原水爆禁止2000年世界大会
国際会議

非核フィリピン連合
事務局長
コラソン・ファブロス
 

 非核フィリピン連合を代表し、核も基地もないフィリピンから、平和と連帯の熱烈なあいさつを送ります。世界中の平和勢力が集うこの価値ある集会に参加させていただいたことにたいし、原水爆禁止世界大会実行委員会にお礼申上げます。今年日本にまた来ることができとても嬉しく、感謝しています。昨年は私にとって「危険を伴いながら生きていた」一年でした。その一年を生き抜き、新たな決意と力を持って復帰できました。回復を祈る励ましのお手紙や花束、お電話などをくれ、苦しみをともにわかちあっていただいた方々にお礼申上げます。

 私にとって、日本に来ることはつねに感慨深く、多くを学ばされる体験です。なぜなら、過去の歴史や今日の現実を学ぶうえで、これほどふさわしい場所はほかに考えられないからです。広島と長崎の悲劇を体験した日本、その日本は、アジア太平洋地域で冷戦時代の同盟関係や軍隊、基地をなりふりかまわず維持・再生・拡大し、超大国としての力を得ようとしているアメリカのナンバーワンの同盟国としての役割を果たしています。

 私は非核フィリピン連合の代表です。非核フィリピン連合は、青年学生、農民、婦人、医療労働者、教会関係者、労働組合、専門家、都市の貧困層や科学技術、人権運動の活動家たちの国内的・階層別の129の組織からなるキャンペーン主体の連合体です。私たちの運動には先住民の運動も含まれています。1981年に設立された非核フィリピン連合は、フィリピンで最初の、そして唯一の原子力発電所の建設・稼動に反対するキャンペーンの成功のため先頭に立ちました。同様に、フィリピン憲法に非核条項を入れさせるうえでも成功をおさめました。1991年には、フィリピンにおける米軍基地撤去の全国的運動の先頭に立ってきました。1992年に米軍基地が撤去されてからは、基地の汚染除去国民対策本部を置き、米軍基地の汚染を除去する運動に取り組んできました。

 少しフィリピンについて話しましょう。自決と独立をめざす私たちのたたかいについて話すとき、きわだっているのは、スペインであれ日本であれ、アメリカであれ、植民地主義者が、私たちの土地を占領し、銃の力で民族を服従させたという事実です。同時に、女性や子どもたちは虐待され、レイプされました。軍隊と暴力は数世紀にわたる歴史の中で、また現代においても共通したことです。

 フィリピンがアジアで最初に新生国家として民族自決と独立を宣言した国であること、そしてヨーロッパの植民地主義支配のくびきを断ち切ったことを、フィリピンの国民は誇りにしています。昨年1999年は、アメリカがアジアへの干渉をはじめて100周年目にあたりました。それは1899年2月4日に始まりました。米軍はフィリピンの土地に侵入し、300年におよぶスペインによる植民地支配から私たちの先駆者が勝ち取った自由と主権を破壊しました。彼らはアジアの市場と軍事的足がかりを得るために、フィリピンを支配し植民地化しようと戦争をしかけたのです。1899年、アメリカによる流血のフィリピン征服は、人口の20%に相当する65万人のフィリピン人を殺したのです。その大半が民間人でした。歴史家はこの比米戦争の時代を「アメリカにとってアジアで最初のベトナム」とよびました。

核も基地もないフィリピンをめざして、ひき続くたたかい

 1991年、フィリピンは歴史的な比米基地協定を破棄することで、米軍の駐留に終止符を打ちました。この協定破棄は、長年にわたる断固とした反核・反基地のたゆみないたたかいの成果です。1992年11月、最後の米軍基地要員がフィリピンから撤退しました。人生の大部分をこのたたかいに捧げてきた私たちおおくの夢がようやくかなったのです。個人的には私も、子どもたちや孫のために願っていた夢でしたが、生きているうちにかなうとは思ってもみませんでした。夢の実現に感謝すると同時に、たたかいのなかで拷問され、殺され、拘留され自由を奪われた多くの友人や同志たち、レイプされ虐待された女性たち、両親を亡くした子どもたち、息子や娘を殺された母親たちのことを思うと憤りと悲しさがこみ上げます。

 フィリピンから米軍基地がなくなって久しくなりますが、フィリピンとアメリカの間の政治的依存は続いています。軍国主義は新しい形をとって現れています。社会や経済のグローバル化をすすめる様々な通商協定は、征服のあらたな形態です。アメリカがフィリピンとの新しい軍事・防衛関係を求めており、残していった汚染を除去する責任を一切否定し続けているため、反核・反基地運動は新しい運動に取り組んでいます。政府が二度と再びアメリカとの軍事・防衛関係に復帰しないよう、ねばり強い運動をすすめています。

1999年の比米訪問軍隊協定

 不幸なことに私たちが独立を記念していた時に、フィリピン領土に米軍が戻り、軍事演習が再びおこなわれてしまいました。フィリピン上院が比米訪問軍隊協定(VFA)を批准したのです。これは、基地があったとき、アジア・太平洋、中東、その他の国でのアメリカの介入と侵略のためにフィリピンが果たしていた役割を復活させるものでした。

フィリピン政府とアメリカとの以前の軍事条約のように、訪問軍隊協定とそのやっかいな条項は、フィリピンの領土の保全、環境、国民の尊厳をまったく無視しています。この協定は、米軍を再びフィリピンに持ち込むものです。他の国と同様、フィリピンの領土内で米軍と兵士がおこした犯罪を裁く司法権をも放棄するものです。アメリカは22の貿易港を軍事使用箇所として検討しており、かつてない大規模なアメリカの軍事駐留にフィリピン全土が明渡されようとしています。

 さらに恐ろしいことに、訪問軍隊協定は、フィリピンの港に寄港する米艦船に核兵器を積んでいるかいないかを明確にするよう求めていません。これにより、フィリピンへの核兵器の持ち込みが可能になり、核爆発の危険もあり得ます。さらにアメリカの敵から攻撃を受ける可能性も生じます。

 この協定が米軍に許すその他の「行動」は、公的あるいは民間の安全上重大な問題をかかえています。アメリカ国家安全保障局(NSA)は、地球的規模の監視システムを開発しました。エシェロンとよばれるこのシステムは、強力な電子の網で、電話、ファクス、電子メール、モデムのシグナルなどすべて傍受し監視できます。「政治的支配の技術の評価」と題する1998年の報告書において欧州議会は重大な懸念を表明し、米軍基地がある国での軍事通信施設を使用した米国家安全保障局の活動について徹底した調査をおこなうよう勧告しています。国家安全保障局のエシェロン・システムは、アメリカの同盟国をも含む全世界の民間の標的や政府に対して乱用される危険があります。

 訪問軍隊協定は、米軍の要員には、米軍の兵士や船員だけでなく「米軍に雇用されたり、米軍に付随する民間要員」も含むと定義しています。これらアメリカの「民間人」には、秘密の米国家安全保障局の技術者や専門家が含まれています。フィリピンに米軍基地があった当時、クラーク基地やスービック基地、キャンプ・ジョンヘイでスパイ通信施設が稼動していました。国民の個人的な通信すべてが、世界で最も洗練された傍受の連絡網エシェロン・システムにより傍受され監視されています。国際スパイ網に関するニッキー・ヘイガーの本(「シークレット・パワー」、1996年)によると、アメリカは、国家安全保障局のエシェロン・システムを、敵の政治・軍事・経済的情報収集活動のために使用しているだけではありません。同氏によると「フィリピンを含めASEAN諸国への傍受が広範囲に行われており・・・ASEANの会議は特別に注目されていて、関連諸国の通信は、その議題や立場、検討中の政策など明らかにするため、公的なものも私的なものも傍受されている」のです。

 アメリカの安全保障と国防政策

4年ごとにおこなわれる、米国防総省(DOD)の国防見直しに関する1997年報告書によれば、アジア地域に配備された10万人の米軍が実施するアメリカの国防および安全保障政策は、現在「通商航路の保護」、「主要市場、エネルギー供給、戦略的資源へのアクセスの保証」など、経済の地球規模化と密接に結びついています。この文書は太平洋司令部の活動範囲を「アメリカの安全保障にとって死活的に重要な通商ハイウエイ」と位置づけています。南シナ海の南沙(スプラトリー)諸島の領土所有権をアジアの5カ国が主張し、それがこの地域での紛争の発火点となりかねないのもこうした構図のもとでのことです。ちなみに、南沙諸島に対する中国の攻撃的な所有権主張が生み出したと見なされているこの緊張状態が、訪問軍隊協定によりアメリカがフィリピンへの軍事駐留を復活させる口実を提供しています。

 トマス・E・リックスは、最近のワシントンポストの記事(2000年5月28日)のなかで(「米軍の焦点、移動か。戦略家、アジアを潜在的紛争の火種と見る」)、「…国防総省は、アジアを将来軍事紛争、あるいは少なくとも軍拡競争が起こる可能性が最も大きい地域と考えている。この明白な動きは、たくさんの小さいがはっきりした変化に見て取れる。すなわち太平洋に配備される攻撃用潜水艦の増加、アジアを想定した戦争ゲームや戦略研究、アメリカの軍事駐留の再構築をめざした外交の一層の発展などである」述べています。

 「世界経済の中心はアジアに移った。アメリカの利益もそれとともに移動した」と政策担当国防次官補ジェームス・ボドナーは述べました。アメリカの二つの主要な長期的・軍事外交の努力は、アジアに新たに向けられた関心を反映しています。その第一は、東北アジアにおける米軍駐留の再交渉、第二は、ベトナム戦争終結から25年、米軍のフィリピンからの撤退後ほぼ10年たって、米軍が東南アジアへ再び進出するための交渉です。昨年、訪問軍隊協定を結んだ後、アメリカとフィリピンは「バリカタン2000」と「カラット演習」とよばれる2回の大規模な共同軍事演習をおこないました。再び修復されたアメリカとフィリピンの軍事関係はアジアの手本になるものだと、ある将軍は述べています。ボーリング場や大きなバーガー・キングのある現地人立入禁止の「リトル・アメリカ」基地を建設するよりも、むしろ米軍は災害救援から全面戦争に至るまであらゆる事態に共同行動できるよう、米軍とフィリピン兵の合同演習を頻繁に実施することになるでしょう。

戦争ゲームと合同演習

 フィリピンにおける「戦争ゲーム」に定期的に参加している米軍部隊は、アメリカが冷戦後の経済の地球規模化をめざしてとっている、他国への介入政策と切り離せない関係をもつ特殊部隊です。それは、公式には「合同統合交換訓練」(JCET)として知られる国際訓練に組み込まれています。合同演習で米軍を訓練するという名目のもと、これらの特殊部隊は、外国の戦略的な情報(地形学、他国の指導者の経歴、軍隊の戦争準備状況の評価、上陸地としてふさわしい場所などすべての情報)の収集にあたっています。 米国防総省は、受入れ国の実際の軍事行動には参加しないと相変わらず主張していますが、戦争ゲームの間、米軍は現地の反乱鎮圧部隊を訓練し、秘密裏に情報の傍受、監視、収集をおこない、反乱防止任務を支援しているのです。

 戦争ゲームは、ミンダナオにおける外国企業のプランテーション活動が妨げられないことを保証する、フィリピンにおける企業のグローバル化に欠かせない軍事要件です。それはまた、外国軍を、アメリカの兵器、軍事機材の使い方に慣れさせるためのものです。合同演習は、アメリカの対外政策の目標を支える雰囲気づくりであり、人的な接触をつくりあげ、米軍と外国の国防将校たちに影響をあたえるために重要なものです。アメリカの軍事演習は、アメリカの軍事力を全世界に広げ、その介入能力を最大限にするという米国防総省の政策に不可欠のものです。

有害・危険廃棄物汚染と汚染除去の問題

 私たちは、以前基地でおこなわれていた米軍の演習や艦船の寄港が再開されることで環境破壊がもたらされることを懸念しています。ほぼ1世紀にわたるフィリピンでの軍事駐留の後、米軍は有害・危険廃棄物で汚染された土地を残していきました。以前基地であった土地が汚染されている証拠はたくさんあります。「これが米国内であれば」、総合的な調査と汚染除去がおこなわれるのは確実だろうと専門家は言っています。次に、フィリピン上院の環境と資源・健康と人口統計・外交に関する委員会の報告書(上院委員会報告書237)から、調査結果についての主要な部分を引用します。

1.米国防総省発表の資料によると、前スービック海軍基地とクラーク空軍基地にはっきりとした環境汚染が存在する。

2.米国防総省発表の資料によると、アメリカ政府が、前スービック海軍基地とクラーク空軍基地内に周知のあるいは潜在的な汚染場所が存在すること、およびその位置に関して知っていたのは明らかである。

3.軍事基地内で、アメリカ政府の有効な統制のもとにおこなわれた有害な行為、軍事作戦行動、不適当な廃棄物処理には、環境に害を及ぼすと断定できるあるいは予測できる危険が伴っていた。

4.そのような有害な行為、軍事作戦行動、不適当な廃棄物処理は、アメリカ政府が有効力をもって統制しかつ自由に出入りできた軍事基地内で、米軍によって行われていたことをアメリカ政府は知っているか知る手段を持っていたと思われる。

5.スービックおよびクラーク基地での環境被害は、非常に明瞭なものであり、その地域の住民および一般のフィリピン人にとって、生態系上、人間の健康上、経済的に深刻かつ悪影響をもたらしている。

6.軍事基地内で米軍がおこなった軍事行動作戦や不適当な廃棄物処理が、環境破壊を引き起こした。

7.改定された1947年の軍事基地協定は、移動不可能な建物や構造物と引き換えに、アメリカが無差別に有害かつ危険廃棄物をしたいように処分する不法行為を犯したり、環境を破壊したり、フィリピン国民の生命をおびやかすいかなる許可や権限をアメリカにあたえたものでは決してない。

8.アメリカの有効力をもつ統制のもと軍事基地内でおこなわれた行為によることが明白な被害にたいし、アメリカはその被害を回復し補償する義務を負う。

9.有害物質汚染除去および補償の問題は純粋に道義的問題だという主張があるが、1947年軍事基地協定第18条を改訂した「1988年マングラパス―シュルツ合意についての覚書」第7条の解釈にかんする法的問題の判断を国際機関に求めるにあたっては、十分な根拠が存在する。

10.有害物質汚染除去および補償の問題は純粋に道義的問題だという主張にもかかわらず、前スービック海軍基地とクラーク空軍基地における米軍の行為を、フィリピンとフィリピン国民に害をあたえない方法でおこなうことを怠ったことについて、国際慣習法によりアメリカに訴訟を起こす十分な根拠が存在する。

 基地があった場所が有害物質で汚染されているという悲劇は続いており、アメリカがフィリピンに軍事駐留し、フィリピンを支配していた真っ最中におこなった無責任かつ無謀な行為を明白に証明しています。旧基地内や周辺地域の人々の苦しみ、死にかけている赤ん坊がいるという胸が張り裂けるような話は、その最大の犠牲者が弱い女性と子どもたちである有害物質汚染のいつまでも続く産物を象徴しています。被害は身体だけでなく、もっと深いところにまでおよんでいます。体内に侵入した化学物質は、子どもたちから健康で意義ある生活をおくる可能性を奪い、未来をずたずたにしています。子どもたちは民族のすべてです。私たちがもっているすべてです。たとえ世界の最強の国であっても、子どもたちの未来を奪う権利はありません。アメリカはフィリピンに残していった有害物質汚染に責任をもつべきです。

 たたかいや主張を継続すること、地域を越えたつながりをつくりあげることが必要であり、それこそが米軍基地を最終的に私たちの国から確実に撤退させる上での大切な一歩となります。なによりも、子どもたちが保護され、女性の身体が尊重され、地域社会の生命が持続し、なによりも国家の主権と尊厳が高く掲げられる世界に向けた大切な一歩となるのです。今日みなさんの前に立ち、米軍に占領されたみなさんの愛する土地を取り返すたたかいと連帯しています。被爆者を尊び、核も基地もないアジア太平洋地域をつくるたたかいをすすめることで、この大会が常に私たちを励まし続けてくれるようにしようではありませんか。私たちの熱烈なあいさつのことばで終わらせてください。「マブヘイ!」そして「マキバカ!」。ともにがんばりましょう。


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