原水爆禁止2001年世界大会
国際会議

カザフスタン
国際女性子ども反核連盟 サマル・サマンサ・サダコ公共基金
ゼニスグル・コナロワ


サマル・サマンサ・サダコ−核のない世界のシンボル


親愛なるみなさん、感動的な会議に集まった参加者のみなさん。

  会議に招待し、また発言の機会を与えてくださった主催者のみな様に心より感謝申し上げます。

  日本の著名な作家であり、ノーベル文学賞を受賞した大江健三郎氏は、日本人について「身をもって核爆撃を経験した、世界でただひとつの民族」と書いています。

  世界でも、セミパラチンスクの核実験場の被害を受けた領土と人々ほど、苦しんでいるものはありません。これは世界に類がないケースです。人口が密集する地域で、14年の間、地上と大気圏で核実験がおこなわれました。その後さらに25年にわたって地下核実験がおこなわれ、そのほとんどの場合で放射性のガスがもれ、絶えず周囲を汚染しました。

  量の差はともかく、住民は40年にわたり被ばくしつづけました。セミパラチンスク地方は、地球上で最も放射性物質による汚染度の高い地域のひとつと考えられています。実際、多くの専門家が、この地域は地球上最も汚染されている地域、と考えています。

  核実験場は子どもたちを襲いました。セミパラチンスク地方では、5割近くの子どもが慢性の疾患を抱えています。障害児や奇形児も生まれます。生まれてくる子どもたちの親の遺伝子が放射線の影響を受けており、それを修復する方法はこの地球上に存在しないのです。

  地域の女性の7割に、妊娠や出産を困難にしかねない異常が見られます。この地域における女性の貧血症の率は、カザフスタンで最高です。流産、虚弱児や未熟児の出生、先天性の異常、早期老化があらわれる確率も増加しています。幼い女の子がこうした異常を抱えているため、子どもたちのあいだで婦人病の症状がみられるという、深刻な問題を生み出しています。

  いま、私たちの未来が緊急の対応を必要としています。私たちの未来はどうなるのでしょうか。その答えは、次の世代の健康な繁栄にかかっています。健康な母親だけが、健康な子どもを産み育てることができます。「健康な女性が健康な国民をつくる」というありふれた言い習わしは、わが国では特別な重要性を持つようになりました。

  10年前の1991年8月29日、カザフスタン共和国のヌルスルタン・ナザルバエフ大統領の指令により、世界最大級のセミパラチンスク核実験場が閉鎖されました。カザフスタンの聖なる大地にあった、核実験場が活動を停止したのです。今年、この歴史的な日は国をあげて記念されることになっています。

  核実験場は今は沈黙しています。核兵器はカザフスタンから撤去されました。カザフスタン共和国は非核地帯になりました。しかし核爆弾は、150万人にものぼる住民の遺伝子に遅れてやってくる作用を仕掛けていきました。

  カザフスタンで最初の原子爆弾が炸裂してから数十年の月日がたちました。こんにち、私たちは「この年月は、長期にわたる核実験がもたらした傷を治せるか」という問いを投げかけています。こたえは、明らかにノーです。

  経済の過渡期にあるカザフスタンには、核実験が残した傷を乗り越えるだけの経済力がありません。そうするだけの近代的な医療や財政基盤がありませんし、経験もありません。

  そのため、セミパラチンスク地方の社会問題を解決しうる力として、非政府組織の活動が大きな役割を担っています。

  たとえば、グルスム・カキムジャノバが代表をつとめる核実験被害者同盟「アイリス」は、日本、ドイツ、オランダの反核団体と協力して、セミパラチンスク地方の子どもたちの健康状態を回復するうえで、大きな力を発揮してきました。

  世界の反核団体の数は、連鎖反応のように年ごとに増え、そのなかで原水協などが毎年おこなう原水爆禁止世界大会は非常に重要な役割を果たしていると思います。

  昨年の世界大会に参加した私は、深い印象と思索を抱いて帰国の途につきました。この経験と、国際反核運動「ネバダ−セミパラチンスク」で12年活動した経験をもとに、私たちは新たな反核団体を設立しました。

  環境が汚染された地域、とくに40年にもわたり核実験が無制限におこなわれたセミパラチンスク地方の女性や子どもの健康と幸せを無視することは、道徳に反し非人道的であると私たちは思うのです。この問題について、のんびり考えたり、哲学的な思考をめぐらしたりする時間はありません。緊急な支援を要するのです。だからこそ、私たちは、女性と子ども反核連盟―サマル・サマンサ・サダコ公共基金を設立しました。この団体は、公式な承認を受け、2000年12月18日以来活動をすすめています。

  サマルは、白血病のため14歳で亡くなったカザフスタンの少女です。彼女を治療するためにカザフスタン全国から援助金が集められましたが、すでに手遅れでした。

  サマンサは、初代ソ連大統領ゴルバチョフに手紙を書き、軍拡競争への懸念を訴えたアメリカの少女です。

  サダコは、原爆病で亡くなった広島の少女です。彼女は、千羽鶴を折れば病気が治ると一心に信じていました。これら3人の少女の名前は、平和と核のない世界を目指す希望のシンボルになっています。

  私たちの団体は、セミパラチンスク核実験場閉鎖10周年行事の一環として、今年8月「バヤナウル伝説」というテーマで子どもフェスティバルを主催し、セミパラチンスク地方の子ども150人にリハビリと保養を提供します。

  私たちの新しく若い反核団体を応援してください。サダコとサマンサの名を持つ、女性や子どものための団体と友好と協同関係を築きたいと思っています。

  核兵器は膨大な破壊力をもつ兵器です。いかなる形でも核兵器を使えば破壊的な影響をもたらします。もう一度ともに声を上げましょう。

  ノーモア・ヒロシマ! ノーモア・ナガサキ! ノーモア・セミパラチンスク! 核兵器のない世界を!


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