原水爆禁止2001年世界大会
国際会議

マーシャル諸島ビキニ環礁自治体首長
エルドン・ノート


尊敬する代表ならびに来賓のみなさん、

  私の自治体のビキニ市民を代表して、今日、皆さんのまえに立ち、皆さんと意見やアイデアを交換できることを光栄に思います。私は、困難と苦しみと悲しみの56年目の記念日という歴史的な機会に参加するため、何千キロも旅をしてここにやって来ました。

  私はビキニ環礁から来ました。ビキニ環礁は、29の環礁と5つの島からなるマーシャル諸島の一部です。これらのマーシャル諸島の環礁は、赤道の北、世界から隔離された太平洋の357,000平方マイルにおよぶ海上に散在しています。1945年12月、アメリカ政府のハリー・S・トルーマン大統領は、陸軍と海軍の高官にたいし、「アメリカの戦艦にたいする原爆の効果を把握するため、ビキニ環礁で」陸海軍共同の核兵器実験が必要であるという指令を出しました。なぜならビキニ環礁は、通常の海上航路や航空路から大きく離れていたからです。その1年後、マーシャル諸島に軍事総督としてアメリカから派遣されていたベン・H・ウィット提督がビキニを訪れました。総督は住民に一時的に島を離れ、アメリカが「人類のために、全ての世界大戦をなくすために」原爆実験を開始させてくれるよう頼みました。当時、ビキニ人民の指導者であったジュダ王は、人民との非常に混乱して辛い協議の末、立ち上がってこう告げました。「われわれは、全てを神の手に委ねて、この島を離れることにする」と。みなさん、原水爆の被害を受けた友人のみなさん、「共に立ち上がり、直ちに核兵器に反対して行動しようではありませんか。」

  約56年前、ビキニ環礁の人々は、苦しく長い年月、被爆者の皆さんの心と魂に住み続けてきた思いと同じ思いを経験しました。それは深い喪失感と後悔です。56年前、私たちの住んでいたビキニ環礁は、核実験の標的として選ばれました。その結果、56年間、私たちは流浪の民になったのです。私たちは、神から与えられた土地に帰ることができませんでした。私たちの島にある豊かな遺産から引き離されてきました。本当に長い年月でした。こんにち、みなさんは、私に希望と勇気を与え、悲しみに耐えることを教えてくれました。また原爆による破壊にもかかわらず、皆さんの国が成し遂げた発展は私を驚かせました。私たちはグローバル化した世界で、各国が互いに依存しあい、私たちの知恵と知識がかつてなく必要とされる時代に生きています。

  マーシャル諸島のビキニおよびエニウェトク環礁におけるアメリカの核実験計画の歴史:アメリカ合衆国政府は、ビキニおよびエニウェトク環礁で、1946年から1958年までに67回の原爆および水爆実験を行ないました。1954年、3月1日、アメリカはビキニでコード名「ブラボー」という最大の破壊力をもった核兵器を爆発させました。ブラボー爆発は、広島や長崎型原爆の1000倍も強大でした。

  アメリカの核兵器実験は、環境、身体、精神、心理、社会、文化に被害を及ぼしました。

* 環境的影響:ビキニ環礁の6つの島は核実験で消滅しました。エニウェトクとロンゲラップ環礁も、放射線濃度が高く、今でも人が住んでいません。

* 身体的影響:1994年―1995年に日本の医師が行なった甲状腺調査で、マーシャル諸島全体で、数百の甲状腺腫瘍が発生していることが確認されました。これを受けて、アメリカ議会の指導者は、1994年にマーシャル諸島の甲状腺ガン発生率は、世界平均の100倍高いとコメントしました。マーシャル諸島で見られる放射線病には、甲状腺ガン、乳ガン、胃ガン、脳腫瘍、肝臓ガン、卵巣ガン、骨ガンなどがあります。

* 精神的影響:核実験の影響による知恵遅れがみられます。「ハーフ・ライフ(半減期)」という映画には、ロンゲラップ出身の女性が生んだ知恵遅れの男の子が描かれています。

* 心理的影響:マーシャル諸島の多くの人々は、様々な健康上の問題を核実験と結びつけて考えます。これはマーシャル諸島核被害補償裁判所が、多くの病気にたいする補償をおこなっているためです。さらに、核実験が行なわれる前には見られなかった皮膚病など、病名不明の疾病もあります。

* 社会的影響:ビキニ、エニウェトク、ロンゲラップなどの環礁の住民は、他の島や環礁に移住させられましたが、そこでは何かしたくても、自由にすることはできません。土地所有権がないからです。例えば、ビキニの人々も、土地所有権のないキリ島に移住させられました。

* 文化的影響:私たちの生活様式や価値観は根本的に変わりました。人々は伝統的食物が汚染されてしまったため、欧米の食物に依存するようになりました。私たちはキリ島に住んでいますが、もはや伝統的な技術でカヌーをつくることはなくなりました。そのため、男たちは船で漁に出られなくなってしまいました。

* 補償:アメリカはマーシャル諸島にたいし、1億5000万ドルを提供し、核実験計画の過去、現在、将来の影響に対処する基金をつくりました。これには、核被害補償裁判の解決費用も含まれます(自由連合協定第177項取決めの前文)。

  2000年8月15日、第177項の取決めに基いて確立された核被害補償裁判所は、個人の負傷にたいし7,263万4750ドルの賠償金支払いを命じました。これは資産被害賠償を含む、協定有効期間における全ての賠償金額を定めた協定第2条第6項cの4575万ドルよりも2690万ドル多い金額です。現在、この補償対象者の少なくとも712人(全体の45%)が、賠償金全額を受け取る以前に亡くなっています(付録IV。核被害補償裁判所判決、状況変化嘆願書)

  アメリカとマーシャル諸島との自由連合協定は、「アメリカ合衆国政府は、1946年6月30日から1958年8月18日まで、北マーシャル諸島でアメリカ合衆国政府のおこなった核実験計画の結果生じた、財産や人への被害について、マーシャル諸島市民にたいする補償責任があることを認める」と明記しています。

  原水爆をなくすために手をつなぎ、断固としてたたかいましょう。

  ありがとうございました。


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