドネシアでタンボラ火山が噴火したさい大気に吹き上げたちりと煙は、1816年に世界規模での不作と暗く曇った天候を引き起こすほど大規模なものであった。The Scientific American, March 1984, p.58では、バイロンの詩 "Darkness"を掲載している。この詩は、夏がなかった1816年に書かれたと考えられている。1983年12月に、米国上院でおこなわれた核戦争の影響にかんする公聴会で、ロシアの物理学者Kapitza氏は、核戦争の影響に関連して、作家イワン・ツルゲーネフの翻訳によりロシアで最も知られている詩のひとつとなったこのバイロンの詩にふれている。ここに抜粋をあげるが、詩的な洞察力で、核戦争後の世界における人間の絶望と荒れ果てた環境がとらえられている。
"A fearful hope was all the world contain'd;
Forests were set on fire - but hour by hour
They fell and faded - and the crackling trunks
Extinguish'd with a crash - and all was black.
The brows of men by the despairing light
Wore an unearthly aspect, as by fits
The flashes fell upon them; some lay down
And hid their eyes and wept;...

...The world was void,
The populous and the powerful was a lump,
Seasonless, herbless, treeless, manless, lifeless -
A lump of death - a chaos of head clay.
The rivers, lakes, and ocean all stood still,
And nothing stirr'd within their silent depths;
Ships sailorless lay rotting on the sea..."
282.  1986年ケルンで開かれた、国際核戦争防止医師の会(IPPNW)第六回世界大会の議事録に収録された、Wilfrid Bach, "Climatic consequences of Nuclear War"。発行書名はMaintain Life on Earth!, 1987, p. 154.
283.  Singh & McWhinneyの前掲書p.123.
284.  Herbert Abrams, "Chernobyl and the Short-Term Medical Effect of Nuclear War" 前掲のIPPNW会議議事録p. 122。
285.  同書、 p. 120
286.  同書、pp. 122-125.
287.  同書、p. 121.
288.  国際的に知られている当時に書かれたものとしては、John Hersey著 Hiroshima,(これは、1946年8月31日号のNew Yorkerが全ページをさいたものである。その後、Penguin Classic, 1946として発行されている。)、蜂谷道彦著『ヒロシマ日記』Hiroshima Diary: The Journal of a Japanese Physician August 6 - September 30, 1945 (University of North Carolina Press, 1955)、 The Day Man Lost: Hiroshima, 6 August 1945 (Kodansha, 1972)がある。これらは数多い文献のうちのほんの一部である。
289.  放射線の影響に関しては、ノーベル平和賞受賞者ジョセフ・ロートブラット氏による、Nuclear Radiation in Warfare, 1981を全体として参照のこと。
290.  Bates、前掲書p.722. 『バガヴァッドギーター』の中で「太陽の何千倍も明るい」と言及されている部分は、Robert Jungk著 Brighter than a Thousand Suns: A Personal History of the Atomic Scientist, Penguin, 1982や、オッペンハイマーによる引用が有名であるように、核科学者に広く使われている。
291.  同書、p. 723.
292.  1993年5月14日の第46回世界保健機関第13回総会の記録。A46/VR/13, p. 11. WHOにより当法廷に提供。
293.  Effects of Nuclear War on Health and Health Services, WHO、Geneva, 第二版1987, p. 16の図表参照。
294.  1995年11月30日付 International Herald Tribune掲載のNew York Times Service参照。
295.  Henry A. Kissinger, "NATO Defense and the Soviet Threat", Survival, Nov./Dec. 1979. P. 266(ブリュッセルでの演説)。これは、Robert McNamara, "The Military Role of Nuclear Weapons: Perceptions and Misperceptions", (1983-1984) 62 Foreign Affairs, Vol.1, p. 59で引用されている。(強調は筆者)
296.  Robert S. McNamara、前掲書 p. 71.
297.  Bates、前掲書 p. 726.
298.  Jonathan Schell, The Fate of the Earth, 1982, pp. 69-70,  Bates, 前掲書p. 727で引用されている。
299.  文化遺産を保護する国家責任については、World Heritage Convention(世界遺産条約) 1972 (The Convention for the Protection of the World Cultural and Natural Heritage) 第5条参照。
300.  前掲したIPPNW第六回世界大会文書p. 199のHiltrud Kier, "UNESCO Programme for the Protection of Culture in Wartime"参照。
301. フランス語原文テキストMichel Fleutry, Dictionnaire Encyclopedique d'Electronique(Anglais-Frencais), 1995, p. 250 は以下の通り。(略)
302.  Gordon Thompson, "Nuclear Power and the Threat of Nuclear War". 前掲したIPPNW第六回世界大会文書p. 240に収録。
303.  William E. Butler編  Control over Compliance with International Law, 1991, p. 24.
304.  Bates、前掲書p.720.
305.  Herbert Abrams、前掲書 pp. 122-125参照。
306.  SCOPE publication 28参照。発行は1986年1月6日Royal Society, London, Vol. I, p. 481.
307.  Singh & McWhinneyの前掲書p. 124で言及されている。
308.  同書 p. 122.
309. この側面についての詳細は、X.1以下を参照のこと。
310.  Bates、前掲書p. 721.
311.  1981年11月9日決議36/100。
312.  Winston Churchill, The Second World War, Vol.6, "Triumph and Tragedy", 1953, p. 63.
313.  H.G. Wells, The First Men in the Moon and the World Set Free, The Liberty Press, London, 1913年編の再刊p.237. また、R.J. Lifton and Richard Falk, Indefensible Weapons, 1982, p.59でのWellsについての言及も参照のこと。


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