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反核平和運動・原水爆禁止世界大会

原水爆禁止2000年世界大会

国際会議

アメリカフレンズ奉仕委員会/ニューイングランド事務所
プログラムコーディネーター
ジョゼフ・ガーソン

世界の被ばく者の不動の決意、広島のこころとの連帯

まず、広島を再度訪れ、核兵器廃絶をめざす活動家にとって最も重要な集まりに参加する機会をあたえてくだれた日本原水協のみなさんに感謝します。

また、特別の感謝を、日本被団協の指導部と各国の被ばく者のみなさんに申し上げたいと思います。みなさんは、忍耐と優しさと寛大な心をもって、アメリカフレンズ奉仕委員会(AFSC)とともに、ハーグ平和アピール会議、ニューイングランド地域での遊説ツアー、最近では国連ミレニアムフォーラムと、その後私たちが各地で組織した遊説ツアーに取り組んでくださいました。みなさんの話は、新しい世代の国民や活動家の心を動かし、新しい息吹を吹き込みました。そして、外交的手腕を持って、米国をはじめ各国の平和運動に、核戦争阻止、核兵器廃絶、人類の未来を守るという最も重要な誓約を果たすように迫りました。

広島は、多くの側面で復興をとげ、先進国の超近代的な大都市になりました。しかし、「ヒロシマ」が、人類史に転換期に投下された一発の核兵器で焼き尽くされた都市であることに変わりはありません。これまで広島を意識的に、また鋭い感受性をもって訪れたことのある私たちにとって、今日の専門用語で言えば「戦術」核兵器に過ぎない、一発の小さな爆弾がどのような影響を人々に与えるかを学び始めた者にとって、日本と世界各地の被ばく者が経験し、耐えてきた苦しみを心で受け止めてきた者にとって、この都市に無邪気に戻ることはできません。とりわけ、国だけでなく、生命そのものを絶滅させる核の地獄を作り出す能力と脅威を振り回すことで、威信と特権を保持している核保有国から来た私たちにとって、その思いはなおさら強いのです。

米国核政策についての混乱

日本と世界各地の被ばく者と共に活動したすばらしい体験をお話する前に、米国核政策の不確定さについて少し触れたいと思います。

弾道弾ミサイル防衛と呼ばれるスター・ウォーズ(宇宙戦争)と、弾道弾ミサイル制限(ABM)条約を脱退するという米国の脅しをめぐる議論が再燃するなか、米国の内外では「米国には核兵器政策なるものがあるのか」という疑問があがっていますが、答えは、イエスです。

米国の「スター・ウォーズ」論争は、さまざまなレベルでおこなわれていますが、直接明らかになっているのはその中の一部でしかありません。

アメリカの「スターウォーズ」議論は、いくつかのレベルで行われていますが、そのうちガラス張りなのはわずかです。第一は、この議論が、核政策というより国内政策の問題をめぐる議論であるということです。国内のまともな科学者や軍事計画者には、目標の2005年までにBMDシステムを実用配備できるという幻想をもつ人は一人もいません。しかし、共和党も民主党も、スターウォーズ推進は票になることをロナルド・レーガンから学びました。レーガンは、米国の有権者が、核時代の恐怖から国民を守る盾を売る強引なセールスマンである政治家に投票することを示しました。フロイト精神分析論にもとづく予測と策略的世論操作の極めて危険な事例として、核戦争を最も多く準備し、その脅しをかけてきた国、トライデントをはじめとする核兵器で世界を人質にとっている国が、今、北朝鮮、イラク、イランからの核攻撃という亡霊を作り上げることで、国民の支持を広げつつあるのです。これらの国々は、CIAでさえ、米国の安全保障に差し迫った脅威はおよぼしていないと認めるような貧しい国です。実際、米国の軍事力を強化するための盾であるスター・ウォーズの真の標的は、中国、ロシア、さらには、日本のような米国の同盟国なのです。しかし政治と外交が、この単純な事実が語られることを妨げているのです。

スター・ウォーズ論争には、もう一つの隠された次元があります。ここに、共和党および民主党指導者の大多数が、スター・ウォーズ計画というドブに、大金を投げ捨てる理由があります。つまり、スター・ウォーズと弾道弾ミサイル防衛は、米国の宇宙への武器配備への道を切り開く突破口なのです。

スター・ウォーズへの支出は、核、レーザー、その他のハイテク兵器の配備に結びつく技術を生み出し、スター・ウォーズ「論争」は、その「学問的」、政治的基盤を作り出します。自民党が日本中で公共事業をばらまくことで有権者の支持を買うように、米国の国防総省は、米国中の選挙区に、スター・ウォーズの研究開発契約をばらまくことで、潜在的な票を買うというわけです。

ジョージ・ブッシュが、BMD配備と米国核兵器の一方的削減を同時に呼びかけていることについても多くの混乱があります。もうひとつ別の混乱は、STARTV交渉において、米国は熱核爆弾を、ロシアが提案し、多くの軍備管理主張者が支持しているように、1500発まで削減するべきではなく、2500発までででなければならないと固執するアル・ゴアの主張についてです。ブッシュ同様、ゴアもまた、ABM条約の破棄も考慮するところまでBMDを支持しているのです。

一方的削減もありうるというブッシュの主張は、彼の父親の発案と一致しています。父親ブッシュの提案は、米国の支配を強化する形で、偶発的核戦争の可能性と核兵器拡散の確率を下げるよう考案されたものでした。ゴアは、クリントン同様、軍部または軍国主義思想をもつ有権者にたたかいを挑むようなまねはしません。つまりゴアは、スター・ウォーズの政治的慣行を放棄することを拒んだのです。統合参謀本部が、増加する中国とロシアの標的に対応するには、最低2500発の戦略核兵器が必要だとゴアに言えば、彼はそう約束するでしょう。

第二に、スター・ウォーズ論争は、米国の覇権の時代における国内の支配層エリートの意見の不一致を反映しています。これは、全面的に米国の条件で米国の世界的支配を維持し拡張するべきだと主張する一国支配論者と、軍事的抑圧には、第一世界の同盟国の支援と、第三世界の従属国の支援という保護色的な要素が必要だと考える人たちとの分裂です。もちろん、この分裂は、絶対的なものではなく、戦域ミサイル防衛(TMD)の開発と、配備の脅しについては、両者の意見は一致しています。

米軍と核政策はどうでしょうか。細かい部分は毎年変わりますが、国防総省がこのほど発表した「共同構想2020」を読むとわかるように、米軍と核政策はこの55年間本質的に変わっておらず、その目的は米国の「支配」を保証することにあります。この間、国防総省は、対ゲリラ戦争から、支配の段階的拡大、そして核テロリズムにいたるまでの「全範囲におよぶ支配」を重視しています。外交上、中国を新たな「敵」として名指しすることが許されないため、「ならず者」の北朝鮮を国民にたいする言い訳に使って、日米軍事同盟の拡張、新ガイドライン、沖縄における米軍の強化をおこなっているのです。北朝鮮が、外交上の孤立から抜け出したことで、このやり方は通用しなくなっています。よって、統合参謀本部の外交政策は、「対等の競争相手」中国に焦点を当てています。そのためには、政策の重点を「欧州から」アジア太平洋地域に「移す」ことが必要なのです。

最後に、このほど発表された、ジョージ・ブッシュの副大統領候補としてのリチャード・チェイニーが指名が挙げられます。チェイニーは、父親ブッシュの大統領時代の国防長官であり、彼の副大統領候補指名は、ブッシュ二世が予告していた、かつてのキッシンジャー的秩序の再建路線につながるものです。象徴主義的文法を用いて、軍事にたいする自説を語るブッシュ二世(またの名を決して大きくならない低木=ブッシュ。父親は大木)の脇を固め、一緒に写真におさまっているのは、ヘンリー・キッシンジャー、ブレント・スコウクラフト、ジョージ・シュルツ、コリン・パウエル、キャスパー・ワインバーガー、コンドレッツア・ライスなどの核・軍事介入主義者たちです。

チェイニーといえば、イラクにたいする米国の砂漠の嵐作戦における国防省長官として記憶している人が多いでしょう。また、チェイニーの指導のもと、米国が推定700の核兵器をもってイラクを包囲し、ブッシュ大統領とベーカー国務省長官と一緒になって、核兵器を使うぞとサダム・フセインを脅したことも思い出されます。しかも、イラクの軍隊、国民、環境にむかって何十万トンもの劣化ウラン弾を発射し、その結果、劣化ウラン弾とその放射性降下物に被ばくしたことで、数え切れないイラク人と米軍と同盟軍の兵士の命を奪ったのは、チェイニーの軍隊でした。

もちろん、危険な核大国は米国だけではありません。しかし、この国がNPT第6条の誓約を実行すると明言しないかぎり、より小さな核テロリスト国家が、集団的に核廃絶に向かう可能性がないことは明らかです。こうした流れを踏まえたうえで、世界の被ばく者代表団がこの2年間おこなってきた取組みを話したいと思います。

世界の被ばく者

まず、松谷さんの最高裁勝利にお祝いを申し上げます。松谷さんは、ハーグ平和アピール会議に参加した世界の被ばく者代表団にも加わっておられました。松谷さんはそこで、日本での取組みでみせたと同じような、愛情と確固たる決意を示しました。彼女の勝利は、この勝利に大きく貢献した精力的で高潔な無数の人たち全員の成果です。

これは、すべての被ばく者と全人類の勝利です。これほど、核兵器廃絶の達成に不可欠である「広島のこころ」や思いやり、想像力、強い意志を物語るものはありません。

世界の被ばく者代表団の活動成果は、ミレニアム・フォーラムと若者にあたえた影響に最もよく表れています。一年半ほどまえ、AFSC理事会から一回きりという条件付の資金援助を得て、私は向こう見ずにも、ハーグ平和アピール会議主催者からの、国際被ばく者代表団を組織してほしいという申し入れを受け入れました。主催者は、私が被ばく者のグローバル化の現実と概念について書いた簡単な論説を読んでいたのです。これは、それほど独創的なものではなく、単に、これまで日本で学んできたことをいくつか述べただけのものでした。論説の始まりはこうです。「私たちは、被ばく者を広島と長崎の原爆の目撃者、生存者として捉えている。しかし、冷戦と冷戦後の時期に生み出された核兵器犠牲者の数と詳細が明らかになるにつれ、日本の被ばく者、医師、平和資料館、平和運動は、日本人以外の被ばく者との協力をめざし交流を広げてきたのである。この数年間、マーシャル諸島、カザフスタン、ロシア、米国、タヒチの被ばく者が、毎年広島と長崎で開催される原水爆禁止世界大会に参加してきた。そこで彼らは、苦悩を分かち合い、ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア被ばく者の声を共にあげてきたのである。」

必要に迫られて、私は日本原水協と日本被団協、つたえようヒロシマ・ナガサキに協力を求めました。そこで私たちは、日本、韓国、カザフスタン、マーシャル、タヒチ、米国の被ばく者による代表団を結成し、世界から8千人を超える指導者と活動家が一堂に会した、地球的「イベント」の会議に参加しました。独自の分科会も組織し、ほかの分科会にも参加することで、代表団のメンバーが大会参加者と交流できるようにしましたが、メインイベントは、会議場のもっとも大きいホールの一つを使って、世界の被ばく者によるパネル討論をおこなった「グローバル・ヒバクシャ・フォーラム」でした。

立ち見人が大勢出るほど満員の会場で、参加者は被ばく者の証言に熱心に耳を傾け、涙しました。松谷さん、肥田舜太郎先生、チェ・イルチュルさん、クリムハン・ラヒモバさん、カーレッタ・ガルシアさん、クローディア・ピーターソンさん、ノリオ・ケベンリさんなどが、これまで体験したこと、目撃したこと、耐えてきたこと、そして希望を語りました。語った内容と同様に重要なのは、彼らが痛みに抗して、品性と勇気をもって語ったということです。

ユダヤ人哲学者マーティン・ブーバーは、『我と汝』の誓約と、真正な「交流」について書きました。精神分析学者カール・ユングは、「痛みを伴わない良心の成長はない」と書いています。これが、彼らの証言を聞き、それに関わり、感じ、変えられる中で、分かち合ったことなのです。

この取り組みがあたえた影響は、すぐに形となって現れました。次の夕方の分科会が始まる前に一人の女子学生がやってきて、分科会の中で声明を読み上げてもよいかと聞いてきたのです。被ばく者の話を聞いた後に、数ヶ国からやってきた学生といっしょに書き上げたものだというのです。説明の中で彼女は、世界の被ばく者の話を聞き、彼らを見ることが、どんなに勇気付けられ、自分を変えたかを語りました。学生たちは被ばく者の話に大きな影響をうけ、翌日会議場から国際司法裁判所まで、核兵器の廃絶を要求する平和行進を行うという声明を読み上げました。そして、この行進には世界の被ばく者代表団の参加も呼びかけました。翌日行進が始まったとき、欧州、米国、アフリカ、アジアからやってきた青年たちの感動を想像してみてください。世界の被ばく者代表団の多くが行進に参加していたのです。

ハーグから帰国してから、パネル討論を聞いた中にボストン地域の高校生と大学生もいたことが判りました。ハーグ平和会議にたいする彼らの感想で深く感動したのは、会議にはノーベル賞受賞者やたくさんの著名人が参加していたが、大会で一番重要だったのは世界の被ばく者に会って話を聞き自分たちに変革がおきたことだ、と言われたことでした。数ヵ月後、この学生たちは、イニシアを発揮して広島デー行事を組織し、日本の被ばく者(仁木教授と近藤さん)、また、亡くなる直前まで私たちのために尽くしてくれたドロシー・パーレーさんを招きました。

この第一回世界の被ばく者代表団には、ほかにも深い思いがあります。ひとつは、何人かの被ばく者が話しをするあいだ耐えていた苦しみの思い出です。ここで話すにはあまりにも個人的なことです。ただ、短い予想していなかった出会いで、人間の信念、勇気、可能性の深さが明らかになったことに打たれ、驚いたとだけ申し上げておきます。これはそれ以前、私がおぼろげにしか分からなかったことでした。

代表団の活動が非の打ち所のない成功だったというわけではありません。クリムハン・ラヒモバさんに、カザフスタンの核兵器被害者に医療援助を手配できると約束していたある医師が、その約束を守っていないと数ヵ月後知ったときには傷つき、恥ずかしい思いをしました。それ以上のことをできなかったことを再度お詫びします。

ともあれ、私たちは第一回代表団の取り組みから、核兵器を完全に無くすために必要とされる人民の運動をつくるには何が重要かを改めて学びました。何よりも大切なのは、これが人間の経験した話であり、人々を行動に強く駆り立てるのは、抽象的な訴えではなく、(最も深い部分の窓である)私たちの目と顔であるということです。他人の痛み、苦しみ、勇気に感動するということは、それらを自分で感じるということです。

もうひとつの教訓は、数年前、田中教授がバーモント州を訪れ、バーモント・タウンミーティング運動の開始に人々を立ち上がらせる、予期せぬ重要な役割を果たしたあと、帰国するちょっと前に投げかけた質問にたいする答えとなりました。(この運動は、バーモントが、州議会として核兵器廃絶を呼びかける最初の州となるのにつながりました。)田中さんは、「私たちが帰った後、誰が私たちを覚えているのでしょう」と聞いたのです。そのとき私は、答えに詰まりました。しかし、今は確信していますし、以前よりも希望ももっています。被ばく者に出会い心を動かされた人たちが覚えているのです。ですから、被ばく者のみなさんがこれから、書いた言葉や、記録された発言、姿によって心を動かされた人たちが、みなさんを覚えていることになるでしょう。核兵器の拡散と被ばく者のグローバル化には、悲惨さとともに希望があるというパラドクスがあります。世界の被ばく者は、ウィルフレッド・バーチェットが書いたように、「人間の抵抗力の不滅さ」の体現である広島のこころを伝えています。積極的に活動する広島と長崎の被ばく者のように、政治的に活動する世界の被ばく者は、「広島の緊急性を私たちすべてに伝える」「もっとも信念が固く、戦闘的な平和活動家」なのです。(3)

こうした経験をみれば、参加した被ばく者の国は一回目より少なくはありましたが、この春ミレニアム・フォーラムのあいだと後に、AFSCが第2回目の世界の被ばく者を共同で組織するチャンスに飛びついた理由がおわかりでしょう。フォーラムは、日本、韓国、米国の被ばく者の存在、道徳的威信、しっかりとした忍耐力をだれもが必然的に感じる場となりました。軍縮問題全体会の開会では、世界の被ばく者代表団が自己紹介をおこない、日本と米国の被ばく者が発言する機会も得ました。後に、その場にいた米国の友人が、参加者が何を感じとったかを説明してくれました。そのとき私は、代表団がすでにフォーラムに与えた影響の大きさを理解しはじめたのです。ご存知のとおり、その後数日の会議をへて、道徳的な根拠をもち、整理され、確固たる世界の被ばく者と原水協代表団の主張により、フォーラムの最終宣言は、核軍縮という限定された呼びかけから核兵器廃絶を要求するところまで成長したのです。世界の被ばく者代表団が来てくれたおかげで、そのうち何名かのメンバーと、ワシントンでアメリカ政府関係者との会合を設定することができました。国務省関係者のうち一人はかなり高い位置にいる高官でしたが、彼らは、自国の核兵器が人々に与えた被害の実態をじかに聞き、自分たちの隔離した世界観に、被ばく者の道理にもとづいた、思いやりにあふれ、威厳ある英知をつきつけられる機会を得たわけです。北朝鮮のミサイル「脅威」が、日米同盟に国民の支持を集めるため利用されでいるという議論の後、私は国務省代表の3人のうち1人と個人的に話しをしました。驚かれるかもしれませんが、私が、米国が民主国家だということに疑問をもっていること、また私見では日本はもっと非民主的だと話を向けると、彼はこの意見に同意したのです。

もっと心を乱された教訓がありました。エネルギー省の高官と交わしたオフレコの会話です。彼は、原爆傷害調査委員会(ABCC)はこれまで被ばく者をモルモットとして悪用し利用してきたことを公然と認めたのです。彼は、まだ部分的に極秘とされているABCCの研究は、核兵器の設計を含め、幅広い目的に利用されつづけていることを明言しました。エネルギー省がおこなう核兵器の影響の全調査の責任者であるこの人物は、米国内の風下地区住民にたいする核兵器実験がもたらした破滅的影響の調査を拒む政府の責任を認めることを拒否したのです。とてもいやな話し合いで、アドルフ・アイヒマンのことを想い起こしました。アイヒマンは、欧州のユダヤ人抹殺を統括した技術者で、のちに、自分は命令に従っただけで、責任はないとの自己弁護をした人です。

幸いにも、ミレニアム・フォーラム宣言の内容のおかげで、明るい時もありました。今年の世界の被ばく者代表団は、運動の発展に新たなチャンスを与えてくれました。また、私たちが主催した集会で、核戦争を拒否し良心的兵役拒否者となったため、海軍から除隊を命じられた将校に会う機会を代表団につくることができたこと、また友情を交わしたことで、私たちにこんなにも多くを与えて下さった被ばく者のみなさんに少しでもお返しができたことを願っています。

ボストン、ニューヨーク、フィラデルフィア、ボルチモアの草の根活動家と全国的平和運動の指導者は、代表団と出会い、彼らから学び、影響をうける機会を持てたことに感謝しています。とくに感謝しているのは、代表団が、人間である意味の核心と核兵器廃絶にむけ努力する緊急性を、AFSCの指導部ならびに他の平和運動組織(戦争抵抗者同盟、国際婦人平和自由連盟、宥和会)の指導部が認識し、決意を新たにする機会を与えてくれたことです。

最後に、2回にわたる世界の被ばく者代表団の仕事はこれからも続くことを申し上げたいと思います。代表団との交流で、自分が変わったという貴重な体験をした人たちの中から、どれだけの人が、これからその感動を糧にしてさらに変わるかは分かりません。しかし、代表団のメンバー、そしてこの10年間共に活動してきた被ばく者の思い出は、これまで米国北東部一帯でみなさんが励ましてきた記念行事や集会で、いつまでも影響を与え続けることは確かです。被ばく者の姿、知恵、言葉は、米国とカナダにおいて、今週そして将来、核兵器廃絶を求める集会を組織する人たち胸の中に、いつもあるのです。みなさん、まだ道のりは長いかもしれません。しかし、NPT再検討会議で譲歩を勝ち取り、ミレニアムフォーラムが核兵器廃絶要求を掲げるまでに導き、松谷さんの勝利を勝ち取った、愛の力と不動の決意は大きく広がっていくことでしょう。

 

反核平和運動・原水爆禁止世界大会

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